導く子供達


 出産の後遺症によって衰弱し続ける最愛の女性カリーナを救う為に、ウォーリスは『黒』である自分の娘リエスティアが提案した裏技ほうほうを用いる。

 それにより仮死状態にし保存薬液エーテルで満ちた試験管の中にカリーナを、従騎士ザルツヘルムに託し母親の居るルクソード皇国に送り届けさせた。


 そしてカリーナと適合する臓器提供者ドナーの捜索を母親ナルヴァニアに託し、ウォーリスはゲルガルドを欺きながら傍に残る事を選ぶ。

 しかしウォーリスが二十四歳になった頃、ゲルガルドはある話を鍛錬後に伝えた。


『――……ウォーリス。お前と娘だが、明日から屋敷に暮らすようこちらで指示する』


『!』


『そして近々に、お前をゲルガルド伯爵家の次期当主として認める事も宣言する。……その意味が分かるか?』


『……父上が私の肉体を新たな依り代とする為に、必要な手順ということですね』


『そうだ』


『一つ、御聞きしてもよろしいでしょうか?』


『なんだ?』


異母弟おとうとのジェイクと、その母親はどうするのでしょうか? やはり処分を……』


『お前を次期当主として定めてすぐ唐突に処分してしまうのも、不自然だからな。少し方法を考えることになるだろう』


『……分かりました。何か御協力できることがあれば、いつも仰ってください』


『そうしよう』


 ついにゲルガルドが自分ウォーリスの肉体を新たな依り代とする為に、次期当主を決める動きを宣言する。

 それを聞いたウォーリスは冷静な面持ちを見せたが、その内心では焦燥感が噴き出しそうになっていた。


 異母弟おとうとジェイクは今年で十八歳であり、肉体みための成長もウォーリスを既に超えている。

 更に聡明な青年として成長しており、今もウォーリスに協力してザルツヘルムの残した『結社』の構成員達と連絡しながら母親ナルヴァニア達と連絡を取り合ってくれていた。


 そのジェイクが処分され、自分はゲルガルドに肉体を明け渡す。

 そうなれば最愛の女性カリーナとの再会は望めなくなり、下手をすれば自身の記憶を探られカリーナやそれを匿う母親ナルヴァニア達の命もあやうくなってしまう。


 ウォーリスは実験を終えて納屋いえに戻りながら、表情を変えずにそれ等を防げる手段を考え続ける。

 しかしその方法を思い付けないまま明け方の空を眺め、ついに渋い表情を浮かべながら納屋いえの扉を開いた。


 すると納屋いえの中では、既に起きていたリエスティアが待っていたかのように寝台に腰掛けている。

 そして戻った自分ウォーリスに黒い瞳を向けながら、再び新たな運命の分岐へ導く言葉を伝えた。


『――……もう、残されている時間も少ないみたいですね』


『……分かるのか?』


『はい。……そしてまた、運命の分岐が訪れます』


『!』


『ここから辿る道筋次第で、全ての運命が変わって来る。……そしてそれを、貴方が選ばなければならない』


『……聞かせてくれ。君の言う、私の道筋を』


 再び運命の分岐点を伝える『黒』のリエスティアに、ウォーリスは真っ直ぐとした青い瞳を向けながら問い掛ける。

 それは以前のような疑う視線ではなく、一定の信頼を置いた相手に向ける態度でもあった。


 そんなウォーリスに微笑みを浮かべながら、リエスティアは新たな道筋を教える。


『明日、御爺様ゲルガルド御父様あなたを次の後継者に指名します』


『!』


『その時に、少し状況が荒れるでしょう。そこで御父様あなたから、ある提案をしてみてください。御爺様ゲルガルドはそれを、承諾するでしょう』


『提案?』


『今から三ヶ月後、帝都である祝宴パーティーが開かれます。それに出席すると、言ってみてください』


祝宴パーティーに……?』


『それを言う意味は、その時の御父様あなたが理解するはずです。……そしてもう一つ、その祝宴パーティーに私も参加するよう提案してみてください』


『!』


『私から伝えられる道筋は、それだけです。……それ等を提案するかどうかは、貴方が選んでください』


『……その祝宴パーティーに私達が出る事で、君の言っていた運命が変わるのか?』


『はい。……そこで私達が出会う人の運命が、大きく変わります』


『!』


『そしてその人が、この世界にいる様々な人達の運命を変えてくれる。……そんな気がするんです』


 そう言いながら柔らかく微笑む『黒』のリエスティアに、ウォーリスはその意味を自分なりに解釈し理解しようとする。

 しかし自分達の運命を変える程の存在がその祝宴パーティーに居るのかと考えた時、ウォーリスの脳裏には疑問ばかりしか浮かび上がらなかった。


 そうした話をしてから夜が明けて朝になった数時間後、屋敷から訪れた十数人の執事や侍女達が納屋いえまで訪れる。

 すると現当主ゲルガルドの意思を改めて伝え、ウォーリスとリエスティアの親子が屋敷で暮らす為の引っ越しが始まった。


 二人が持ち出した必要最低限の荷物を除き、その納屋にあった家具などはほとんど廃棄されてしまう。

 カリーナと十年余りの時間を過ごした納屋いえとの別れを秘かに惜しんだウォーリスは左手を伸ばし、リエスティアの小さな右手を握りながら執事や侍女と共に二十年振りに屋敷の生活へ戻った。


 そこで用意された屋敷の部屋は、元の納屋いえを五倍以上の空間と豪華な調度品で整えられている。

 また娘であるリエスティアにも別室の子供部屋が与えられ、二人にはそれぞれに傍仕えとなる執事と侍女が付けられた。


 しかしウォーリスに付いた執事や侍女は、仕えるべき人間の姿に僅かな困惑を抱いているのが見え隠れしている。

 ウォーリスの見た目は十二歳前後の少年にしか見えず、彼等が今まで仕えていた異母弟ジェイクの兄と説明されていながらも、それを納得するのは難しいようだ。


『――……本当にあの方は、ジェイク様の兄君なのだろうか……?』


『私も初めて御兄弟だと教えられた時には、向こうが弟だと思ってたわ……』


『……ふっ』


 案内し終えた部屋の外でそうした言葉を呟き合う執事と侍女の声を聞き、ウォーリスは嘆息しながら鼻で笑う。


 傍から見れば少し年の離れた幼い兄妹にしか見えない二人の姿は、親子として異質かもしれない。

 それをあっさりと受け入れていたカリーナという女性の器の大きさを改めて知るウォーリスは、一人になった部屋の中で呟いた。


『やはりカリーナは、素晴らしい女性だった。……彼女との約束を守れるのなら、私は何でもするさ』


 カリーナと交わした約束を思い出すウォーリスは、『黒』のリエスティアが提案したことを実行する意思を固める。

 そして翌日、ゲルガルド伯爵家の家中達が集められた食堂グレートホールにて、現当主ゲルガルドが改めて宣言した。

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