嘘の末路
それを叶えたのはケイルの魔剣に宿り
そのザルツヘルムを捕縛するに留めた『青』は、ウォーリスが
しかしエリクが知る情報からウォーリスの目的が辿られ、
その目的を叶える為の最短手段として、神殿内に存在するオリジナルの『マナの樹』を破壊する方法があるとエリク達も理解する。
更にウォーリス本人は神殿内部に侵入している事が明らかになると、エリクとマギルス、そしてケイルの肉体を依り代にした未来のユグナリスは神殿へ侵入する為に入り口の大扉へ向かった。
傷を癒され体力が回復したマギルスは、大階段を素早く駆け登る。
しかし自身の
その二人を容易く追い抜いた未来のユグナリスは、赤い閃光となって瞬く間に大階段を登り終える。
そして大扉の前に立つと、それを見上げながらケイルの肉体を通して右手の甲に宿る『赤』の
「――……ここが本当に、俺の知る
未来のユグナリスは神殿の巨大な大扉に近付き、聖紋が輝く右手を前に伸ばしながら歩み出す。
そして大扉に右手を触れさせると、依り代とするケイルの
その直後に大階段を登り終えたマギルスは、未来のユグナリスと大扉が赤く輝いている姿を驚きながら見る。
すると自分達の数十倍はあるだろう巨大な神殿の大扉が、内側へ開いていく光景が窺えた。
「――……あのお兄さんが、扉を開けてる……!?」
未来のユグナリスが然も当然のように開け放つ大扉を見て、マギルスはそうした呟きを漏らす。
そして大扉が完全に開き終えると、未来のユグナリスは振り返りながらマギルスに声を向けた。
「貴方達も来るなら、急ぎましょうっ!!」
「あ、うんっ。――……おじさん急いで! 扉、閉まっちゃうよ!」
「――……あぁ……っ!!」
完全に開き終えた大扉へ向けて、未来のユグナリスは躊躇も無く走り進む。
すると止まっていた大扉が徐々に外側へ動き始め、閉まる様子が見えた。
マギルスはそれを見ながら僅かに焦り、大階段を今も駆け登るエリクへ急ぐように呼び掛ける。
その声と扉が閉まるような音を聞いたエリクは、大きく息を吸い込みながら自身に残る
先に大扉を潜り抜けていたマギルスと未来のユグナリスは、エリクが通り抜けるのを待つ。
そして細まる大扉の隙間を抜けたエリクは、無事に大扉を通行する事ができた。
閉まる大扉の音を背にしたエリクは肉体に纏わせていた
それを心配そうに見下ろすマギルスは、不安な様子で声を掛けた。
「おじさん、やばくない?」
「はぁ……はぁ……。……大丈夫、だ……」
「いや、大丈夫に見えないんだけど!」
尽きかけている寿命と疲弊する肉体の老化現象により、エリクは肩を揺らしながら大きく息を乱す。
それを察するマギルスは、既にエリクが戦うことも困難な状況に陥っていると理解した。
そんなエリクに対して、未来のユグナリスも厳しい表情を見せながら自身の意見を向ける。
「貴方はここに残った方がいい。後は、俺達に任せてください」
「……俺も、行く」
「無理です。……俺には分かる。貴方から感じる命は、微かな灯火しか残されていない。そんな貴方が戦っても、あのウォーリスには一撃すら入れられずに死んでしまう」
「……そんな事は、分かっている」
「なら……!」
諭すように話す未来のユグナリスだったが、それを押し退けるかのようにエリクは曲げていた膝を立たせながら
そして未来のユグナリスと顔を向かい合わせ、衰えた肉体を超越した強い意志の宿る黒い瞳を向けながら話した。
「……俺はアリアの為に、この命を使うと決めた」
「!」
「アリアが無事なら、俺はそれでいい。……だからウォーリスを倒すのは、お前達に任せる」
そうした言葉を向けるエリクに、二人は確かな強い意思を感じ取る。
それが朽ち果てそうな寿命と肉体のエリクは突き動かし、守るべき
すると未来のユグナリスは、エリクと自身の感情に共通した思いがあると察する。
そして渋る表情を見せながらも、意思の強いエリクの黒い瞳と自分の赤い瞳を重ねるように視線を合わせて告げた。
「分かりました。俺も、貴方の意思を止めようとは思いません」
「……」
「アルトリアについては、貴方に御任せします。……そして俺が、ウォーリスを討ちます」
「……勝てるのか? 奴に」
「俺は俺の
「一人でか?」
「いいえ。その時にはバリス殿やゴズヴァール殿、そしてテクラノス老師といった方々が助力し、敵側近を討ってくれました。……その間に俺は、この先にある場所でウォーリスと戦ったんです」
「!」
未来のユグナリスは視線を動かし、身体を
すると右手の甲に宿る『赤』の
無限に続く回廊の仕掛けを知るかのようにそれを解いた未来のユグナリスは、二人に呼び掛けながら歩き始める。
「走らずに、歩いて付いて来てください。走るとそれに反応して、回廊が発動してしまいますから」
「あ、ああ」
未来のユグナリスは廊下の先に見える光を目指して歩くと、驚きを浮かべる二人はその
するとマギルスは不思議そうな
「さっきの
「この神殿に働きかけているのは、
「
「『|青』の話だと、この
「へー。じゃあ、
「いや。与えられている権限は、
「そっか、そんな便利なものじゃないんだね」
「他にも聖紋の色で、それぞれ違う効果が与えられているようだけど。……この『赤』の聖紋は、現世に留まる魂と瘴気を浄化し、輪廻に送る
「ふーん。だからお兄さん、沢山の魂と瘴気を取り込んだ
「それもあるけどね。……でもザルツヘルムを圧倒できたのは、俺が魔大陸の強者達と出会えたのが大きい」
「!」
「同盟都市でウォーリス達に殺されかけた俺は、
「……」
「でも魔大陸で、人間の女性に出会った。その女性は俺を救い、魔族の村で保護してくれた。そして俺の身の上で起きた事を聞いてくれて、俺が強くなる為に助力してくれたんだ」
「へー。魔大陸って、人間も暮らしてるんだね? 魔族だけだと思った」
「いや、彼女は魔大陸で旅をしていたらしいんだ。そして偶然、俺を見つけたらしい。……そして彼女の伝手を頼り、俺は魔族の
「!?」
「魔族の、
未来のユグナリスは自分が魔大陸に転移した後の状況を語り、そこで魔族の
しかしその表情は懐かしむような親し気なモノではなく、未熟な青年が厳しい現実と向き合うような真剣な瞳をさせていた。
「俺は始め、彼女を介して助力を求めた。人間大陸に、悪魔を従えて人々を殺した
「!」
「ただ、俺自身を修行は手伝ってくれた。……彼等は『人間が起こした事は人間だけで解決すべきだ』と、そうした意見を持っていた」
「……フォウル国の巫女姫と、同じだね」
「それだけ、彼等は人間に関わりたくないんだろう。恐らく天変地異が起きたとしても、自分達を守る為だけに集中すると思います」
そう語るユグナリスの言葉には確信が秘められており、マギルスやエリクは自分達の知る
魔人と魔族の
それが二度ほど起きた人魔大戦の影響もあるのだろうと考えながらも、三人の足はついに廊下の先に在った光の門へと到着する。
するとユグナリスは躊躇いもなく光の中に足を踏み入れ、エリクとマギルスもそれに追従するように光の門を潜り抜けた。
そして抜けた先に広がる広大な自然と外のような青空の空間に、二人は目を見開きながら口を開いた。
「――……ここは……!?」
「
「ここが、神殿の
「……あの巨大な
「うわっ、空の上まで伸びちゃってるよ……!?」
未来のユグナリスはそこから見える巨大な大樹に人差し指を向け、それが『マナの樹』である事を教える。
するとエリクとマギルスは戦々恐々とした面持ちを浮かべながら、巨大な大樹を見上げた。
しかし次の瞬間、マナの樹が存在する方角から凄まじい音が鳴り響くのを三人は聞く。
それを聞いた未来のユグナリスは身構え、身体に『生命の火』を強く纏わせながら言い放った。
「――……先に行きますっ!!」
「僕も行くね! ――……あっ、ここって魔法が使えるんだっ!!」
未来のユグナリスが赤い閃光となって神殿内の自然空間を飛翔し、衝撃音が聞こえた場所まで飛び向かう。
その飛翔方法が魔力を用いている
疲弊するエリクも二人を追う為に走るが、その速度は二人を遥かに下回る。
更に障害物の多い地上を走る必要がある為、二人との距離差は瞬く間に開いてしまった。
「……ク……ッ!!」
二人の姿が視界から完全に消えた事を察したエリクは、思うように動かない自身の状態を歯痒く感じる。
しかし決して諦めることは無く、そのまま広大で巨大な森に足を踏み入れた。
それから幾度かエリクの耳に衝撃音が届き、何者かがマナの樹の周辺で戦っていると理解する。
しかし自分達が来るより前に
「……まさかアリアが、ウォーリスと戦っているのか……? ……だとしたら、急がなくては……!」
連れ去られ捕まっていたアルトリアが反撃を開始し、ウォーリスと戦闘を開始していた可能性をエリクは考える。
それは必然としてエリクの足を更に急がせ、ただ衝撃音が鳴る方向へ掻き分けながら森を進めさせた。
その道中、エリクは道なき道から拓けて整理された通路らしき場所が在るのを微かに横目で捉える。
しかしそれを無視して進もうとした瞬間、その微かな視界に映った光景に思わず驚愕しながら足を止めた。
「――……な……」
唖然とした表情で左側に顔を向けたエリクは、今度は両目でその光景を確認する。
しかしそれでも何かを否定するように首を横に振り、森の中から歩み出ながら拓けた石畳の通路に足を進ませた。
そして通路の真ん中で足を止めたエリクは、そこで顔を見下ろしながら両膝を落とすように曲げる。
すると震える両手を伸ばし、そこに倒れている何かに恐る恐る触れた。
「……アリア……?」
「……」
「アリア……アリア……?」
エリクは通路に倒れているモノの名を呼び、静かに肩を揺らす。
そして金色の髪を掻き分け、その顔を覗き込みながら右手を頬に触れさせた。
その頬は冷たく、エリクに温もりを感じさせない。
それでもエリクは否定するように首を横へ振り、倒れているそれを抱き寄せながら正面を向かせた。
そうして初めて、エリクはその下にある地面に血溜まりが出来ていた事に気付く。
そして正面を向かせたその身体の胸には一筋の切れ込みがあり、茶色のドレスを赤色に染め上げた
エリクはそれを見ても尚、首を横に振りながら顔を沈める。
そして優し気な声とは裏腹に、悲しみに沈んだ表情と涙を影で隠しながらそれに呼び掛け続けた。
「アリア……。……俺は、君を……助けに来たんだ……」
「……」
「なのに、俺は……また、何も出来なかったんだな……。……もう、何も……してやれないんだな……」
そう呟くエリクは涙を流しながら、冷たいその身体をただ抱き締める。
するとその時、赤に染まる
懐に忍ばせていたのであろう
そして血で滲んでいく封筒が、自分が記憶を失うであろうアリアの為に書いた手紙である事に気付いた。
「……そうか……。……ずっと、待っていてくれたんだな……」
「……」
「俺が来ると、信じてくれていた……。……なのに、俺は……君よりも……嘘吐きだ……っ!!」
「……」
「ぁあ……ぁああ……ァアアアァァアガアアアアアッ!!」
エリクは自身に渦巻く感情が何なのかすら理解できぬまま、顔を振りながら涙を散らすように咆哮を上げる。
すると白い眼球は赤い血管が広がるように赤く染まり、焼けた肌は次第に赤い色へと変色し始めた。
そして咆哮を上げ続けるエリクの
『――……結局、こうなるか。……馬鹿野郎がよ』
その声を最後に、エリクの精神は消えて魂と肉体は赤い色に染まる。
白髪のまま膨張する肉体が
こうして世界を破壊するウォーリスの目論見を止める前に、エリクにとって最後の希望が終わる。
そして再び己の狂気に身を飲まれた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます