神の目覚め
しかし最奥に広がる世界を観察する暇も無く、巨大なマナの樹の周辺から響き渡る衝撃音を聞いたマギルスと未来のユグナリスは、互いの手段で空を飛びながら衝撃音の発生源を目指した。
白髪となり疲弊したエリクはそれを地上から追い、アルトリアを助けるという意思でウォーリスと対峙しようとする。
しかし道端で放置されていたアルトリアの亡骸によってエリクの意思は挫かれ、精神の
その原因となった、アルトリアが倒れた時間へ場面は戻る。
そしてアルトリアの肉体と魂を分離し心臓に封じ込めた後、
アルトリアの先導を必要としなくなったウォーリスの走りは、周囲を吹き抜ける風の如く速さを見せる。
そして木々をすり抜けながら
「――……もうすぐだぞ、ウォーリス。私の忠実なる息子よ」
『……』
「どうした、嬉しくないのか? もうすぐ我々の手で、この世界を支配できるというのに」
『……ここまでの長い
「フッ。私に比べれば、お前が感じる時間など細やかなモノだ。――……私はこの時を、二千年以上前から夢見ていたのだから」
ウォーリスは表面的に独り言を呟きながら走りつつ、その
一人は
そのゲルガルドに応じているのは、転生した彼が血縁者の肉体を奪い、
一つの肉体に二つの魂が共存しているという異質な状況の中、それでも彼等の中には明確な上下関係は確立しているようだった。
『……二千年以上前。第一次時人魔大戦の時代、貴方は生まれた』
「そうだ。私は当時の人間大陸に生まれ、自分がこの世界で特別な存在である事を自覚していた。――……何せ私には、前世の記憶があるのだから」
『……チキュウでしたか? 貴方が覚えているという、前世の世界とは』
「そう、地球……私達のような人間が誕生した星の名だ。――……しかし、地球もまた下らない世界だった」
『
「下らぬ
『貴方は、そうではなかったと?』
「
『……』
「奴等は私の知識を利用するだけ利用し、最後にはそれを兵器に転用した。人を生かす為に考えた私の知識と技術が、人を殺す為に使われたのだ。……それを良しとしない私に対して、奴等は用済みだと言いながら殺したよ」
『……だから貴方は、人間という存在そのものを強く憎んでいる』
「そうだ。……しかしこの世界に前世の記憶を持って転生した私は、私の理解者に会えた。それが当時、人間大陸を手中に収めたあの『
過去の出来事を語るゲルガルドは、その脳裏に当時の光景を思い浮かべる。
それを聞くウォーリスの精神は、感情に任せて口を走らせる父親の昔語りを止めようとはしなかった。
「
『違い?』
「彼は前世においても、そしてこの世界においても、強者に屈する事の無い強靭な精神を持ち合わせていたのだ。……彼は前世においても今世においても、自ら先頭に立ちながら圧制者達に矛を向け、苦しむ者達を導き救済した。そして下らぬ人間達の支配をする国々を全て奪い、人間大陸の全てを手中に収めたのだ」
『……貴方にとって、彼は崇拝すべき神だった』
「そう、彼こそまさしく人間の『神』だった! 愚かな人類の頂点に立ち、新たな世界へと導ける存在だった! ――……だがそれを、あの魔族共に邪魔をされた」
肉体を操りながら精神内で話すゲルガルドは、歓喜した表情を憎悪と憤怒で染める。
そしてゲルガルドの記憶には、ある人物達の姿が浮かび上がっていた。
「『始祖の魔王』ジュリア、それに付き従うハイエルフの魔女ヴェルズェリア。奴等が現れたことで魔大陸の掌握が困難になり、
『……』
「だが
『奴?』
「そうだっ!! 鬼神フォウルの息子だとかいう、あの忌々しい
『……』
「私はその時、始祖の魔王ジュリアによって殺された。……しかし死んだはずの私は、再びこの世界で転生を果たした。それが
『……貴方の目的は、大帝に代わりこの世界を支配すること。そしてその為に、今まで人間大陸の中で潜伏し自分の勢力を増やした』
「そうだとも。五百年前の
ウォーリスの肉体を操りながら広大な森の中を走り跳んでいたゲルガルドは、微笑みを強くしながらその足を止める。
すると軽く背中を仰け反らせながら、目の前に存在する巨大なモノへ視線を上げた。
その目の前には、幅数キロに及ぶ茶色の幹と緑の苔が生え伸びる
これこそがゲルガルドの求め続けながら辿り着いた、この世界の主柱とも言える『マナの樹』だった。
手で触れられる距離まで大樹に近付いたゲルガルドは、微笑みを強くしながら精神内のウォーリスと再び話す。
「いよいよだ、ウォーリス。……この
『どうするのです?』
「『マナの樹』とは、世界に漂う生命や魔力を吸い上げ濾過する機能を有している。生命体がマナの樹に触れると、凄まじい勢いで生命力が吸い取られ、養分とされてしまうのだよ」
『では、この二つは……』
「そう、
『……そして
「そうだ。そして
ゲルガルドは自らの計画をウォーリスの肉体を介して明かし、自分達が新たな
それに対して精神内のウォーリスは黙りながら言葉を伏せると、それに対してゲルガルドは微笑み話した。
「心配はするな。新たに構築した世界には、お前の望むモノが全て与えよう。死んでしまった
ゲルガルドはそう言いながら、マナの樹が生えている根本に近付く。
そして両手に持つ
しかし次の瞬間、ゲルガルドが操っていた肉体の動きが止まる。
そのまま硬直し動けなくなったゲルガルドは、強張る表情を浮かべながら呟いた。
「……何のつもりだ? ウォーリス」
『――……私が望むのは、ただ一つ。……だがそれは、貴様と同じ
「ッ!?」
『私もこの日を、ずっと待っていた。――……貴様という男の息子に生まれた事を後悔してから、ずっとだっ!!』
「なっ、何を……おいっ、止めろっ!!」
肉体の制御が効かなくなったゲルガルドは、自身の計画とは異なる動きを強要される。
それは
ゲルガルドは
そして左腕に抱えられた『肉体』の胸に、『魂』が封じられた心臓が触れ重なった。
「ウォーリスッ、
『――……さぁ、目覚めろ
心臓を覆っていた
その二つが黄金の輝きを放ち始め、心臓に宿る『魂』が『肉体』へと移り始めた。
そして次の瞬間、黄金色の光がウォーリスの肉体を弾くように吹き飛ばす。
その衝撃と威力は硬直していたウォーリスを吹き飛ばし、多くの木々を粉々に砕き折らせた。
「――……グ……。……クソ……ッ!!」
ゲルガルドは再び肉体の主導権を取り戻し、ボロボロになった黒い礼服で立ち上がる。
そしてウォーリスの裏切りを咎めるよりも、異様な気配が『マナの樹』の方角から感じ取った。
「……まさか……ッ!!」
ゲルガルドは粉々になった木々の通り穴を通して、自分達の居た場所を確認する。
するとそこには、黄金色に輝く一人の女性が立っていた。
その女性の風貌はリエスティアと同じながら、以前より大きく異なる様子も窺える。
長い黒髪が少しずつ白銀へと染まり始め、耳の先端は僅かに尖り、微かに動く瞼が赤い瞳を薄らと開けさせた。
それを見たゲルガルドは、顔面を蒼白とさせながら
そして本人にも思い寄らぬ言葉を口にし、驚愕を浮かべさせていた。
「奴が、
「……」
「まさか、
そこで変貌していく女性の姿を見ながら、ゲルガルドは思わぬ人物の名を口にする。
それは
こうしてゲルガルドは
そして目覚めた
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