虚無の世界


 意識の無いケイルの肉体からだを依り代とし、魔剣に精神体たましいを宿らせていた未来のユグナリスは現世に姿を現す。

 そして対峙した悪魔騎士ザルツヘルムを自身の『七聖痕ちから』で弱体化させ、トドメを刺す寸前まで追い込んだ。


 それを止めた『青』はザルツヘルムを捕縛し、未来のユグナリスに自分達の知る未来せかい現世いまの状況が大きく異なっている事を教える。

 すると帝国が滅びていない事を未来のユグナリスは知り、出産後に死ぬはずだったリエスティアや子供シエスティナが生きている事に炎の涙を流した。


 こうしてザルツヘルムに対する敵意と憎悪を僅かに静めた未来のユグナリスに対して、『青』は改めて捕縛したザルツヘルムを見下ろす。

 そして彼を捕縛した理由について、改めて周囲に居る者達に伝えながら問い掛けた。


「――……ザルツヘルム。この男はかつて、元ルクソード皇国の第四兵団の師団長であり、ウォーリスの母親であるナルヴァニア=フォン=ルクソードの従騎士だった」


「……」


「エリク、そしてマギルス。お前達の介入によってこの男は皇国で死亡し、死後には遺体を回収され死霊術で蘇り、このような悪魔となったようだが。……こうして捕らえる事に成功した以上、お前の知る事を喋ってもらうぞ」


「……私は主君を裏切らない。殺せ」


 光の枷を手足と首に嵌められ、その周囲を光の檻で囲まれているザルツヘルムはいさぎよくそうした言葉と睨みを『青』に向ける。

 それに対して涙を引かせたユグナリスは厳しい表情を浮かべたが、それを制止するように『青』は続く言葉を向けた。


「我々は未来において、何も分からぬ事が多かった。……ウォーリスの目的、その正体も」


「……」


「お前達を『敵』として討つ事は、至極単純な目的だった。……しかし未来のアルトリアが行おうとしていた事を『黒』が止めようとした事で、我等もまたウォーリスの目的が世界の掌握するのが最終目的ではない事を知り得た」


「……どういう事だ?」


 『青』の口から未来のアリアに関する話が出た時、エリクが腰を降ろした姿勢のまま問い掛けの言葉を向ける。

 すると『青』はそれについても語り始め、自分自身が今まで抱いていた情報を明かした。


未来あのときのアルトリアが人類を滅ぼそうとしていた事は、知っているな?」


「……ああ」


「だとすれば、未完成だった私の魔導人形ゴーレムを使って滅ぼすという回りくどい手段を用いるのは奇妙だ。しかも十五年も掛けて、あれほどの魂と瘴気をコアに溜め込み瘴気砲として用いるのも、非効率的だっただろう」


「……?」


「分からぬか? アルトリアが魔導人形ゴーレムを使って人類を殺め、大量の魂と瘴気を集めていたのには、別の思惑があったのだ」


「なに……?」


 実際に未来のアリアと対峙し戦ったエリクは、そうした情報を聞いて疑問の表情を強める。

 すると隣で聞いていたマギルスは立ち上がり、首を傾げながら『青』に問い掛けた。


「その思惑って、なんなの?」


「恐らく、世界のことわりを破壊することだったのだろう」


「世界の、ことわり……?」


「この世界には、我々のように生命を持つ者達が暮らす『現世げんせ』の世界と、死者の魂が行き着く『輪廻りんね』の世界が存在する。その二つの世界は定められたことわりの中で循環する事で、この世界は成り立っているのだ」


「二つの世界が、循環?」


「『生』と『死』という概念は、言わば生命を循環させる為に必要な状態。二つの世界は互いに均衡バランスを保つ為に、生命を育み寿命を終えながら新たな生命を生む。……だがあの未来では、その均衡バランスが崩されていた」


 そうした事を語る『青』に、エリクは記憶にある『クロエ』との話を思い出す。

 未来のアリアが死霊術を解いて死んだ後、『クロエ』は死者であるアリアが多くの死を招き留めた事態が世界の均衡バランスを崩していたと語っていた。


 それと同じ話をしている事を理解したエリクは、理解しようと悩むマギルスを横目にしながら『青』に向けて口を開く。


「……死者であるアリアが、多くの人間を殺したからか?」


「そうだ。本来の『死』とは、『生』へと移る為に設けられた世界の理ルールでもある。だが未来のアルトリアはそれを破り、世界のことわりを大きく乱した」


「……どういうこと?」


「『生』ある者が『死』へ至らせる事はあっても、『死』へ至った者が『生』ある者を殺すのは循環の逆転させる行動。それは世界の循環システムを狂わせ、『現世』と『輪廻』の世界の均衡バランスを狂わせる行為なのだ」


「うーん……。……なんとなく分かるけど、それがどういう話になるの?」


「もし仮に、未来あのときのアルトリアが大量の死者を集め生み出していた瘴気を用いて、人類だけではなく世界の生命を多く死に追いやった場合。この世界はどうなったと思う?」


「どうって……みんな死んじゃうだけじゃない?」


「そうだ。しかし瘴気に侵され『輪廻』にけない魂は、『現世げんせ』に留まる。そして『生』が多く在るはずの『現世せかい』に『死』の存在が上回り、世界のルールは破綻する。そうなれば『現世』と『輪廻』の世界は境界を失い、消滅する」


「消滅……!?」


「『生』と『死』という概念は世界から失われる、どちらも存在しない『虚無』へと至るだろう。……アルトリアがあの瘴気を蓄えていたのは、『生』と『死』の無い……何も存在しなくなる世界にしたかった可能性が高い」


「……ッ」


 『青』はこの世界の概念を教え、二つの世界によって均等バランスが保たれている事を明かす。

 それを聞いていたエリクは、未来のアリアが垣間見せていた世界に対する興味の無さや空虚な表情が、最後にそうした状態になる事を知っていたからではないかと思い始めた。


 そうして各々が理解の差が生じながら考える様子を見せる中で、『青』は再びザルツヘルムを見下ろしながら確信染みた言葉を向ける。


「だが、自分の記憶を失った未来のアルトリアがそうした知識を知るはずがない。自力で辿り着いたにしては、我等の目を欺くのは早過ぎる。他にもウォーリスを討つ時に、魔導国を奪ったタイミングも良過ぎる。……まるで何者かに、そうするようそそのかされていたようだ」


「!?」


「そして乗っ取った魔導国で魔導人形ゴーレムを量産し、緩やかに世界を『死』で満たしていたのも、何かを待っていたからだろう。……例えば、未来あのとき天界ここへ渡ったウォーリスと共に、何かを起こそうと考えていたとしたらな」


「……まさか……」


 『青』は未来のアルトリアとウォーリスが秘かに結託し、『天界うえ』と『地上した』で何かしらの行動を起こそうとしていたという推測を語る。

 それを聞いていた未来のユグナリスは、何か思い当たる節を抱きながら表情を強張らせた。


 そして改めて『青』は、拘束したままのザルツヘルムに問い掛けを向ける。


「ザルツヘルム、貴様のあるじは……ウォーリスが真に目的とするモノは、何だ?」


「……お前達が何の話をしているのが、まるで理解できない」


あるじの本当の望みは聞いているのだろう? それを教えろ」


「……殺せ」


 今まで『青』達の話を拘束されたまま聞いていたザルツヘルムだったが、未来の出来事を知らない彼には理解できずにいる。

 しかし主と仰ぐウォーリスの目的を明かすのを頑なに拒絶し、自らの死を勧める視線と声を向けた。


 そんな時、エリクが不意に言葉を零す。


「……奴は、この世界がいびつだと……不完全だと言っていた」


「!」


「そんな不完全な世界を、許せないとも言っていた。……そして世界を滅ぼし、新たな世界を作る。だから、創造神オリジンの『魂』と『肉体』が必要だと……」


「……それは、ウォーリス自身から聞いたのか?」


「ああ。……それを聞いた時には、よく分からなかった。だが『おまえ』の話を聞いて分かった。……奴はこの世界を全て壊し、永遠の世界というのを作るつもりだ」


「永遠の世界?」


「それが何なのかは、俺もよく分からない。……だが、未来あのときのアリアも同じような事を言っていた。新たな世界を作ると。……それが未来あのときのアリアとウォーリスが、協力していた理由かもしれない」


「……なるほど。既存いまの世界を壊し、新たな世界を作る。その為に創造神オリジン権能ちからを求めるか。……辻褄は合うな」


 エリクは未来のアリアと現代のウォーリスが述べていた言葉で重なる部分を思い出し、そこから彼等が共有させていた目的を導き出す。

 それを聞いていた『青』は納得を浮かべようとしたが、それに対してザルツヘルムは強情だった表情を僅かに緩ませながら口元を微笑みに変えた。


 それに気付いたマギルスは、首を傾げながら微笑むザルツヘルムに問い掛ける。


「なんで笑ってるのさ?」


「……お前達には、分かるまい」


「?」


「あの方が、どうしてこのような凶行に及ぶのか。そして本当は、何を望んでおられるのか。……我々以外に、誰も理解できるはずがない……」


「……新しい世界を作るだけが、目的じゃないってこと?」


「そんな目的モノは、単なる副産物に過ぎない。……あの方は、この世界の犠牲者だ。だからこそ、この世界を壊す権利がある」


「壊す、権利?」


「……あの方の為に、十分な時間稼ぎは出来た」


「!」


「今頃、あの方は創造神オリジン権能ちからを手に入れているだろう。……もう、お前達は間に合わない」


 ザルツヘルムは頑なに閉じていた口に綻びが生まれたかのように喋り始めると、最後にそうした煽りの言葉を向ける。

 それを聞いていた『青』とユグナリスは表情を強張らせ、エリクとマギルスに視線を向けながら問い掛けた。


「ウォーリスは何処ですっ!?」


「あっ、多分……あのデッカい門の向こう側だね。僕が来た時に、半分だけひらいてたから」


「もう神殿内あのなかに……!!」


 ウォーリスが既に神殿内部へ侵入している事を聞いた未来のユグナリスと『青』は、互いに表情の強張りを強める。

 そんな二人の焦るような表情を見上げるエリクは、身体を起こしながら問い掛けた。


「あの神殿なかに、何かあるのか?」


「……マナの樹です」


「マナの樹……。……確か、人が生き返る実を生やすという……?」


神殿内あのなかには、既に地上で失われた太古のモノが多く存在する。特にマナの樹は、我々の居た地上せかいに存在した大樹モノ大元オリジナルだ」


「!?」


「しかもアレは、この世界で『生』と『死』の循環を司る機構システムも担っている。……もしウォーリスの狙いが本当に世界を破壊する事であれば、マナの樹を破壊するのが最も早い手段だ」


「なにっ!?」


 神殿内に何があるかを知る『青』と未来のユグナリスは、そこに『マナの樹』が存在している事を明かす。

 それを聞いたエリクは驚愕を強めたが、更にその大樹が世界にとって重要な機構システムである事を初めて聞かされた。


 そうして焦りの表情を浮かべる三人に対して、『青』は冷静な面持ちのまま指示を飛ばす。


「お前達は、先に神殿なかへ向かえ!」


「分かった」


「マナの樹ってのを、壊させなきゃいいんだね!」


「俺も! 俺がもう一度、ウォーリスを倒しますっ!!」


 傷と体力が回復したマギルスは走り出し、僅かに遅れた白髪のエリクも再び大階段を駆け上がる。

 それに付いて行くように未来のユグナリスも走り、『生命の火』を肉体に灯しながら二人を追い越すほどの速力で駆け上り始めた。


 こうして互いの知る情報をすり合わせた四名は、ウォーリスの目的とその手段に改めて辿り着く。

 そして世界を破壊させない為に、最後の『マナの樹』を守るべく三人はウォーリスを追い始めたのだった。

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