覗き込む視線


 『創造神オリジン』の権能ちからを得ようとするウォーリスの主導により、創造神の魂を持つと推測されたアルトリアは連れ去られる。

 そして肉体に呪印を施され魔法や生命力を大きく制限されたアルトリアは、何処かも分からぬ監獄に閉じ込められた。


 一方その頃、旧ゲルガルド伯爵領地の都市に潜入を試みていた帝国皇子ユグナリスと狼獣族エアハルトは、一時間程で思わぬ場所に姿を現す。

 そこは都市内部の道に点在する円形状のマンホールであり、それなりの道幅で人の気配が無い路地裏だった。


「――……誰も、いませんね……」


「さっさと出ろ。水路ここは鼻が曲がる」


「ちょっと、待ってくださいよ。……よっと……っ」


 マンホールを僅かに開けながら周囲を見渡すユグナリスを、右手と両足で梯子をのぼるエアハルトが不機嫌そうな声を発する。

 それに気圧される形でマンホールを押し開けたユグナリスは、身を乗り出しながら路地裏の地面へ足を着けた。


 それを追うように飛び出たエアハルトは、地面に着地しながら身を屈める。

 エアハルトが出た様子を確認したユグナリスは、ふたを閉じながら路地裏の先に見える景色を見据えた。


「……本当に、都市の中みたいですね。よく、あんなところから……」


「言っただろう。俺の鼻ならすぐ分かると」


「でも、地面と水路を壊しちゃいましたし。都市ここの人達には、いい迷惑かも……」


「馬鹿のくせに真面目とは、救いようがないな」


 そうした事を言い合う二人は立ち上がり、互いに両側に視線を向けながら警戒した様子を見せる。

 幸運にも路地裏に人影は無く、また出て来た路地裏は建物の壁が三方向に広がっており、十数メートル先に見える表通りらしき場所からは暗くて気付かれ難い立地をしていた。


 しかし表通りには、人の気配や声で溢れている

 それを知ったユグナリスは、改めて半裸状態のエアハルトを見ながら渋い表情を見せた。


「……流石に、その格好すがたで歩いていたら怪しまれますね」


「確かに、そんな服では悪目立ちするだろうな」


「ちょっと待ってください。なんで俺が怪しまれる話になるんです?」


「貴様の服に比べたら、半裸のほうが遥かに目立たん」


「いや、俺の方が目立たないでしょ。片腕だけに半裸姿って、なんでそれで怪しまれないって思うんですかっ!?」


「ふんっ。こんな姿をした連中だったら、今まで何度も見てきた。どうせ貴様は、そんな連中が居る場所になど行った事も無いのだろう」


「!」


「それに比べたら、お前の姿は誰よりも目立つ。金を持っていそうな獲物カモだ」


 エアハルトは悪態を見せながらそうした言葉を向けると、ユグナリスは困惑した表情を見せる。

 この噛み合わない会話で違和感を得たユグナリスは、そこから想像力を働かせてエアハルトに問い掛けた。


「……エアハルト殿の出身は、何処なのですか?」


「知らん」


「えっ。でも、出身地くらいは……」


「覚えていない。薄汚い人間共が大勢いた場所の名など、覚える気も無い」


「ということは、人間の国で生まれたんですよね?」


「……その話を、今する必要があるのか?」


「い、いえ。……ただ少し、気になっただけです」


 その問い掛けに不快な表情を強めたエアハルトは、鋭い睨みを向けながら低い声を発する。

 それに気圧される形で言葉を引かせたユグナリスは、改めて表通り側を見ながらエアハルトに尋ねた。


「でも、これからどうするんです? 表に出たら、この格好の俺達だと怪しまれるでしょうし」


「……なら、何処かで不自然じゃない服を調達すればいい」 

 

「でも、服の注文をしているわけがないし……。お金も、持って来てなくて……。」


「……貴様、本気で言っているのか?」


「えっ。だって、服を手に入れるなら服飾店ふくしょくてんに注文する必要があるんじゃ?」


「……」


「ちょっ、なんですかその顔は……」


 然も当然のように話すユグナリスの様子に、エアハルトは眉間に皺を寄せた表情を強める。

 それを見るユグナリスは困惑しながら問い掛けると、それを無視するようにエアハルトは周囲を見渡し、三方向にある建物の壁を見据えながら呟いた。


「……登れるな」


「な、何なんです? 俺、何か変な事でも言いました?」


「どうでもいい。それより、この壁を登るぞ」


「えっ。……この壁を?」


「ああ」


「いや、だって……ほとんど出っ張りが無いですよ? これじゃあ、指を引っ掛ける場所が……」


「なら、俺の真似をして登れ。実際に見た方が早い」


「えっ」


 真っ直ぐとそびえ立つ建物の壁を見るユグナリスに対して、エアハルトはそう述べる。

 すると僅かに腰を下げて両膝を沈めた後、エアハルトはその場で凄まじい跳躍力ジャンプを見せた。


 そして建物の高さ半分に達する十メートル程まで跳躍した瞬間、右側の壁に右足を蹴り込む。

 すると身を翻しながら中空で身体を回転させたエアハルトは、更に左側の壁を両足で蹴りながら飛び上がり、壁に激突する前に両足を右側の壁に着けた。


 更に両側の壁を蹴りながら身体を跳ね上がるエアハルトは、十秒にも満たぬ時間で建物の屋上に辿り着く。

 そして路地裏を見下ろしながら、そこに立つユグナリスに右手で上がって来るように伝えた。


「……そんな登り方は、訓練して無いんだけどな……。……そうだ」


 凄まじい身体能力で壁を登ったエアハルトに感心しながらも、それを真似るよう求められるユグナリスは同じように身を屈める。 

 その瞬間に体内を巡る生命力と魔力を高めながら身体に纏った瞬間、凄まじい跳躍力ジャンプを見せた。


 しかしその跳躍力ジャンプは、先に跳んだエアハルトの倍以上まで伸びる。

 その凄まじい勢いによって、壁を蹴る必要も無いままユグナリスは建物の屋上へ着地して見せた。


 それを睨みながら見るエアハルトに、ユグナリスは自信に満ちた表情で口元に笑みを浮かべる。


「――……意外と、簡単に跳べましたね」


「……馬鹿が」


「え?」


 一度の跳躍ジャンプで屋上まで辿り着いたユグナリスに対して、エアハルトは苛立ちを含んだ声を向ける。

 それに思わず驚いたユグナリスだったが、その理由をエアハルトは明かした。


「どうして俺が、貴様のように身体強化をせずに登ったと思う?」


「え……」


「もし敵に魔力を感知できる魔人がいれば、高めた魔力に気付かれる。生命力オーラも同じだ。都市外そとならともかく、都市内に感知できる監視者がいたら気付かれる」


「……あっ」


「あの老人おとこ、こんな初歩的な事も教えていないのか。……単に、コイツが馬鹿なだけか」


 エアハルトの言葉で初めて自分が迂闊な事をしたと気付いたユグナリスは、焦りの色を濃くしながら表情を強張らせる。

 それに呆れるエアハルトは、愚痴を零しながらも屋上から周囲を見渡しながら警戒し続けていた。


 しかしエアハルトの視界には都市内にそびえる建物しか見えず、高い建物の硝子ガラス窓から自分達を見ている人影が居ない事を確認する。

 そして小さな鼻息を漏らしながら、再びユグナリスを睨みながら告げた。


「ここからは気配を殺せ。魔力も生命力オーラも使うな」


「は、はい……。すいません」


「フンッ。……干されている服を見つけて、適当にって着るぞ。貴様も見つけたら着替えろ」


「えっ、俺も? というか、それって人の服を盗むってことじゃ……」


「手に入らないなら奪えばいい。それに、ただでさえ目立つ赤髪かみ赤服ふくなんだ。貴様の正体があばかれないとでも思うのか?」


「ぐ……っ」


「あの女のように偽装できないなら、せめて服だけでも着替えろ。これ以上、俺の足を引っ張るな」


「……ッ」


 辛辣な言葉を向けるエアハルトに対して、ユグナリスはぐうの音も出ないまま気まずそうに頷く。

 エアハルトの言っている女がアルトリアである事を察し、過去に比較された事を思い出していた。


 しかし続くエアハルトの言葉が、ユグナリスの気持ちを保たせる。


貴様の女リエスティアを取り戻すんだろう。だったら、大事な事とどうでもいい事は切り分けろ」


「!」


「いざという時、それが出来ない奴が死ぬ。……死なずとも、俺のように失くした左手すがたを晒す事になる」


「……エアハルト殿……」


「チッ、何で俺が……。……行くぞ」


「あっ。――……はい!」


 悪態を吐きながらもそうした事を呟くエアハルトは、別の建物に続く屋上に向かいながら走っていく。

 そして跳躍しながら隣の建物に身体を跳び移ると、それを追うようにユグナリスも走りながら跳び始めた。


 そうして都市部の屋上を移動していく二人は、周囲を警戒しながら都市の中央区画へ向かっていく。

 しかし屋上を走る二人の姿を、遠く離れた外壁内部から覗き込む人影が捉えていた。


「――……侵入者が二人。一人は赤髪の男、もう一人は銀髪の男。……銀髪の方は、魔人だな。赤髪は、聖人ってとこか」


「どうしますか? 団長」


 外壁内部にたむろする男達の中に、団長と呼ばれながら片手に持つ望遠鏡スコープを覗き込む一人の男がいる。

 そして持っていた望遠鏡スコープを部下と思しき団員に投げ渡すと、傍に置かれている布に包まれた長筒を手に取った。


 すると巻かれている布を外しながら、長筒の中身を明かす。

 それは地味ながらも黒く美しい色合いで輝く長距離用狙撃銃ロングレンジライフルであり、銃床じゅうしょうには青に染まった宝玉は取り付けられながら怪しく光っていた。


「汚名返上の為にも、仕事は果たすさ。――……今度は直々に、俺達が撃ち抜いてやるよ。なぁ、イオルムよ」


『――……』

 

 そうした名で手に持つ狙撃銃に話し掛ける団長おとこに対して、周囲の部下達も狙撃銃を持って後に続く。

 彼等に標的として見定められた事を知らないまま、ユグナリスとエアハルトは都市内部を駆け回った。


 こうしてゲルガルド伯爵領地の都市に潜入した二人だったが、思わぬ人物がその都市の守りを担っている。

 それはオラクル共和王国にて『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァの確保に失敗した傭兵団であり、特級傭兵スネイクが率いる『砂の嵐デザートストーム』だった。

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