無慈悲の弾丸


 旧ゲルガルド伯爵領地の都市内部に潜入した帝国皇子ユグナリスと狼獣族エアハルトは、互いに怪しまれない為の衣服を探す。

 そして都市に常駐する領兵のと思しき宿舎を発見し、そこに干されていた肌着と下履きを見つけた。


 屋根の上から周囲を観察するエアハルトは、匂いを嗅ぎ取りながら干されている付近に人が居ない事を察する。

 そしてユグナリスを屋根に残し、素早く身に着けられる肌着と下履きを二枚ずつ回収した。


 それからすぐに屋根の上まで跳び乗り、ユグナリスに肌着と下履きを一枚ずつ投げ渡す。

 それを受け取りながらも申し訳なさそうに下を見るユグナリスは、すぐに肌着うえから身に着けるエアハルトに呟きを向けた。


「……いいのかな、本当に……」


「まだ言っているのか? しつこいぞ」


これが必要なのは、ちゃんと分かってますよ。……でもやっぱり、人の物を盗むのは良くないことだ」


「なら、それをくれとお前だけ頼みに行け。……待ってやるつもりはないがな」


 肌着と下履きを着終わったエアハルトは、屈んだまま着替えるのに躊躇するユグナリスを見下す。

 それを聞いたユグナリスは渋い表情を強めながら赤い上着を脱ぎ始めると、その様子を見ているエアハルトに再び尋ねた。


「こういう事は、慣れてるんですか?」


「慣れているから、なんだ?」


「いえ……。……俺と貴方は、まったく違う世界で生きていたんだなと。そう思っただけです」


「……あわれみのつもりか?」


「そんな事は言ってませんよ。……ただ、自分がそんな世界の中で生まれたら、貴方のように強く生きていけないと思ったんです」


 赤い上着と刺された際に血を浴びていた肌着シャツを脱ぎ終えたユグナリスは、渡された肌着を頭から被りながらそうした言葉を向ける。

 それを聞いていたエアハルトは不機嫌な表情を強め、視線を逸らして周囲を見回しながら警戒の様子を見せた。


 そして赤い下履ズボンも脱いで着替え始めるユグナリスに、エアハルトは苛立ちの籠った問い掛けを向ける。


「……貴様にとって、強者とはなんだ?」


「えっ。……なんですか、いきなり」


「人間にとっての強者とは、どんな者のことを言う?」


「……それはやっぱり、ログウェルのような強い人の事では?」


「違う。人間の強者とは、血筋や金でしか立場を守れぬ者達のことだ」


「!」


「特定の血を持つ者が王や貴族という立場で奉られ、金を持つ者が力となる人や物を引き入れる。……逆に立場の低い身分と血筋で生まれた者や、金も無く生きる為の物すら得られない者。そういう奴等が、偽りの強者が敷いたルールに従わされる。例え力があったとしてもだ」


「……」


「貴様は強い。だが所詮、貴様は『強者』という立場から生まれた存在だ。……そんな『強者きさま』が、『弱者おれたち』の生き方を理解できると思うな」


 怒るの籠る声でそう述べるエアハルトに対して、ユグナリスは表情を強張らせながら見上げる。

 そして下履きを着替えて脱いでいた靴を履き終えると、立ち上がりながらエアハルトに言葉を向けた。


「……貴方も、俺の馬鹿さとは違う部分で怒っている」


「!」


「アルトリアが俺を嫌った理由は、俺個人に対する感情ではなかった。……貴方も俺個人にではなく、別の何かに怒りを向けている」


「……知ったふうくちを……」


「貴方について何も知らないから、こうして聞きたいんです。……貴方はいったい、何に対して怒っているんですか?」


「……」


「俺は貴方の嗅覚ちからを信頼できると判断し、背中を預けると決めました。……そんな貴方が別の何かを怒り続けて、それを俺にぶつけて来る。そんなの、理解なんて出来ませんよ」


 改めて向かい合うユグナリスとエアハルトの視線は、睨み合う形で重なる。

 敵意と殺意の混じる睨みを向けるエアハルトに対して、ユグナリスの瞳には理解できぬ相手の心情を読み取ろうとする真っ直ぐな様子が窺えた。


 互いに目的を持って協力関係にあった二人だったが、この場において思わぬ相反を見せ始める。

 しかし次の瞬間、二人は同時に睨む視線を逸らしながら同じ方角を見た。


「ッ!!」


「!」


 何かに気付いた二人は、互いに距離を開けるように飛び退く。

 そして次の瞬間、二人が立っていた位置を貫くように小さな何かが通り抜け、着弾した屋根ばしょに凄まじい爆発が生じた。


「うわっ!!」 


「ッ!!」


 爆風と瓦礫を浴びた二人は、跳んだ距離以上に吹き飛び屋根から転がり落ちる。

 そして地面へ落下する前には、二人同時に姿勢を戻してある方角を見据えた。


「今の感覚は……っ!?」


「魔力の砲撃……いや、狙撃かっ!?」


 突如として爆発した屋根の状況から、二人は自身の感覚を頼りに起きた出来事を推測する。


 ユグナリスは自身に向けられた強い圧力けはいを察知し、反射的に跳び避けていた。

 逆にエアハルトは気配こそ察知できなかったが、自分達に向けて放たれた異質な魔力を嗅覚で感じ取る。


 互いに別の方法ながら狙われ襲われた事を即座に察知すると、同じ方向を見ながら険しい表情を向ける。

 そして二人が向ける視線の先には、二キロ近く離れた都市東部の外壁に立つ人影が見えた。


「まさか、あんな距離から攻撃を……!?」


「……この火薬の入り混じる魔力の匂い……。まさか、奴は……っ!!」


 二人は外壁の屋上うえに立つ人影を視認しながら、その人物が攻撃して来た事を互いに察する。

 しかし人影の正体や攻撃方法も分からないユグナリスに対して、エアハルトは周囲と人影が立つ外壁側から匂いを嗅ぎ取り、襲って来た人物てきの正体と武器を特定した。


 その情報を伝えるよりも早く、外壁側の人影から再び圧力と魔力が強まる。

 それを察知した二人は建物自体から離れるように飛ぶと、ユグナリスの視界に建物を襲う小さな弾丸が幾多も見えた。


「アレは――……ウッ!!」


「チィッ!!」


 放たれる複数の弾丸を視認した直後、二人が居た領兵用の官舎にその弾丸が直撃する。

 すると先程と同等以上の爆発が着弾した地点から発せられ、その近くを飛んでいた二人に再び爆風と瓦礫が襲って来た。


 エアハルトは手足を薙ぎながら爆風と共に襲って来る瓦礫を弾き砕き、ユグナリスも左腰に携える幅広の剣ブロードソードを抜きながら瓦礫を斬り飛ばす。

 そうして瓦礫の被弾を回避しながら地面へ着地した二人は、再び圧力と魔力を感じながらその場から走り出した。


 すると二人が居た地点に、正確に魔力を帯びた弾丸が着弾する。

 それと同時に更なる爆発が起こると、吹き飛ばされた二人は土煙が舞う中で互いの身体を近付けながら荒げた声を向け合った。


「エアハルト殿、これはいったいっ!?」


「狙撃だっ!!」


「狙撃っ!?」


「まさか、奴がここに居るとは……!!」


「相手を知ってるんですかっ!?」


「……この人間大陸で、最も魔人を殺している男。魔人殺しの傭兵、スネイクだ」


「魔人殺し……!?」


 エアハルトの口からスネイクの名が飛び出すと、ユグナリスは驚愕を見せる。

 しかし会話を許さないように新たな弾丸が襲って来ると、二人は再び離れながら跳び退いた。


 そして二人が居た位置に、再び複数の弾丸が撃ち込まれる。

 それが新たな爆発を起こすと、それに巻き込まれながらも姿勢を崩さぬように着地した二人は、狙撃するスネイクの方を睨んだ。


 一方その頃、外壁の屋上うえから二人を視認するスネイクは、自身の魔銃イオルムを構えながら静かに呟く。


「――……俺の狙撃スナイプに気付き、ここまで生き残る奴がいるとはな。お前も驚いたか? イオルムよ」


『――……』


「そうだなぁ、お前の言う通りだ。……最初の一発目で死ねなかった事を、後悔させてやろぜ」


 撃ち終わった薬莢を鎖閂式ボルトアクションで取り出すスネイクは、術式が施された金色の薬莢を床に落とす。

 そして長細い弾丸を素早く遊底なかへ差し込み、十発分の補充をしながら右目の視界を照準金具に合わせながら銃身を目標ふたりに定めた。


 それから時間差も無く二発の弾丸が発射されると、どちらも目標ふたりが居た場所を的確に撃ち抜く。

 それと同時に着弾した弾丸が大きな爆発を起こすと、目標ふたりを引き離しながら狙撃を続けた。


 こうして潜入に気付かれていた二人は、魔銃イオルムを持つ特級傭兵スネイクから強襲を受ける

 そして放たれる弾丸には目標ふたりの奪う為の目的が含まれ、躊躇の無い狙撃が都市内部に向けて放たれ続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る