それぞれの役割


 アルトリアが残した紙札てがかりを元に、ユグナリスとエアハルトは二人を連れ去ったウォーリス達を追う。


 しかし二人が屋敷を出ようとする際、同じ部屋に居た女勇士パールも追おうと動き出す。

 それを止めたのは、彼女パールの名前を呼んだ帝国宰相セルジアスだった。


「――……パール殿、待ってください」


「!」


「貴方には、やって頂きたい事があります。申し訳ありませんが、もう少しだけ留まって頂きたい」


「やる事……?」


 呼び止めたセルジアスの言葉を聞き、パールは疑問を浮かべながら足を止める。

 そうした間にも飛び出したユグナリスとエアハルトは屋敷を出ており、完全に出遅れたパールは頼まれた通りに待つことを選んで問い掛けた。


「私がやる事とは、なんだ?」


「あの飛竜ワイバーンで、今回の事態を近隣領地へ伝達する役目を御願いします。そしてその際、生き残った貴族家当主達を送り届けて頂きたいのです」


「……飛竜アイツで馬車代わりをしろということか?」


「申し訳ありません。しかし早急に帝都の状況を改善する為にも、生き残った貴族達とその領地の協力が必要になります」


「協力?」


「今の帝都では、生き残った住民達に満足に食料や水を配給できません。そして再び悪魔の襲撃に遭えば、成す術も無く蹂躙されるだけです。一刻も早く帝都に居る者達を近隣領地まで避難させる必要があります」


「……帝都ここを捨てて、逃げるのか?」


「はい」


帝都ここは、この帝国くににとって大事な場所なんだろう? それを捨てて、逃げるなんて……」


 セルジアスの言葉を聞いていたパールは、その行動を理解できずに困惑を浮かべる。


 ガルミッシュ帝国の中で、皇族達が住む帝都ここが特別な場所であることをパールは正しく認識していた。

 それ故に自分達の立場に置き換え、帝都の重要性を認識していたようにも思える。


 帝国人かれらにとっての帝都は、パールを含む勇士達にとって樹海もりの価値に等しい。

 そうした認識をしているパールは、樹海を滅茶苦茶に破壊され多くの勇士達を殺されたという状況に重ね、むしろ帝都を強固に守るべきなのではと考えていた。


 しかしセルジアスが述べるのは、その真逆の行動。

 敵わぬ敵が再び攻めて来る事を恐れて樹海を捨てるような選択肢に対して、パールは困惑した様子で理解を示せなかった。


 そんなパールの価値観に対して、セルジアスは堂々とした面持ちで答える。


「人々が生き永らえれば、帝都はまた建て直せます。しかしその人々に何かあれば、帝国このくにそのものが死んでしまう」

 

「!」


「その気になれば、人は様々な場所で生きていけます。しかし人が居なければ、国とは成り立たない。……今優先すべきなのは、帝都の復興ではありません。生き残った人々を生き永らえさせ、他の者達に危機を知らせる。そして新たな危機に備えること。それが今の、帝国宰相として私が行うべき役割です」


「……!!」


「その為には、貴方と従えている飛竜ワイバーンの協力が必要です。……どうか帝国このくにに生きる人々の為に、御助力を御願いします」


 椅子から立つセルジアスは、パールと向き合いながら頭を下げて頼み込む。

 それを見たパールは樹海では考えられない価値観を改めて知り、それに驚きながらも僅かなに考えた後に答えた。


「……分かった、協力しよう」


「ありがとうございます」


「具体的に、何をすればいいか教えてくれ」


「生き残っている各帝国貴族達の当主達を集めます。特に帝都近隣の領地の当主達を最優先に。彼等に当面の支援と、帝都住民の避難を受け入れて頂くよう御願いします」


「分かった。私はそれを待って、一人ずつ領地に運べばいいんだな?」


「はい。私の領地にも、書状と共に騎士を送るように御願いします」


「お前はどうする?」


「私は帝都に残り、避難を終えるまで避難の指揮を続けます。貴方は各領地へ当主達じんいんを運び終えたら、樹海へ戻ってください」


「な……っ!?」


「今回の事態は、何処まで波及しているか分かりません。特に旧ゲルガルド伯爵領付近は、帝都以上の状況に既に陥っている可能性もある。樹海も安全とは言えません。樹海の方々も、念の為に避難の準備を」


「……私達にも、樹海もりを捨てろと?」


「貴方達にとって、樹海が神聖な場所モノである事は理解しています。しかし今は、この事態の中で生き残る事こそ最優先です。でなければ、次の犠牲者は貴方達になってしまうかもしれない」


「……ッ」


 セルジアスはそう述べ、現状から人命を優先し行動するようにパールを説得する。

 次期大族長として樹海の部族達を束ねる立場にパールにとって、立場の近いセルジアスの言葉は無視できないものだった。


 そして大広間に居る騎士の一人に、セルジアスは命じる。


「各貴族家の親族と当主達を、この屋敷に集めてくれ」


「ハッ」


「私はそれまでに、各書状を用意します。パール殿とクビア殿は、それまで御待ちを」


「はぁい」


「……分かった」


 騎士の一人が大広間を出て行き、そう伝えるセルジアスにクビアとパールは頷いて応える。

 そうした中で腕を組みながら長椅子ソファーに横たわる妖狐族タマモを見ているガイに対して、セルジアスは真剣な表情で問い掛けた。


「ガイ殿。貴方にも御聞きしたい事があります」


「……?」


「今回の事態は、当事者である私共でも予想する事が難しい状況でした。……しかしその事態の中で、貴方達は帝国ここへ訪れている」


「!」


「私はどうも、今回の事態に際して訪れている貴方達が偶然に居合わせたとは思えません。……我々が悪魔に襲撃を受けた事と、フォウル国に属する貴方達の来訪。その関連性について、御説明を願えますか?」


 鋭い視線を向けながら尋ねるセルジアスに対して、ガイは身体を向けながらも僅かに視線を右側に逸らす。

 その問い掛けに注目するパールとクビアと共に、セルジアスは口を開いたガイの言葉を聞いた。


「……偶然ではない」


「!」


「エリク。あの男が、ここに送るようにタマモに頼んだ。そしたら、帝都ここは襲われていた」


「……つまり貴方達は、帝国ここでこのような事態が起きている事を知らないまま、転移して訪れたと?」


「うむ」


「そして、傭兵エリクですか……。少し前までアルトリアと一緒に行動していた男が、どうしてこの状況で帝都に訪れたいと頼んだのか。理由は御存知ですか?」


「知らない。巫女姫にも頼まれたから、タマモや俺も付いて来た」


「フォウル国の巫女姫も? ……いったい、どういう……」


 この事態が起きた時期で、フォウル国の巫女姫レイが干支衆の二名を帝国に送り込むという状況にセルジアスは考えを巡らせる。

 しかしそれ以上の情報をガイは知らず、タマモは意識が回復せず、更に首謀者ウォーリスと交戦していたエリクも行方不明となっている中では、更に詳しい情報を聞けるとは思えない。


 それ故に話を切り替えたセルジアスは、次にクビアへ視線を向けながらガイへ頼み事を告げた。


「クビア殿。フォウル国へ転移できますか?」


「えっ。……ま、まぁ……出来なくはないけどぉ……」


「各国へ異常事態の報告と救援要請を終えた後、貴方のお姉さんとガイ殿を連れてフォウル国へ。そして巫女姫にも、事態の報告と救援を御伝えください」


「!」


「悪魔と対峙するのにフォウル国の助力を得られるのなら、それ以上の心強さはありません。……ガイ殿には、フォウル国側の使者としてガルミッシュ帝国宰相である私の書状を御渡しします。どうか、頼まれて頂けますか?」


「……やろう」


「ありがとうございます」


 眠るタマモに視線を向けた後、ガイは頷きながらセルジアスの頼み事を引き受ける。

 その応じに謝意を伝えるセルジアスは、再び書状を作成する作業に戻った。


 それに呼応したクビアも魔符術の研究を行った建物に向かい、魔符術用の紙札を集める。

 そして転移魔術で使用する紙札に紋様を書き記しながら、各国に向かう為の準備を本格的に始めた。


 その後には屋敷へ集まったゼーレマン卿を始めとした各帝国貴族達に対して、各領地へ帰還して帝都の救援と避難の助力を願う。

 ゼーレマン卿やガゼル子爵を始めとした各帝国貴族はそれに応じると、飛竜ワイバーンに騎乗した移動を提案されてしまった。


 それを聞いた各当主達は、中庭でいる飛竜ワイバーンを見せられながら困惑と動揺を浮かべる。

 しかし一刻の猶予も許されない状況である事から、決死の覚悟で応じる形で飛竜ワイバーンでの移動を承諾した。


 それから騎士や兵士達の手を借りながら、飛竜ワイバーンに馬用のくらを流用して簡易的な座席を作る。

 不安定ながらも固定した状態で一度に三人まで運べるように調整した飛竜ワイバーンの背に最初に乗せられたのは、ガゼル子爵とローゼン領地に行く騎士、そして従えているパール本人だった。


 ガゼル子爵家当主フリューゲルは飛竜ワイバーンに乗ると、前のくらに座るパールへ青褪めながら呼び掛ける。


「――……パ、パール殿! 安全に、安全に飛んでくださいね!」


「それは飛竜コイツに言ってくれ。――……振り落とされるなよ、ガゼル!」


「ひ、ひぃいい――……っ!!」


「……本当に、飛んだ……」


 ガゼル子爵家と伝令役の騎士を乗せた飛竜ワイバーンとパールは、屋敷の中庭から飛び立つ。

 それを見る各帝国貴族達は唖然とした様子を見せながらも、実在する飛竜ワイバーンとそれを操る女勇士パールの姿を見て、畏怖と尊敬を瞳で語っていた。


 更に作成された紙札と書状を手にし、保管されていた自分の着物に着替えたクビアは転移魔術を行使する。

 そして赴ける国へ向かい、ガルミッシュ帝国で起きた異常事態を各国に伝える役目を行い始めた。


 こうして悪化する状況を食い止める為に、セルジアスは自身の担う帝国宰相としての役割を果たしていく。

 それに助力するパールとクビアは、互いに自分にしか出来ない事を果たそうと尽力するのだった。

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