二人の追跡者


 連れ去られたリエスティアとアルトリアを追跡し奪還する為、ユグナリスとセルジアス達は微かに残される手掛かりを頼る。

 その一つとして妖狐族クビアから『魔符術』を研究していた紙札から流れる魔力の匂いをエアハルトが辿り、アルトリアが切り離した紙札の束が入っている小鞄ポーチを発見した。


 帝城の出入り口で発見した小鞄ポーチの中身を確認したユグナリスは、くだんの紙札が入っている事を確認する。

 その小鞄ポーチを持って魔人達やセルジアスが待機する屋敷へ戻ると、大広間の机でセルジアスが書状の為に用意しているインクと紙が用意され、筆を走らせている最中だった。


 その大広間に戻るユグナリスとエアハルトの姿を見て、セルジアスは声を掛ける。


「――……有ったのかい?」


「有りました、この小鞄かばんです」


 ユグナリスは持ってきた小鞄ポーチを見せながら、クビアが座る長椅子ソファーに視線を向けて歩み出す。

 そして持っている小鞄ポーチを差し出すと、クビアとエアハルトを見ながら頼みを告げた。


「アルトリアが持っているかもしれない、ついの紙札を探してください。御願いします」


「はぁい」


「エアハルト殿。もしその紙札が見つかったら、さっきと同じように魔力の匂いで追跡できますか?」


「出来る」


「なら、その時は御願いします。……貴方達が頼りです」


 ユグナリスは自身の無力を嘆くわけではなく、ただ二人の力を信じて頼りを向ける。

 それを聞き届けたクビアとエアハルトは微妙な面持ちを浮かべながらも、頼られる事を果たす為に小鞄ポーチの中に入れられた紙札ふだを探った。


 クビアは小鞄ポーチの中に入っている紙札を手に持ちながら、傍にある机上に置き広げる。


 全部で五枚の紙札があるのを確認し、一枚ずつ手に取りながらクビアは魔力を通す。

 その傍に歩み寄るエアハルトは鼻を動かし、紙札を通じてクビアの魔力が向かう行先いきさきを嗅ぎ分けた。


 そして嗅ぎ分けた魔力の繋がりから、エアハルトは先程のパールが提供した紙札に視線を向ける。


「……その紙札かみは、そのパールが渡した紙札に繋がっている」


「ならぁ、コレは違うわねぇ」


 一枚目の紙札がアルトリアに繋がるモノではないと確認し合う二人は、次の紙札へ確認作業を移す。

 そして二枚目と三枚目の紙札を持ったクビアが魔力を流した結果、エアハルトはその対となる紙札を述べた。


「それは、俺とお前の服に仕掛けられたつい紙札かみだな」


「そうみたいねぇ。コレもはずれだわぁ」


「……ッ」


 二人が紙札を確認する傍らで、ユグナリスは神妙な面持ちを見せる。

 小鞄ポーチに入っていた五枚の紙札は、これで三枚が追跡には有用で無いことが確認された。


 残る二枚の紙札が二枚一組となる一式セットだった場合、紙札からアルトリアの追跡は不可能となる。

 そうなれば陸海空の経路ルートを利用できる敵側の行方を探る為に、確かな確証も無いまま追跡に入るしかない。


 考えるユグナリスはそうした可能性が無い事を祈り、クビアが持ちながら魔力を流す四枚目の紙札を見る。

 そして紙札から流れる魔力の匂いを視線で追うエアハルトを見ると、彼の視線が五枚目の紙札に移るのを見て渋い表情を色濃くさせた。


 しかしエアハルトの視線は、そのまま五枚目の紙札を通過しながら床と壁に向かう。

 そして鼻を微かに動かしながら、顔と視線をある方角に向けて呟いた。


「……その紙札かみから出ている魔力は、かなり離れた場所まで繋がっている」


「!?」


帝都ここじゃない、別の場所だ。――……向こうだ」


「……!」


 エアハルトはそう言いながら、右腕を動かして魔力の流れている方向を指し示す。

 その方角は帝都から南東に位置し、それを確認したセルジアスとパールは互いに顔を見合わせながら頷き合いながら言葉を重ねた。


「パール殿、やはり……」


「ああ、やっぱり南東むこうだ」


 二人は影の向かった方角の情報と、エアハルトの嗅覚が指し示す南東むきが同じである事を確認する。

 すると二人の声を聞き、ユグナリスが驚く様子で問い掛けた。


「どういう事ですか?」


「パール殿は途中まで、ザルツヘルムの影を追っていたらしい。その影が逃げた行先ゆくさきが、帝都ここから南東だったそうだ」


「!」


「そして、その方角にはある領地がある。……旧ゲルガルド伯爵家の領地だよ」


「……まさか、ウォーリスが実家ゲルガルドの領地に……!?」


「パール殿の情報だけでは、私も確証は出来なかった。……しかしその紙札が、影に飛び込んだアルトリアと繋がっているのなら。ウォーリスが自分の元領地へ向かった可能性が大きくなる」


「……!!」


 セルジアスは得ていた情報をユグナリスにも伝え、悪魔騎士ザルツヘルムの従えている下級悪魔レッサーデーモンの影がゲルガルド伯爵家の元領地に向かった可能性を教える。

 それを聞き今にも部屋から飛び出そうとするユグナリスに対して、セルジアスが呼び止めた。


「待つんだ、ユグナリス!」


「でも!」


「可能性が大きいというだけで、まだ確証じゃない。――……クビア殿。その紙札かみで、アルトリアと交信は出来ますか?」


「ちょっと待ってねぇ。――……誰かぁ、聞こえるかしらぁ?」


 クビアは手に持つ紙札を通して、小声で問い掛ける。

 その小声が捕まっている可能性があるアルトリアへの配慮である事を周囲は察し、そのまま紙札からの返信を待った。


 しかし幾度か呼び掛けるクビアの様子で、返信される声が届いていないのが窺えてしまう。

 それを聞いていたユグナリスは不安の表情を隠さずに、クビアへ問い掛けた。


「……駄目ですか?」


「……うーん。ちょっと微妙ねぇ」


「微妙?」


「私の声はぁ、セットになってる紙札ふだには届いてるっぽいのよぉ。でも声が聞こえないって事はぁ、考えられる可能性として三つかしらぁ」


「三つ……」


「一つ目がぁ、相手が紙札ふだを持っていない場合ねぇ。それだと繋がっててもぉ、相手には声が届かないわぁ」


「じゃあ、アルトリアが紙札かみを手放してる可能性が……?」


「どうかしらぁ。二つ目の可能性はぁ、敢えて反応してない場合ねぇ」


「敢えて?」


「紙札を通じた交信ってぇ、私みたいに声を発する必要があるのよねぇ。だから捕まってる可能性がある御嬢様がぁ、怪しまれない為に声を発していない可能性があるわぁ」


「……なら、三つ目は?」


「声は届いているけどぉ、自分の意思で声を発せられない状況ねぇ。――……つまり意識があっても喋れないのかぁ、あるいは意識が無い状況なのかぁ、死んでる場合ねぇ」


「!?」


「その場合はぁ、このまま声を掛け続けても紙札の存在が暴かれるかもしれないわぁ。紙札これで追跡するならぁ、これ以上の事はしない方がいいわねぇ」


 クビアはそう言いながら紙札に魔力を流すのを止めて、その紙札を机の上に戻す。

 そしてアルトリアの状況が想像以上に切羽詰まったモノである事を理解したユグナリスは、色濃い焦りを見せながらエアハルトに声を向けた。


「……エアハルト殿、追跡は出来ますか?」


「出来ると言っている」


「御願いします。――……ローゼン公。俺はエアハルト殿と一緒に、アルトリア達の追跡へ――……」


「……ちょっと待ってぇ」


「!」


 追跡を始めようとするユグナリスに対して、今度はクビアが呼び止める言葉を発する。

 それに気付いた周囲は視線を向けると、クビアは残る五枚目の紙札を見ながら神妙な面持ちを見せていた。


 それを確認するユグナリスは焦りを見せながらも、クビアに問い掛ける


「どうしたんですか?」


「……最初の三枚がそこのパールや私達に通じる紙札でぇ、四枚目これがあの御嬢様に付けられているとしたらぁ。……五枚目これはぁ、何なのかしらぁ?」


「え……?」


「あの御嬢様が二枚一組で使おうとしてたならぁ、この小鞄ポーチには四枚の紙札だけかぁ、六枚目の紙札が残ってるはずよぉ。……でもぉ、紙札は中途半端に五枚しか残ってないわぁ」


「……アルトリアは六枚目の紙札を、何かに付けた?」


「多分ねぇ。その何かを探ってからでもぉ、遅くはないんじゃないかしらぁ?」


「……分かりました。御願いします」


 クビアの推測にユグナリスは納得し、残る五枚目の紙札を調べる事を頼む。

 それを受けたクビアは五枚目の紙を右手に摘まみ持ち、魔力を流しながら様子を窺った。


 すると先程と違い、クビアは驚きを示す様子で瞳を見開く。

 それに気付いたユグナリスとエアハルトに対して、クビアは左手で誘うように自分の体に触れるよう伝えた。


 その誘いに応じる二人は、クビアの両肩に右手を触れさせる。

 すると二人の脳内に、突如として聞き覚えのある男の声が響き聞こえた。


『――……では、このまま予定通りに?』


「……!」


「この声は……!?」


「シッ!!」


「!」 


 脳内に響く声を聞いたユグナリスは、思わず驚きの声を漏らす。

 それを聞きユグナリスの触れる左肩を自ら離したクビアは、叱責するように左指を唇に重ねた。


 そして一時的に紙札に流す魔力を止め、ユグナリスに叱りを向ける。


「術者の私を介して紙札これに声を発したらぁ、相手にも声が聞こえちゃうのよぉ? さっき説明したわよねぇ?」


「す、すいません。……でもさっきの声は、確かに……」


「……間違いない。あの男、ザルツヘルムだ」


 クビアの叱りを受けたユグナリスは、素直に謝罪を伝える。

 しかし念話を通じて届いた声の正体が、あの悪魔騎士ザルツヘルムである事を戦った二人は察した。


 そして互いに顔を見合わせる二人の中で、ユグナリスは浮かび上がる疑問を口にする。


「しかし何故、ザルツヘルムの声が……?」


「あのアルトリアが、あのザルツヘルム紙札これを付けたという事だろう」


「しかし、どうやって……? こんな紙札を付けられたら、すぐに気付かれるんじゃ……」


「……あの女、影に飛び込んだと言っていたな」


「え?」


「あの女が紙札を付けたのは、ザルツヘルムじゃない。あの男が操る、影に付けたとしたら?」


「!!」


「あの女が敢えて影に飛び込んだのも、紙札かみを影内部に取り込ませる為かもしれん」


「し、しかし。ザルツヘルム自身は、それに気付かないんでしょうか?」


「奴は万を超える下級悪魔あくまを従えていると言っていた。その全てを把握して影に取り付けられた一枚の紙札かみを発見することは、奴自身でも困難なのかもしれん」


「そ、そうか……。従えている悪魔の数が多過ぎるからこそ、紙札これを発見できていないのか……」


 エアハルトはこの状況から、アルトリアが紙札を付けたのがザルツヘルムの本体ではなく、従えている下級悪魔達で形成された影である事を推測する。 

 それを聞いたユグナリスは納得しながらも、二人は厳しい視線を見せながらクビアに問い掛けた。


「クビア殿。まさか俺の声で、相手ザルツヘルムに紙札の存在に気付かれたり……?」


「バレた可能性はあるわねぇ。ちゃんと注意すべきだったわぁ」


「……ッ」


「とりあえずぅ、その確認も兼ねてまた繋ぎましょうかぁ。バレてない事を祈ることねぇ」


 クビアはそう言いながら再び紙札に魔力を流し、相手ザルツヘルムの様子を窺う。

 それに応じる形で再びエアハルトとユグナリスも歩み寄り、クビアの両肩に右手を触れながら紙札から伝わるザルツヘルムの様子を窺った。


 しかしそこから聞こえて来るザルツヘルムの声に、三人は内心で安堵を漏らしながら会話を聞き続ける。


『――……では今日の夜、二人を例の場所へ運びます』


「……」


『アルトリア嬢が施している、自爆術式の解除はどのように?』


「……!?」


『……分かりました。彼女のついては、ウォーリス様の御意思のままに。では――……』


「……!」 


 ザルツヘルムから伝わる言葉を聞き、思わずユグナリスは触れている右手を離す。

 するとエアハルトも右手を離し、クビアが持つ紙札から流れる魔力の匂いを辿りながら先程の紙札と同じ方向へ視線を留めた。


「やはり、さっきの紙札かみと同じ方角へ魔力の匂いが繋がっている」


「……では間違いなく、ザルツヘルムは帝都ここから南東の場所に居るということですね?」


「らしいな」


「そしてさっきの会話から、リエスティアとアルトリアも同じ場所に居る可能性が高い。……そしてザルツヘルムと一緒に、ウォーリスも居る」


 紙札の痕跡から状況を見出すユグナリスは、ザルツヘルムの傍に連れ去られた二人と首謀者であるウォーリスが傍にいる事を結論付ける。

 それに同意するように無言で頷いたエアハルトと共に、ユグナリスは改めてセルジアスへと視線を向けながら告げた。


「ローゼン公、俺達は行きます」


「……私もクビア殿を通じて、急ぎ各国の七大聖人セブンスワンに呼び掛ける。間に合わないかもしれないが、二人の奪還が難しいと判断したら素直に増援を待つんだ。いいね?」


「分かりました」


「――……これぇ、持って行きなさぁい」


「!」


 そうした話をセルジアスと行っている最中、クビアが一番左端に置かれた紙札を持ってユグナリスに渡す。

 それはパールの持っていた紙札と対となる紙札ものであり、クビアは改めるように説明した。


「その紙札があればぁ、私の声が届くわぁ。何かあれば伝えてあげるからぁ、持ってなさぁい」


「ありがとうございます。クビア殿」


「貴方達が成功しないとぉ、私の報酬が貰え無さそうだものぉ。頑張ってねぇ」


「はい。――……エアハルト殿、行きましょう!」


「ああ」


 改めて頭を下げながら頼むユグナリスは、エアハルトと共に大広間から出て行く。

 そして二人は凄まじい速度で駆けると、瞬く間に屋敷から出て行き、塀や建物の屋根を伝いながら貴族街を出て行った。


 二人は荒れる市民街と流民街を走り抜け、破壊された帝都の南側から出て行く。

 そしてエアハルトを先頭に嗅覚が覚えている魔力を追跡し、二人は南東に走り続けた。


 こうしてユグナリスとエアハルトは、連れ去られた二人を取り戻し、悪魔を従えるウォーリス達を討つ為に帝都から出る。

 互いの目的は異なりながらも、二人の意思と敵意は同じ共通の敵へ向き合っていた。

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