等しく奪う者


 悪魔達に襲撃されたガルミッシュ帝国に居る人々は、それぞれに被害へ対応すべく行動を起こす。

 その中心となる帝国宰相セルジアスは、課せられた役割から逃げずに傷付いた人々を指揮しながら救援と避難活動を続けた。


 一方その頃、荒れ果てる帝都から出た狼獣族エアハルトと帝国皇子ユグナリスは、共に凄まじい速度で走りながら南東方面へ向かう。


 二人の走る速度は馬と比較する事もはばかられる程に速く、決して常人では追い付けない動きで駆け抜けている。

 しかもその速度を維持しながら十分もしない内に十数キロの距離を走り抜ける二人の中で、先頭を駆けるエアハルトは後ろに付くユグナリスを意識しながら呟いた。


「――……人間が、魔人おれの速さに付いて来る……。コイツ……」


「……どうかしましたかっ!?」


 意識を向けられている事に気付いたユグナリスは、前を走るエアハルトにそう尋ねる。

 ユグナリスの表情には疲労は見えず、帝城しろでの戦闘から現在まで僅かな時間しか休んでいないにも関わらず、常軌を逸するような体力をユグナリスは見せていた。


 それを意識し確認するエアハルトは、ユグナリスが既に人間の域を超えた存在になっている事を察する。

 しかし狼獣族ろうじゅうぞく矜持プライドから、それを告げずに対抗心だけを昂らせながら告げた。


「更に速度を上げるぞ」


「はい、お願いします!」


「チッ。――……なら、これでどうだ」


「!」


 余裕を見せるユグナリスの言葉に、エアハルトは舌打ちを漏らす。

 するとエアハルトは人の姿から、毛を纏う人狼じんろうへ肉体を変質させていった。


 しかしそれだけに留まらず、徐々に前傾姿勢になりながら二足で走る人型から四足獣のような体勢となる。

 それと同時に肉体の大きさも少しずつ大きくなり、エアハルトの姿は全長四メートル強の銀色の狼となった。


 三本足ながらも銀狼の姿となりながら地面を駆けるエアハルトを見ながら、ユグナリスは驚愕を浮かべて言葉を零す。


「その姿は……!?」


「――……魔獣化だ」


「魔獣化……?」


「せいぜい、付いて来るがいい。――……付いて来れるならな」


「!」


 『魔獣化』という技術わざで銀狼に変身したエアハルトは、一本の右前足と二本の後ろ脚ながらに更なる加速を見せる。

 四足獣おおかみ姿勢すがたで走る速度は人型の時よりも二倍以上も上昇し、時速百キロは超えるだろう速さで瞬く間にユグナリスとの距離を開けた。


 それを意識しながら満足そうに鼻を鳴らすエアハルトは、再び嗅覚に意識を集中させて紙札から嗅ぎ取った魔力の経路を辿る。

 しかし五秒にも満たぬ内に、エアハルトは背後に凄まじい気配を感じ取りながら左側に顔を傾けながら後ろを確認した。


「……なにっ!?」


 するとそこには、赤い魔力と生命力オーラを纏わせたユグナリスがすぐ傍まで迫っている。

 それに驚愕しながら目を見開くエアハルトに、ユグナリスは余裕を保った声で話し掛けた。 


「――……エアハルト殿、身体は平気ですか?」


「!?」


「ザルツヘルムとの戦いで、相当に消耗していたはずです。速度を上げてくれるのは助かりますが、無理をしてまで急いで頂かなくても――……」


「……俺を舐めるな、小僧っ!!」


「!」


 引き離したと思っていた中、追い付いたユグナリスは思わぬ気遣いの言葉をエアハルトに向ける。

 その言葉と余裕のある表情ほほえみ矜持プライドを傷付けられたエアハルトは、更なる加速を見せながら地面を走り抜けた。


 ユグナリスはその加速にも付いて行き、付かず離れずの距離を保ちながら二人は走り続ける。

 しかしその途上で、小峠の先に見える東側の空に昇る黒い煙に二人は気付いた。


「アレは……!?」


「……血の匂いと、鼻が曲がるような腐臭。同じだ」


「……エアハルト殿、あの場所に!」


「チッ」 


 黒い煙の上がる場所に進路を変えたユグナリスに、エアハルトは舌打ちをしながらも同じ東側ほうがくへ進路を変える。

 二人は凄まじい速度で駆けながらその場所へ辿り着いた時、そこに広がる無惨な状況を目の当たりにした。


「……ッ!!」


「……ここも襲われたらしいな」


 立ち止まったユグナリスは表情を歪め、同じく横並びに立ち止まったエアハルトが視線を細めながら呟く。

 二人の目の前にはそれなりの規模の町と思しき場所があり、そこを覆っていた壁は全て破壊され、壁内の街並みは破壊されながら多くの煙を上げている光景が映った。


 そしてユグナリスは周囲を見渡し、廃墟となった町まで続く地面を確認する。

 そこには巨大な足跡が幾多も存在し、それが町の方へ向かっている事に気付いた。


「……帝都も襲ったという、合成魔獣カイブツの群れ……!」


「足跡からして、帝都から去る時に合成魔獣そいつ等が襲ったらしい」


「しかし、何故……!?」


「拠点に戻る途中に有ったから、喰わせたんだろう」


「!?」


「あのザルツヘルムという男が従えていた下級悪魔あくまもそうだが、奴等は生きるモノを糧にして力を得ている。喰えば喰う程、奴等は数も力も増す」


「……この規模の町なら、一万人以上は居たはずです……。生存者は……!?」


「血の匂いと腐臭が強すぎて、そんなのは分からん。……仮に生きている者がいたとして、今の俺達に何が出来る?」


「……ッ」


「救助や救援など、あの帝国宰相おとこに任せておけばいい。どうせこの先にも、同じような光景ばかりだろう」


「そんな……!!」


「俺はザルツヘルムを、お前はウォーリスとかいう奴を討って、あの女共を奪い返す。それが目的のはずだ。……他の事をやると言うなら、俺はお前を置いて行く」


「……ッ」


 無惨な状況で表情を歪めるユグナリスを見ながら、エアハルトは自分達がやれる事を口にする。

 そして立ち止まっていた足を再び動かし、進路を戻しながらエアハルトは銀狼の姿のまま駆け出した。


 その言葉を受けたユグナリスは、被害を受けた町を見ながら拳を握り締め、エアハルトが向かう先へ身体を振り向ける。

 そして止めていた足を駆け出しながら、再びエアハルトの背後まで追い付いた。


 しかしその表情は先程のような余裕は無くなり、怒りと悲しみの感情を宿らせながら暗い声を漏らす。


「……エアハルト殿」


「?」


「俺は、ウォーリスを……あの人を許せません……。何故こんな事を……人の大事な物を奪うような事が、出来るんだ……っ!!」


「……なら、貴様は奪った事が無いとでも言うつもりか?」


「!」


「詳しい事情は知らん。だが貴様がかこっていたリエスティアとかいう女は、ウォーリスという男にとって大事な女だったんだろう。お前はそれを奪おうとした。だからこうなったんじゃないのか?」


「ち、違うっ!! 俺は、奪ったんじゃ……」


「貴様がどう思おうと、相手ウォーリスがそう思っているとは限らん。……そして貴様に奪われたと思った相手が、逆に貴様の大事な物を奪っていった。お前の女も、父親も、そして従えるはずの帝国くにも」


「……ッ!!」


「お前達のような人間は、結局その繰り返しばかり行う。自分が奪ったことすら自覚せず、いざ奪われる側になれば被害者面だ。――……俺はそういう人間共の在り方が、気に喰わん」


「……この事態が、俺のせいだと言いたいんですか……!?」


「そう思えない貴様のような人間が、気に喰わんと言っている」


「!!」


「奪う事が当たり前のくせに、奪われる事が許せないなどと考える。――……その傲慢がある限り、貴様と俺は永遠に相容れない」


「……あ、貴方だって……そうなんじゃないんですか……!?」


「そうだ。だが貴様のように、自分の傲慢から目を逸らした事は無い」


「!?」


「俺の怒りや悲しみは、全ては俺の弱さが招いた事態ものだ。だから俺は、弱い俺自身を最も憎み、怒る。――……俺がもっと強ければ、あの悪魔共を倒し、合成魔獣カイブツ共も全て始末できていた」


「……エアハルト殿、貴方は……」


「……フンッ」


 エアハルトはそれから一度も言葉を発すること無く、ただ魔力の匂いを追跡する。

 そして彼の言葉を聞いていたユグナリスは、エアハルトなりの思考を読み解きながら自分自身の内情と考えながら進み続けた。


 こうして二人は帝国内に凄惨な状況を幾度か目にしながらも、自分達の目的を果たす為に歩みを止めずに進み続ける。

 それから三時間程が経った昼頃に、二人は旧ゲルガルド伯爵領にまで辿り着く事に成功した。

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