電撃の策略


 リエスティア姫が居た寝室に乗り込んで来た元闘士エアハルトは、ユグナリスとアルトリアの二人と対峙する。

 その中で彼が語る言葉は、人間を極端に嫌う事を明るみにさせ、共和王国から赴きながらもウォーリス達の意向とは別に動いている事を伝えていた。


 そうして語る事すら嫌悪し始めるエアハルトは、今度はアルトリアに向けて歩み出す。

 それを悟り瞬時に守勢カバーへ入ったユグナリスは、剣を構えたままアルトリアの前方へ移動した。


 しかし不遜な表情を示すアルトリアは、自分自身で歩み出ながらユグナリスの横に立つ。

 ユグナリスは前に出て来たアルトリアに驚き、思わず問い掛けた。


「おい、なんで前に……」


「私も戦うわよ」


「なっ!?」


「アンタはアイツの足止めをしなさい。そのくらいは出来るでしょ?」


「……分かった」


 アルトリアの言葉を聞いたユグナリスは、驚きこそしたものの反対はせずに参戦を認める。

 互いに嫌悪し合う二人の間にも奇妙な信頼感があるようで、ユグナリスとアルトリアは互いの実力にある程度は信頼を置いていた。


 するとユグナリスは再び呼吸を整え、血流に魔力を巡らせ『身体強化』を行う。

 そして強く踏み込んだ瞬間、向かって来るエアハルトに幾多の剣戟を浴びせた。


「ォアアッ!!」


「チッ」


 身体が強化され高速で動くユグナリスの剣戟に対して、今度はエアハルトが回避に入る。

 先程のような不意打ちに近い形でなければ剣の軌道を読み取り回避できたエアハルトだったが、器用にも両手から右手や左手に持ち替えながら剣を跳ね止め襲うユグナリスの剣の動きに反撃が出来ない。

 しかし『身体強化』という人間の肉体に負荷の強い技法は、確実にユグナリスに苦痛を感じさせながら額に汗を浮かばせていた。

 

 それを嗅覚と視界で認識するエアハルトは、ユグナリスの持続力が限界に達した瞬間を狙う事を選ぶ。

 そこで交戦する両名に対して、両手をかざし向けるアルトリアが詠唱を開始していた。


「――……『激流なる水の監獄スプラッシュプリズン』!」


「!」


「なっ!?」


 アルトリアが詠唱を完了させた瞬間、エアハルトとユグナリスの周囲に球形状の流水で構成されたおりが出現する。

 それに囲まれ自身の肉体にも水を浴びた二人は驚きを浮かべたが、アルトリアは続けて手袋に描いた構築式を通し、新たな魔法を形成させた。


「『薄氷たる氷の空間アイスフィールド』ッ!!」


「!?」


 続けて形成された魔法は、二人を覆う球形状の水を一気に凍らせ始める。

 更に魔法で生成された水を浴びていた二人の肉体も急速に氷に覆われ始め、二人の動きがその場で物理的に凍らせられてしまった。


「クッ!!」


 エアハルトは一気に力を込めて氷を引き剥がそうとするが、肉体を覆う氷は徐々に分厚くなり、完全にエアハルトの身体を氷で拘束させている。

 しかしそれはユグナリスも同じであり、水を浴びた身体全体と顔まで凍り始めて焦るように大声を上げた。


「ア、アルトリアッ!? お前、俺ごとかよッ!?」


「言ったでしょ。足止めで十分なのよ」


「お、お前……そういうとこが、俺は嫌いなんだッ!!」


「アンタなんかにかれたいなんて、一度たりとも思ったことないわよ」


 ユグナリスが上げる批難の声など諸共せず、アルトリアは続けて両手を床へ翳す。

 すると二人を覆う氷の空間から一筋の流水が流れ出て来ると、アルトリアの足元に辿り着いた。


 その流水も凍り付いた瞬間、アルトリアの両手が凍った流水に触れる。

 そして口元を微笑ませたアルトリアが、声を張り上げながらユグナリスに伝えた。


「身体強化をきなさい、ユグナリスッ!!」


「!」


「『電撃サンダー』ッ!!」


 アルトリアの声に気付いたユグナリスは、肉体に巡らせていた身体強化を解除する。

 しかしそうした確認もしないまま、アルトリアは躊躇せずに新たな魔法を発生させ、手袋に描いた構築式を通じて手に触れている氷に大量の電撃を流し込んだ。


 すると電撃は凍った流水を伝い、エアハルトとユグナリスを覆う氷の空間に達する。

 そして氷の空間に、アルトリアが流し込んだ電撃が光を散らしながら拡散し広がった。


「が、がが……ががっ!!」


「グ、ガ……ッ!!」


 ユグナリスとエアハルトは肉体を覆う氷を通じて同時に電撃を浴び、途切れながらも絶叫を上げる。

 しかしアルトリアは躊躇する事なく電撃を流し続け、二人の様子を見据えながら状況を確認した。


 それを見ていた室内の者達は、唖然とした様子を浮かべて三人の様子を見ている。

 一見すれば非道にしか見えないアルトリアの攻撃だったが、その効果は着実に成果を見せていた。


 ユグナリスは一分ほど電撃を浴び続けたが、その途中で叫び声すら上げられなくなり気を失う。

 その時点でアルトリアは右手を翳して自身の能力ちからを使い、ユグナリスを覆う氷の魔力のみを排除して拘束を解いた。


 残るエアハルトも氷の拘束を解けず、電撃を浴びながら苦々しい声を漏らし続けている。

 無力化させる為に電撃を流し続けていたアルトリアは、エアハルトに対して呼び掛けた。


「大人しくするって言うなら、電撃は止めてあげるわよ!」


「ガ、グ……ッ!!」


「例え魔人だとしても、これ以上の電撃を浴びたら死ぬわよ! 大人しく降伏しな――……」


「――……グ……ク……ククッ」


「!」


「ク、ハ……ッ。ハハ……ッ!!」


「わ、笑ってる……!?」


 降伏を呼び掛けるアルトリアだったが、電撃を浴び続けていたエアハルトに異変が見える。

 今まで苦痛の声を漏らしていたはずのエアハルトの声と表情が、何故か笑みを浮かべていたのだ。


 それに驚きながら怪訝さを含ませるアルトリアに対して、エアハルトは電撃を浴びながら淀みの無い声を届かせる。


「……所詮は、貴様も人間だな。女」


「!」


「人間の尺度で、俺の限界を……能力ちからを語るな」


「……どういうことよっ!?」


 電撃を浴び続けているはずのエアハルトは、まるで平然とした様子でアルトリアに声を向ける。

 それに驚きながらも電撃の威力を強めたアルトリアだったが、エアハルトは余裕の声を見せながら再び語り始めた。


「女。貴様は、狼獣族がどういう存在ものか知らんらしいな」


「!」


狼獣族おれたちの祖先は、銀狼と呼ばれる魔獣王フェンリルから生まれた。……そして魔獣王フェンリルは、天の雷撃らいげきを平然と喰らったという」


「……まさかっ!?」


「貴様がやっていることは、狼獣族おれ電撃ちからを喰わせているだけだ」


 エアハルトはそう語り、自身の種族である狼獣族ろうじゅうぞくについて語る。

 その特性を初めて知ったアルトリアは電撃を止め、再び水と氷を形成しエアハルトの全身を固め始めた。


 顔すらも覆い始める分厚い氷は、エアハルトの肉体を完全に取り込む。

 しかし次の瞬間に氷内部から閃光が走り、エアハルトを覆っていた氷がはじけるように砕けた。


「ッ!!」


「――……感謝するぞ、女。おかげで力が満ちた」


 氷から出て来たエアハルトは銀色だった髪を黄金に輝かせ、その身に電撃を纏いながら姿を見せる。

 そして微笑みすら浮かべるエアハルトは、アルトリアの視界から一瞬で消えた。


「な――……ッ!!」


電撃しょくじの礼だ」


 消えたエアハルトを警戒し立ち上がろうとしたアルトリアだったが、次の瞬間には腹部に衝撃が走る。

 既にアルトリアの左側にはエアハルトが立っており、その右拳が腹部に直撃していた。


 しかも電撃を帯びた右拳はアルトリアの肉体を巡り、殴打以外の痛みを与える。

 それが残す意識を刈り取り、アルトリアもその場で気絶してしまった。


「……ふんっ」


 意識を失ったアルトリアに対して、エアハルトは僅かに鼻息を漏らす。

 そして寝台に集まる者達へ視線を向けると、怯える彼女達に対して声を向けた。


「この女はもらっていく」


「……!?」


「俺はリエスティアなどという女に興味は無い。人間共の依頼で、護衛などする気は無い。……返して欲しければ共和王国に来いと、ケイティルとエリクに言っておけ」


 それだけ言い残したエアハルトは、アルトリアを抱えたまま客室の窓に向けて駆け出す。

 そして窓を蹴破り、凄まじい身体能力を駆使して帝城の壁や施設を伝いながら跳び掛けて行った。


 それからエアハルトは、帝城を囲む壁すら容易く跳び越える。

 壁を越えて城下街に入ったエアハルトに対して、帝城からの追跡も間に合わずに見失う形となってしまう。


 そうした事態の中でとある室内から窓を眺め見る悪魔ヴェルフェゴールは、リエスティアが居る寝室で隣に立つ人物に声を掛けられる。


「――……やっぱり、リエスティアじゃなくて私が狙いだったわけね。これもアンタの御主人マスターの狙い?」


「さぁ、どうでしょうか?」


「……でも、これで敵の狙いがハッキリしたわ。――……連中の目的はリエスティアやその子供じゃない。わたしってことよ」


 ヴェルフェゴールの傍に立つ人物は、そう述べながら振り返る。

 その視線の先には寝台に身を置く妊娠中のリエスティアや傍仕えの侍女を始め、皇后クレアと皇帝ゴルディオス、そして宰相セルジアスなどの重鎮が揃っていた。


 そして言葉を向ける者の顔を、一同が見る。

 そこには何故か、エアハルトに連れ去られたはずのアルトリアがその姿のままで立っていた。

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