孤高の狼
襲撃者として現れた元闘士エアハルトに対して、帝国皇子ユグナリスは予想外の善戦を見せる。
老騎士ログウェルに鍛え打たれた肉体はエアハルトの打撃を受けてもすぐに自己治癒を施して回復し、更に全身に魔力を巡らせる『身体強化』の負荷に耐えながら魔人の身体能力すら凌駕する瞬間を垣間見せた。
普段の言動からは予想できないユグナリスの成長に驚愕するアルトリアや周囲の者達は、驚きの目を向けている。
そして対峙し左横腹と背中の皮一枚分まで斬られたエアハルトもまた、目の前にいる
そしてユグナリスが頭部へ受けた脚撃の傷を無動作の治癒で癒し、再び剣を構えながら立ち上がる。
それに対してエアハルトも立ち上がりながら一線を引かれ血を流す横腹の切り傷を瞬く間に塞ぐ光景を、ユグナリスは驚きの目で見ていた。
「……傷が……!?」
「自己治癒が、お前だけの
「!」
傷を癒したエアハルトは斬られた黒服の上着を脱ぎ捨て、更に内着で身に纏っていた白い服も破り捨てる。
左腕は肘の先こそ無いが、エアハルトの鍛え抜かれた上半身の肉体が
すると右手の五指から爪が異様に伸びる光景を見せ、まるで鋭い短剣を思わせる形状が右手で形成される。
それを見たユグナリスは目を見開きながら驚いたが、エアハルトはそれすら許さないように凄まじい踏み込みと速度でユグナリスに迫り、右手の手刀で容赦なく斬り付けた。
「ッ!!」
エアハルトは自身の右爪を剣代わりにした斬撃を上段から浴びせたが、ユグナリスの剣がそれを阻む。
振り下ろされた手刀を刃の腹で受け止め、更に身を捻りながらエアハルトの手刀を弾くと、そのまま身体を狙うようにユグナリスの剣が
しかしエアハルトは避けるのではなく敢えてユグナリスに踏み込み、剣の刃ではなく柄部分を左半身の横腹で受け止める。
敢えて踏み込み剣の刃から逃れたエアハルトは、そのまま右脚を跳ね上げてユグナリスの腹部に膝蹴りを喰らわせた。
「ガ、ハ……ッ!!」
吐くような呻きを漏らすユグナリスは、
近距離から打ち込まれた膝の威力はユグナリスの内臓にも衝撃を与え、常人ならば吐瀉物を吐きながら昏倒していてもおかしくはない。
しかし痛みと衝撃のみで気絶は免れたユグナリスではあったが、自己治癒で復帰するよりも早くエアハルトの右手刀が頭上から振り下ろされていた。
そこにアルトリアが左手をユグナリスに向け、一つの呼吸と共に体内に魔力を巡らせる。
するとユグナリスの周囲に
「むっ」
「早く立ちなさいっ!!」
「クッ!!」
叱りを向けるアルトリアの結界によって窮地を免れたユグナリスは、自己治癒を行いながら両脚を跳ねさせて後方へ跳ぶ。
そして着地しながら自身の腹部に左手を触れさせ、治癒だけではなく回復魔法も施して受けたダメージを解消させた。
五秒にも満たずに復帰したユグナリスは、息を乱しながらも再び右手で剣を構えながらエアハルトと向かい合う。
それに対して鋭い視線を向けるエアハルトは、ユグナリスからアルトリアに視線を向け直した。
「やはり、貴様も厄介だな。女」
「……アンタ。確か、マシラ共和国の闘士エアハルトだったわよね?」
「……」
「それがどうして、こんな事をやってるわけ? そもそもアンタ、確か死んだんじゃ……いや、死に損ねてたってことかしらね」
エアハルトが自分に声を向けた事を察したアルトリアは、敢えて話を向けながら尋ねる。
そして左腕が消失している様子を改めて確認し、自身の記憶に残るエリクの
それに対してエアハルトは憤りの感情を顔に浮かばせ、鋭い眼光を見せながらアルトリアの問いに敢えて答える。
「……こんな事など、好き好んでやるわけがない」
「え?」
「俺が望んでいるのは、ケイティルとエリクという男に対する再戦。それだけだ」
「!」
ケイティルとエリクという名前がエアハルトの口から出た時、アルトリアは表情を強張らせる。
どちらも過去の
しかしエアハルトの目的が二人に対する復讐である事を知り、アルトリアは思考を困惑させながら再び問い質した。
「じゃあ、なんでこんな事をやってるわけ? ケイルとエリクなら、ここには居ないわよ」
「試験だ」
「試験……?」
「俺は、リエスティアとかいう人間の女を護衛するように命じられた」
「!?」
「なに……!?」
「……は?」
エアハルトの口から飛び出した言葉に、アルトリアやユグナリスを含めた一同は驚愕と困惑を混同させた表情を浮かべる。
それはエアハルト自身がリエスティアを護衛する為に赴いたという突拍子も無い話であり、現状とは真逆に位置する状態に全員が困惑するしかない。
その困惑を脱却する為に、アルトリアは続けて問い掛けた。
「護衛って……。襲撃の間違いじゃないの?」
「言っただろう。試験だ」
「試験って何よ」
「貴様達、帝国の人間が護衛に値する実力を持っているかどうかの試験だ」
「!?」
「弱い人間が
「……!!」
「表に居た騎士も、隣の部屋に待機していた魔法師の
「……ちょ、ちょっと待ちなさいよ。じゃあアンタは、護衛をしてる連中を試験する為に襲撃したって言うつもり?」
「そうだ」
「!?」
アルトリアの問い掛けに対して、エアハルトは淀みも無く肯定する言葉を聞かせる。
そうした理由で護衛を務めている帝国騎士や侍女達を襲い侵入して来たエアハルトの思考に、誰一人として納得する事が出来なかった。
一同のそうした様子を察したのか、エアハルトは小さな溜息を漏らしながら口を開く。
「……俺は、人間が嫌いだ」
「!」
「特に、弱い人間が嫌いだ。……そんな弱い人間と共に
「……聞くけど、この襲撃はアンタ個人の考えでやってることなの?」
「そうだ」
「リエスティアの護衛で来たってことは、アンタはオラクル共和王国から来たって事よね?」
「そうだ」
「アンタの雇い主、ウォーリス王はアンタがこうした行動をする事を許したわけ?」
「どうして俺が、人の王になど従わねばならない?」
「!?」
「俺は仲間を通じて、護衛の依頼を受けただけだ。人の王になど、命じられて動くはずがないだろう」
「……仲間から依頼って、仲間って誰のことよ? 共和王国の……ウォーリス達の事じゃないの?」
エアハルトの行動と共和王国の関係に一貫性が見えないアルトリアは、訝し気な視線を向けながら問い質す。
それに対してエアハルトは鋭い眼光を強め、アルトリアに対して強い口調で返した。
「貴様のような人間の女に、教える事など無い」
「なっ!!」
「俺は、受けた依頼を果たす。それ以外に興味は無い」
「受けた依頼って……。そもそも、
「貴様や帝国の意思など関係ない。俺は俺の頼まれ事を果たすだけだ」
「関係ないって……。アンタ、もしかして馬鹿なの? 頭が悪いのっ!?」
「人間の
「!!」
「俺は、俺の為だけに行動する。それだけだ」
そう言い放ちながら踏み出すエアハルトに対して、ユグナリスとアルトリアは再び構える。
人間を嫌い国の意向や意思を無視するエアハルトの所業は、あまりにも身勝手で相容れるところが無い。
それ故に説得も難しく、エアハルトは自身が必要と思えるモノだけを許容し、不必要なモノを取り除く手段を強行していた。
アルトリアはこの状況になって、初めてエアハルトの性格とも言うべき内側を察する。
それは
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