ユグナリスの実力


 妊娠中のリエスティア姫が滞在している客室へ姿を見せた元闘士エアハルトは、護衛を務める帝国騎士と侍女達を瞬く間に打ち倒す。

 そして寝室の扉を潜り、そこで迎撃の姿勢を整えていたアルトリアとユグナリスに向かい合う形で相対した。


 扉側に立つエアハルトに対して、アルトリアとユグナリスの二人は寝台側に身を寄せる者達を集めながら守るように自身の身体を盾にしている。

 そうした状態で前に歩み出たユグナリスは、右手に持つ剣を薙ぎながらエアハルトに対して攻め込み始めた。


「ハァッ!!」


「!」


 意外にもユグナリスの詰め寄る速度は速く、騎士達を完封して見せたエアハルトが迎撃できずに薙がれた剣の刃を回避する。

 しかも薙いで横に流れそうになる剣の刃を瞬時に止めたユグナリスは、続けて二段突きを見せながらエアハルトの眼前に迫った。


 エアハルトは顔の左右を突き抜く剣の軌道と速度を身体能力のみで回避して見せ、それに合わせながら右脚を跳ね上げてユグナリスの腹部に蹴りを浴びせる。

 それを受けたユグナリスは僅かに表情を強張らせて後退あとずさったが、それでもすぐに姿勢を戻して剣を構え直した。


「クッ!!」


「……普通の人間ならば、これで終わるんだがな」


 魔人特有の高い身体能力で放たれた蹴りを受けながら耐えているユグナリスの様子に、エアハルトは僅かな驚嘆を零す。

 そして構え直したユグナリスが再び剣を薙ぎながら踏み込み、エアハルトはそれを回避しながら反撃カウンターで打撃を浴びせるという状態を続けた。


 そして後方に控えるアルトリアは、二人の攻防を見ながら僅かに怪訝な様子を見せる。

 それは襲撃者であるエアハルトに向けたモノではなく、むしろ打撃を受けた際に見せるユグナリスの行動だった。


「……あの馬鹿、まさか攻撃を受けた瞬時に自己治癒と回復魔法を……。……他人は治癒できないくせに、自己治癒だけは完璧にやってるわけね」

 

 常人であれば一撃で悶絶しかねないエアハルトの打撃を幾度も受けながら衰えないユグナリスの耐久力に、アルトリアもまた驚きを浮かべている。


 本来、治癒魔法や回復魔法は術者の集中力を多く必要としており、攻撃系の属性魔法を扱うよりも遥かに習得技術の練度が難しい。

 術者が自身の肉体を治癒させる事は可能なのだが、痛みを感じている最中に治癒するだけの集中力と治癒までの持続力が続く者は少なく、大きく疲弊しながら何度も治癒と回復魔法を続ける者も多い。


 しかし今のユグナリスは自己に対する治癒と回復魔法を瞬時に行い、痛みによる集中力の乱れもないまま戦闘を継続している。

 その自己治癒の速度と集中精度はアルトリアですら驚嘆に値する動作であり、過去の自分アリアすら上回っている可能性があると察していた。


「くっ、グハッ!!」


「フンッ!!」


 驚異的な回復速度を見せるユグナリスだったが、それでも攻防の優勢はエアハルトの方が圧倒的だと言ってもいい。


 常人を越える速度と身体運びで剣を振り相対するユグナリスだったが、逆にエアハルトはそれを上回る身体能力と反射神経で剣の軌道を僅かに読み取って反射神経で回避している。

 それに留まらず回避に合わせてユグナリスの肉体に重い一撃を打ち込むエアハルトは、指一本どころか剣の刃先さえかすめる様子が見えない。


 老騎士ログウェルと数多の実戦訓練を繰り返したユグナリスだったが、それ故にログウェル以外の相手に対する経験が圧倒的に不足している。

 更にログウェルのように剣を持つ相手と違い、エアハルトは素手に特化した格闘術で応戦しており、高い身体能力と相まって飛び交う右拳と蹴り足がユグナリスの反射神経や目の動きがまだ馴染めていないのだ。


 しかもエアハルトは徐々に打ち込む拳と蹴り足の威力を高め、ユグナリスに与える打撃力を少しずつ上げている。

 強くなる打撃によって見せる隙が大きくなり始めたユグナリスは、少しずつ反撃の手数が増え始めた影響で攻め込めずに防戦の切り替えつつあった。


「がっ、ぐ……っ!!」


「ハッ!!」


「ぐわっ!!」


 ユグナリスは頭部を重点的に守りながら打撃を耐えていたが、跳ね上げられたエアハルトの左脚が中空を襲うように伸びる。

 すると防御していたユグナリスの両腕が跳ね上がげたエアハルトの左脚が、瞬く間に床へ落ちて軸足に変わった。


 そして左の軸足で姿勢を保ったエアハルトは、鋭い右拳と右脚の連撃をユグナリスに浴びせる。

 顔と腹部に腰部分に素早く五発以上も打ち込まれたユグナリスは、今度は立つ事もままらないまま後方へ仰け反りながら背中から倒れた。

  

「く、くそ……っ!!」


「……」


 ユグナリスは痛みに耐えながら打撃を受けた部分の治癒を行い、起き上がろうとしながら身体を動かす。

 それに対して見下ろしながら左足を軸にしたまま左足刀をユグナリスの顔面へ向けたエアハルトだったが、再び真正面から向かって来た氷の棘に気付き、身を大きく捻りながら中空で一回転しながら床へ着地し回避して見せた


 着地した状態で斜め前方へ身体を傾けるエアハルトは、氷の棘が飛んできた方向を見る。

 それは立ちはだかるユグナリスの後方から冷静に見据えて魔法陣の刻まれた右手袋を翳し向ける、アルトリアの攻撃魔法だった。


「チッ。……ユグナリス、何時まで座ってるつもりよ! さっさと立ちなさい」


「……あ、ああ」


 トドメの一撃を防がれたエアハルトはアルトリアの魔法に警戒し、後方に飛びながら扉前に戻る。

 そして悪態を見せるアルトリアは、床に尻を着いたままのユグナリスへ叱責を飛ばして立ち上がらせた。

 

 再びユグナリスは自己治癒で回復し剣を構えたが、僅かに息を乱して身体と剣の軸がぶれるように動く。

 逆にアルトリアは苛立ちを浮かべながら、この状況に小言を零した。


「……誰も居ない場所だったら、盛大に魔法をぶっ放して倒せるのに」


「おい、めろよっ!?」


「分かってるわよ」


 アルトリアの小言が聞こえたユグナリスは、焦る声を見せながら振り向かずに制止する。

 

 帝城内に設けられた客室は思った以上に広いが、それでも広さが限定されている以上、威力を持つ魔法を行使すると周囲に被害が及ぶ。

 特にアルトリアの攻撃は威力と範囲が大きい為、気絶している騎士や侍女達、そして寝台の近くに身を寄せ合う者達が魔法の被害を受けてしまう可能性も大きい。


 それ故にアルトリアは思い切った攻撃系の魔法が行使できず、殺傷性はありながらも小規模な攻撃系の魔法でしか応戦できない。

 そこで迎撃をユグナリスに任せたアルトリアは、自主的に後方支援バックアップでの応戦に徹していた。


 そうした状況に苛立ちを浮かべるアルトリアを制止するユグナリスは、大きく息を吸いながら青い瞳を鋭くさせる。

 更に大きく呼吸を整えながら、ある技法をユグナリスは行い始めた。


「……はぁ……っ!!」


「……!」


 大きく呼吸を整えたユグナリスの赤髪が、僅かに赤い輝きを強める。

 それに気付いたエアハルトとアルトリアは、ユグナリスの肉体に起きている僅かな変化に気付いた。


「……奴の身体から、魔力のにおいが……」


「まさか、身体強化……!」


 僅かに鼻を動かすエアハルトは、ユグナリスから漂う魔力の匂いを嗅ぎ分ける。

 そしてアルトリアは赤みを増して僅かに筋肉の膨張を確認したユグナリスの様子から、『身体強化』を行っている事を察した。


 魔法を行使する為に『魔力』を意図的に人体へ取り込み過ぎると、まるで毒素のように肉体の負荷と疲労感を大きくさせる。

 そうした状態は大きい負荷と長い詠唱を必要とする大魔法を行使する一般的な魔法師に多く見られ、悪くすれば意識を失い倒れてしまう者も多い。


 そうした『魔力』を肺から血流と共に体内へ送り込み、一時的に肉体の基礎能力を向上させるのが『身体強化』。


 『身体強化』は大魔法を行使する以上に人体への負荷が強すぎる為、魔法師の中でも『身体強化』を行う者はほとんどいない。

 それを敢えて行使するユグナリスは、身体中の血流を通じて体内に魔力を送り込みながら肉体能力を更に高め、険しい表情を見せながらエアハルトを鋭く睨んだ。


「――……ハァッ!!」


「!」


 ユグナリスは右足を強く踏み込ませ、床を叩くように蹴り上げる。

 その踏み抜く威力は床の地面を僅かに罅割れを起こさせ、エアハルトを思わず驚愕させた。


 そして次の瞬間、まるでユグナリスの赤い髪が一閃するような輝きを纏いながら移動し、エアハルトの眼前に身体を寄せる。

 その速度は一時的にエアハルトの脚力と身体能力を超え、更に左足が強く踏み込まれると同時に両手で振られる剣が、左腕の無いエアハルトの左半身に迫るように薙がれた。


「クッ!!」


「ァアッ!!」


 ユグナリスの剣がエアハルトの左半身を捉え、剣の刃を食い込ませるべく迫る。

 それに対してエアハルトは圧倒的な反射神経で対応し、大きく身を捻りながら中空へ跳び身体全体を左回転させながら、右足をユグナリスの左頭部に直撃させた。


「グ、ガッ!!」


「チィッ!!」


 頭部に直撃を受けたユグナリスは、思わぬ衝撃に顔と意識を歪めながら右半身を傾けて床へ倒れる。

 エアハルトもまた自身の背を皮一枚分で通過する剣の刃に驚愕し、身を捻りながら着地して大きく身体を横に飛び退けた。


 ユグナリスは『身体強化』が切れて通常の赤髪に戻り、直撃を受けた頭部から血を流し自己治癒を行いながら身体を起こす。

 そしてエアハルトも左脇腹から背中部分を薄皮だけ斬られた事に気付き、目の前にいるユグナリスに油断の無い鋭い視線を向けながら警戒を行った。


「……ハァ……、ハァ……ッ!!」


「……この男、ただの人間ではないのか……?」


 息を乱しながら剣を支えに身を起こすユグナリスに対して、エアハルトは警戒を含めた怪訝な瞳を向ける。


 常人離れした回復能力と身体能力を有するユグナリスの実力は、魔人であるエアハルトに脅威を感じさせた。

 それだけでも驚嘆に値すべき存在であり、誰もが過小評価していたユグナリスの身に付けた実力が本物である事を証明している。


 それに気付いたのは対峙するエアハルトだけではなく、後方で控えていたアルトリアもまた同じ。

 魔人に対抗できるだけの身体能力と自己治癒能力、更に『身体強化』の負荷に耐えて行使できる圧倒的な持久力は、もはや『人間』の領域を超えている事を感じさせていた。


「……なによ。馬鹿は馬鹿なりに、やればできるじゃない」


 驚きながらも笑みを浮かべたアルトリアは、ユグナリスに対する印象を僅かに変える。


 老騎士ログウェルという師匠によって二年近く鍛錬を受け続けていたユグナリスは、彼の祖先である初代『赤』の七大聖人セブンスワンルクソードの血を確かに受け継ぐ強さを見せた。

 それに驚愕するエアハルトやアルトリアを含めて、寝室内で身を寄せ合う者達もユグナリスへの印象が大きく変わる。


 ただ愛する者の為に戦う事を決めたユグナリスは、未熟な精神ながらも誰にも屈する事の無い強靭な肉体を得る事に成功していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る