帝城の襲撃者


 オラクル共和王国に対して強気な対応を見せる反面、自身の息子である皇子ユグナリスの為に宰相セルジアスを新たな皇帝へ推そうとしていた皇帝ゴルディオス。

 しかし彼の思惑を察していたセルジアスは、改めて自分に皇帝の座を継承する意思が無い事を主張した。


 そうしてオラクル共和王国に対して帝国側の対策が行われている頃、帝城内にてある異変が起きている。

 しかし誰もそれを察する事が出来ておらず、事態の異変に気付いた最初の人物は、リエスティア姫の居る客室周辺を警護していた帝国騎士達だった。


「――……ん?」


「あれは……?」


「誰か来るぞ」


 複数の帝国騎士達が廊下を一人で廊下を歩く人物を目撃し、その顔や服装に見覚えが無い事を呟く。


 その男は黒い外套と服装を身に付けていたが、左袖に左腕が通っておらず、右腕の隻腕だけに見える。

 しかし二十代前半に見える長身の青年は、美麗な顔立ちと銀色の髪を纏う姿は帝国でも珍しく、また鋭い眼光と出で立ちが常人には思えぬ事を騎士達は察した。


 そして予定に無い訪問者に警戒心を強めた騎士の中から一人が歩み出て、向かって来る青年に尋ねる。


「失礼だが、貴殿は何者か?」


「……」


「客人であるのなら、この先は行き止まりだ。用が無いのであれば、早々に立ち去って頂こう」


「……」


「おい。……仕方ない、拘束するぞ!」


「ハッ」


 制止の無視して無言のまま歩いて来る銀髪の青年に、流石の騎士達も訝しさと警戒心を一気に引き上げる。

 そして四人の騎士達が阻むように廊下に広がりながら立ち、腰に帯びている剣は抜かずに素手のまま対応しようとした。


 すると青年は騎士達の二メートルほど前で歩みを止め、視線を流しながら全員の顔を見る。

 そこで青年は嘲笑の微笑みを浮かべ、騎士達に向けて言い放った。


「……ふっ、弱いな」


「なんだと……!?」


「帝国の騎士は実力者揃いだと聞いたが、所詮はただの人間か」


「コイツ……!!」


 初めて青年の発した言葉が騎士達じぶんに対する侮りであった為に、囲むように立つ騎士達が怒りの感情を表情に浮かべる。

 そして一人の騎士が青年の左側から駆け出し、両手を伸ばし身体を押し倒して拘束しようした。


 しかしその騎士の手が届く間も無く、青年は構えもせずに右拳を素早く動かす。

 青年の拳は襲って来た相手の顎先を瞬く間に撃ち抜き、騎士は一瞬にして白目を向きながら青年の横へ倒れ込んだ。


「ッ!?」


「な、何が起こった……!?」


「急に倒れた……?」


「……やはり、ただの人間か」


 放った拳によって倒れた事を察せられない騎士達を見て、銀髪の青年は呆れにも似た口調でそう呟く。

 すると騎士達は更に警戒度を上げ、青年と距離を開くように一歩だけ引きながら腰に帯びる剣の柄を握ろうとした。


 しかし次の瞬間、青年は騎士達の視界から姿を消す。

 それと同時に正面に立っていた騎士の正面に、銀髪の青年が姿を見せた。


「なっ!?」


 一気に間合いを詰められ正面に立たれた騎士は驚きを浮かべ、剣の柄を握る。

 しかし次の瞬間に一つの黒い物体が視界を霞めた後、騎士は意識と共に視界を暗転させて倒れた。


 再び意識を刈り取る拳を顎先へ浴びせた銀髪の青年は、その右隣に立つ騎士に向けて足を素早く運ばせる。

 その騎士は柄を握り剣の刃を途中まで見せていたが、青年は躊躇せず騎士の鳩尾みぞおちへ右拳の殴打を浴びせ、僅かに息を漏らす声だけが騎士の口から吐き出された。


「が、は……っ」


「な……ッ!?」


 瞬く間に三人の騎士を制圧した銀髪の青年に、残る一人の騎士は動揺と困惑を強くした表情を見せる。

 すると青年は残る騎士に顔を向け、騎士は怯えを含む顔を見せながらも腰に帯びた剣を引き抜き向けた。


「く、くそっ!!」


 剣を向けた騎士は、そのまま銀髪の青年に斬り掛かる。

 その剣は左腕の無い青年の左半身に迫り、騎士の全力を注いだ速度と威力で振られていた。


 しかし銀髪の青年は怯む様子も無く、左足を無造作に蹴り放つ。


 真上に向けられた青年の蹴り足は正確に振られた刃に直撃し、鉄製の剣を砕く。

 そして砕かれた刃は天井へ突き刺さり、折れて柄のみとなった剣を振り終わった騎士は、剣の刃が消失してしまっている状態に驚愕しながら表情を強張らせていた。


「なっ、剣が……どうして……!?」


「……これも見えないとはな」


「……ま、まさか……折ったのか!? 誰か――……ぐふっ!!」


 騎士は目の前にいる青年が常軌を逸した存在である事を察し、客室に待機している者達に注意を向けようと大声を発しようとする。

 しかし再び視界から消えた銀髪の青年は騎士の目の前に迫り、右拳で放った拳が腹部に抉り込みながら騎士を廊下の壁まで吹き飛ばした。


 こうして四人の帝国騎士は臨戦態勢になってから三十秒にも満たない時間で、銀髪の青年に制圧される。

 そして銀髪の青年はリエスティア達の使用している客室へ歩み寄り、その扉を右手で開かせた。


「……!」


「何者ですかっ!?」


 客室の居間にて待機していた侍女達は、騎士の許可も無く入室して来た銀髪の青年に驚愕の視線と声を向ける。

 そして扉の隙間から倒れている騎士達の姿が見えた侍女の一人が、室内の全員に向けて警告を発した。


「侵入者ですッ!!」


「!」


 銀髪の青年が害意を持つ侵入者だと判断すると、魔法の心得を持つ侍女達が自身の腰に帯びていた魔石付きの小杖を右手に持ち出す。

 それから狙いを定めるように魔石の付いた小杖を侵入者に向けようとしたが、次の瞬間に侍女達の視界から青年の姿が消えた。


「あ……っ」


「!?」


 そして騎士達と同じように、銀髪の青年は侍女達に対して迫りながら右手で形成した手刀を首裏に直撃させる。

 その衝撃と威力で意識が飛ばされた侍女は倒れ込み、他の侍女達は驚きを向けたまま表情を困惑させていた。


 銀髪の青年はそれからも、侍女達が瞬く間も無く室内の侍女達を右手の手刀のみで制圧する。

 六人は詰めていた魔法の心得を持つ客室内の侍女は反撃や抵抗する余地も無いまま気絶し、今度も三十秒にも満たない時間で客室の居間は静寂に包まれてしまった。


 その静寂に身を置く銀髪の青年は、高く整えられた鼻を僅かに動かす。

 すると何かを嗅ぎ分けるように室内に設けられた一つの扉に視線を向け、そちらの方へ歩み向かった。


 そして右手で扉を開けた瞬間、銀髪の青年は目を見開く。

 扉を開けた先では突如として青い輝きを持つ氷の刃が眼前に迫り、青年は間一髪で顔を逸らして回避した。


 氷の刃が放たれた方向に対して、青年は鋭い眼光を向ける。

 そこには複数の侍女や医師と思える女性が寝台の近くへ集まり、赤い装飾の剣の柄を握り刃を見せている赤髪の青年と、金髪碧眼の女性が魔法陣の織り込まれた右手袋を向けて立っていた。


 そして銀髪の青年は、金髪碧眼の女性を見ながら呟きを見せる。


「……やはり、アリアとかいう女か」


 銀髪の青年はそう呟き、目の前に立ちはだかる女性がアルトリアだと気付く。

 その反面アルトリアもまた銀髪の青年の顔を見て、何かに気付きながら声を漏らした。


「コイツ、確か……」


「奴を知ってるのか?」


「マシラとかいう国で闘士をやってた男よ。確か名前は、エアハルトだったはず」


「マシラの闘士が……!?」

 

「元闘士のはずよ。……そして、奴は狼獣族ろうじゅうぞくっていう魔人でもあるわ」


「!」


 アルトリアの声を聞いた赤髪の青年は、侵入者がマシラ共和王国の元闘士であり、魔人である事に驚く。

 そして姿勢を戻し寝室内に踏み込んで来たエアハルトに対して、アルトリアは警戒の声を隣に向けた。


「相手は魔人、馬鹿だからって油断したら許さないわよ。ユグナリス」 


「お前に言われなくても、本気でやるさ」


「……この二人は、強いな」


 アルトリアの注意に対してユグナリスは真剣な表情で応じ、右手に構えた剣をエアハルトに向ける。

 そして臨戦態勢になった二人に対して侮りを持たないエアハルトは、この場で初めて構えを見せながら対応する姿を見せた。


 妊娠中のリエスティアが控える客室に、突如として襲来して来たエアハルト。

 それに対抗するのは、ガルミッシュ皇族の末裔であるユグナリスとアルトリアの二人だった。


 しかしその反面、不気味にも悪魔であるヴェルフェゴールは別室の窓際に佇みながら、三人が相対する光景を微笑みながら見ている。

 まるで余興でも楽しむように悪魔が見守る中で、共闘する二人とエアハルトの戦いが始まってしまった。

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