自分を追う為に
リエスティアの出産に伴う事情により、アルトリアもローゼン公爵家の領地からガルミッシュ帝国の帝都へと戻る。
約三年ぶりに帝都へ戻ったアルトリアの住む場所は、貴族街に設けられたローゼン公爵家の別邸。
帝都の作りはルクソード皇国に似通った構造をしており、皇族や貴族家の家人が住む『貴族街』と、平民が暮らす『市民街』、そして他国の移住者や商売を行う『流民街』に隔てられた三つの内壁に囲まれた構造となっている。
今のアルトリアは出産を控えるリエスティアの主治医として帝城まで診察に赴く事を日課としており、帝城を出てからは数名の護衛達と共に屋敷へ戻る。
そして屋敷に戻った後に昼食を終えると、映える金色の髪を偽装して茶髪に変えると、今度は護衛すら伴わずに市民街に続く門へ足を運んだ。
アルトリアは魔石を用いた通行証と似た物を持って関所を通過し、門番をしている兵士は畏まりながら市民街への通行を許すように頷く。
兵士が渡された通行証は、皇国でアルトリアがマギルスに渡していたという
そして通行証を懐に戻した後、門番を務める兵士はアルトリアに尋ねる。
「――……今日も、いつもの場所へ?」
「ええ。いつも通り、夜までには戻るから」
「了解しました。何かありましたら、市民街を警備している兵に御伝え下さい」
「はいはい」
慣れた様子で会話を行う兵士とアルトリアは、そうして短く会話を終える。
そして市民に紛れながら
それからニ十分程が経つと、アルトリアは店内から出て来る。
その姿は貴族街から来た時の服とは異なり、店内で服を着替えた事が理解できた。
アルトリアは服を変えてから人通りが多い歩道を通り、とある場所を目指す。
それは建物の多い市民街の中でも、異色の造形をしている場所だった。
「……」
その建物は帝国で主流となっている四角形状の建物ではなく、円柱状の巨大な塔が内壁の中に複数も築かれている。
そうした塔が築かれている壁内の広さは市民街の北を多く占めるように設けられており、またその施設を出入りしている者達は装飾も色合いも同じ
その服装は偽装し着替えたアルトリアも同様に着用しており、そうした服を着ている人物の中に紛れる。
そして人が通過している門の出入り口へ向かい、門番を行っている帝国兵士の関所で足を止めた。
門を潜ろうとするアルトリアに、男性兵士は近付いて来る。
その前にアルトリアは懐から文字の彫られた薄板の金属を取り出し、兵士から声を掛けて来た。
「――……在籍証を提示してください」
「はい」
「……確認しました。アリス殿、ようこそ魔法学園へ」
兵士はアルトリアが手渡した在籍証の名前を含む情報を確認し、そのまま手渡しで返却する。
そして門を通る事を許されたアルトリアは、その施設の中に入り込んだ。
この場所こそ、ガルミッシュ帝国に設けられた『魔法学園』。
ホルツヴァーグ魔導国にも築かれている、多くの魔法師を育成する研究機関。
適性を持つ人々に様々な魔法の行使を練習させる場であり、また各魔法師達が
過去にはアルトリアが十三歳から十六歳の三年間だけ在籍していた学園でもあり、彼女にとって実家と同じく微妙な懐かしさを感じさせる場所でもあった。
しかし足を運んだアルトリアは偽装している姿であり、在籍証なども『アリス』という偽名を用いている。
まるで正体を知られたくないかのように振る舞うアルトリアは、そのまま学園生徒に紛れて奥に設けられた広く大きな四角形状の建物へと足を運んだ。
そこは多くの学園生徒が座学で魔法の勉強を行う施設であり、それぞれに在学期間や分野別に別れた室内が設けられている。
そうした場所ながらも在学生の姿は
昼食時に紛れる形で入場したアルトリアは、施設内のとある場所へと迷いなく進む。
そこは渡り廊下を通った先に設けられた大きな建物であり、アルトリアは扉を開けてその建物内部に入った。
「……やっぱり、ここの匂いは落ち着くわね」
扉を潜ったアルトリアは、そう言いながら鼻を微かに動かす。
その建物内部には一律した本棚が大きく築かれており、その中には多くの書物が差し込まれている光景が一面に広がっていた。
この場所こそ、魔法学園に寄贈されている書物が保管されている図書館。
多くの魔法師達が魔法の勉学や研究を費やす為に足を運び、アルトリアも過去の在学期間で自室以外に最も過ごした場所と言ってもいい。
そうした場所の匂いを懐かしむアルトリアは、奥の机で様々な書物を広げながら勉強する学園生徒達の物静かな場を乱さぬように静かに歩いた。
そして受付を行う男性職員に在籍証を提示した後、特定の書物を探るように本棚に埋め尽くされた室内を移動する。
かなり奥へ移動するアルトリアは、木製の脚立を使って本棚を見渡し、表示に描かれたとある著者名の本を見つけた。
「……ここにもあったわね」
そう呟いたアルトリアは本を手に取り、著者名を改めて確認する。
本の表紙に書かれていたのは、自身の本名である『アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン』の名前だった。
「まったく。分野別に収納するにしても、せめて著者名毎に並べ直しなさいよね。自分が書いた本なのに、こんなに探すのを苦労させられるなんて……」
アルトリアはそうした愚痴を漏らしながら、脚立から降りて自身が書いた本を手に収める。
そうして別の本棚も探りながら自身の著者名が刻まれた本を探し、二時間ほどで三冊の本を発見した。
探す作業だけで徒労の息を漏らすアルトリアは、机に置いた本を見ながら再び愚痴を漏らす。
「……勝手に寄贈させておいて、管理してる側が何処に置いたかも把握してないなんて。しかも勝手に
悪態を静かな声で漏らすアルトリアは、席に座りながら自身の本を広げる。
そして持ち込んだ鞄から紙と羽ペンを含む黒インクの瓶を取り出しながら、自身の本に書かれた内容に向き合いながら集中した。
それから時刻は大きく流れ、夕陽が沈む時間となる。
アルトリアは時間すらも忘れて自身の本を読み解きながら没頭していたが、図書館の職員が声を掛けて来た。
「――……もうすぐ閉館時間です」
「え、もう?」
「申し訳ありませんが、規則ですので」
「そう。なら、この本を借りて行くわ。受付を御願い」
「承りました」
職員が閉館の時間を伝えると、アルトリアは微妙な苛立ちを含む表情で問い返す。
そして仕方なく閉館の指示に従い、読み解いていた三冊の本を借りる手続きを行い、門も閉ざされる直前の魔法学園から足早に出て行った。
そして帰りにも服飾店に足を運び、店内で魔法学園の制服から預けていた服装へ着替える。
そうして市民街から貴族街に設けているローゼン公爵家の別邸へと戻り、軽く夕食を済ませて借りて来た自身の本と向き合いながら自室に籠った。
こうした日常を繰り返すアルトリアは、まるで過去の自分を追うように自身が書いた魔法研究の本を探しながら、新たな本と呼ぶべき一冊を書き続ける。
それに取り組む真剣な表情は、過去の自分自身へと向き合っているようにも見えた。
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