革命編 四章:意思を継ぐ者
暗雲の兆し
オラクル共和王国の南方にて起きた巨大な閃光は、その中心地から半径十キロメートル以上の大地を消失させる。
そして閃光から放たれた衝撃波は大陸内の至る場所に届き、大地を削り飛ばした影響で大小様々な損害を発生させた。
後に『閃光事件』と呼ばれるようになった事態から一週間後、共和王国と同大陸に構えるガルミッシュ帝国の詳しい損害状況が帝都にも伝わる。
議会が開かれた帝城では皇帝ゴルディオスと宰相セルジアスが中心となって議会を執り行い、高官達と共に各地から集められた被害報告が述べられていた。
「――……続けて、同盟都市建設が行われている東の国境沿いに及ぶ被害ですが。建築していた同盟都市の十数箇所が倒壊し、また建築資材の一部が破損する状況となっています。死者こそいませんが、吹き飛んできた物の影響で帝国の人員が五百名ほど負傷したという話です。共和王国側も含めれば、千名以上に及ぶかと」
「かなり多いな……」
「また集積所内に保管していた食料なども、保存していた倉庫の倒壊によって一部が使用不能に。現場からは、使用不能となり不足している物資の補給運搬と、傷病者に対する医薬品と人員の増援を求められています」
「補給はともかく、傷病者の対応はどのようになさいますか?」
「国境付近から医術の心得がある者達を
「今は町医者でも、各地の被害に対応してしまっている。国境まで赴かせる人員を集められないだろう」
「軍から、軍医と回復術師の派遣させては?」
「今回の事件がどのような原因で起こったか分からない以上、帝都から迂闊に軍医や回復術師を出すべきではない。もし第二波が来るようであれば、派遣させた軍医や回復術師達が被害を受けてしまう」
「共和王国側からは、今回の件に関して回答が何もありませんからね……」
「帝国民も、今回の出来事で不安を募らせています。あの衝撃が発生した前後で、昼頃にも関わらず巨大な閃光が共和王国の南部に起きたという話もあるようですし」
「共和王国が怪しい実験を行っていたせいで起きた出来事だという噂も、国民の中に拡がりつつあります」
「国境付近に赴いている人員も、相当に混乱しています。特に共和王国側の人員が。共和王国からも医療関係者の派遣を行うよう伝えていますが、今も返答がなく焦っているそうです」
「帝国側の負傷者だけならば、付近の町に回収して治療を受けさせれば済むと思うが?」
「そのような事をして、共和王国側の負傷者を見捨てるような真似をするわけにも行かないだろう」
「しかし軍医や回復術師の派遣を慎重に検討する必要がある以上、それぞれの国で負傷者の対応を行うしか――……」
議論の場で高官や軍部の幹部達は、互いの意見を交えて討論を行う。
『閃光事件』で帝国側に及んだ被害は各地に及んでいたが、その元凶と思しき共和王国内部から離れていた帝国の被害規模は比較的に少ない。
しかし物資的な損害よりも、帝国民の心理的被害の方が大きかったと言ってもいい。
今回の衝撃波の発生源は、明らかにオラクル共和王国から発せられたという証言が圧倒的に多い。
故に皇帝ゴルディオスの名で共和王国に状況の説明を求めるよう書状を使者に送らせたのだが、一週間が経った今でもウォーリス王や国務大臣アルフレッドを始めとした者達からの返答が届けられる様子は無い。
今回の事件が共和王国側の故意で行われた事件だったのか、それとも意図しない形で行われた事故や災害なのか。
共和王国側の声明を待たない限り、帝国側は不安を持つ国民に対して何の情報提供も行えない状況にあった。
下手な嘘を公表して国民に情報を広めて共和王国側との関係を危うくしない為にも、ゴルディオスは今回の事件に関する公式的な情報発表を控える事を決断する。
そのせいで帝国民はそれぞれに思考を巡らせ、嘘か真実かも分からないような架空の出来事を思い描きながら今回の事件を噂するようになっていた。
そうした状況にあっても、帝国内の被害対策は順調に実行できている。
しかし対策が行い難い場所が、まさに共和王国と共同で建設している国境沿い付近だった。
噂のせいで共和王国側に対する不信感を募らせている帝国民は、共和王国民が多く出入りしている同盟都市建設現場付近に近寄りたがらない。
帝国側が無理に医者や人員を徴用して国境沿いに居る共和王国側の人員にも救命活動を行うと、帝国側の人員に不満を持たせる結果となるだろう。
だからこそ軍医や回復術師の派遣を迂闊に行えず、帝国側は帝国民の負傷者だけに対応できないかを模索している。
しかしそんな事をしてしまえば、共和王国の人々が帝国側の対応に悪感情を持たれかねない。
どちらの対応を行っても誰かに不満を持たれるという点で、議会の場は反発するような意見の交じり合いを見せ始める。
そうして意見の膠着を見せ始めた時、皇帝ゴルディオスは一声で彼等の言葉を止めた。
「――……静粛に」
「!」
「貴官等の意見は理解した。確かに共和王国側から今回の出来事に関する回答が行われない以上、帝国としては安易に共和王国側へ干渉する事は避けるべきだろう」
「では、帝国側の人員のみに対応を?」
「いや。我々は確かに自国の民に配慮すべきだとは思うが、『人』として果たすべき事もある」
「!!」
「国境沿いには、軍医と回復術師の派遣を行うべきだろう。そして我が国民と共に、共和王国側の人員にも治療と救援を行うべきだ」
「しかし、それは……」
「言いたい事は分かる。だが『人』である我々が、『人』を救わぬ様子を見せてはならない」
「!!」
「我々はガルミッシュ帝国として、同盟国である共和王国の人々の救助活動を行う。もし共和王国側がそれを拒むのであれば仕方ないと言えるが、そうでないのならば同盟国の民も助ける手を差し伸べるべきだ」
「……それは、確かに」
「余の意見としては、今回の国境沿いの救助活動には帝国軍の軍医と回復術師の派遣を行べきだと考える。どうか?」
ゴルディオスは議会の場を見渡しながら、今回の対応に関する自身の意見を口にする。
その意見と理由を聞いた高官達は粛々とし、全員がゴルディオスに視線を向けながらも反対意見を出さなかった。
それを見届けたゴルディオスは、宰相であるセルジアスに視線を向ける。
「ローゼン公。君はどう思う?」
「……救助活動自体に、反対する意見はありません」
「そうか」
「ただ、先程の話でもありましたように。前回と同じ
「最小限の人数では、負傷者の対応が出来ないのではないか?」
「その通りです。そこで我がローゼン公爵領地から、医療術を学ぶ学徒を派遣させて頂きます」
「!」
「二百名の医学生、そして軍からは五十名程の軍医、魔法学園からも五十名ほどの回復術師の派遣を。それに合わせれ兵を二百名ほど同行させ、合計で五百名。千名以上の負傷者に対して対応を行う員数としては、十分かと」
「それは助かる。すぐ集められるかね?」
「念の為、既に領地で声掛けを始めさせて頂いています。同時に建設作業現場の整理を行う為の人員も雇い入れているところです」
「そうか。ならば、今回の救助活動も君に任せてしまっていいだろうか? ローゼン公」
「問題ありません」
「ならば、君に今回の件を一任しようと思う。皆の者、何か異論は?」
「……」
「無いようだな。では、よろしく頼むぞ」
「
ゴルディオスの意見に賛同するセルジアスは、更なる提案を持って対策案の追加を伝える。
それを聞いたゴルディオスは満足気な表情を見せ、救助活動に関する役目をセルジアスに一任する事を決めた。
対策案が纏まった議会は次の議題へと移り、それから三十分程の時間で解散となる。
皇帝ゴルディオスを近衛に任せて送り出したセルジアスは、解散する場で書き加えた資料等々を鞄に入れてからいつものように宰相室へ戻ろうとした。
しかし戻り歩く廊下で、貴族位を持つ高官達から声を掛けられる。
「――……ローゼン公。先程は意見を取り纏めて頂いた様子、見事でございます」
「いえ。それほどでは」
「御謙遜ですな。まだ御若いのに、皇帝陛下からの信任も厚い。若かりし頃のクラウス殿を見ているようです」
「
「いえいえ。少なくとも我々は、貴殿は皇帝陛下に次いで信頼を寄せるべき御方だと考えていますから」
「……」
セルジアスは高官達の言葉を聞きながら、僅かに眉を顰める。
そして歩いていた足を止め、横に居る高官に対して話し掛けた。
「あまり、感心しない御言葉ですね」
「え?」
「私はあくまで、帝国宰相としての務めを果たしているだけです。決して皇帝陛下を侮り、蔑ろにしているわけではありません」
「い、いえいえ。私は、そのような意味で言ったわけでは……」
「では、あまり不穏当な発言は控えた方が宜しいでしょう。――……では、私はこれで。これからやるべき事が多くありますから」
セルジアスは整えられた口調ながらも、何処か冷淡にすら聞こえる声色で高官の言葉を押し留める。
それに気圧される高官達は口を噤み、去っていくセルジアスの背中を見送った。
そしてセルジアスの姿が見えなくなった後、高官達はこうした言葉を零して会話を行う。
「……やはり、クラウス殿と同じか」
「セルジアス殿も、皇位には興味が無いのだろうか?」
「しかし、どうにかしてセルジアス殿が次の帝位に継いで頂かないと……」
「殿下が帝位を継いでしまうのは、不安があるからな……」
高官達はそうした言葉を零し、廊下を歩きながら自身の戻るべき場所へ向かう。
閃光事件が起きた裏側では、ガルミッシュ帝国側にも一つの問題が浮上している事が、彼等の様子から窺えた。
それは、ガルミッシュ皇帝となる次期皇位継承者について。
ガルミッシュ帝国では、皇帝に就いた者は六十歳となると皇帝の座を
そして皇位継承者が皇帝の座を引き継ぎ、新たな皇帝としてガルミッシュ帝国の頂点に立つ事が決まっていた。
現皇帝であるゴルディオスの年齢は、今年で五十六歳。
あと四年でゴルディオスは皇帝の座を退き、筆頭の皇位継承者が皇帝の座に着く事になる。
四年という猶予がありながらも、帝国の高官や貴族達は新たな皇帝に関する事を思考して行動している場合が多い。
次の皇帝の座に着く皇位継承者は、ゴルディオスの実子である皇子ユグナリス。
しかしアルトリアとの確執を始めとして、婚約者候補であるリエスティア姫が既に懐妊しているという情報などで、多くの高官達が感情で動き過ぎるユグナリスが皇帝になる事を危ういと考えていた。
一方で第二の皇位継承権を持つセルジアスは宰相職に就いてから、現皇帝ゴルディオスからの信任も厚く、帝国内の行事を名代として多く執り行っている。
高官達や貴族達から見ても、セルジアスは父親であるクラウスに匹敵する能力を有しており、次の皇帝として最も望ましい人物だと考えられていた。
しかしセルジアスは皇帝となる意欲を一切見せず、淡々と宰相職の仕事を行う姿勢を続けている。
不必要な会合や集まりに出席する事は少なく、またローゼン公爵家に関わる貴族家以外で懇意にしているような関係者も無い。
更に未婚である為、様々な貴族家から婚約関係や見合いを勧められているが、それを全て受け流すように逃げ切っている。
セルジアスを次期皇帝に推そうと考えている者達にとっては、今の状況は望ましくない。
どうにかしてセルジアスには皇帝の座に興味を持つように誘導しているが、それに関して良い反応を示す様子も無い。
そうした各高官達や貴族達の事情も把握しているセルジアス本人は、小さな溜息を吐き出しながら執務室の椅子に腰掛けた。
「……はぁ。……ユグナリスが、もっとしっかりしてくれればな……」
セルジアスは愚痴を零し、持ち帰った資料を取り出しながら執務に打ち込む。
その口から出た言葉はセルジアスが最も望んでいる事であり、ユグナリスを支える意思を今でも持ち続けている証明でもあった。
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