負の繋がり


 ベルグリンド王国時代に親交のあったシスターと再会した黒獣傭兵団だったが、思わぬ形で彼女の拳が同行しているクラウスへ向けられる。

 それはローゼン兄妹の母親でありクラウスの愛した女性メディアが関わる、フラムブルグ宗教国家との遺恨が原因だった。


 メディアという女性に関する事で敵対しようとする二人を止めたワーグナーは、その話を聞いて訝し気な表情を浮かべる。

 そして親しかったシスターが今までと異なる様相を見せ、戸惑いながらもクラウスに対して強めの口調で尋ねた。


「――……お、おい。そのメディアってアンタの連れが、総本山とやらを襲ったのはマジなのか?」


「……正確には違うが、似たようなモノかもしれんな」


「!」


「二十六年前。私とメディアはフラムブルグ宗教国家に向かい、ある事を確認する為に宗教国家が保有する情報を探っていた。その時に総本山である大聖堂に潜入したのだが、発見されてしまってな。そこでメディアが大聖堂から脱出する為に数多の神官達と戦い、その際に大聖堂の一部と神像を破壊した」


「おいおい……。マジなのかよ……」


 クラウスは宗教国家フラムブルグの総本山である大聖堂ほんきょちに潜入していた事を認め、ワーグナーは強張った様子で呆れた声を漏らす。

 それを聞いていたシスターは怒気を含んだ表情を強め、拳を更に強く握りながら踏み足を前に進めた。


 しかしワーグナーは、この場で二人が争う事を良しとは考えない。

 どうにかシスターを説得しようと思考しながら言葉を考えている中で、思わぬ声がクラウスの声から放たれた。


「私も、お前に聞きたい事があるのだ。元代行者エクソシストよ」


「……神を愚弄した者に、向ける慈悲と言葉は無い」


「アレは事故のようなモノだった。メディアも悪気があってやったわけではない。……俺自身も後で聞かされた話だが、あの時のメディアは俺の子を妊娠していたからな」


「!」


「その為に、我々を捕らえようとした神官達への迎撃が過剰になった。第一、大聖堂を破壊したのも我々を封じ込める為に結界を張ったのが原因だ。あの神像が結界を発生させる装置だと分かり、脱出する為には神像アレを破壊せざるを得なかった」


「……言いたい事は、それで全てか? ならば――……」


「いいや。――……六十年前。ルクソード皇国の皇王を暗殺しようとした者を知っているな? 代行者エクソシスト


「!!」


 クラウスは落ち着いた表情から怒気混じりの声を漏らし、元代行者エクソシストであるシスターに対してそう尋ねる。

 それを聞いたシスターは驚愕の表情を浮かべ、傍で聞いていたワーグナーも困惑を強めながらクラウスへ問い掛けた。


「……な、何の話をしてるんだ? ……皇国の皇王おうを暗殺って……」


「六十年前。ルクソード皇国貴族のとある侯爵家が、皇王暗殺の嫌疑を掛けられ処刑された。だが皇王暗殺の実行犯である暗殺者は行方も素性も分からないまま、二十六年前までその行方を誰も辿れなかった」


「……!」


「しかし二十六年前。私が参じたルクソード皇国内の内乱後に、その行方を掴んだ者がいた。……それは六十年前に皇王暗殺の件で処刑された侯爵家の、生き残りだった」


「!?」


「その者は家族を首謀者に仕立て上げた皇国貴族達から六十年前の情報を得て、皇王暗殺の実行犯がフラムブルグ宗教国家から雇った者だと知った。――……二十六年前。私とメディアはその暗殺者が何者かを探る為に、フラムブルグ宗教国家の大聖堂へ潜入したのだ」


「……!!」


「そこで知れた情報は、フラムブルグ宗教国家の影となる部分。――……数多の修練を潜り抜けた神官達から選抜される集団。『代行者エクソシスト』なる者達の存在だ。そして我々が探していた暗殺者の正体は、その代行者エクソシストだったというわけだ」


「……ま、まさか……。シスターも、暗殺者だってのか……!?」


 クラウスの話に耳を傾けていた黒獣傭兵団の面々は、困惑した表情を見せながらシスターへ視線を向ける。

 それに対してシスターは否定も肯定もせず、ただ強く拳を握りながら睨みながらクラウスへ鋭い視線を注ぎ続けた。


 しかしクラウスは言葉を止めず、続けて自分が知った情報を述べながら問い質す。


「その暗殺者と思しき代行者エクソシストの記録を大聖堂で探った結果、その者は宗教国家フラムブルグの傘下国であるベルグリンド王国へ向かった事が判明した」


「!?」


「故に皇王暗殺者の正体は、ベルグリンド王国に居る代行者エクソシストとなる。――……シスター。その代行者エクソシストに、心当たりがあるのではないか?」


 クラウスは構える槍の矛先を僅かに上げ、シスターに対してこの情報を問い質す。

 この情報と攻められる立場に居たはずのクラウスの状況が一転し、皇王暗殺の実行犯と同じ立場に居るシスターが追い込まれ、黒獣傭兵団の全員が驚きの視線を向けたまま表情を固めていた。


 そこまでクラウスが問い質した後、シスターは拳を引かせて立ち尽くすように姿勢を戻す。

 そして鋭い表情を残したまま、クラウスに問い質した。


「……何故、私がその暗殺者だと疑わないのです?」


「先程の追跡者達を、あやめていないからだ」


「!」


代行者エクソシストは敵対者に対して、容赦の無い者達だと聞く。例え『元』だとしても、銃を持つ外部の傭兵団を屠るのは貴方の実力であれば容易いはず。なのに武器を破壊しただけで、奴等を殺さず生かしたまま気絶させていた。……暗殺を請け負っていた代行者エクソシストにしては、甘過ぎると思ってな」


「……」


「ならば、王国には暗殺を請け負っていた他の代行者エクソシストがいたはず。――……皇王暗殺などという大事おおごとを請け負える代行者エクソシストは、宗教国家の中でもそれなりの立場だったと考えられる。傘下国のベルグリンド王国へ赴けば、貴族待遇で扱われていたとしても不思議ではない」


「!」


「これは、私個人が調べた情報だが。その暗殺者がベルグリンド王国に赴いたという時期と、ある一人の男が王国貴族の爵位を与えられた時期が重なる。――……その男が与えられた爵位は『男爵』。そしてその男に与えられた貴族姓は、フォン=ライザック」


「!」


「!?」


「……な……っ」


「男の名は、ガルドニア=フォン=ライザック。四十年ほど前まで王国騎士団の団長を務めていた、黒騎士ガルドニアが帝国では知られている名だ。……しかし騎士団長の職と爵位を剥奪された後、その男はとある傭兵団を王国内で創設しているな」


「お、おい。何を言って――……」


 クラウスの突拍子も無い話が語られる中で、黒獣傭兵団の面々は表情を唖然とさせる。

 そして語られる言葉を否定するように遮ろうとしたワーグナーの声を無視し、クラウスは最後まで自分の知る情報を伝えた。


「それが、『黒獣ビエスティア』傭兵団。――……その傭兵団を引き継いだのが、お前達だ」


「……!?」


黒獣傭兵団おまえたちがどうして虐殺の冤罪を着せられ、ウォーリスの魔の手に追い詰められ続けているのか。……そのウォーリスの母親こそ、六十年前に皇王暗殺の嫌疑を懸けられ処刑された貴族家の生き残りだったからだ」


「なに……っ!?」


おそらくウォーリスの母親は、私と同じように情報を探り、暗殺者が王国に居るガルドニアだと考え至った。そして実行犯であるガルドニアにも、首謀者達と同じく復讐しようとしたのだろう。……だがそれを知った時期は、二十六年前より遥かに後。ウォーリスなる男がベルグリンド王国の第三王子として迎えられた、十五年前頃だろうな」


「……!!」


「その時には既に、ガルドニアは王国内で死んでいた。しかしガルドニアが残していたモノが、王国には在った。……それが黒獣傭兵団おまえたちだ」


「!?」


本人ガルドニアに復讐を果たせないと知った彼女ナルヴァニアは、ガルドニアが残した黒獣傭兵団おまえたちにその復讐の矛先を向けたのだろう。……その実行役となったのが、第三王子にさせた息子ウォーリス。そしてガルドニアが作った黒獣傭兵団に冤罪を着せ、居場所を奪いながら追い詰め、居場所を失くさせる。それが今までウォーリスが黒獣傭兵団おまえたちへ追い詰める事に執着していた理由だと、私は考えている」


 クラウスは自身の知る情報から、黒獣傭兵団が追い詰められている理由を伝える。

 その話を聞いていた全員が言葉を無くして唖然とした表情を浮かべる時に、ワーグナーだけは声を震わせながらクラウスに詰め寄った。


「……ば、馬鹿な。……おやっさんが、暗殺者だった? ……その恨みで、俺達が追い詰められてる? ……そんな馬鹿な話が、あるはずが……!!」


「ならば、元代行者エクソシストである彼女シスターに聞くといい。……神とやらに誓って、ガルドニアはそのような事はしていないと言えるのならな」


「……シスター!」


 クラウスは槍を下げて折り畳み、前に立つシスターに向けてそう言い放つ。

 それを聞いたワーグナーは信じ難い表情を見せながらシスターに顔を向け、ガルドニアが暗殺者では無かった事を否定してもらおうとした。


 しかし、シスターは顔を僅かに伏せながら表情を強張らせている。

 その表情が何を意味するかを察してしまったワーグナーは、首を僅かに横へ振りながら呟いた。


「嘘、だよな……?」


「……」


「あのおやっさんが、暗殺者なんてやってたわけが……!?」


「……」


「……何か言ってくれよ、シスター……ッ!!」


 心の奥底から振り絞るような声でワーグナーは、シスターに詰め寄るように近付く。

 そして両肩に手を掴みながら揺らし、困惑と焦燥を含んだ表情で強く問い掛けた。


 しかしシスターの口から漏れ出た言葉は、ワーグナーの期待に応えられない答えとなる。


「……教え子でした」


「え……?」


「神官となるべく、厳しい修練を施す役目。……ガルドニアは、私の教え子の一人でした」


「!?」


「『代行者エクソシスト』にも、二つの組織が存在します。一つは、魔人や魔族に対抗する為の武力組織。そしてもう一つが、宗教国家を成り立たせる為に必要な組織。……後者の組織は、その一つとして暗殺業を請け負っていたと聞きます」


「……!!」


「私は前者の組織に、ガルドニアは後者の組織に与していた。……私は彼の師として、そして神に仕える修道士シスターとして、王国に赴いた彼から懺悔され、そうした話を全て聞きました」


「……そんな……」


「その男が述べている話は、ほぼ事実です。……今から六十年ほど前に、ルクソード皇国の皇王を暗殺するよう見せる依頼を受け、それを達成した後に王国へ赴いたこと。確かに私は、ガルドニアからその話を聞きました」


「!!」


「……ごめんなさい、ワーグナーさん。まさかガルドニアのおこないから、このような事になってしまうなんて……」


 シスターはそう語り、過去にガルドニアが皇王暗殺の依頼を受けていた事が事実だと教える。

 それを聞いていたワーグナーは大きく口を開けながらシスターの両肩から手を離し、困惑と憤怒を織り交ぜた表情を見せながら両膝を地面へ落とした。


 そして両手を強く握り締め、地面へ大きく叩き付ける。


「……マジなのかよ……。……おやっさん……ッ!!」


 ワーグナーは悲痛な声を漏らしながら何度も地面を拳で叩き、その事実を受け止め切れずに苦しむ様子を見せる。

 そうした様子のワーグナーを見下ろすクラウスとシスターは苦々しい表情を浮かべ、黒獣傭兵団の団員達は呆然とした表情を浮かべたまま表情を固めていた。


 こうしてクラウスとシスターの敵対から始まる一触即発の状況は、思わぬ形でくつがえされる。


 それは黒獣傭兵団の創設者であり、ワーグナーやエリクの師であるガルドの薄暗い過去。

 その過去が原因となって今の黒獣傭兵団じぶんたちが苦しんでいる事を知ったワーグナーは、自分が抱いて来たいきどおりを何処に向けるべきか葛藤し、地面を叩き続けるしかなかった。

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