大罪人の名は


 共和王国の兵士達に『銃』の訓練を施していた、異国の傭兵団『砂の嵐デザートストーム』。

 その団長を務める【特級】傭兵スネイクに気付かれたクラウスとワーグナー達は迷わず逃亡を選び、荷馬車を捨て廃村へ隠れた。

 しかし小銃ライフルを持つ『砂の嵐デザートストーム』の団員達に廃村内を索敵され、クラウス達は危うく発見されそうになる。


 その時、銃弾を掻い潜り『砂の嵐デザートストーム』達を僅かな時間で鎮圧した者が現れる。

 それはベルグリンド王国時代に黒獣傭兵団を匿い逃亡の手助けをした、教会で孤児院を営んでいた老齢のシスターだった。


 廃村の建物内に隠れていた黒獣傭兵団の面々は、懐かしく聞いたシスターに驚きを浮かべて思わず顔を出す。

 そしてワーグナーは建物を出た後、鍛え抜かれた肉体を露にしているシスターに話し掛けた。


「――……あ、アンタ。シスターなのか?」


「ええ。御久し振りですね、ワーグナーさん」


「あ、ああ……。……コレ全部、アンタがやったのか?」


 ワーグナーは周囲を見渡し、廃村内の状況を見ながら信じられない面持ちで尋ねる。

 廃村の中を捜索していた二十名強の『砂の嵐デザートストーム』が全員、地に伏す形で意識を失っていたのだ。

 

 その周辺には銃弾のキズと思しき草が生い茂る地面や生え伸びる木々、そして建物の壁に穿たれている。

 更に金色の薬莢やっきょうが散乱しており、今までに見たことの無い戦いの跡に困惑を浮かべていたワーグナーは思わず尋ねた。


「ええ。彼等のような者達との戦いは、慣れていますから」


「な、慣れ……? アンタ、いったい……」


「――……やはり、代行者エクソシストか」


「!」


 シスターの言葉に困惑を浮かべたワーグナーだったが、その横から新たな声が入る。

 それは隠れていた建物から出て来たクラウスであり、今までと二人の話を聞いてシスターの素性を見破った。


 そんなクラウスを初めて見るシスターは、僅かな疑問の表情を浮かべて尋ね返す。


「貴方は? 初めて見る顔ですが」


「……私は、クラウス=イスカル=フォン=ローゼン。そう言えば、私の事を御分かりになるだろうか?」


「!」


「今は黒獣傭兵団かれらを雇い、この共和王国くにの秘密を暴く為にここまで来ました。……敢えて御聞きします。貴方は、フラムブルグの『代行者エクソシスト』ですな?」


「……ええ。ただし、もと代行者エクソシストですが」


 二人は互いに正体を明かし、それぞれに僅かな緊張感を持った表情と瞳を向け合う。

 互いに敵対するかのような面持ちを浮かべている状況に僅かな危機感を覚えたワーグナーだったが、丁度その時に団員達も表に出て来た。


「こ、これは……!?」


「シスターじゃないっすか、アレ……!?」


「敵が全員、倒れてるのか……?」


「まさかこれを、シスターが全部……!?」


「すげぇな……」


 団員達は状況を見てそれぞれに呟き、三人の傍に近付いて来る。

 それに乗じてクラウスとシスターによって緊張感を高めていた場を切り替える為に、ワーグナーは別の話を切り出した。


「シ、シスター。ちょうど良かった。アンタを探してたんだ」


「……私を?」


「ああ。王国ここに戻ってきたら、色々と変わっちまってて。アンタ達も王都から居なくなって、南方こっちに来てるって聞いてよ。だから――……!」


 ワーグナーは今までの困惑と疑問を吐き出すように話すが、軽く手を上げたシスターがその言葉を止めさせる。

 そして周囲を見渡し、表情を僅かに強張らせながら口を開いた。


「……貴方達も、何か事情があるのですね。それは分かります。しかしこの場は、急いで離れるべきでしょう」


「!」


「貴方達を追跡していた傭兵団ものたちは、分散し周辺を捜索していました。ここを一刻も離れるべきです」


「あ、ああ。だが、何処に行けば……? 奴等の馬を奪うにしても、追跡されちまったら……」


「私に付いて来て下さい。私達の隠れている村まで御案内します」


「!」


「貴方達の話も、そして私達の話も。そこで全て御聞きしましょう。――……さぁ、急いで」 


 シスターはそう述べ、廃村の奥に広がる森側へと歩み進む。

 それを聞いていた団員達は歩み去るシスターの背中を見た後、ワーグナーに視線を向けて決断を仰いだ。


 そして静かに頷いたワーグナーは、シスターを追う為に走り気味に進む。

 その意思に従う団員達も、二人を追って森が広がる奥地へ走り出した。


 その際にクラウスもシスターの背中を追ったが、僅かに足を止める。

 そして周囲に倒れる『砂の嵐デザートストーム』を見渡すと、シスターの背中を見ながら怪訝な表情を宿しながら一行の背中を追った。


 それからしばらく、一行はシスターの後を追いながら道なき自然の中を進み続ける。


 クラウスやワーグナーを含む一行の年齢は二十代後から五十代前半の男達だったが、明らかに六十歳を超える老婆のシスターに追い付けない。

 息も乱さず自然の中を走り抜けるシスターの動きは大自然を庭のように走り跳び、それが厳しく鍛え抜かれた者の動きだと察する一行に、必死に形相で走り続けた。


 一方でシスターは余裕を見せながら進む速度を調整し、一行と離れ過ぎないように待つ姿も見せている。

 そうした手心を察する男達は、心を挫けさせずにシスターの後を追った。

  

 草木が生い茂る山を走り、崖を登り小川に入り抜ける一行は、辛うじて小時間の休息を交えながら四時間以上の移動を続ける。

 そしてある場所に辿り着いた時、シスターが立ち止まって振り向きながら告げた。


「――……ここまで来れば、彼等の追跡は無いでしょう」


「……ハァ、ハァ……!!」


「き、きっつ……」


「こんな、走ったの……久し振り……だ……」


「足と、腰が……いってぇ……ッ」


 黒獣傭兵団の団員達はそれぞれに大きく疲弊した様子を見せ、その場に倒れ込む。

 しかしクラウスとワーグナーだけは辛うじて息を大きく乱し汗を拭きながらも、まだ両足を立たせていた。


 そんな二人の中で、ワーグナーからシスターに話し掛ける。


「――……それで、村ってのは……この近くなのか?」


「いいえ。今は追跡者を振り切るのが先決でしたから」


「そうか。……じゃあ、別の場所か」


「そうです。――……ただ、貴方達を村に案内する前に。一つ、確認しておきたい事もあります」


「確認……?」


 夕日が沈み夜空が見え始める中で、シスターは表情を険しくさせながらある人物に鋭い視線を向ける。

 それに流される形で視線を向けるワーグナーは、その先に立っているのがクラウスだと気付いた。


 シスターはクラウスに対して歩み寄り、互いに姿勢を整えながら二メートル前後の距離を保って立ち止まる。

 そして互いに鋭い視線を向け合い、疲弊している団員達は困惑気味の表情で二人を見る中で、ワーグナーが二人に声を向けた。。


「……アンタ達、知り合いなのか?」


「いいえ。……ただ、この者の名に聞き覚えがあるのです」


「ああ。そりゃ、この人は死んだはずの帝国の貴族――……」


「違います。――……彼の名よりも、彼と共に行動していた者こそ、私達にとっては重要なのです」


「え……?」


 そう述べるシスターは、クラウスを怒りにも似た更なる鋭い表情と瞳を向ける。

 それを真っ向から受けるクラウスに対して、シスターは強い口調で問い質した。


「クラウス=イスカル=フォン=ローゼン。名が一緒である為に、もしやとは思いましたが……。代行者エクソシストである私を見る様子、どうやら本人のようですね」


「……だったら、どうする?」


「愚問でしょう。――……二十六年前。貴方と共に行動していた、メディアという女性。彼女は今、何処にいますか?」


「……メディアの居場所を聞いて、どうするつもりだ?」


「決まっています。――……我が神を愚弄した者に、神罰を」


「……ッ」


 シスターの問答を聞いたクラウスは、腰部分に折り畳んでいた槍に手を掛ける。

 それに合わせてシスターも素手のまま構えると、二人が敵意を見せながら交戦する構えを見せた。


 豹変した二人の様子に驚愕した団員達は身を起こし、今にも戦いそうな二人に対して動揺を浮かべる。

 そして二人を止めるように間に割って入ったワーグナーが、二人に顔を向けながら怒鳴った。


「な、なんだっ!? 急にどうしたんだ、アンタ等……!?」


「……クラウス。今から二十六年前、この男はある女と共にフラムブルグ宗教国家に訪れました」


「!」


「その女の名は、メディア。――……我等が神を愚弄するように、フラムブルグの総本山である大聖堂を襲撃した者です」


「な……っ!?」


「当時、全ての代行者エクソシストがメディアなる女と同行者であるクラウスなる男の行方を追い、神罰を下す為に捜索し続けた。しかし行方が分からず、今も宗教国家では大罪人として指名手配を受けています。――……まさか、このような場所で出会うとは……!!」


「……ッ」


 シスターは表情を強張らせながら構え握る拳の力を強め、クラウスに相対する。

 それを聞いていたクラウスもまた表情を険しくさせ、シスターに対する為に槍を振りながら一瞬で組み立て、槍の矛を下に向けながらも構えた。


 こうして思わぬ形で再会したシスターとワーグナー達だったが、予想外の事情によって感動の再会が妨げられる。

 それはクラウスが愛した女性メディアが、フラムブルグ宗教国家で起こした出来事が原因となっていた。

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