救われた者達


 ベルグリンド王国にて黒獣傭兵団ビスティアを創設し、エリクやワーグナーを従えて初代団長を務めていたガルド。

 彼は六十年前、フラムブルグ宗教国家に所属する『代行者エクソシスト』として暗殺を生業とする組織に身を置き、数々の暗殺依頼を請け負っていた。


 その依頼の一つに、六十年前に起きたルクソード皇国内の皇王暗殺未遂事件も含まれる。

 この事件によって皇王暗殺の嫌疑を向けられた皇国貴族家は処刑に追い込まれ、その際に幼子である事を理由に処刑を免れたナルヴァニアは、自身の生まれを知って首謀者と実行犯を相手に復讐へ身を焦がした。


 皇王暗殺の実行した暗殺者、それがベルグリンド王国に居たガルド。

 彼はナルヴァニアの復讐対象でありながらも、その彼女が事実を知る前には魔獣討伐によって死んでしまっていた。


 ゆえにガルドが王国に残した黒獣傭兵団モノに、ナルヴァニアの復讐心が傾けられる。

 支援していた息子ウォーリスにベルグリンド王国を手中に収めさせ、黒獣傭兵団に虐殺の冤罪を着せ、更に新たな罪を与える事で居場所を奪い続けようとしていた可能性がクラウスの口から語られた。


 ガルドが過去に暗殺者だったこと、そして黒獣傭兵団じぶんたちが冤罪を着せられた理由をクラウスの推測として聞いたワーグナーは情報を聞いて否定しようとする。

 しかし『代行者エクソシスト』としてガルドの師を務めていたシスターが伝える言葉によって、ワーグナーは打ちのめされたかのように様々な感情を抱きながら地面を叩き続けた。


 それからしばらくして、シスターはクラウスを含めた黒獣傭兵団達を隠れ住むという村に案内する事を告げる。


 そして明かりの無い夜間を慎重に移動する中で、ワーグナーは表情に影を落としながら一言も喋る事は無く、団員達もまた暗い表情を見せながらシスターの後を付いて行った。

 しかしクラウスだけは、敢えて前を歩くシスターに話し掛ける。


「――……どうして、私も連れて行く気になった?」


「……」


「私とメディアは、お前達の神を侮辱したのだろう。……黒獣傭兵団かれらはともかく、貴方が私を助ける義理は無いはずだ」


 クラウスはそう話し、代行者エクソシストであるシスターの心変わりに不可解さを示す。

 それを聞いていたシスターは、足を止めずに前を向きながら声を返した。


「……貴方こそ。何故、自分の名を明かしたのです?」

 

「!」


共和王国ここまで来るのに、貴方は偽りの名で過ごしていたはず。なのに何故、クラウス=イスカル=フォン=ローゼンという本名を私に明かしたのです? しかも、私に警戒する素振りを敢えて見せながら」


「……」


「貴方は、ここに来る前には知っていたのですね。黒獣傭兵団かれらが冤罪を着せられた理由を。そしてその理由が、ガルドニアに有ったことを」


「……証拠も無い、ただの推測ではあるがな」


「その推測を確実にする為に、敢えて宗教国家フラムブルグの大罪人とされている名を明かし、代行者エクソシストだった私の信仰心を煽ったのでしょう? そして私自身の口から、ガルドニアが暗殺を生業とする代行者エクソシストである事を伝えさせた」


「……同じ王国くにに居る代行者エクソシストで、黒獣傭兵団かれらの関係者であれば。ガルドニアが代行者エクソシストである情報を得られると思ったのでな」


 クラウスはシスターの話を肯定し、今までの流れが意図的であった事を認める。

 それを聞いていたシスターは不可解な表情を見せながら、クラウスに強めの口調で問い質した。


「それを知り、黒獣傭兵団かれらに真実を教えて、どうするつもりなのです?」


「……復讐心に憑りつかれた黒獣ケモノは、いつか仕留められる。容易くな」


「!」


「それを防ぐ為にも、黒獣傭兵団かれらは知らねばならない。どうして自分達が現状の立場となったのか。そして、これから先の道をどのように進むべきなのかを、改めて考える必要がある。……そうしなければ、黒獣傭兵団かれらが安息できる居場所は永遠に得られないだろう。少なくとも、生きている限りはな」


「……貴方は……。……確かに、その通りかもしれません」


 シスターはクラウスが黒獣傭兵団かれらに真実を教えた理由を聞き、奇妙にも納得を浮かべながら後ろに視線を向ける。


 今の黒獣傭兵団かれらは自分達が理不尽な冤罪を着せられ、その首謀者であるウォーリスに対して強い復讐心を支えに今まで生き抜いてきた。

 しかし黒獣傭兵団かれらが復讐心を向けるべき相手ウォーリスもまた、同等かそれ以上の理由となる復讐心を抱くに足る理由がある事を理解する。


 しかも相手から向けられている復讐の理由が、自分達とはおよそ関わりの無い人物ガルドが原因。

 その情報を知った今、彼等は復讐心を理由に存在し続ける黒獣ケモノのままではいられなくなった。


 黒獣傭兵団かれらは今、岐路きろに立たされている。


 ガルドという人間の過去を原因として、復讐心の矛先に向けられている黒獣傭兵団。

 そこに所属したままどちらかの復讐心を満たすまで抗い続けるか、それとも無関係な復讐から逃れて黒獣傭兵団ここから抜け出すのか。


 団員達とワーグナーは誰一人として声や視線すらも交わる事は無く、分かれ道が見える自分の人生を見据えるしかない。

 その分岐点に敢えて黒獣傭兵団かれらを立たせるべきだと考えていたクラウスは、代行者エクソシストであるシスターを利用して真相を伝えた。


 この話が他の黒獣傭兵団の団員達にも伝われば、彼等もまた選択を迫られる。

 その選択を促す為にも、黒獣傭兵団かれらを今まで率いていたワーグナーや他の団員達の選択は、最も重要だとなるだろう。


 クラウスがここまで考えてガルドの真実を黒獣傭兵団かれらに伝えたのかは、シスターには確信が無い。

 しかしこの状況に一切の動揺を見せていないクラウスの様子は、常人とは異なる異常さを感じさせるモノだった。


 こうして一行は沈黙を続け、光が乏しい夜間の山々を緩やかな足取りで移動していく。

 そうして夜が明け朝焼けの日差しが差し込む頃、シスターの案内で一行はある村へ辿り着いた。


「――……ここが、私達の隠れ家です」


「……!」


 シスターが案内したのは、南方領地の最南端に位置する山の頂付近の森にある村。

 しかし今まで在った古くびれた廃村とは異なり、古い建物を補強されながら新たな建物も立っている広めの土地が確保されていた。

 そこには小規模ながらも真新しい水路や畑などが存在し、羊や鶏が飼われている家畜小屋も見え、人々の息吐ける環境が整えられていた。


 建物の数で言えば、およそ四十から五十世帯程。

 百名から二百名前後の人々が暮らせそうな村に、クラウスと黒獣傭兵団の一行は驚愕していた。


 そして村の中へ歩み出すシスターに続き、一行も足を進める。

 そして朝の農作業や家畜の世話をしていた者達が、シスターの帰還に気付いて声を掛ける。


「――……シスター!」


「おはようございます! 戻られたんですね!」


「おはようございます、皆さん」


 挨拶を向ける者達に、シスターは微笑みを向けながら答える。

 そしてシスターの後ろから付いて来る者達に気付いた村人達は、表情を強張らせながら訪問者の顔を見て気付いた。


「……シスター? その人達は……あっ!」


「アレ、まさか……ワーグナーさん……!?」


「えっ、嘘……。まさか、黒獣傭兵団なの……!!」


 村人達は来訪者がワーグナーや黒獣傭兵団の団員達だと気付き、驚愕しながら慌てて家となっている建物に戻る。

 そうした様子を見せられシスター以外は困惑していた表情を浮かべていたが、次の瞬間には驚愕の表情へ変わった。


 村人達が入った家から更に人が出て来ると、一行の姿を見て驚きを見せながら走り寄って来る。

 そして家から出た村人が更に別の建物へ入り、その中で暮らしていた村人達を起こし回っていた。


「――……やっぱり、ワーグナーさん達だ!」


「ほら、黒獣傭兵団だぜ!」


「無事だったのね!」


「ああ、良かった……!」


 駆け寄る人々の声は歓喜と感涙の感情が溢れており、全員が黒獣傭兵団に声を掛ける。

 村人達の顔ぶれには黒獣傭兵団の面々も見覚えがあり、王都の貧民街で暮らして居た人々の他に、他の町で知り合っていた者達や村人の姿も在った。


 様々な人々が詰め寄りながら話し掛ける状態に、黒獣傭兵団は困惑を強める。

 そして傍に居たシスターが、改めて村人達の事を教えた。


「この者達は、黒獣傭兵団あなたたちを無実である事を信じた者達です」


「!」


「彼等はウォーリス王の説く黒獣傭兵団の罪に疑念を持ち、その治政に疑いを持った者達。そして、実際に見て来た黒獣傭兵団あなたたちを行いを信じる者達。……貴方達が築いた、繋がりです」


「……!!」


「例えその成り立ちにあやまちがあったとしても。黒獣傭兵団あなたたちによって救われた者達が、確かに存在するのです。……その点だけは。自分達の在り方を、そして歩んで来た道を疑わないでください」


「……ぐ……、ぅ……ッ」


 シスターの言葉を聞いていた黒獣傭兵団の面々は、暖かく出迎える村人達の声と表情を改めて聞く。

 そして自分達の行いや今までの在り方に疑問を持っていた黒獣傭兵団かれらは、一つの救いとも言える光景を目にする事で、その目から涙を溢れさせていた。


 こうしてクラウスとワーグナーを含む黒獣傭兵団の一行は、シスター達が隠れ住む村へ到着する。

 そこには黒獣傭兵団を信じる者達が存在し、ここまで救いの無かった彼等にとって、初めて救われるような思いを抱かせたのだった。

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