訪問の理由


 リエスティアの足が再び動くようになる治療方法を、アルトリアが伝える。

 それは自身アルトリア治療を受ける者リエスティアの寿命を削る、生命力を高め用いる方法だった。


 しかしその方法は成功するか分からず、アルトリアは治療に関するリエスティア達に選択をさせる。


 寿命を削り治るかも分からない治療を受けるか、そのまま動かない足で居続けるか。

 その選択は、当事者であるリエスティアとユグナリスに委ねられた。


 しかしリエスティアが治療を受けるかの決断を告げるより早く、領地を留守にしていたローゼン公爵家当主セルジアス=ライン=フォン=ローゼンが戻った事が知らされる。


 襲撃を受けたばかりの都市を預かっていた者達にとって、当主であるセルジアスの帰還は喜ばしい出来事ではある。

 しかしセルジアスは、誰もが予想していない人物を連れて来ていた。


 本邸の屋敷を預かる者達はその訪問者についての情報を先に伝えられ、忙しく迎える準備を行う。

 そして訪問者の事を聞いた皇后クレアは、驚きを浮かべながらリエスティアが休む寝室へと訪れた。


「――……リエスティアさん、今からお客様が訪れます。寝台そこから離れなくてもいいから、上に何か羽織って迎える準備をした方がいいでしょう」


「お客様、ですか? どなたが……」


「オラクル共和王国の国務大臣。アルフレッド=リスタル殿よ」


「えっ」


 リエスティアは覚えのある名の人物が訪れる事をクレアから聞き、驚きを深める。


 それは数ヶ月前にガルミッシュ帝国に和平の使者として訪れた、ウォーリス王の腹心と呼ばれる青年アルフレッド。

 しかしその正体は、リエスティアの実兄ウォーリス=フロイス=フォン=ゲルガルド本人だった。


 そして一時間後、予告通りに本邸の前に複数の馬車が止まる。

 その中腹に位置する馬車からローゼン公爵セルジアスが降り、一つ後ろに位置する馬車からは黒髪と青い瞳を持つウォーリスが姿を見せながら降りた。


 当主を出迎えるのは本邸を任されていた多くの使用人達であり、代表として老いた家令が前に出る。

 そしてセルジアスに礼を向けながら話し掛けた。


「――……おかえりなさいませ。セルジアス様」


「ああ。……アルトリアの様子は?」


「自分の御部屋にいらっしゃいます。兄君であるセルジアス様を御会いするかお尋ねしたのですが……」


「来ていないようだね。記憶の方は?」


「今は御自身が残した本を御読みになっているようで、それで記憶が戻る手掛かりになるかは……」


「そうか。……リエスティア姫の方は?」


「今は、皇后様と共に御部屋にいらっしゃいます。……ユグナリス様は、ログウェル殿に連れられて別邸の方へ」


「分かった。……彼を客人として迎える。彼用の部屋の準備をしておいてくれ」


「承りました」


 セルジアスは家令にそう命じ、視線をウォーリスに向ける。

 それを承諾した家令は下がり、出迎えた使用人達に命じられた事を伝えて部屋の準備をさせた。


 そして後ろで待つウォーリスと向かい合ったセルジアスは、改めながら伝える。


「……では、リエスティア姫の居る御部屋へ案内させて頂きます。アルフレッド殿」


「よろしくお願いする。ローゼン公」


 互いに丁寧な言葉を交えながらも微笑みは無く、その冷静にも見える表情には互いの事を信頼していない様子が見える。

 その緊迫感にも似た二人の空気を感じ取った家令の老人は息を飲み、二人をリエスティアが居る部屋まで案内した。


 二人は先頭を歩く家令に続く形で並び歩き、その後ろからは護衛となる従者達が続く。


 オラクル共和王国から赴いたウォーリスには、伴って来た従者や護衛の姿が無い。

 ウォーリスはたった一人でセルジアス達に伴われ、妹リエスティアが滞在している領地ここへ訪れているという事が理解できた。


 そして屋敷内の廊下と階段を歩き、一行はリエスティアが居る部屋の前に到着する。

 待機していた使用人達が部屋の扉を開け、セルジアスとウォーリスを寝室へ案内した。


 寝室の扉が開けられ、明るい部屋に置かれた寝台ベットには瞼を閉じているリエスティアが上体を起こして待つ姿が見える。

 その傍には侍女の女性と、皇后クレアが控えながらウォーリスを迎えた。


「――……アルフレッド=リスタル殿。よく御越しくださいました」


「突然の訪問で失礼します、皇后様。――……リエスティア様も、御久し振りです」


「アルフレッド様、どうして……?」


「同盟都市開発には、私も共和王国側オラクルの責任者として立ち合っていました。……そしてローゼン公から直接、リエスティア様の状況を御伺いした次第です」


「……」 


「そしてリエスティア様が滞在していたこの都市が襲われたという情報も届けられ、突然ながら貴方の安否を直接確認すべく、ローゼン公と共に帝国こちらに御伺いさせていただきました」


「そう、ですか……」


 ウォーリスは冷静で感情の見えない表情を見せながら淡々と状況を説明し、リエスティアに自身の訪問理由を伝える。

 それを聞いていたリエスティアは、いつもよりも冷たく聞こえるウォーリスの声に小さな怯えで身体を震わせていた。


 そんなリエスティアを庇うように、皇后クレアは声を差し挟みながらウォーリスに話し掛ける。


「リエスティアさんも、様々な事が短期間に起こり過ぎて御疲れになっていますから」


「そうでしょうね。……では、ゆっくりとした御話はのちほどさせて頂きましょう。……時に、ユグナリス殿下もこの領地にられると聞いていますが。どちらにいらっしゃいますか?」


「!」


「御安心を。今回の事で、殿下に何かするつもりはありません。……ただ、ユグナリス殿下はどうも私共が考えていたより非常識な御方のようです。それについて、些か御話を伺いたいと思いまして」


「……ユグナリスは今、ログウェル様と共に今回の襲撃で襲われた別邸の方へ赴いています」


「ほぉ。殿下が自ら、襲撃事件の調査を?」


「理由は、私達も知りません。彼の師であるガリウス伯の申し出たことなので」


「そうですか。……では、リエスティア様と殿下の御都合が良くなった際には御伝え下さい。ウォーリス様からの言伝もお預かりしていますので、その時に改めて皆様に御伝えさせていただきます」


「後程、御話を行う場を用意させて頂きます。――……では、ウォーリス殿。御部屋の準備が出来たようですので、御案内します」


「お願いします」


 ウォーリスはそう述べた後、セルジアスは扉の向こうに訪れた使用人達を見る。

 それを見計らったセルジアスはウォーリスを用意された部屋に案内する為、リエスティア達が居る部屋を出て行った。


 ウォーリスが出て行き扉が閉められた後、リエスティアは深く息を吐きながら身を震わせる。

 それを支えるように近付き背中を擦るクレアもまた、突如として訪れたウォーリスの訪問に緊迫した面持ちを見せ、今後の展開を予測できずにいた。


 こうして襲撃事件を機として事態は動きだし、リエスティアの兄ウォーリスまでもがローゼン公爵領地に赴く。

 そうした中でユグナリスを伴いながら不可解な動きを見せる老騎士ログウェルと、記憶の見せられたと語り部屋に籠りながら自身が残した研究資料を解読するアルトリアもまた、何かを思案しながら行動していた。

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