治療の選択


 リエスティアが『黒』の七大聖人セブンスワンであり、既に『』の魂を失いながらも肉体は『』のままだと結論付けたアルトリアは、警戒の注意を周囲の者達に促す。

 しかしその結論を導き出した知識や記憶をある人物に与えられた事をアルトリアは推察し、神妙な面持ちを見せていた。


 それから厳重な警戒を敷くローゼン公爵家の都市内部で、アルトリア達は本邸内に詰められた状態で過ごす。


 都市を防衛する各幹部達は易々と都市防衛機能を突破され襲撃された事を伝え、領主であるローゼン公爵セルジアスを呼び戻した。

 皇后クレアもまた、帝都に居る皇帝おっとゴルディオスと連絡を取り合い、狙われている可能性が高いリエスティアを護衛する為に必要な増援を要請する。


 こうして各々が必要だと考え忙しく行動を起こす中、そうした慌ただしさと無縁な様子を見せている者達も居た。


「――……やっぱり、足が動かないのは神経系の問題かしらね。強く叩かれたんだっけ?」


「は、はい。子供の頃に……」


「その時に傷付いたんでしょうね。……脊髄の骨格部分には、異常は無し。神経部分を治せば、足も動くようになるはずよ」


「ほ、本当ですか?」


「嘘なんか言ってどうするのよ」


「ご、ごめんなさい……」


「謝らなくていいから。ほら、腰部分を診たいから、少し上体を動かして」


「は、はい」


 寝台ベットに横たわった状態のリエスティアを、アルトリアは治療の為に診察している。

 その傍にはリエスティア付きの侍女と共に、皇子ユグナリスも近くで見守りながら様子を伺っていた。

 

 ユグナリスは緩やかに診察しているアルトリアの様子を見て、焦りにも似た疑問を口に出した。


「――……お前でも、すぐに治せないのか?」


「は?」


「い、いや。昔のお前は、こういう傷も一瞬で治してたから……」


「……それは魔法を使っての話でしょ? 魔法を使用した治癒や回復は、人体の仕組みを完全に把握した上でしか出来ない。自分の肉体ならともかく、他人の身体なら個人の肉体構造を把握した上で、肉体の細胞を活性化させながら構造を復元し――……」


「い、いや。すまない、話し掛けて……」


「ふんっ。まぁ、要するに一定年数が経った古い傷ほど治し難いのよ。……第一、この子には治癒や回復の魔法は使えないわ」


「え?」


 話し掛けて来たユグナリスに、魔法による治癒や回復がどのように行うか改めて述べるアルトリアは強い口調を向けながら睨みつける。

 そうした様子を見て謝罪するユグナリスだったが、不意に漏らしたアルトリアの言葉に疑問の声を漏らした。


 それは傍で聞いていたリエスティアも同様であり、アルトリアに問い掛ける。


「……あ、あの。それは、どういう……?」


「貴方の身体は、どうやら魔力を受け付けないようね」


「魔力を、受け付けない……?」


「要するに、貴方には魔法が効かない。多分、魔法で起こる事象そのものが中断キャンセルされるみたいよ」


「え……?」


「今まで、何人も治癒魔法師に診てもらったんでしょ? でも治癒が出来なかった。それは貴方に施した魔法に含まれる魔力が意味消失して、治癒できなかったように見えてたのね」


「す、すいません。私、魔法の事をよく分からなくて……」


「……つまり、リエスティアが魔法を打ち消す体質だということか? アルトリア」


「そういうことよ」


 魔法に関する知識を擁していないリエスティアに代わり、一定の知識を持つユグナリスが述べられる内容を紐解く。

 それを頷きながら認めたアルトリアに、ユグナリスは疑問の声を浮かべた。


「そんな体質、あるのか……?」


「魔法が効き難いって人間なら、そこそこいるわよ。そもそも魔力っていうのは、人体に多く取り込むと毒のようにもなる。それは軽度な魔力酔いを始めとして、下手をしたら血管や神経を始めとした細胞そのものを劣化させてしまうわ」


「……!?」


「魔法師も、そして魔法を受ける人間も、ある程度は魔力に対する耐性が必要なの。それが低い人間が魔法を行使したり受けたりすると、寿命が逆に縮む事もあるわ」


「そ、そんな危険なモノだったのか? 魔法って……」


「アンタ、そんな危険リスクも知らずに使ってたの? 馬鹿ね」


「ぐ……っ」


「まぁ、そんな事も知らない馬鹿アンタが平気で魔法を使えてるのも、魔力の耐性が高いからでしょうね。七大聖人セブンスワンの家系ってのもあるんだろうけど、丈夫な身体に生まれた幸運を感謝しなさい」


 魔法や魔力に関する知識が欠けているユグナリスに、アルトリアは皮肉を込めながらそれを教える。

 それを向けられた本人は苛立ちの表情を強めたが、二人の間に挟まれる形で聞いていたリエスティアが困惑した様子で問い掛けた。


「あ、あの……」


「なに?」


「その、魔法が使えない方や効き難い方がいるというのは理解できました。……私も、そういう方達と同じ体質だということでしょうか?」


「……まぁ、極端に言えばね」


「でも、その……。アルトリア様は、私の目を治療してくださいましたよね? アレは、魔法だったのでは……?」


「違うわよ。アレは、私の生命力を貴方に流し込んで、肉体の治癒力と再生能力を高めただけ」


「せ、生命力……?」


「衰えてる上に魔力を受け付けない貴方の身体を治すには、それ等を補い再生能力を高められるだけの生命力を外部から取り入れるしかない。だから私の生命力を与えて、貴方の自己治癒能力を高めた」


「その方法は、魔法のように危険リスクはないのですか……?」


「そうね。人間の細胞ってのは限りがあるし、一定数ほど増えたらもう増殖しなくなる。それを高めて無理矢理にでも増やすんだから、寿命は減るかもね」


「!」


「お、おいっ!?」


「大丈夫よ。腕とか足を生やすとかだったら極端に減るだろうけど、神経くらいだったらそれほど減らない。――……それでも嫌なら、足を治すのは止めましょうか?」


 二人は今更ながら、アルトリアが魔法を使用した治療ではなく、寿命を削りかねない生命力の増加を用いた治癒を施す事を聞かされる。

 それを拒む意思があれば治療をしない事を伝えられると、ユグナリスは表情を強張らせながらも口を噤むしかない。


 代わりにリエスティアが僅かに唇をすぼめながら表情を強張らせた後、頷きながら生命力を用いた治療を受け入れた。


「……いえ。そのまま、治療を御願いします」


「ティア……!」


「アルトリア様が大丈夫だと言うのなら、それを信じます」


「そう。……ちなみに、生命力を渡してる私も、その分の寿命が削れるから安心なさい」


「え……!?」


「こっちにも危険リスクがあるのは当たり前でしょ? ……まぁ、その負担を減らす為に私が魔力を人体に取り込んで、自分の生命力に変換してるから。こっちの寿命もあんまり減らないわ。異様に疲れるけどね」


「そ、そんな……」


「それに魔法と違って、この方法だと治るも治らないも貴方の治癒力次第。もし十年近く今の状態で過ごしてたなら、肉体の方が今の状態こそを正常だと認識してしまっている可能性もある。……足が動くようになるかは、一か八かの賭けってとこね」


「……!」


「自分の寿命を削ってまで、治るか治らないかも分からない治療を受けるかどうか。……今日はとりあえず診ただけだから。一人で考えるにしろ、二人で話し合うにしろ。じっくり考えて決めることね」


 話を聞いていたリスティアの背中部分を診ていたアルトリアは、寝台ベットから身体を離す。

 そしてユグナリスとリエスティアの二人にそう伝え、振り向く事も無く部屋を出て行き外で控えていた老執事バリスと共に自身の部屋に戻った。


 そして侍女もまた部屋の雰囲気を読み取り、二人を残した状態で一礼しながら部屋を出て行く。

 二人が出て行きながら扉を閉める光景を見ていたユグナリスは、寝台ベットに横たわるリエスティアに話し掛けた。


「……ティア」


「……ユグナリス様。……私、どうしたら……」


「……例え君の足が治らなくても、俺は君と一生を添い遂げると決めてるよ」


「!」


「君の足が治らなければ、兄君のウォーリス殿には君と俺の仲を認めてもらえないかもしれないけれど……。もし治らなくても、今度は立場を抜きにしてウォーリス殿に君と俺の仲を認めてもらうようにする」


「……」


「だから君は、君だけの事を考えてほしい。……結果がどうなろうと、俺は君と……その子の傍に居続けるから」


「……ユグナリス様……」 


 不安を拭えないリエスティアを宥めるユグナリスは、寝台ベットの横に付き屈みながら愛する女性リエスティアの左手を右手で握る。

 それを受けて手を握り返すリエスティアは、ある方向へ決意を宿しながら頷いて見せた。


 こうして慌ただしく周囲が動く中、穏やかながらも緊迫した思いをそれぞれが抱く。

 しかしこの時、本邸の庭先で外を眺めていた『緑』の七大聖人セブンスワンログウェルは、再び不穏な空気を感じながら表情をしかめていた。


 そして事件から一週間が経過した時、ローゼン公爵領地に当主であるセルジアスが戻った事が伝えられる。

 それと同時に齎された報告は、ローゼン公爵家で務める帝国の人員を更に慌ただしくさせることになった。

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