亡き女皇の関与
自身の過去を夢によって垣間見たアルトリアは、幼少期に出会ったクロエオベ―ルという少女とリエスティア姫が同一人物であると察する。
そして過去のリエスティアに与えられていたという皇族名が『
まず説明されたのが、リエスティアの祖母ナルヴァニア=フォン=ルクソードについて。
ルクソード皇族の一員だったナルヴァニアが実は養子として当時の皇王に引き取られた女性であり、十八歳になる時にガルミッシュ帝国のゲルガルド伯爵家に嫁いだ。
そこでゲルガルド伯爵家の当主と一人の男児を儲けたが、伯爵家が保有するルクソード血族の秘術を伝授しようとして失敗し、ナルヴァニアとその息子がルクソード皇族の血を引かない事が明かされてしまう。
その後、ナルヴァニアはゲルガルド伯爵家から追い出されるように皇国へ戻され、残された息子は不遇な扱いを受けながらも自身がルクソード皇族の血を引いている事を信じ、庶子との間に二人の子を儲けた。
その子供が、現オラクル共和王国の王となっているウォーリスと、その妹リエスティア。
彼等はルクソード皇族の血が流れると信じる父親によって、兄ウォーリスは『
それからゲルガルド伯爵家は数奇な運命を辿り、兄ウォーリスと妹リエスティアは
そしてリエスティアはそうした幼い頃の記憶を薄れさせながら孤児のような扱いを受け、里親に引き取られながらも酷い虐待を受けて暮らしていた為に目と足を患ってしまった。
それから兄ウォーリスが妹リエスティアを発見し、保護する形で里親から引き取られる。
その時には既に旧ベルグリンド王国の第三王子としての立場となっており、リエスティアは不自由な身体となりながらも兄ウォーリスに手厚く保護されていた。
しかしガルミッシュ帝国で起きた内乱を契機として、ベルグリンド王国は
それに選ばれたのがリエスティアであり、奇しくもユグナリスが本気で彼女を愛してしまった為に、本格的な婚姻を結ぶ承諾を迫られた兄ウォーリスは妹の治療を条件として、それが果たされれば二人の関係も良好な形で進展するはずだった。
そこまでの事情を皇后クレアは話し、アルトリアにリエスティア姫に関する一通りの素性を説明する。
それを聞いて
「――……なるほどね。あの子は帝国貴族の子供で、その父親が当主争いに負けて何処かに売られた。それを保護したのが、あの子が言ってたお兄ちゃん……。隣国の王様になったウォーリスって人なのね」
「そう聞いています。……多分、貴方が幼い頃にリエスティアさんとと会った事があるとしたら、そうした出来事が起こる前だったのでしょう。リエスティアさんも孤児院で暮らして居た五歳頃までのことしか、覚えていないわ」
「まぁ、普通ならその歳頃の記憶なんて鮮明に残ってる方が珍しいんでしょうね。しかも私とあの子の関係は、その
「ええ。……けれど。アルトリアさんが本当にあの
「疑問?」
「どうして、リエスティアさんとウォーリス君が
クレアが疑問を浮かべながら呟く言葉を聞き、アルトリアは首を傾げる。
その疑問がどれ程の重要性を持つかを把握できないアルトリアは、悩む様子を見せるクレアに問い掛けた。
「別に、同じ帝国貴族なんだから参加しててもおかしくはないんじゃないの?」
「ええ。……でも、ゲルガルド伯爵家の者が
「え?」
「皇国でもそうだったけれど、ガルミッシュ帝国も各貴族家を何らかの祝宴などに招待する際には、必ず招待状を送るわ。それに応じて赴く事を伝えて頂いた家の方達を招待し、出席者の確認を取るの」
「だから、そのゲルガルド伯爵家にも書状を送ったんじゃ……」
「確かに、当時はゲルガルド伯爵家と明確に対立していなかった。だから皇帝陛下も、帝国で最も古く由緒あるゲルガルド伯爵家にも形式的に招待の書状を送った。……でも招待の返信は無く、ゲルガルド伯爵家は不参加という形だったはずなの」
「!」
「もし返信した上で、ゲルガルド伯爵家の参列者としてあの二人が幼少時に
「……じゃあ、あの子達は本当に無断で、パーティーに来てたってこと?」
「いいえ。少なくとも私達が送った招待状と、参列者の記帳を済ませなければ城の中にすら入れなかったはず。それに子供だけの参加は認めていなかったから、保護者となる大人も同行していたはずなの」
「……じゃあ、クロエ……リエスティアや一緒に来ていたっていうウォーリスって人は、どうやって
クレアが抱いた疑問の本筋を浮き彫りにしながら、アルトリアは投げやり気味な口調で話す。
それに対して答えを持たないクレアは沈黙と共に考える様子を見せていたが、アルトリアの後ろで控えるように聞いていた老執事バリスが口を挟む形で可能性の一つを述べた。
「――……他の招待客に紛れて、赴いたのかもしれません」
「え?」
「他の貴族家に送られた書状を譲り受け、その貴族家の名を使い参列の有無を返答します。そして当日もその貴族家の参列者として祝宴の会場へ赴く。その方法ならば、誰にも気付かれる事も無いまま祝宴の場に参加できるかと」
「……確かに、そういう方法も可能ではあるかもしれませんが。しかし名前を使われた貴族家の顔見知りが居た場合、その不正に気付かれてしまう危険がある方法だわ」
「ゲルガルド伯爵家は皇国に多くの上納金を支払える程の、資産と事業を持つ帝国の名家だったと聞きます。他領地との繋がりもあったことでしょう。それを利用し招待状を譲り受け、それに関係を持つ貴族家にも了解を得られていたのならば、危険は最小限に留められるかと」
「……なるほど。けれど祝宴に紛れる事は可能だと考えた上で、やはり初めの疑問に戻ってしまいます。……ゲルガルド伯爵家は、どうしてあの場にリエスティアさんやウォーリス君を赴かせたのでしょうか……?」
「それは流石に、
「一つの可能性、ですか?」
「ナルヴァニア=フォン=ルクソード。彼女が何らかの形で、当時のゲルガルド伯爵家に介入をしていた可能性もあります」
「!」
「十七年前。当時の
「……!」
「もし彼女が、自分の生んだ子供とその孫達の状況を知り案じていたのなら。何等かの形で介入を行い、その家族を皇国に赴かせようとするか、あるいは自分の子供を正式にゲルガルド伯爵家の当主へ就かせたいと思うでしょう」
「……まさかナルヴァニア姉様が、ゲルガルド伯爵家に圧力を……?」
「何もしていないと考えるよりは、自然かもしれません」
「なら、リエスティアさんとウォーリス君を
「予行演習。それがナルヴァニア殿の思惑なのか、あるいはその息子の考えなのかは分かりませんが。ゲルガルド伯爵家の次期当主となる自分の子供と孫に、社交界の場を経験させておきたかったのかもしれません。そしてゲルガルド伯爵家だと知られて目立たせぬように、招待状を始めとした偽装を凝らした」
「……!」
「ただこれ等の話は、
「……ええ。でも、真に迫る考え方ではあります。それならば、幾らか納得も出来る事も思い浮かびますので」
バリスは女皇ナルヴァニアがゲルガルド伯爵家に関与したという予想を述べ、それに対してクレアは幾らかの納得を浮かべる。
復讐に囚われるように皇国で皇族同士の内乱を企てたナルヴァニアは、本当の家族を反逆者に仕立て処刑させた者達をそれに乗じる形で殺めた。
そして家族に反乱の嫌疑を掛けさせ貶めた実行者である【結社】の暗殺者を探して、最後の復讐を終えたがっていたこともウォーリスの口から伝えられている。
ナルヴァニアを幼い頃から慕っていたクレアは、
ならば女皇となった後、何らかの形で息子の助けになる支援をしようと手を伸ばそうとしたはずという結論に至る。
しかし親類国ながら、ガルミッシュ帝国に対して女皇の地位を利用して息子達に関する事で積極的に介入すれば、帝国側に自身の弱味となる存在を明かす事となり、ゲルガルド伯爵家からはルクソード皇族の血を持たないナルヴァニアの血縁について秘密が暴かれかねない。
だからこそナルヴァニアは内密に動き、ゲルガルド伯爵家に圧力を掛けながら息子を支援し、伯爵家の次期当主に置かせようとした。
しかし、この目論見はある人物によって阻まれる。
ナルヴァニアの元夫にして当時のゲルガルド伯爵家当主が死んだ後、その息子である長男が異母弟の次男によって殺害された。
それを機に長男の子供だった兄ウォーリスは拘束され拷問を受け、妹リエスティアは奴隷として他国へ売られている。
それはゲルガルド伯爵家において不遇な扱いを受けていたナルヴァニアの子供達によって、当主の座を奪われそうになった次男の反撃だったのだとしたら。
そして幼いウォーリス達が祖母である女皇ナルヴァニアと接触し支援を受けられたのも、息子を失った悲しみと不遇な境遇に置かれていた孫達に対する贖罪だったのかもしれない。
クレアはゲルガルド伯爵家に起きた状況に、こうした形でナルヴァニアが関与している可能性が高いと考え、それに納得しながらも悲しみを含んだ瞳を揺らしていた。
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