少女の事件


 気を失いながらも過去の映像ゆめを垣間見たアルトリアは、リエスティア姫が過去そこで見た黒髪の少女クロエオベールと同一人物だと気付く。

 それをリエスティア本人に尋ねようとした際に皇后クレアによって話を遮られたアルトリアは、渋々ながらも身を退かせた。


 しかし改めて皇后クレアと話す場を設けると、互いに長椅子に腰掛けた状態でアルトリアから不満に染まった疑問を向ける。


「――……それで。なんでさっきは邪魔したの?」


「それを御話する前に、私からも貴方へ質問をしたいの。……アルトリアさん。貴方は『クロエオベール』という名を、何処で知ったの?」


「……さっき、気を失った時かしら。夢みたいな映像ものが見えたの。その時に見えた黒髪の女の子が、クロエオベールという名前だった。そしてそれが、リエスティアって子に似ていたのよ」


「!」


「容姿的には、向こうは三歳か四歳くらいの頃だったかも」


「……もしかして、記憶が戻ったの?」


「いいえ、それ以外の事は何も分からない。――……でも、間違いはないと思う。多分アレは、昔の私が見た光景モノ。あのリエスティアって子と、前に会った事があるんだわ」


 アルトリアは躊躇を含みながらもそう伝え、自身が幼い頃のリエスティアと面識がある事を伝える。

 それを聞いた皇后クレアは驚きと同時に深刻な表情を見せ、慌てるようにアルトリアへ問い掛けた。


「その、幼い頃のリエスティアさんを見たという場所は? 何か思い出せない?」


「……分からない。結構広い場所で、赤い絨毯が敷かれた廊下を走ってた。豪華な装飾品とか絵画が綺麗な白い壁に飾ってあって。そんな廊下を走った曲がり角の部屋に入ったら、あの子に会ったのよ」


「……今、リエスティアさんの歳は二十歳程のはず。アルトリアさんは確か、今年で十九歳になるわね?」


「いや、覚えてないし」


「もしそうだとしたら、三歳か四歳頃のリエスティアさんにアルトリアさんが会ったとなると……。……貴方が、二歳か三歳頃ということになるわ」


「まぁ、そうなるんじゃないの?」


「……そういえば、その頃の貴方はあの事件で……。でも、それからはこのローゼン公爵家の領地に居たはず……。……まさか……!」


 クレアは自身の記憶を頼りに、当時のアルトリアに関する事を思い出す。

 そして何か当て嵌まる事を思い出すと、その表情は困惑を強めながらも確かな確信を得る表情を見せていた。


「……まさか、あの祝宴パーティーに来ていた時に……!?」


「パーティー? ……そういえば、そんなことも言ってたかも」


「……なら、間違いないのでしょう。けれど、まさか貴方達があの祝宴パーティーで出会っているなんて……。どういう事なのかしら……」


「あのパーティーって、何の事なの?」


「……今から十七年前になるかしら。ユグナリスが四歳の誕生日を迎えた時に、誕生日を祝う祝宴パーティーが開かれたの」


「それに私も行ってたの?」


「ええ。皇帝陛下の弟である貴方の父クラウス君と、その家族である子供達あなたたちも参加していたの。……その時の事を、何か思い出せない?」


「……駄目ね。さっき見たもの以外は、何も思い出せない」


「そう……。……ユグナリスの誕生日を祝う場は三日間、続けて行われる事になっていた。ユグナリスは一日目に参加していたのだけれど、はしゃぎ過ぎて熱を出してしまってね。二日目からは休むことになってしまったの。……でもアルトリアさんは一日目の会場には居なかったから、ユグナリスや私達とは会わなかったわね」


「私が居なかった?」


「貴方が会場に来てから消えてしまったと、クラウス君達が探していたのよ。もしかしたら誘拐されたのではないかと、その日は一時的に城や帝都の出入り口を封鎖してしまう程の大事になっていたと思うわ」


「……」


 幼い頃の自分が何をしていたか思い出せないアルトリアだったが、それを聞きばつの悪さを感じながら視線を横に逸らす。

 それを見て僅かに微笑んだクレアは、話の続きを述べ始めた。


「でも、ちょうど祝宴が終わった後に貴方が見つかって。城の何処かに隠れていたという話を聞いて、クラウス君に貴方がとても怒られていたと聞いたわ」


「……ふんっ」


「そして二日目。貴方は一日目に参加していないことを理由に、クラウス君の言いつけで二日目の会場に参加した。……そこで、ある事件が起こったの」


「事件……?」


「私や陛下も、熱を出したユグナリスの方を気に掛けていて二日目の会場には居なくて、実際には見ていないのだけれど。……幼い貴方が魔法を行使して、会場に居た者達を十数人近く傷付けた。そういう話だったわ」


「!」


「表向きは、幼い故に魔法を暴発させてしまったという事でおさまるように、クラウス君や陛下が手を回した。怪我人こそ居たけれど、死傷者がいなかったことも幸いだったでしょうね」


「……それが表なら、裏もあるってことね?」


「ええ。……会場の警備をしていた帝国騎士や宮廷魔法師達、そして参加していた各貴族の護衛達が、僅か二歳の貴方を抑える事も出来ずに無力化させられた。その事実を隠す為に、表向きの理由が必要だと陛下達は御考えになったのよ」


「……まぁ、そんなとこでしょうね」


 過去の自分が犯した罪を揉み消された理由を聞き、アルトリアは納得を浮かべながら呆れるような息を吐き出す。 

 それに対してクレアも寂しげな笑みを浮かべ、更にその出来事に関する情報を知る限り伝えた。


「当時はそうした事情もあって、帝国の内外に貴方の起こした事件はそれほど広まらなかった。……でもその事後処理を終えた後で、クラウス君が陛下や私に教えてくれたこともあるの」


「?」


「あの事件で、幼い貴方は暴力的な魔法を他者に行使した。……でもその理由は、友達を助ける為だったそうよ」


「え……?」


「クラウス君はその時の状況を見ていた人達にも、自ら事情聴取をしたのだけれど。貴方がそうした事を起こす前、一人の女の子に対して複数の子供達が問題を起こしていたらしいわ」


「問題?」


「なんでも女の子が、つまづいた拍子に机の装飾布テーブルクロスに引っ掛かってしまって。それで机に置かれていた食事や飲み物が零れて、その近くに居た子供達の服に掛かってしまったようなの。……それを理由に、その被害を受けた子供達は女の子は酷く咎めたそうよ」


「……要はその子は、器量の小さな奴等に絡まれたってわけね」


「その時の貴方も、そう相手の子供達のことを言っていたそうよ」


「むっ」


「でも本来ならば、傍に居た子供達の保護者が止める場面だった。でも女の子を咎めた子供達の両親は幾人か近くに居ながらも、それを止めようとはしなかったそうなの」


「なんでよ?」


「その女の子の親や保護者が、近くに居なかった。そして女の子は親や同行して来ただろう従僕等を呼ぶ様子はなく、自分の姓や名前も名乗らなかったそうよ」


「!」


「だから子供達は、その女の子が部外者で勝手に会場に入って来たのだと咎めて、名前や素性を聞き出そうとして手荒に対応した。……そこに貴方が現れて、女の子の周りにいた子供達を吹き飛ばし、それを庇おうとしたり取り押さえようとした子供達の親や護衛達も吹き飛ばした」


「……」


「当時の貴方は、父親であるクラウス君にこう言ったそうよ。『私の友達を虐めてた奴等を吹き飛ばして何が悪いのよ』とね。……貴方は貴方なりに、友達の女の子を助けた。それが大き過ぎる力で、ああした事件になってしまった。……それが十七年前に貴方が起こした、事件の話です」


 当時の事件を知る皇后クレアの口から、幼い頃にアルトリアが起こした出来事が語られる。

 それに対してアルトリアは視線を細めながら悩ましい表情を見せ、それに関する出来事を自分なりの考察を交えて伝えた。


「……つまり、その時の私が助けたっていう友達。――……多分それが、あのときに見たクロエオベール。そして、あのリエスティア姫なんでしょうね」


「!」


「でもあの子、確か共和王国とかいう隣国の御姫様なのよね? なんで隣国の御姫様が、帝国皇子アレの誕生日パーティーなんかに来てるのよ?」


「……その事なのですが。リエスティアさんと貴方の言う女の子が同一人物だというのは、何かの記憶違いということは?」


「あるかもしれない。でもさっきの様子を見る限り、貴方はクロエオベールという名前に心当たりがある。しかもリエスティア姫の前では聞かせたくない名前。少なくとも、あの子の名前と御姫様が何かしらの関係性があるのは事実なんでしょ?」


「……」


「こっちから教えられる事は、全て話したわ。貴方も、いえ……貴方達がクロエについて隠してる事を教えて。なんであの子が、今あんな状態になってるの?」


 記憶ゆめで見たクロエオベールという少女と共和王国の姫君であるリエスティアが同一人物だと察するアルトリアは、クレアとログウェルに対して鋭い視線を向けながら尋ねる。

 それに対して渋い表情を見せるクレアは、ログウェルの方へ困ったように様子を見せながら視線を向けた。


 その視線がどのような問い掛けなのか理解したログウェルは、少し考えた後に頷いて話す。


「――……御話になられても、よろしいのではないかと」


「良いのでしょうか……?」


「このままでは、アルトリア嬢の気がおさまらぬでしょう。ならば事情を話し、帝国側こちらの状況を理解してもらう方が上手く収まるかもしれません」


「……そうですね。……分かりました。アルトリアさん達にも、リエスティアさんに関する事情を御話します」


 ログウェルと相談した結果、クレアはリエスティアに関する素性について帝国側が理解できている内容を伝える。

 それを聞いたアルトリアは訝し気な表情を見せながらも静かに聞き続け、共に聞いていたバリスは目を見開きながら納得を浮かべ、クレアの話す出来事を理解した。


 こうして過去に『淑女クロエオベール』という皇族名を与えらていたリエスティアと、アルトリアの記憶に映った黒髪の少女クロエオベールに関する結び付きが生まれる。

 二人の少女が僅かな時間に刻んだ関係性は、過去と現在を結ぶ上で強い繋がりを周囲の者達に感じさせていた。

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