繋がりの存在


 リエスティア姫を見たアルトリアは気を失い、夢を見るようにある出来事を瞼の暗闇を通して垣間見る。

 それはアリスと名乗る少女の視界を通して見る光景であり、それは記憶を失っているアルトリアに奇妙な懐かしさとほろ苦い悲しみを与えていた。


 そして意識を戻し青い瞳を見せながら瞼を薄く開けたアルトリアは、周囲に人が集まっている事に気付く。

 それに呼応する老執事バリスは、アルトリアの顔を覗き込みながら静かに尋ねた。


「――……アルトリア様。御目覚めになられましたか?」


「……なに……?」


「アルトリア様は、急に御倒れになられたのです。失礼ながら御身の容態を確認する為に、私が運ばせていただきました」


「……!」


 バリスが状況を伝え、アルトリアは自身が陥った状況を自分自身で理解するように思考に飲み込ませる。

 そして半覚醒状態の表情を覚醒させ、青い瞳を見開きながら上半身を緩やかに起こし始めた。


 バリスは上半身を起こすアルトリアの背を支える為に右手を伸ばし、ゆっくりと身体を起こさせる。

 そして長椅子に腰掛ける形でアルトリアは座ると、再び瞼を閉じて大きく深呼吸をしながら呟いた。


「……さっきのは、いったい……」


「アルトリア様?」


「……そうよ。私は確か、あの女を見て――……!」


 倒れる前後の状況を自身で思い出す為に、アルトリアは軽く顔を横に振る。

 そして倒れる直前に見たリエスティアの姿を思い出し、再び目を見開きながら立ち上がろうとした。


 それを抑えるようにアルトリアの肩へ手を置いたバリスは、宥めるように話し掛ける。


「いけません。すぐ御立ちになられては」


「……いいから。大丈夫よ」


「しかし……」


「それより、あの子に会わせて」


「あの子、とは?」


「……あの、黒髪の女。もう一度、会わせて」


「……」


 アルトリアは肩を軽く抑えられながらも、それを振り払うように腰を立たせ足と膝に力を入れながら立ち上がる。

 それに対してバリスは抑える事を止め、逆にアルトリアの腰と右腕を支え持ちながら歩く助力を行い、皇后クレアに声を向けた。


「皇后様。もう一度、リエスティア様の顔をアルトリア様に御見せしたいのですが。よろしいですかな?」


「だ、大丈夫なのですか?」


「どうやらアルトリア様が、それを望んでおられるようなので」


「……分かりました」


 皇后クレアはアルトリアの要望に応じる形で先導し、再びリエスティアが待つ寝室の扉前へ赴く。

 それに追従する形でアルトリアはバリスに支えながら、扉を叩き再び開けられる寝室の扉を潜った。


 そこには変わらず寝台ベットで横になっているリエスティアの姿と、それに付き添う侍女の姿がある。

 先に扉を潜り尋ねたクレアは、リエスティアの傍に歩み寄りながら言葉で伝えた。


「――……リエスティアさん」


「クレア様? あの、アルトリア様は……?」


「今、こちらに伺っています」


「御気分が優れないのでは……?」


「貴方の御顔を見たいと、アルトリアさんが仰っているの。もし良ければ、身体を起こして御顔を見せてあげて」


「は、はい……」


 クレアに促されで、リエスティアは侍女の支えを受けながら上体を起こす。

 そして再び寝台ベットから上半身が見えるようになると、そこに視線を向けていたアルトリアが目を細めながら小さく呟いた。


「……やっぱり、似てる……」


「?」


「あの子の傍に、もっと近寄りたいんだけど」


「……分かりました」


 アルトリアを支えるバリスは、その言葉を受けて歩みを補助する形で共に歩く。

 そしてクレアに場所を譲られる形で寝台ベットの横に辿り着いたアルトリアは、リエスティアの顔を間近に見ながら更に強い既視感に襲われた。


 気を失っていた時に映った黒髪の少女クロエオベールと、同じ黒髪の女性リエスティアの姿がアルトリアの視界で重なる。

 更に寝台ベットで上体を起こした姿や、近くに置いてある裁縫途中の布と綺麗な刺繍が施されている状態を見て、何か確信を得ながらアルトリアはリエスティアに問い掛けた。


「――……ねぇ。もしかして……」


「は、はい?」


「アンタ。もしかして、クロエオベールって名前を知ってたりする?」


「……い、いいえ。どなたのことでしょうか……?」


 唐突にアルトリアが尋ねる声に、リエスティアは首を傾げながら返答する。

 それはアルトリアが抱いている疑念を晴らす答えではなく、リエスティアを見る表情に困惑を宿していた。


 その時、アルトリア達の隣で漏らすような息を零す者がいる。

 それは二人が交える話を確認していた皇后クレアであり、何かに驚いた様子でアルトリアに話し掛けた。


「……ア、アルトリアさん。貴方、何処どこでその名を……?」


「え?」


「クレア様……?」


「……皇后様。アルトリア様が仰っている、クロエオベールという方の事を御存知なのですか?」


 皇后クレアが動揺しながら漏らす言葉を聞き、アルトリアとリエスティアは互いに意外な表情を見せる。

 それに対して傍に居たバリスは尋ね、クロエオベールという人物が誰なのかを言及しようとした。


 しかしリエスティアと侍女に視線を向けたクレアは、途端に口を閉じる。

 そして改めるように瞼を閉じてから瞳を開け、アルトリアに対して申し伝えた。


「――……アルトリアさん。今日は貴方の御体調も優れない様子。後日に改めて、リエスティアさんの治療を御願いできるかしら?」


「え?」


「回復魔法での治療は、かなり集中力を用いると聞きます。今の状態では、治療にも差し障るでしょう。貴方の万全を期して、私達も治療を御願いしたいの。よろしいかしら?」


「いや、別にこのままでも――……」


 唐突に治療と面会を拒絶するような対応に出るクレアの様子に、アルトリアは反論するように声を漏らす。

 しかしバリスが横から口を挟み、アルトリアの言葉を遮りながらクレアと話を合わせた。


「――……では御言葉に甘えまして、本日はアルトリア様は休ませていただきましょう。しかし本邸まで戻るまでに、また御体調が優れなくなってしまうやもしれません。何処か、別邸ここの御部屋を御借りしても?」


「分かりました。隣室の侍女に申し伝えて頂ければ、空いた御部屋に御案内するでしょう」


「ちょ、ちょっと……! なんで勝手に話を進めて……! 私は、まだあの子に聞きたいことが……!」


 クレアが毅然とした様子を見せて伝える言葉を聞き、アルトリアはそれを拒否しようとする。

 しかし介入したバリスによって対話は打ち切られ、アルトリアは再び抱えられながら寝室を出された。


 その際、アルトリアにだけ聞こえる声量でバリスは呟きながら話を聞かせる。


「アルトリア様。ここは一度、身を引きましょう」


「……なんでよ?」


「どうやら、アルトリア様は何か思い出された様子。しかし皇后様にとって、その内容はリエスティア姫や他の者には知られたくないようです」


「……」


「ここは場を改めて、皇后様から事情を伺いましょう。……どうやら皇后様むこうも、それを望んでおられる」


「……分かったわよ。でも、さっさと降ろしなさいよね。自分で歩けるわ」


「これは失礼しました」


 皇后クレアの様子と言葉から意図を察したバリスは、アルトリアを連れ出し話を中断させる。

 それを渋々ながらも受け入れたアルトリアは抱えられた身体を降ろされ、隣室に控えていた侍女に事情を伝えたバリスは別邸の部屋を借りて休息を行うことになった。


 侍女の案内で部屋へ訪れたアルトリアは、僅かに気怠さが残る身体を寝台ベットに倒して横たわる。

 同行するバリスは案内役を務めた侍女に軽い食事や飲み物を頼み、二人は昼食を挟む形で待機することになった。


 それから少し時間が経ち、夕暮れになる前に二人が居る部屋へ皇后クレアが訪れる。

 しかし侍女などを伴ってはおらず、代わりに老騎士ログウェルを連れた状態で赴いていた。


「――……先程は御無礼をしました。アルトリアさん。それにバリス殿も、対応して頂いて感謝します」


 クレアは二人に対して謝辞の言葉を伝え、それと共に頭を下げる。

 それを受けたのはバリスであり、首を僅かに横へ振りながら微笑みを返した。


「いいえ。……ただ、なにやら事情がある様子。アルトリア様や私にも、その事情を御話しいただけますか?」


「……」


 頭を上げたクレアはバリスの問い掛けに対して無言のまま、長椅子ソファーに腰を下ろす。

 それに対して老執事バリス老騎士ログウェルは互いに視線を向けて頷き、ログウェルが腰に帯びている長剣が僅かに緑の光を放った。


 部屋全体に緑色の魔力で纏われた結界が敷かれ、アルトリアもそれに気付く。

 そしてこうした状況でも無い限り話せる内容ではないのだと察したのか、自らクレアに向かい合う形で椅子に腰を下ろした。


 改めて対面した皇后クレアとアルトリアは、リエスティアに関する事を話し合う。

 それはアルトリアの過去と現在を結び付ける、一つの繋がりに導かれた運命の巡り合わせだった。

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