対立の真意
ガルミッシュ帝国の名家、ゲルガルド伯爵家に生まれた二人の
その片割れである妹リエスティアが、過去に帝国城内で開かれたユグナリスの誕生日を祝う
更にアルトリアが聞いた話では、兄ウォーリスもその中に参加していたということらしい。
ゲルガルド伯爵家がどのような意図を目論み、リエスティアと兄ウォーリスをその祝宴に偽装を施してまで出向かせたのか。
それは兄妹の祖母であるルクソード皇国の第二十一代皇王に就いたナルヴァニア=フォン=ルクソードの関与による影響だと推測する老執事バリスの言葉に、皇后クレアは納得を浮かべていた。
そうした一通りの思考を終えた後、クレアは僅かに伏せ気味だった顔を上げて、正面に座るアルトリアを見ながら伝える。
「――……この件に関しての情報は、皇帝陛下や宰相であるセルジアス君にも共有する必要があるでしょう。私達だけで、何かしらの結論を出してしまう事は出来ないわ。……けれど一つだけ、私から貴方に御願いしたい事があります。アルトリアさん」
「なに?」
「さっき御話した、リエスティアさんに関する素性。そして夢で見たという出来事をリエスティアさんに伝えるのは、今は控えてほしいの」
「!」
「私達は、あの子の兄であるウォーリス君から、生まれた家の事などを教えないようにと伝えられているのよ。もしそれを破ってしまうと、ウォーリス君が帝国や今のリエスティアさんに対してどのような行動に出るか分からないわ」
「……別に、そのくらい言っても良いと思うんだけど」
「私も、あの二人に関する事では含むところはあるの。でも、今のリエスティアさんに伝えない方が良いと思う理由もある。あの子は妊娠を知ってからの困惑を解消し終えたばかりなのに、新たに自分の生まれや貴方について更に複雑な事情を知れば、精神的な
「……」
「あの子が出産を無事に終えて、そうした事を話し合える場が設けられる時まで待ってほしいの。……御願いするわ」
クレアはそうした理由を伝え、リエスティアに関する過去を今の段階で掘り返す行動をしないように頭を下げながらアルトリアへ頼む。
それを聞き眉を顰めながら表情を渋くさせていたアルトリアは、少し考える様子を見せた後に小さな溜息を漏らして話し始めた。
「分かったわよ。……言わないわ」
「……ありがとう。アルトリアさん」
「別に私自身、そこまであの子に
「……もしリエスティアさんの治療を終えてしまったら、貴方は再び
「そのつもりよ。まぁ、しばらくは調べたい事もあるし。治しても少しの間は留まるわよ」
「そうですか。……例え記憶が無くても、ここは貴方の故郷です。いつまで留まっても、そしていつ戻って来てもいいのですよ」
「……」
「何かしたい事などがあれば、私から陛下へ御願いする事も出来るでしょう。私はリエスティアさんの出産が落ち着くまでは、ここに留まる予定だから。何か用事があれば、尋ねてちょうだい」
「……何かあればね。それより、あの子の治療は
「もう日が暮れる時刻だわ。それにアルトリアさんも倒れたばかり。今日は
「……まぁ、それでいいけど。でも、あの皇子と一緒に食事するのは嫌だから。食事は部屋に持ってくるように言っておいて」
「分かりました。……記憶は無いと聞いているけれど、ユグナリスの事をどうしてそれほど嫌っているの?」
「……なんか、見てると凄く苛立つから?」
「それだけが理由なの?」
「さぁ? よく分からないわ」
リエスティアの秘密について承諾し、治療を明日に延ばす形で二人の話し合いは収まる。
しかしユグナリスの話題が出ると、それを言及する形で母親であるクレアはアルトリアに尋ねた。
「……これは、親馬鹿な母親としての言葉だと思って、聞いてほしいのだけれど」
「?」
「私はユグナリスにも、貴方に対してちゃんとした謝罪を行わせたいと思っているの。そして出来れば、二人には仲直りをしてほしいとも考えているのよ」
「……なんでよ? 聞いた話じゃ、昔から仲が悪かったらしいじゃないのよ。私とあの皇子は」
「そうね。……でも、貴方は覚えていないでしょうけれど。幼い貴方達が婚約関係になってから、貴方は何かと息子を導くように注意を向けてくれていたでしょう?」
「注意……?」
「ユグナリスは一人しかいない皇子として、私達や周囲の者に甘やかされていた状態だった。貴方の父であるクラウス君などは、もっと厳しく育てた方が良いと言っていたのだけれど、私達はどうしてもあの子に厳しさを強要する事が出来なかったの。だから周りの者達も、それに倣う形でしかあの子に接することが出来なかった」
「……」
「そうした事を出来ない私達の代わりに、幼い貴方が
「……例えば、何やってたの?」
「そうね……。……例えば、皇族とはいえ国庫に納められている民衆の税を使い、高価な品物を購入させて何度も送り付けた息子に対して、貴方はそれを受け取らずに息子に注意して返却したことがあると聞いたわ」
「!」
「ユグナリスはそうした事柄がどのような目で見られるか、上手く理解できなかったの。あの子にとっては城の暮らしが普通で、必要な物も全て私達や周りが買い与えて用意していたから、自分が贈り付けていた品物の負担を誰が担っているか理解できていなかった」
「……まぁ、国の金を使って皇子が贈り物してたって事でしょ? 下手をすれば横領、良くて国庫の資金を無駄遣いしてるとしか思われないわね」
「そうね。……他にも貴方は、剣術を学んでいるユグナリスの姿を見て、注意してくれた事もあるそうよ」
「剣術で……?」
「息子に剣術の指導していた当時の先生は、ユグナリスが皇子だからと甘めの指導をしていたそうなの。危険が少なく怪我をしないような、安全な訓練。確かに幼いユグナリスにとっては丁度良い指導だったのかもしれないけれど。でも貴方はそれを見て、ユグナリスに施されている訓練が為になっていない事を教え、指導をしていた者に対してそれを指摘した」
「……」
「でもユグナリスは、自分を褒めてくれる優しい先生を
「……だから、覚えてないわよ」
「そうだったわね。……そうした注意や指摘をユグナリスが理解できず貴方に反発していたように、貴方もそうしたユグナリスに
「……」
「無理に、とは言わないわ。けれど、もしよかったら。皇国に戻る前に、あの子に一度だけ謝罪の機会を与えてほしいの。……それについて、少し考えみてね」
皇后クレアはそう伝えた後、席を立ち一礼してから部屋から出て行く。
それに追従する老騎士ログウェルは部屋全体を覆っていた膜状の結界を解き、部屋の扉を開けて皇后クレアと共に部屋から立ち去った。
それを見送るバリスは、席に座ったままのアルトリアの表情を見る。
その表情は眉を顰めながら目を細め、何処か不機嫌な様子に見えながらも、更に複雑な心境を混ぜ合わせたような感情を宿していた。
こうして皇后クレアが設けた話し合いの場は解散し、ローゼン公爵家の別邸に集まった者達はそれぞれの思いを抱く。
しかし高い実力を持つ彼等や、ガルミッシュ帝国に居る誰一人として、既に次の事態が動いている事を察せられない。
それはローゼン公爵領地を遥か上空から見下ろし夕暮れの空に紛れて浮かぶ、黒い外套を羽織った一人の人物に因って起こされた。
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