文明の広がり (閑話その三十九)


 樹海の中で招かれるように導かれた黒獣傭兵団は、樹海の部族と共に現れた捜索対象クラウスを発見する。

 黒獣傭兵団に同行していたログウェルはそのクラウスと挨拶を交えた後、前に歩み出ながら話を行った。


「――……やはり、御無事だったようですなぁ。クラウス様は」


「無事に見えるか?」


「見えますのぉ。元気が有り余り過ぎて、ここの部族ものたちを乗っ取ってしまいましたか?」


「いいや、客人ゲスト扱いだよ。――……ただ、ここの者達があまりにも無防備が過ぎるので、ちょっと教訓を講じていた」


「それはそれは。セルジアス様が嘆いておられましたよ。自分の父親が残る仕事を全て押し付けて消えてしまったので、休む暇も無いとね」


「その為の後継者なのだ。第一、そんなことで嘆くほど軟に鍛えた覚えはないな。お前が私にしたように」


「そうですのぉ」


 互いに談笑を交えるログウェルとクラウスを他所に、その後ろで控える黒獣傭兵団や樹海の部族達は警戒を怠らない。

 そうした中で二人の後ろから一歩を踏み出したのは、黒獣傭兵団のワーグナーと樹海の部族で石槍を持つ若い女性だった。


「――……楽しそうに話してるとこ悪いがな、爺さん。……アイツが、俺達の探してた奴か?」


「そうじゃよ。あのわんぱく小僧が、クラウス=イスカル=フォン=ローゼン様じゃ」


「――……おい、奴等は知り合いなのか? 森の獣が嫌う臭いを発しているし、あの男からは危険な気配を感じるぞ」


「ああ。あの男、ログウェルとは戦うな。殺されるぞ」


 ワーグナーと褐色女性の問いに対して、ログウェルとクラウスは答えを返す。

 そして互いの後者二人が対象としている人物を見ると、互いに目を合わせた。


 クラウスはワーグナーの姿を見るとやや目を見開き驚きを浮かべたが、すぐに鬼気を宿した笑みを浮かべる。

 逆にログウェルは感心しながら微笑みを浮かべ、それを受けた褐色女性は身を震わせながら強い警戒心を宿した。


 互いが互いを認識した後、クラウスはログウェルに視線を戻して提案した。


「――……ログウェル。それにお前達も、村まで案内しよう」


「!」


「ほほぉ」


「お、おい! 勝手に――……」


「彼等は私の客人だ。構わんだろう? パール」


「構う! 外の者をこれだけ大勢入り込ませるなど、部族の掟では――……」


「それは樹海や部族を害する者に限るのだろう? この者達は、まだ害を与えていない。――……逆にこちらが害を成せば、あの男に殺される。お前の実力ならば分かるだろう?」


「……だからこそだ。こんな危険な男を連れて、村に戻るなど……」


「ログウェル! お前の名に懸けて、この樹海の部族もの達が害を成さぬ限り、この者達を傷付けることは無いと誓えるか?」


「ほっほっほっ。誓いましょう、ログウェル=バリス=フォン=ガリウスの名に懸けて」


「だ、そうだ」


「!」


「あの男にとって、立てた誓いは部族おまえの誇りに等しい。――……それでも怯え不安があるのなら、奴が森の者達に害を成した時、私の首をお前達に差し出そう。それでどうだ?」


「……分かった。ただし、父……族長だけではダメだ。樹海にしばらく居させるなら、大族長まで話を持って許可を得る。それが最大限の譲歩だ」


「それでいい。説得が必要なら、私が直々に向かうと言っておけ。――……『お前達、村まで戻るぞ! この者達は私の客人だ!』」


 自身の命を代償にパールを説得したクラウスは周囲の者達にも分かる言語で呼び掛け、ログウェル達に背を向けて樹海の奥へ向かう。

 それに大きな溜息を吐き出したパールを始め、包囲していた若い部族の者達も武器を引かせながら木々に隠れながら移動を始めた。


 ログウェルは微笑みながらクラウスの後を追うように歩くが、突如として招かれた黒獣傭兵団の一同は困惑した様子を見せている。

 それに対して団長代理のワーグナーは、面倒臭そうな表情と溜息を見せながら団員達に告げた。


「――……よく分からんが、ここの原住民やつらとは戦う必要は無くなったみてぇだな」


「みたいっすね……」


「副団長、どうするんっすか? 俺達も行くんっすか?」


「行くしかねぇだろ。とりあえず元公爵が生きてるのは分かったが、その報告をする為の証拠を貰う必要はあるしな。――……ほれ、行くぞ」


「へい」


 団員達はワーグナーの指示に従い、盾と武器を収めながら左手に持っている者も革の腰鞄ポーチに戻す。

 そして全員がログウェルの背中を追う形で歩み始める中、マチスだけが表情に影を宿しながら僅かに遅れて歩き出した。


 それから一行は四時間程の時間を掛けて、クラウスが案内した村に辿り着く。


 そこは百人は満たない人口が暮らす場所であり、以前にアリアとエリクが訪れた事のあるセンチネル部族の村。

 しかし村の風景は以前と比べられない程に様変わりしており、文明的な技術など見えなかった村の周囲には木製の柵が立てられ、更に樹木の上などに監視塔と思しき場所と、そこで弓と矢を携えた者達が周囲を見渡し観察している様子もあった。


 そして村の中には、砂利と混ぜ合わせた粘土で組み上げたと思しきかまや、それによって出来上がる焼いた土器、そして肉を炙る為の燻製小屋なども存在している。

 更に森に棲む動物で養殖できそうな鳥を十数羽ほど入れた小屋も立てられており、鳥が生んだ卵を回収している場所も見えた。

 そして棒を支えに薄布の天幕が張られているだけだった部族の住まいが、しっかりとした支柱で築かれた木製の家や、巨大な樹木に寄り添う形で組み立てられた形となっている。


 クラウスが樹海に赴いてから約半年程の間に、センチネル部族の村は未開人らしくない近代的な技術を生活に取り入れていた。

 他にも色々と作っている最中らしく、部族の者達があちこちで動きながら木材に手を入れて何かを組み立てている光景や、弓や矢を作っている武器職人らしき者達も見える。


 それを見ながら歩く黒獣傭兵団の一同は、意外にも一定の技術力を持ち生活している未開地で者達に驚きながらも、不自然に思っていない。

 この村が数ヶ月前までの風景を知っていれば、もっと大きな驚きを生んでいたのは間違いないだろう。


 そうして村に入った黒獣傭兵団やログウェルの姿を警戒を持った視線で見ていた村の者達を代表するように、若い男勇士を伴わせた族長ラカムが村の中央広場で待つ姿を見せる。

 そして外部の者を招き入れて先導するクラウスとパールの前に立ち、一行の足を止めさせた上で話し掛けて来た。


「『――……また、やってくれたな。クラウスよ』」


「『ラカム、彼等は私の客人だ。構わんだろ?』」


「『流石に困る。外の者をこれだけ多く入れてしまうのは、他の部族からも確実に声が上がり、反感を持たれる』」


「『そう長居はさせん。他の族長や大族長の許しが必要なら、また集めろ。私が話を付けてやる』」


「『お前はそう言って、また我々を困らせる。……確かにお前のおかげで、村の生活は大きく助かっている。若者達に戦い方を教えてくれていることも、感謝はしよう。……だが木を削り、樹海を傷付けることに抵抗を覚える者は、まだいるのだ。我々のように』」


「『樹海ここは木々が密集し過ぎている。適度に間伐せねばならぬ理由は、既に説明しただろう?』」


「『それはそうだが……』」


「『実際にあちこちの地盤が不安定となり、樹木や土砂の崩れが起き、他の村では大きな被害も遭ったこともあるそうではないか。そうした危険がある樹木だけを間伐する許可は、大族長から既に貰っている』」


「『……』」


「『お前達がこの森を大事にしていることは承知している。だがその森が支える大地を自身で破壊しているのでは、森を守り暮らすお前達が居る意味が無い。そして何もせず、森が死ぬか、森に殺されるかを待てば、守り手の少ないこの森は本当に無くなってしまうぞ?』」


「『……分かった。……本当に、長居はさせんな?』」


「『ああ』」


「『はぁ……。また、言い訳を考えねば……』」


 センチネル部族の族長ラカムもまたクラウスに諭され、樹海の外から来た集団を一時的に受け入れる事を許可する。

 

 年齢的には歳が違いはずの二人だったが、以前より英気がみなぎっているクラウスに対して、ラカムは半年前よりも老いが深くなっている印象が見えた。

 それだけラカムがクラウスに振り回され精神的な疲労が多い事を示していたが、逆に若い部族は以前よりも充実した様子も窺える。


 クラウスは説得を終えた後に振り向き、後ろに待機していたログウェルや黒獣傭兵団に向けて改めて告げた。


「――……ようこそ。ここは樹海の部族の一つ、森の番人たるセンチネル族の村だ」


「ほほぉ」


「ただ、まだ色々と建築中でな。全員を泊めてやれる家が無い。村の中で雑魚寝になるが、構わんか?」


「別に構わねぇよ。こっちには野営用のテントはあるんでね」


 クラウスがそう聞くと、ワーグナーがいつもの調子で答えを返す。

 それを聞いて顔を見たクラウスは、改めて口元に笑みを浮かべながらワーグナーに話し掛けた。


「そうか。――……今更だが、王国の黒獣ビスティア傭兵団だな?」


「ほぉ? 帝国の重鎮だった元公爵様に知られてるとは、光栄なこって」


「お前達の活躍は色々と聞いている。王国で起こしたという、虐殺事件のこともな」


「……」


「ついでに言えば、お前達の団長である王国傭兵エリクが帝国領内に侵入し、我が娘アルトリアを攫うように大陸から出たという。それについて、何か言う事はあるか?」


「……なんだ? その件で俺達を罰しようってか?」


「フッ、私は既にその立場に無い。ただ大事な娘を連れ去った不埒な男を殴り、その仲間だった者達に文句を言う権利くらいは、父親として許されても良さそうなものだがな」


「お前さんの娘は、自分の意思で出て行ったんだぜ? 文句だったらあのお嬢ちゃんと、出て行かせる不満を持たせた原因に言うんだな」


「それはそうだ。――……どうやら、俺の事は覚えていないようだな」


「ん? ……ああ、そういえば。十年くらい前に、帝国との戦争でそちらさんが指揮してた軍と、俺らが入ってた王国軍が戦ったんだったか?」


「それもあるな。……だがそれより前に、俺とお前には因縁があるぞ」


「それより前? 俺は戦争以外で、帝国になんぞ行った覚えはないがな」


「……そうか。覚えていないなら、それもいい」


「なんだよ? はっきり言えよ」


「それより、立ち話もなんだろう。そろそろ夕食時でもあるし、お前達の分も含めて準備をしてくるように頼もう。そちらの要件は、夕食を食べながら聞くということでいいな?」


「あっ、おい! ……なんだ、あの元公爵様はよ?」


「ほっほっほっ」


 クラウスは不敵な笑みを零しながら夕食の準備を始める為に厨房となっている建物に向かい、それに伴う形でパールも付いて行く。

 煮え切らぬ言葉で向かい合ったワーグナーはクラウスの態度に若干の苛立ちを持ちながらも、センチネル部族の村で休息する事を受け入れる。


 そんな二人を見ていたログウェルは、かつて二人が交えた光景を思い出しながら微笑みを浮かべていた。


 こうしてクラウスと合流したワーグナー率いる黒獣傭兵団とログウェルは、センチネル部族の村に招かれる。

 そして客人として広場で香草などを用いて焼かれた肉を振る舞われた黒獣傭兵団は、酒に合う無いのを残念に思いながらも暖かい食事を摂れたのだった。

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