男達の再会 (閑話その三十八)


 樹海の内部に張り巡らされた罠を見つけた黒獣傭兵団は、ワーグナーの指揮で更に奥地へ踏み込み始める。


 数十メートル以上の高さがある大樹が大地から生え立ち、更に太さ数メートル程ある根が地面から飛び出ながら押し合うように絡み合う樹海の足場は、通常の森林地帯を歩くよりも遥かに険しい。

 そうした樹海で巧妙に隠された罠に繋がる蔦をナイフで切断し発動させるなどの手段で、罠を解除するマチスを含んだ班は周囲を見回し他の罠が無いことを確認すると、後方の班に手で呼び掛けながら樹海を順調に進んでいた。


「――……罠の数が、確実に増えて来やがった」


「種類もエグいな。洒落にならん怪我ことになりそうな罠も増えて来たぞ……」


「……こっちはやじりこそ無いが、ご丁寧に死角から矢が飛んで来るよう仕込んでやがった……」


 罠を解除しているマチスの班に所属する団員達は、口々に愚痴にも似た悪態を漏らす。

 始めこそ簡素で粗い罠が巧妙に隠されているだけだったが、奥に進むにつれて明らかに殺意を含むような種類が多くなっている。


 やじりの無い木の矢は勿論、人の身体より大きな枯れている丸太を頭上から落とす罠や、落とし穴も数こそ減ったが先程の比ではない深さとなっていた。

 更に一定間隔で仕込まれていた罠も短い間隔から長い間隔と一定では無くなり、偽装ダミーも織り交ぜて本物の罠と判別が出来なくなっている。


 それでもマチスと先頭を歩く団員達は罠を適切に見分けて解除し、後続の班が通れる道を確認しながら樹海の奥へ突き進んでいた。


 そうした罠に、動物や魔物が掛かっている場合もある。

 しかし一定以上の大きさを持つ魔獣に踏み荒らされ罠が破壊されている跡もあり、それを見たワーグナーが怪訝な表情を浮かべた。


「――……妙だな。罠に掛かった獲物を放置したままだし、壊された罠を特に修繕してねぇ。……罠に掛かってる獲物の腐敗状況を見る限り、二ヶ月以上は経ってるな」


「こんだけ仕掛けてたら、自分達でも罠が何処にあるか分からなくなって、近寄れないんじゃないっすか?」


「罠を仕掛ける奴に、そんな間抜けがいるかよ」


「だって原住民やっこさん、この間まで罠なんて仕掛けてなかったんでしょ? そんな奴等がこんな場所であちこちに入り組んだ罠をいきなり作って、見分けるのも難しいんじゃないっすか? 目印も特に無いみたいだし」


「……確かにな。……なら獲物を放置してるのも、単なる脅迫か」


「『お前達も罠に掛かったらこうなるぞ』ってことっすか?」


「ああ。……ったく。この罠を作った奴は、マトモな頭をしてねぇのは確実だな。……厄介だぜ」


 ワーグナーは両隣を歩く団員と話しながら、周囲の罠と放置される獲物の状態を見て相手の思考を予測する。

 

 罠の存在を明らかにしながら救いも殺しもせず、ただ死ぬまで放置するという姿勢。

 侵入者に対して自分達の姿を晒す気は無く、罠に掛かり自力で脱出できなければ死ぬという脅しをワザと見せていることをワーグナーは理解しながら、そうした思考の相手に対して嫌悪に近いモノを感じ取る。

 それがある種の同族嫌悪であることもワーグナーは理解しながら、マチスの班が解除した罠の道を進みながら更に樹海の奥へ踏み込んで行った。


 それから三日程が経ち、一日に数キロ程の進み方をしながら黒獣傭兵団は樹海の内部を探っていく。


 罠には動物や魔物などが掛かってはいるが、人間が掛かっている様子は見えない。

 必然として捜索対象クラウスも掛かっていない事を確認しながら、黒獣傭兵団は奥へと確認する為に進むしかなかった。


 そんな時、先頭に進むマチスが何かに気付き目を見開きながら正面を見る。

 そして左腕を上げて全体の歩みを止めると、マチスが小声で同じ班の団員に伝えた。


「――……見られている」


「!」


「魔物や魔獣の視線じゃない。……人間だ」


「……!!」


 団員にそれを伝えたマチスが左手を動かしながら身を退かせ、それに合わせて団員達も後ろへ下がる。

 そして後方のワーグナーとログウェルがいる班と合流しながら、マチスが感じ取った人間の視線が報告された。


「――……とうとう、お出ましか」


「向こうも多分、こっちが気付いたことに気付いてますぜ」


「数は?」


「一人だけ。ただ、あからさまに『視ている』ことを教えてる感じだったっすね」

 

「今度は、そういうタイプの罠かよ」


「どうします、相手の誘いに乗りますか? それとも……」


「……」


 全員が集まる場で警戒を敷きながら、マチスの報告を聞いたワーグナーは思考する。


 このまま誘うように視ている視線の主を追って先に進むか、それとも視線を無視して別の場所に捜索対象を探しに行くか、それとも危険性を考えて戻るか。

 その三択を相手に選ばされている事を承知しているワーグナーは、団員達に自身の判断を伝えた。


「――……どうせ手掛かりも無いんだ。乗っちまうか」


「いいんっすか?」


「ああ。……念の為、全員アレを持っとけ。いつでも点けられるようにしとけよ」


「了解」


 短くも決断したワーグナーの指示に全員が従い、全員が腰に備えた小さなポーチからある物を取り出し左手に握り込む。

 それを見ていたログウェルは、ワーグナーに問い掛けた。


「それは何か、聞いてもいいかね?」


「ん? ああ、これは――……」


「――……なるほどのぉ」


「向こうに地の利があるなら、これくらいやらないと対等じゃねぇさ」


「では、それはお主等に任せよう」


「ああ。……それと、全員に伝えておく」


「?」


「今回は、あくまで『捜索』が依頼だ。原住民共の討伐なり捕縛なりを命じられてるワケじゃない。だから交戦するのも、連中を刺激しない為にもるのは控えるべきだと、俺は考えている」


「……」


「――……だがもし、連中がこっちを殺す気で来るなら。……容赦するな」


「了解」


 ワーグナーの意向と指示に従う団員達は、全員が覚悟を秘めた表情を浮かべる。

 それを見るログウェルは口元を微笑ませながら全員の覚悟が本物であることを察し、それ以上の口出しを行わなかった。


 そして三つに分けられていた班は間隔を狭めて奥へ進み始め、視線を感じる方角へ向かう。

 それに応じて視線の持ち主も下がり、一定の間隔を空けながら黒獣傭兵団との距離を保っていた。


 その視線を追っている際、先頭を歩くマチスや団員達は罠を見極めようと周囲を見渡す。

 しかし視線の持ち主を追うことで、自然と罠の無い道を歩いていることが団員達には分かった。


「――……罠が、急に無くなりましたね」


「ああ。……あの視線は、案内をしてるみたいだな」


「案内……?」


「それが罠か、それとも確認なのかってことだな」


 団員の疑問を声を聞いたマチスは、前を歩きながらそう呟く。


 視線を向ける人物は敢えて罠が無い道を教え、侵入者である黒獣傭兵団をある場所で導くように下がり続けていた。

 それに応じる形で黒獣傭兵団も視線を向ける人物を追い、樹海の道を歩いて行く。


 すると一時間ほど歩いた後、一行は密集し日の光さえ遮られた密林地帯を抜け、一定の広さを持つ短い草原が生えた広場に辿り着いた。

 その光景を見て僅かに訝し気な表情を浮かべる黒獣傭兵団の面々は、一度だけ止まった後にワーグナーとマチスに続いて広場の中心まで歩く。


 そして中心に辿り着いた瞬間、黒獣傭兵団の全員が円形陣を敷きながら黒い外套で覆われていた背中部分に背負っていた木製の円盾を持ち、利き腕では無い籠手に備え付けて身構えた。


「――……いるんだろ、出て来いよ!」


「……」


 ワーグナーがそう叫び、周囲に広がる樹海に視線を向ける。

 するとその声に応じるかのように、樹海の影に潜む者達が姿を晒し始めた。


 その者達は褐色の肌を晒し、顔に赤い塗料を紋様のように描いてる。

 更に手に持てる程の細く長い棒と先端に括り付けた尖った石を取り付けた槍を持ち、その後ろには弓や弩弓ボウガンといった武器を備えた者達もいた。


 その数は、三十名ほどの黒獣傭兵団と同等か少し多い程度。

 しかし全員が鍛え抜かれた肉体を持ち、更に身体の要所に不格好ながらも木製の装備を取り付けている。


 それを見た団員達は僅かに目を見開き、ワーグナーは悪態に近い言葉を呟いた。


「……おいおい。ここの原住民れんちゅうは、まともな武具を持ってないって話じゃなかったか……?」


「話と、かなり違いますね……」


「文明開化でも、したってことっすかね?」


「一気に文明を発展させたってか? ……笑えねぇな」


 ワーグナーの悪態に他の団員達も同意し、周囲を取り囲む樹海の原住民に対して警戒を向ける。

 そうした中である二人の人物が樹海の中から現れ、黒獣傭兵団の前に姿を晒した。


 一人は黒い髪が背中まで届く、褐色肌で二十代程の若い女。

 その隣から歩み出て来るもう一人は、肌が僅かに日に焼けながらも、明らかに他の者達とは人種そのものが違う事が一目で理解することが出来た。


 身に付けている防具は他の者達と違いは無いが、右手に持つ赤い槍は柄から刃まで鋼で出来たモノだと一目で理解できる装飾が施されている。

 更に違うのは、他の者達に比べて異色である金色の短い髪と青い瞳を持ち、壮年ながらも鍛え抜かれた肉体と覇気を感じる雰囲気を纏わせていたことだった。


 その金髪碧眼の男を見た団員達は、更に驚きの目を向ける。

 同じくワーグナーやマチスも異色の人物を見て僅かに眉を顰め、ログウェルは口元を微笑ませながらその人物を見ていた。


 そうして驚く者達を他所に、金髪碧眼の男は黒獣傭兵団と同行しているログウェルに向けて話し掛ける。


「――……久し振りだな、ログウェル!」


「お久しゅうございます。クラウス様」


「!?」


「あれが……!」


「クラウス=イスカル=フォン=ローゼン……」


 ログウェルが金髪碧眼の男に挨拶を向け、名前を呼ぶ。

 その名前が捜索対象であることを一致させたワーグナーと団員達は、驚愕した様子でクラウスを見た。


 しかしその時、マチスだけは諦めにも似た感情を瞳に宿している事に、誰も気付いていない。


 こうしてログウェルを伴った黒獣傭兵団は、行方不明だった元ローゼン公爵クラウスを樹海内部にて発見する。

 それは樹海の部族達をクラウスが率いているという、予測も出来ない形でのことだった。

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