刻印の呪い (閑話その四十)
元ローゼン公クラウスの手により文明技術を発展させ始めているセンチネル部族の村へ、黒獣傭兵団とログウェルは招かれる。
そして宴のような夕食を振る舞われ食す事となった中で、黒獣傭兵団の団員や部族の者は互いを物珍しい視線で見ながら、若干だが警戒を残した様子で窺い合っていた。
一方で互いの首領とも言える面々は、顔を突き合わせながら用意された食事を口に付けながら話が行われている。
その席に着くのは、黒獣傭兵団の団長代理であるワーグナーとマチス。
それに伴うように同行して来た、老騎士ログウェル。
センチネル部族側では族長ラカムと、その娘である女勇士パール。
そして今回の捜索対象でありセンチネル部族達に客人として扱われている、行方不明だったクラウス=イスカル=フォン=ローゼンだった。
「――……ほぉ。
「そうだ」
「そのお目付け役が、お前ということだな。ログウェル」
「ほっほっほっ。まぁ、そのようなモノですな」
「なるほど、お前達がここまで来た理由は分かった。――……だが、はっきり言っておく。俺はもう、ガルミッシュ帝国に戻る気は無い」
「!」
「ほぉ?」
「『……えっ!?』」
クラウスは骨の付いた肉を頬張り噛みんで飲み込んだ後、他の面々にそう伝える。
それにワーグナーとマチスを含め、ログウェルも僅かに驚いた様子を見せていた。
更に客人として招いているはずのセンチネル部族の二人も、まるで聞いていないと言わんばかりの驚きを見せる。
そうした驚きを見せる面々に対して、クラウスは自身が帝国に帰らない理由を教えた。
「――……私が帰えれば、民には喜ぶ者もいるだろう。だがそうなれば、必ずセルジアスを退かせて私を公爵家の当主に戻すよう求める声も出る」
「!」
「今、
「確かに、一理ありますのぉ」
「次に、王国側だ。王国側は今回の侵略に伴い私が死んだ事で謝意を明かしたのだろう? そして死の責任に対する代償とも言うべき賠償を支払った。ならば私が生きていて帝国に戻った事が知られれば、王国側がどのような態度になる?」
「……王国のことだ。賠償金を返せだの、色々言ってくるかもな」
「それもあるが、王国民の反感も買うことは間違いないだろう。『ガルミッシュ帝国はローゼン公爵が生きている事を隠し、死の賠償金を支払わせた悪辣な国だ』と言われかねん」
「……」
「少なくとも、今の私が戻って帝国の良い事は無い。逆に足枷になる。だからこそセルジアスは『生死の確認』だけを依頼し、連れ戻せとは言わなかった。違うか? ログウェル」
「流石ですのぉ、クラウス様」
「私がお前達に頼む事があるとすれば、『クラウス=イスカル=フォン=ローゼン』という男が生きているという情報を誰にも漏らさず、死んでいたことにすることだ。そして早々に捜索を打ち切るように打診する。それでセルジアスも納得するだろうし、報酬も支払われるだろう」
故郷であるガルミッシュ帝国に戻らない理由を明かしたクラウスは、ワーグナー達とログウェルにそう頼む。
今の段階でクラウスが帰還しても帝国にはデメリットしか存在せず、逆に王国側を交渉の上で有利にさせかねない。
樹海に残り続けるという結論に既に辿り着いていたクラウスは、後の事を息子セルジアスや残る者達に完全に託していた。
ワーグナーもログウェルも、その意見を聞いて戻らない理由に納得を浮かべる。
そんなクラウスは食事を止めて立ち上がると、建物に立て掛けていた自分の赤槍を短くすると、ワーグナーに向けて放り投げた。
「うぉ……っ!?」
「その槍を、私が死んだという証拠にしろ。私を知る者が見れば、それが私の持っていた槍だと一目で理解する」
「……この槍一本で、証拠になるのかよ?」
「その槍は、ガルミッシュ帝国の国宝の一つ。初代『赤』の
「!?」
「ルクソードはどの武器も全て使いこなす達人だったそうだが。特に好んで常に身に付けていたのは、ルクソード皇国で今の『赤』であるシルエスカが持つ二つの長槍と短槍を組み合わせる魔槍と、我が兄ゴルディオスからその息子である
「……!」
「そして最後の一本が、私が持つ伸縮する魔槍。ルクソードが持っていた四つの武器がその血族の国に分け与えられ、国宝として『赤』の血脈が管理する事になっている。その一本を私が預かり使っていたが、お前達が見つけて回収したことにしろ。それならば、私が死んでいるという話に信憑性が増すだろう」
「……いいのかよ? 国宝なんか渡しちまって。このまま持ち去って売っちまうかもしれねぇぞ?」
「やれるものならやってみろ。すぐに帝国か皇国の情報網に引っ掛かり、追い回されるのがオチだ」
「……んじゃ、これは証拠ってことで預かっとくぜ」
「ああ、セルジアスに渡しておけ。次の持ち主は奴だ」
クラウスの持つ赤槍を証拠として渡すよう委託されたワーグナーは、軽く溜息を漏らしながら自身の背負っていた鞄に赤槍を収める。
それを見届けたクラウスは改めて食事の席に戻ると、立ったままの姿勢で次の話に移った。
「――……それと聞きたいのだが、私は撤退中に何者かに襲われ、自ら囮となり、行方不明となった。そういう話だったな?」
「ああ」
「そのことだが、私はその襲われた時の事を覚えていない」
「なに?」
「私の記憶にあるのは、撤退の援護を終えて自領に戻ろうとしている最中だったこと。しかし気付けば、このパールに樹海の中で拾われていた」
「……記憶が飛んでるってことか?」
「その通りだ。故に、襲撃して来た者が誰かも分からん。……手掛かりがあるとすれば、この傷跡か」
クラウスはそう教えながら、立った状態で自身の右脚の太腿を見せる。
そこには裂傷の跡が残っており、しかも小さめなナイフか何かで刺されたような跡があることが確認できた。
「この傷は、俺が
「――……ふむ。その傷は……」
「むっ。何か分かるのか? ログウェル」
「……見覚えがありますのぉ」
「!」
「儂はその形状の武器を使う者と、アルトリア様の出立を見届けた港町で戦っておりますなぁ」
「なに……!? 誰なのだ? それ――……な……ッ!?」
「!?」
傷口を見て凶器が何であるかを察したログウェルの言葉を聞いて、クラウスは問い掛ける。
しかし次の瞬間、クラウスは驚きを含む強張った表情を歪めながら右脚を両手で掴み、蹲るように背を低く屈んだ。
更に傷みを訴えるように呻き声を漏らし、全員が驚愕しながら立ち上がる。
「グ、ァアアア……ッ!!」
「クラウス様!」
「お、おい! どうした!? ――……な、なんだ?」
「……ッ!!」
「コレは……!?」
「『……なんだ、この痣は……!?』」
全員が驚きクラウスに近付き、痛みを訴えている右脚を見る。
すると右脚の太腿に付けられた傷跡から、黒い痣が右脚全体に浮かび上がる光景を全員が目にした。
それと同時にログウェルは目を見開き、咄嗟に左腰に携えた長剣を右手で引き抜く。
すると全員を退かすように押し退け屈みながら、抜いた長剣をクラウスの右太腿に押し当てながら詠唱を行った。
「――……『
「!!」
「グ、ァ……ッ」
突如としてログウェルの長剣が緑と白を交わらせた魔力を放ち、黒い痣が浮かぶクラウスの右脚に注がれる。
すると吹き消すように黒い痣が消え失せ、クラウスの右脚は正常な姿を取り戻し、同時に傷みも消え失せるかのように和らいでいる事が周囲に理解できた。
そして横たわるクラウスは右脚を痙攣させながら、額に冷や汗を浮かべて青い瞳を開ける。
更に傍に居るログウェルを見て、呟くように伝えた。
「――……ログウェル。……思い出したぞ……!」
「やはり、
「ああ……。……奴は、こう名乗った。【
「やはり……」
「私は、崖から落ちて……辛うじて逃げ延びたが……。……刺された時に、何かされていたということか……?」
「呪法ですな。
「……!!」
「御安心を、呪印は解呪しました故に。しばらくは呪印に侵された反動もありますので、無理に動かぬ方が良いでしょう」
「そうか……。お前が来てくれて、助かったということだ……な……」
クラウスはそう言いながら、気を失い瞳を閉じる。
その周囲に居た者達は、二人の会話を聞いて動揺した様子を見せていた。
「……あ、悪魔だって……? 絵物語で聞くような、あの悪魔……?」
「あくま……? なんだ、それは……」
「……安静な場所に寝かすべきだろう。パール、それにそちらの人よ。手伝ってくれ」
「お、おう」
「分かった」
『悪魔』という言葉を聞いて違う動揺をするワーグナーとパールに対して、族長ラカムは冷静に状況を見てクラウスを安静に寝かせるべきだと伝える。
そして頼まれた二人は横たわり気を失ったクラウスの肩を担ぐ形で、ラカムが案内する家へ連れて行った。
「……ッ」
二人に運ばれるクラウスを、マチスは顎に力を込めながら鋭く見る。
その時に見せたマチスの表情は険しく何か覚悟する意思を秘めていた事に気付いたのは、その姿を横目で見ていたログウェルだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます