加護の暗示
百八十年ぶりの再会を果たした『黄』の
しかしどういう
更に二人の神が居ることに対して動揺していたミネルヴァの様子を見たクロエは、膝を着き屈みながらミネルヴァに尋ねる。
「――……聞いていいかい?」
「はい!」
「どうして君は、
「――……私は修練を積む中で、様々な者達から貴方の存在を聞きました。貴方は
「そうだね」
「しかし、百三十年前! フォウル国の魔人共が、神である貴方を幽閉し自由を奪ったと、教皇から伝え聞いた!」
「へぇ……」
「私は貴方を御救いすべく、フォウル国に乗り込みました! ――……しかし貴方に与えられた力を未熟な私は活かしきれず、魔人共に敗れてしまった……」
「……」
「そして教皇も魔人共に囚われ、我々フラムブルグはフォウル国の魔人共に敗北してしまいました。……私は奴等に自国に送り返され、再び貴方を御救いする為に赴こうとした際、貴方が魔人共に殺害され、新たな転生の旅に赴いたと伝え聞きました」
「まぁ、そこは概ね事実かな」
「我々は転生した貴方を保護すべく、貴方の特徴を持つ黒髪と黒瞳の少女を探した。しかしどの子供も貴方ではなく、百年間の捜索で一度も貴方を見つけられなかった……」
「なるほどね」
クロエはその話を聞き、幾つか納得を浮かべる。
当時の四大国家に名を連ねていたフラムブルグ宗教国家とホルツヴァーグ魔導国、そしてフォウル国。
この三つの大国はそれぞれに『
五百年前から立ち上げられた新興国のフラムブルグ宗教国家では『神』として崇め、ホルツヴァーグ魔導国では忌み子として魔法と共に各国に伝え広まり、数千年以上前から存続するフォウル国では更に複雑な事情の下で認識されている。
そうした中で『青』の危惧によって『黒』と思しき黒髪の少女達は捕まり、本人であると確認された後に殺害され続けた。
そしてミネルヴァを含むフラムブルグ宗教国家では『
百八十年余りの時間の中で、短期間に殺され続けた『
そして新たに浮かんだ疑問を、跪き顔を上げるミネルヴァへ訪ねた。
「途中だけど、他にも聞きたい事があるんだ。いいかい?」
「はい!」
「三十年くらい前かな。ルクソード皇国を君達は襲ったけど、アレはどうして?」
「ルクソード皇国で変事が起きたと知らされ、その事態に貴方の転生体と思しき黒髪の少女が関わっていたという情報を掴み、急ぎ保護する為に駆け付けました! ……しかしルクソードの奴等は我々が来訪する旨を伝えたにも関わらず、門を開けず言葉すら交わそうとしなかった!」
「……」
「またその国の変事において、国の指導者たる者が
「……あー、なるほどね」
「しかしそれを阻む者達の中に、ルクソード皇国を守護していた『赤』の
「……そういうワケかぁ。……でも、私以外に他に何人か引き渡すように伝えて来た理由は?」
「『青』を殺害した者達のことですね。――……当時の『青』はフラムブルグと同盟関係にあったホルツヴァーグ魔導国の盟友にして、二百年以上と長く務めた
「あー、そうだねぇ。なるほどねぇ……」
「『青』を殺した者達を捕え、盟友国たるホルツヴァーグに引き渡し裁きを委ねる。それが盟友国たる我等の通りであると、大戦を起こさね為の最善であると、その時には思っておりました」
「……確かに、そちらから見るとそうだよね」
三十年前に起きたミネルヴァと神官達に因るルクソード皇国首都の襲撃理由を聞いたクロエは、少し困ったような笑みを浮かべる。
あの時のフラムブルグ宗教国家は、確かに正式な書簡と共にルクソード皇国へクロエとアリア達を引き渡すよう要求を伝え、そして赴き律儀にも門を開くよう求めた。
しかしルクソード皇国側はそれに対応せず、しばらく放置している。
それによりミネルヴァが語る通りの事が彼等の行動に結び付け、門を破壊しようと魔法を行使した。
しかしそれを阻んだ者達の中に、ミネルヴァが最も忌み嫌うエリクやマギルスという魔人が含まれていた事が、行き違いの始まりとなる。
フォウル国の魔人に神を殺され捕らえられるという苦渋を飲まされたミネルヴァは、魔人の二人を見た瞬間にフォウル国の関与を察した。
更にその二人と協力する『赤』の
あの時アリア達を含むルクソード皇国側は、ミネルヴァを含む神官達やフラムブルグ宗教国家も、『青』のガンダルフと同様に【結社】と通じていると思っていた。
そうした互いに対する認識と擦れ違いにも似た誤解が、あの時の両者を対立させ交戦させるに至ったのだとクロエは納得し、同時に回避不可能な事態だったのだと納得する。
その誤解を知らぬまま三十年前に再び敗北してしまったミネルヴァは、更に続けて述べた。
「――……しかしその時も、私は敗北してしまった。……その敗北を齎したのが、あの少女だった」
「アリアさんのことだね」
「はい。――……神の翼を用い、更に私に齎された神の力を無効化する、あの金髪の少女。……あの時の私は、私に与えられた神の力を消失させ、更に神を冒涜し侮辱したあの少女を強く憎みました。そしてあの少女と仲間達が貴方を連れ去りフォウル国へ向かうという情報を聞き、あの少女と仲間達を滅し、貴方を救うべく砂漠の大陸へ向かった……!」
「……」
「しかし、そこではあの少女達と貴方を見つけられず、また四年間の捜索を行いながら、私は貴方も、あの少女も見つけられなかった。……あの少女と再び相対したのは、五年が経過した二十五年前。ガルミッシュ帝国という、内乱と戦争で醜く廃れた国で再会しました」
「!」
「私はあの少女に再び挑み、そして破れた。……しかし私は、そこで知りました。彼女こそ私が探し続けた、貴方だったのだと……!」
「……え?」
「神の恩寵を受けた私を幾度も地に平伏させ、数多の秘術魔法を代償や制約も無く行使する、あの圧倒的な力と叡智! ――……私は思いました。そのような存在は『神』以外にいない。更に三十年前に遭遇したあの少女と、我が神が変事に関わっていたという情報。そしてその変事において、神の翼をを持つ少女が人々を救ったという情報。……私は察しました。今世において転生した貴方は黒髪と黒瞳の少女ではなく、あの金髪碧眼の少女だったのだと……!」
「……あー、そう考えちゃうのか……」
「私はそれを悟り、神に自ら平伏しました。そして事を話し聞いた神は、私の忠誠を受け入れ、私に使命を与えて下さった。――……私を欺いた者達を裁きを下し、神を貶めた者達を鉄槌を与え、神の下で仕える使命を」
「……」
「私は神に与えられた使命を実行し、今まで私を欺いた教皇や神官共に裁きを下した。そして神を不当に扱った国々を指導者諸共にも鉄槌を下し、神の考えた人類浄化という大望を叶えるべく、神の尖兵たる
「……そうだったんだね」
「でも、分からない……。……神よ! 貴方がここに居るのであれば、今この世に居るあの神は、いったい……!?」
ミネルヴァはそう語り終えて視線を横に流し、『神』と『青』が戦いを繰り広げている氷柱結界へ目を向ける。
そうした疑問と視線に答えるように、クロエは微笑みながら伝えた。
「彼女も、確かに『神』に近い存在なのは確かだ。……でも、私ではないね」
「!?」
「それに、君と彼女との間に違和感を持つ繋がりが視える。……君の聖紋が在る手に、触れてもいいかい?」
「は、はい!」
そう言いながらミネルヴァは右手を差し出し、聖紋が刻まれた手の甲を見せる。
それにクロエは優しく触れると、眉を一度だけ顰めた。
「……なるほど。私が作った加護に手を加えるなんて、困った事をしてくれる」
「?」
「ミネルヴァ。君が受け継いだ『黄』の
「あ、あんじ……?」
「何かを強く思い込んでしまう、病気にも似た呪いだよ。……誰かが聖紋に、外付けだけど別の術式を書き込んで、聖紋の加護を受けた所有者の思考を操作し易いように強力な暗示が施されていたんだ」
「え……?」
「その強力な暗示に、更なる暗示が重ね掛けされてる。……私を彼女だと、君が錯覚してしまったのはそのせいだ」
「……そ、そんなことが……まさか……」
「今から私が、聖紋を正しい形に戻して君の暗示を解く。……いくよ?」
「――……!!」
クロエはそう述べると、ミネルヴァの聖紋に自身の右手を重ねる。
そして手の内に収められた聖紋が黄色い光を強く放ち始め、ミネルヴァはその光景に驚かされた。
更に光る聖紋の模様が一部消却され、違う紋様へ姿を変える。
その瞬間、ミネルヴァの脳裏にある光景が思い出した。
それは二十五年前、暴走するアリアに再び敗北したミネルヴァが地に伏す傍らで、『黄』の聖紋が刻まれた右手を見たアリアが口元を歪ませるように微笑んだ光景。
更にミネルヴァの聖紋へ指で魔法陣を描くと、刻まれた聖紋は新たな紋様へ強制的に書き換えられた。
その後にミネルヴァは起き上がり、アリアを見た数秒後に平伏すように膝を着き祈り始める。
それを見たアリアは悪魔のような微笑みを浮かべ、ミネルヴァを見下ろした。
二十五年前の戦いで、ミネルヴァは自身が崇める
それは聖紋に元々から与えられていた強力な暗示を利用した、『神』の
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