平穏の終わり


 次の日、夜営を片付け荷物を纏めた黒獣傭兵団は、農村周辺と湖周辺に探索範囲を広げて魔物や魔獣が棲み処にしていそうな場所を探す。

 しかし魔物化していない小動物は居ても、魔物や魔獣の痕跡と思しきモノは見当たらなかった。


 まだ聞き込みが終えていない各村を巡り魔物の被害を受けていないかを確認しても、やはり被害を受けたという話や魔物の話も聞かない。

 絵に描いたような平和な日常を過ごしている農村の様子に、黒獣傭兵団の全員が不可解な表情を見せていた。


「――……ダメっすね。魔物の影や形、一つも無しっす」


「こっちも」


「ウチもっす」


「他の村も、やっぱり魔物の被害も情報も無しですね」


 各班がそれぞれに情報を持ち寄り、エリクとワーグナーに報告していく。

 それを聞きながら顎髭を触るワーグナーは、エリクに目を向けて尋ねた。


「エリクは、どうだ?」


「……やはり、近くでそれらしい魔物の気配はしない」


「そうか……」


「討伐する魔物がいないなら、もう帰りましょうよ。副団長」


「そうっすよ。しかしそうなると、タダ働きっすねぇ」


「村全体が依頼や魔物の事も知らないんじゃ、金をせびるのもどうなんっすかね?」


「やっはり魔物がいたけど、どっかに行ったから皆でしらばっくれてるってのがアタリじゃないっすか?」


 エリクの意見を聞いたワーグナーは、再び悩む様子を見せる。

 そして団員達はそうした声を上げ、王都へ戻る事やタダ働きに対する愚痴と農村全体の不信感を愚痴っていた。


 そうした声を耳をしながら、ワーグナーは深く瞳を閉じて思案する。

 そのワーグナーの様子を見ていたマチスが、答えを聞くように尋ねた。


「どうします? ワーグナーの旦那」


「……仕方ない、とりあえずは帰るか」


「了解!」


 そのワーグナーの一言で、全員が帰り支度を整え始める。


 時刻は既に昼を過ぎ、今から王都まで向かうと夕方を確実に超える事になるだろう。

 夜になれば王都の門は閉じてしまう為、今日の内に帰りたい団員達は足早に帰路を進み始めた。


 それを追うように後ろを歩くワーグナーは悩む表情を変えず、エリクの隣で呟くように思考を零す。


「――……どうも、今回の依頼はおかしい」


「?」


「魔物が居なくなったって割には、魔物が棲めそうな所に去った跡も無かった……」


「……」


「本当に村の連中が依頼した事を誤魔化す為に口を揃えてるにしても、隠し事をしてるような面をしてる奴が一人もいない。まさか村人全員、嘘が吐くのが得意なんて事は無いはずだ」

  

「……」


「こういう場合の可能性は、三つだけ。村人全員が嘘を吐いてるか。本当に厄介な魔物や魔獣が棲み隠れて、村人の誰かが依頼を出したか。……それとも、俺達が騙されたか」


「……」


「……前者の二つはともかく、後者に何の意味がある……? 俺達が王都を離れてる隙に、何かやる為に……?」


 不可解な依頼と一致しない状況に不信さを見せるワーグナーは、可能性を模索するように考える。

 それを隣で聞いているエリクだったが、その呟きのほとんどを理解しようとはせず、考える事を全てワーグナーに任せた。


 黒獣傭兵団の二十名はそうして帰路に入り、王都へ戻る。

 農村のある湖から離れ、見晴らしの良い来た時の道を戻る一行は二時間ほど歩いた。


 そうした道中、休憩を兼ねた川辺で水を補給する傭兵団の中で周囲を警戒していたマチスが、農村があった方へ目を向ける。

 そして目を細めて見ると、驚きの目を浮かべてワーグナーに報告へ走った。


「――……ワーグナーの旦那ッ!!」


「どうした?」


「湖の方角から、黒い煙が上がってる!!」


「!?」


 それを聞いたワーグナーは手に持つ水入れ用の革袋を投げ捨て、目を凝らしながら湖がある方角を見る。

 そして雲が掛かる空に重なる、複数の薄い黒煙がワーグナーの目にも見えた。


「あれは……! お前等、急いで湖の方へ戻るぞ!!」


「!!」


 そう命じられた傭兵団達は荷物を抱え始め、再び湖の方角へ走り始める。

 しかし二時間も歩いた道のりであり、休憩中で装備と荷物を抱えた団員達の走る速度は先程よりも遅くなってしまっていた。

 そうした一行の前に出たのは自身の荷物を置いて武器だけを抱え持ったエリクであり、ワーグナーに顔を向けて伝える。


「俺が、先に行く!」


「頼む! 俺も、いや俺達もすぐに追い付く!!」


 その言葉でワーグナーは託し、エリクを先に進ませる。

 それと同時にマチスとケイルも荷物を降ろし、先を走るエリクの後を追った。


「マチス! ケイルもか!?」


「エリクだけを行かせるのは、マズいだろ!」


「俺達も一緒に!」


「……分かった、頼む!」


 ケイルの言葉にもワーグナーは同意し、二人をそのまま先行させる。

 そして二人の荷物をワーグナー自身が抱え、そのまま団員達と共に後を追った。


 一方、エリクは常人とは比べ物にならない脚力で湖の道を戻る。

 一時間で歩いた距離を僅か十分ほどで走り抜け、二十分も経たない内に湖付近の農村が見える位置にまで辿り着いた。


 しかしエリクが見たのは、農村の民家や納屋が幾つか燃えて黒い煙を昇らせている光景。

 それに伴い真新しい血の匂いが鼻に入り、エリクは大剣を引き抜いて畑を横断しながら農村への最短の道を走り抜けた。


 更に畑には、踏み荒らしている複数の足跡が見える。

 数で言えば、最低でも二十名近く。

 それ等が畑を踏み荒らし、策を壊して村へ侵入している事をエリクは察した。


 そして畑を抜け、村へ到着した時。

 そこには昨日まで平穏に暮らしていた村人達が、血塗れで倒れていた。

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