血塗れの惨劇


 農村の民家に火が点き、枯れ草や藁を積んでいる納屋から大きな火と煙が上がり始めている。

 その中で血塗れになって倒れる農村の住民達を見たエリクは表情を強張らせ、顎を食い縛るように首と顎に力を強めた。


 周囲を見渡すエリクは、生存者と敵を探して村の中を駆ける。

 

 村人達で見える限り、男や老人は深手を与えられて倒れている姿が多い。

 逆に女は老婆以外で倒れている者は少なく、走り抜けながら見える光景で争った形跡が地面や各所で見えた。


 それを見たエリクは盗賊討伐などの際に見た光景を思い出し、更に表情を強張らせて痕跡を追う。

 そして火の手が回る村の中から、女の悲鳴を一つ聞いた。


「――……キャアアアッ!!」 


「!」


 エリクは悲鳴を聞いて方へ向きを変え、更に速度を速めて走り出す。

 そして燃える建物の脇を擦り抜けながら小脇の道が見え、その先を進むと同時に人の気配と姿を確認する。


 一人は粗末ながらも剣を持った男であり、それが農村の住民らしき女性に圧し掛かっていた。


 服が乱れ暴れる女性に対し、剣を持つ男が右手を上げて剣を突き立てようとしている。

 それを視認したエリクは懐から投げナイフを取り出し、左手でそれを男の背中へと投げ突いた。


「グ、ァ……!?」


「伏せろ!!」


「!?」


 投げナイフに背中を刺された男は驚きと痛みで剣を手放し、それを避けた女性にエリクは命じるように大声で怒鳴る。

 そして痛みと困惑で立ち上がり振り向こうとした男に、エリクは右手に持つ大剣の腹で男を薙ぎ飛ばした。 


 男は上半身と顔面に大剣を直撃され、吹き飛ばされながら首の骨などが砕けて血みどろになって絶命する。

 相手が死んだ事を確認したエリクは、女性の方を見て尋ねた。


「何があった?」


「あ、あんた達は昨日の……」


「他の生存者は?」


「わ、分からない。急に、奴等が来て……。あちこちが、急に燃え出して、みんなが襲われて……」


「……王都までの道まで逃げろ。俺の仲間が助けに来る」


「あ――……」


 エリクは村の方へ視線を戻し、再び村の中へ戻る。

 そして他の生存者達を探し、その都度で見える悲鳴や叫びを聞いて急ぎ駆け付けた。


 その中で助ける事が間に合う者もいれば、間に合わない者もいる。

 盗賊と思しき男達は貧相ながらも確実に村人を殺傷できる武装を持ち、それを振り翳しながら人を襲っていた。


 エリクはその都度、村人達を襲う者達を確実に殺していく。

 しかし村の奥へ進むにつれて悲鳴の数が増え、更に盗賊と思しき集団の数が増えていった。


「コイツ等は……」


 エリクは殺し終えた一人の盗賊を見て、何かがおかしいと感じる。

 知識としてエリクは理解していなかったが、本能と経験からエリクは盗賊達の行動に一貫性が無いと感じたのだ。


 盗賊とは本来、盗み奪う事で利益を得る者達を指す。

 故に村を襲う場合、出来る限り抵抗力となる男や少年等を殺し、老人達は躊躇せずに殺していく。

 そして若い女を欲望の捌け口として慰み者にし、そのまま奪える物と共に自分達の拠点となる隠れ家などに連れて行く。


 しかし今回、盗賊達は奪えるだろう物を全て燃やしている。

 更に奪えるだろう女の村人さえもその場で襲うか、あるいは抵抗されると殺そうとしていた。


 これは盗賊や強盗などと呼べず、ただ殺人を意図とした行動性にエリクは不可解さを感じる。

 しかしそれを言語化する時間が無いエリクは、とにかく助けられる村人達を助け続けた。


「――……エリク!」


「旦那!」


「!」


 エリクが村に到着してから数分ほど遅れて、後を追っていたケイルとマチスが合流する。

 二人は村の惨状を既に確認済みで、助けられた村人達からエリクの事を聞いて追い付いた。


「エリク、この状況は……!!」


「盗賊っすか!?」


「分からない。だが、変だ」


「?」


「奴等は、盗賊らしくない」


「……確かに、見境なく殺して燃やしてやがるな」


「二人は、村の者達を助けてくれ」


「分かった」


「了解っす!」


 エリクはそう二人に頼み、三人は村の中で散開して役目を果たす。


 ケイルは襲われている声を聞いて助けられる者達を助け、マチスは生存者達を誘導しながら村の外へ避難させた。

 そしてエリクは更に村の奥へ進み、敵と思しき盗賊団達を殺していく。


 その中で一人の盗賊の男を見た時、エリクは不可解な表情を更に強めた。


「……なんだ、コイツは……?」


 エリクが見たのは、盗賊と思しき男の虚ろな目と表情。

 殺し終えた村人と血の付いた剣を持ち、虚ろな目と口を開けて涎を垂らしながらも首を傾け、エリクを見ると襲い掛かって来た。

 それを大剣で薙ぎ倒すと、盗賊は事切れたように動かなくなる。


 その不可解な盗賊達の様子を改めて見たエリクは、不気味な悪寒を感じさせながらも農村の救助を続けた。


 そしてエリクは、見覚えのある畑と牧場を通り抜ける。

 その通り道には血が滴りながら移動している者の痕跡があり、エリクは急いでその場所へ向かった。


 エリクが見たのは、一つの民家と幾つかの納屋が燃え盛る光景。

 そして畜産している動物達が逃げ出し、周辺へ散らばっている姿。


 エリクは周囲を探して悲鳴が聞こえる方へ進み、そちらへ走る。

 そこは畑に続く道の一つで、遠巻きながらもその道には複数の人間達が見えた。


「……ッ!!」


 その手前にはクワを地面へ投げ出した、中肉中背の男が血塗れで倒れている。

 その少し奥では、正面を大きく斬り裂かれて血を流し倒れる中年女性の姿もあった。

 更に奥には倒れる男の子を庇うように座る少女に剣を突き立て背中を貫いた盗賊達が、エリクに見えてしまう。


「――……ガァァアアアッ!!」


 その光景を目にした瞬間、エリクの瞳は憤怒を宿す。

 そして右手に持つ大剣を両手で持ち、全速力で盗賊達を殺す為に向かった。


 それに気付いた盗賊らしき男達の三人は、先程の者達と同じように虚ろな目と表情でエリクに剣を向けて襲う。

 しかしエリクは盗賊の一人を胴体を横に真っ二つに、そして続けて一人の拳で頭を叩き潰し、最後の一人は脳天を割るように大剣を振り抜いて潰した。


 怒りのままに剣と拳を振り終えたエリクは、息を乱しながら静かに顔と瞳を動かす。

 そこで見知った家族の死を見下ろし、表情を強張らせながら瞳を閉じて悔いを見せた。


 エリクが殺した盗賊の数は、凡そ五十名以上。


 しかし村人の生存数は二割にも満たず、村長を含めた八十名以上に死傷者が出た。

 更に農村の建築物はほとんどが焼失し、収穫物や畑の多くは荒らされ、それ等を維持していた生産者達の多くが死亡する。


 その日、ベルグリンド王国の農村が一つ壊滅した。

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