不可解な依頼
マチルダの嫁ぎ先である農村へ訪れた黒獣傭兵団は、届けられた魔物の討伐依頼の詳細を知る為に依頼人である村長を尋ねる。
しかし村長の家を訪ねて聞くと、不可解な事を述べられた。
「――……はて。このような依頼、儂は出しておりませんなぁ」
「なに?」
「確かに幾らか農作物や牧場の動物を狙い、野生の動物などが見える時はありますが。小さな動物や小規模な群れですので、若い者でも追い払える程度ですからのぉ」
「……村人や他の農村地帯が、アンタの名前を使って依頼を出した可能性は?」
「被害があれば、そういう事もあるやもしれませんが。ここ最近は、そうした被害を受けたという家の者もいませんて」
「……」
村長の名義で依頼が出されているにも関わらず、その村長自体がそうした依頼があり傭兵団が来た事に驚きを抱いている。
そしてワーグナーの方も不可解な依頼に眉を顰めながら、事情を聴いた村長の家を出て外の団員達と合流した。
「――……ってワケで、村長は依頼を出してないとさ」
「その村長がボケて忘れてるとかじゃないんっすか?」
「いや。村長の家族にも聞いたが、そうした依頼を出すような事は本人も家族もしていないらしい」
「俺達が来るまでに魔物を追い払えたから、依頼を出した事を誤魔化してるだけとか?」
「可能性としちゃありそうだがな。……エリク、どう思う?」
団員達と憶測を話すワーグナーは、次はエリクに意見を求める。
そして農村の中から周囲を見渡すように見るエリクは、小さく首を振りながら答えた。
「……強い魔物の気配は、今は無いな」
「そうか。上手く隠れてるか、本当にいないか。どっちかってことだな」
「ああ」
「……しょうがない。とりあえず今日と明日、この周辺の探索をしよう。危険度の高い魔物や魔獣の痕跡がなかったり、それらしい魔物や魔獣を見ないようだったら、とりあえず村に報告してから、王都に戻っちまおう」
「了解っす」
「居た場合には報告を第一優先に。それと、何人か村人にそれらしい情報があるか聞いてくれ」
「分かりました」
「この農村だし、宿は無いだろうな。一応、村の外で夜営できる準備はしとこう」
「はい!」
それぞれにそう命じるワーグナーは、周辺の捜索をマチスの班に託し、各村での情報収集をケイルを含めた少数に任せる。
新人達には夜営の準備を始めて貰い、ワーグナーはエリクを伴いながらとある農家の家に向かった。
そこには湖から引かれた水路が敷かれた農場と牧場があり、鶏や牛を始めとした動物達が飼育されている。
その周辺に疎らにある倉庫などとは別に、大きな母屋となる家へワーグナーとエリクは尋ねた。
「――……いらっしゃい、ワーグナー。それに、エリクも」
「ああ」
「村長との話は終わったの?」
「まぁな。ただ、ちとおかしな事になってるが」
「?」
「それも込みで、ちょっと話がある。大丈夫か?」
「ええ、良いわよ。ちょっと待ってね、夫も呼ぶから」
「ああ」
マチルダはそう述べながら外に出て、母屋とは別の納屋へ向かう。
そこが夫の働き場所なのだろうと理解したワーグナーは、その場で待つ事にした。
その時にエリクが静かに顔を横に向け、母屋の端に視線を向ける。
それに気付いたワーグナーも同じ方向へ視線を向けると、僅かに驚きを含んだ目を向けた。
「あれって……」
「子供だ」
二人が見たのは、自分達を母屋の陰から見ている二人の子供。
一人は十歳前後の少年で、もう一人は十五歳前後の少女だった。
ワーグナー達が見ていると、子供達は隠れるように顔を引っ込める。
しかしワーグナーは子供達の顔を見て、特に少女の方にある女性の面影を感じた。
「多分、マチルダの子供達だな」
「そうか」
ワーグナーはそう察し、まだ隠れている子供達の方へ足を進める。
そして影で隠れて話し合う子供達の声を聴き、口元を微笑ませた。
「――……おっきな人がいたよ?」
「そうだね」
「ママと話してた」
「お母さんの知り合いかな?」
「パパより大きいね」
「そうだね。でも、武器を持ってたから近付いちゃダメよ」
「えー」
「えーじゃないの。お母さんが言ってたでしょ? 武器を持ってる人は危ないから、近付いちゃダメだって」
「はーい」
そう話している姉弟の会話を聞き、ワーグナーはマチルダとの出会いを思い出す。
過去に兵士によって故郷と家族を奪われた彼女にとって、やはり武器を持つ職業の者達は信用に置けないと思っているらしい。
それが子供達にも伝えられ、マチルダの思いが今でも一貫しているのだという安心感がワーグナーの中にあった。
ワーグナーは静かに微笑みながら影で話す子供達から遠ざかり、エリクが居る場所まで戻る。
そして数分後、マチルダは中肉中背の四十代前後の男性と共に戻って来た。
「――……紹介するわ。私の夫で、この牧場の主よ」
「初めまして。私は――……」
「いや、自己紹介はいい。俺達は単に、依頼で来ただけの傭兵だからな。それより、ちょっと聞きたい事がある」
「ワーグナー……」
マチルダの夫の挨拶をそうして止めるワーグナーは、二人に依頼に関する事を尋ねる。
敢えて自己紹介を止めたワーグナーが自身を傭兵だと誇張し話す姿に、僅かな寂しさをマチルダは感じながらも話を聞いた。
「――……私達も、そうした依頼を出すよう頼んだ記憶は無いわね」
「そうですね。私達の方では、そうした被害も受けておりません」
「なるほど。他にそうした被害を受けた所とかは?」
「無いと思います。あれば、私達の耳に届くはずでしょうし……」
「そうした被害があったら、すぐに農家同士で対策を話し合うはずだもの。でもここ最近で、そんな依頼を出すような話し合いはされてないわ」
「そうか……」
やはり農村やその周辺で魔物の討伐依頼を出すような被害が無いという情報に、ワーグナーは不可解な表情を強める。
そして幾らか頭の中に思考を浮かべ、それを中断するように溜息を吐き出してマチルダとその夫に顔を向けた。
「……分かった、情報提供に感謝するよ。それじゃあな」
「あっ、ワーグナー!」
「ん?」
「今晩、どうするの? この村もそうだけど、近くに宿がある村なんてないし……」
「普通に野宿するよ。他の団員と一緒にな」
「そう。……良かったら、夕食を――……」
「いいよ。何も無いようだったら、俺達は明日にも王都へ戻るから」
「……そう」
「そうだ。アンタ達が仕入れしてくれてる食堂の鳥肉、相変わらず美味いぜ」
「……当り前よ。私と夫が育てているものよ」
「ああ。それじゃあな」
「ええ。じゃあね」
そう告げて立ち去るワーグナーと、それに付き添うエリクの背中をマチルダとその夫は見送る。
互いに顔が見えない中で口元を微笑ませ、けれど何処か寂しそうな瞳を宿らせている事に、エリクは気付いていた。
そうしてその日、黒獣傭兵団はそれぞれの役割を果たす。
しかし情報収集をした結果、ワーグナー達と同様にそれらしい依頼を出す理由が見つからず、また出した人物も分からなかった。
戻って来たマチス達も周囲の森や山には危険そうな魔物が棲んでいるような痕跡も見つからず、全員が首を傾げてしまう。
そして次の日に団員全員で周辺を探索し、何も無ければ王都へ戻るという事が決まった。
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