去り行く群れ
ワーグナーはガルドの死を受け入れ、マチスと共にまだ戦っている可能性があるエリクを助ける為に走り向かう。
そうした中で荒れた山道を駆け上りながら、何かを感じ取っているマチスがワーグナーを先導するように進んでいた。
「――……マチス、こっちでいいのか!?」
「そうっすよ!」
「マジかよ、なんで分かるんだ!?」
「野生の勘ってヤツっすかね!」
「勘かよ!」
そう言いながら走るマチスは、木々を潜り抜けて茂みを飛び越えながらエリクが居るという場所へ向かう。
道の端々に見える痕跡から何かが争った様子が見え、確かに巨大な何かが踏み抜いた地面や茂みが見えた。
その痕跡からマチスを信じたワーグナーは、獣道を登り進む。
そうして十分程が経った時、二人の耳にある音が聞こえた。
「――……!!」
「これは、
二人が聞いたのは、甲高く鳴く山猫達の声。
それが一つや二つではなく、連続で響くように正面から聞こえて来る。
その声を頼りに二人は走り、息を乱しながらも現場へ到着した。
「――……!?」
「これは……」
二人が見たのは、周囲一帯にに散らばり倒れる十数匹以上の山猫達。
どれも凄まじい殴打を浴びた痕跡があり、身体の各所が陥没して血を口などから吐き出して倒れていた。
そして生き残っている十数匹の山猫達は、あるモノを囲むように包囲しながら唸り声を上げている。
その包囲しているモノを見た時、ワーグナーは呟きながら驚いた。
「……エリク!」
山猫達の中心に居たのは、両拳に血を滴らせながら背を向けて立つエリク。
まだエリクが生きている事に僅かな安堵を浮かべたワーグナーに対して、マチスは表情と体を強張らせていた。
人間のワーグナーにはエリクから迸る赤い魔力が視認できず、囲まれているエリクを助ける為に右手の剣を鞘から引き抜き、助けようと動く。
しかしワーグナーが飛び込もうとした瞬間、五匹の山猫がエリクの周囲を巡りながら連携するように襲い掛かった。
「エリ――……!?」
エリクの名を呼んだワーグナーは、次の瞬間には更なる驚愕を浮かべる。
飛び掛かった山猫の一匹がエリクの距離に入った時、その顔面にエリクの右拳が放たれたのだ。
それが山猫の顔面を一撃で粉砕し、血と肉片を飛び散らせながら地面へ倒れる。
放たれた拳の速度を目で追い切れなかったワーグナーは、突如としてエリクに飛び掛かった山猫の顔が潰れて倒れた光景に絶句していた。
更に別の山猫がエリクを襲い、前足を薙ぎながら爪で身体を引き裂こうとする。
その前足を左手で掴み止めたエリクは山猫の前足を握り折ると、山猫の腹部に右拳を叩き込んで殴り飛ばした。
「ギ、ニャォ……」
「ガァアアッ!!」
殴り飛ばされた山猫は吐血し、そのまま飛ばされた地面へ倒れて動かなくなる。
そして咆哮を上げるエリクに、襲おうとした他の山猫達は怯えるように足を竦めた。
「な、なんだ……。何が、起こってるんだ……?」
「……アレは、『鬼神』の血……。間違いない……」
ワーグナーが状況が分からず驚愕している中で、マチスも聞こえない程に小さな声で呟く。
二人は怒るように唸り吠えるエリクを見ながら、動こうとした足を止めてしまっていた。
そうした中でも、囲む山猫達は怒るエリクに襲い掛かる。
一斉に襲い掛かる事で爪や牙がエリクに届く山猫もいたが、届いた瞬間にはエリクの殴打が飛び、山猫達はその一撃で沈み倒れた。
明らかに勝てないだろう相手に山猫達が挑み続ける様子に、流石のワーグナーも怪訝な様子を見せる。
そうした中でエリクが何かを見て歩もうとする度に、山猫達が動き襲おうとしている事に気付いた。
「……あれは……、山猫共のボスか……?」
エリクが歩み進もうとした先に何があるのか、ワーグナーは視認する。
そこにはもう一つ、山猫達に守られるように囲まれていた巨大な山虎がいた。
山虎は夥しい傷を負い、血を流しながら倒れ伏している。
それでも息を残して身体を揺らしている様子から、他の山猫達と違い生きているのだと分かった。
それに向かうエリクと、阻むように囲み襲う山猫達の様子を見て、ワーグナーは察する。
「……この山猫共は、守ってるのか? 自分のボスを……」
山猫達が何を目的としてエリクを囲み、そして襲っているのか。
その意図を察したワーグナーは、剣を握る右手を震わせながら力を込めた。
その脳裏には、自分達を襲いガルドを殺した山猫達に対する憎悪と憤怒が思い浮かぶ。
このまま自身も加勢し、エリクと共に憎い山猫達を屠る事を望んでいる自分の感情を、ワーグナーは確かに感じていたのだろう。
ワーグナーは山猫達に剣を向けようとした瞬間、ある話をガルドとした話を思い出す。
それは三年程前に魔物の討伐依頼を受けたワーグナーが、深夜の見張りをガルドと共にした時だった。
『――……ワーグナー。お前、魔物の討伐をどう思う?』
『どうって……?』
『言っちまえば、魔物の討伐なんて聞こえがいいだけで、本当の所は魔物に対する侵略行為だ。それについて、どう思うかって聞いてるんだよ』
『し、侵略って……。逆じゃないっすか?』
『逆か?』
『だって、魔物が俺達が住んでる場所に棲みついて、害になる事をしたから討伐するんでしょ? むしろ俺達にして見れば、魔物が侵略しに来てるんじゃないっすか』
『人間視点で見れば、そうかもな』
『そうかもなって……』
『魔物からして見れば、俺等は棲み処を荒らす賊だ。自分達が食う獲物を掻っ攫い、オマケに武器を持って殺そうとする。……魔物からして見れば、俺達は強盗みたいなモンだ』
『ぅ……』
『お前はそういう事をする俺等が、正しいと思うか?』
『正しい……?』
『俺達は、あくまで被害を受けた人間側に加担してるだけに過ぎねぇ。逆に言えば、棲み処を荒らされて被害を受けてるのは、魔物だって同じだ』
『……』
『そして、そんな魔物が邪魔だから討伐しろという人間から、依頼を受けて殺す。……俺等がやってる魔物の討伐が正しい事だと、思うか?』
『……分かんないっすよ、そんなの……。……でも……』
『でも?』
『俺等は、魔物じゃないっすから。それに正しいからとか、正しくないからだとか。そんな事で仕事を選んでるワケじゃないっすよ』
『ふっ、そうだ。俺等みたいな傭兵は、正しい事や正しくない事で仕事なんか選ばん。生きる為に金になる依頼を受けて、一日でも長く生き延びていく事を考えるんだよ』
『そうっすよね。……どうしたんっすか? 急にそんな話をして……』
『……ワーグナー。お前は私情で、人や魔物を殺そうとすんなよ』
『え?』
『襲われたから否応なくってのは、しょうがない事だ。だが傭兵としての仕事で、感情任せに行動しようとすんな。そういう馬鹿は、救いようがないからな』
『……』
『お前は感情に流されずに、やるべき事をしっかり判断して行動しろ。怯えていちいち腰を引かせたり、怒り任せに武器を振り回すなよ』
『……あれ。もしかして俺、説教されてます?』
『当たり前だ。いつまでのお前が傭兵として半人前だから、俺が苦労してるんだからな』
『そ、そんなぁ……』
そんな話をガルドとしていたワーグナーは、自分自身の今までの行動を振り返る。
そして今の自分が握る剣が、何の為に山猫達へ向けようとしているのかを考えた。
今のエリクを助ける為に、この剣が必要なのか。
今の自分が山猫達に対して『仕事』で剣を向けていたのか、それとも『感情』で向けていたのか。
その二つの問いをガルドの思い出と共に振り返られたワーグナーは、右手に握る剣を自然に引いた。
そして憤怒を向けて息を残す
「――……エリクッ!!」
「!」
「仕事は、もう終わったんだ。……だから、帰るぞ」
「……ワー、グナー……?」
ワーグナーに呼び掛けられたエリクは、憤怒の表情を引かせて正気を失っていた目に生気を戻す。
そしてエリクから滾る赤い魔力が治まり、山猫達が感じていた凄まじい重圧が引いた。
エリクから感じられた重圧が無くなった瞬間、生き残っていた山猫達は
そして山虎を囲みながら守り、エリク達に対して頭を低く身構えながら唸り声を発していた。
そして数匹の山猫が山虎に身体を寄せ、すり寄りながら傷を舐める。
正気に戻ったエリクはそれを見て、困惑を僅かに見せながらワーグナーに目を向けた。
「……俺は、何を……?」
困惑した様子でエリクは周囲を見渡し、山猫とワーグナー達を交互に見る。
そうした中でマチスがエリクがいる場所まで赴き、山猫達に目を向けながら伝えた。
「……エリクの兄貴。何も、覚えてないんっすか?」
「あ、ああ……」
「そうっすか。……そうっすね」
マチスはそう呟き、エリクは首を傾げる。
山猫達は警戒しながらも怯える様子を見せてエリクに近付こうとせず、山虎を守る態勢を変えない。
それを見るワーグナーは、思い出したガルドとの話を振り返りながら呟いた。
「……お前等から始めたんだ。悪いとは、思わないぜ」
そう言いながらワーグナーは山猫達から視線を外し、エリクの方を見る。
その時にエリクは歩み出そうとすると、身体を震わせながら倒れるように膝を付いた。
「ぅ……ッ」
「エリク!?」
膝を付いたエリクを見て、ワーグナーは駆け寄る。
エリクは身体全体を震わせながらも立ち上がり、ワーグナーを見て話した。
「……うまく、動けない……」
「そうか。……帰ろうぜ。おやっさんも連れて、一緒に……」
「おやっさん……。そうだ、ガルドは……?」
「……」
エリクの問いに、ワーグナーは首を横に振って答える。
記憶が飛んでいたエリクはそこでガルドの死を知り、驚きを浮かべながら強張らせた顔を伏せた。
そしてワーグナーは右肩を貸し、エリクを連れてガルドの遺体がある場所へ連れて行く。
マチスは逆側で支えながら二人と共に歩き、山猫達の方を警戒しながらその場を去った。
山猫達は三人を追わず、重傷の
この事件から一ヵ月後。
高等級の魔獣が出たと報告を受けた王国兵団が討伐へ向かった時、その山からは山猫の群れは居なくなっていた。
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