一人前の二人
エリクは正気を取り戻し、ワーグナーやマチスと共に下山を果たす。
その際にガルドの遺体をワーグナーとマチスが両脇から支え抱えるように持ち帰り、身体全体が鈍い痛みと震えを起こしているエリクは辛うじて付いて来ていた。
ガルドの遺体を改めて見たエリクは表情を僅かに強張らせた後、影を落とした顔を伏せる。
三人はガルドの遺体を伴いながら山を進み、そして舗装した道に戻って来た。
時刻は既に昼を超え、夕暮れも間近に迫っている。
三人は無言のまま歩き続けていたが、その静寂を破ったのはエリクだった。
「――……すまない……」
「ん?」
「俺が、弱かったから……」
「……」
「俺が、もっと強ければ……」
そう呟きながら謝るエリクに、ワーグナーは顔を向ける。
そうして呟く声は
それに対してワーグナーは顔の向きを前に戻し、マチスもそれに倣うように正面を向く。
エリクが呟く後悔は、ワーグナーもまた感じていた。
自分がもっと強ければ、ガルドが死ぬ事は無かったかもしれないと。
その後悔は二人の唇を噛み締めながら血を流し、表情と感情に陰りを生み出させるのに十分だった。
同時にワーグナーは、エリクもまた自分と同じ後悔と感情を持っている事に気付く。
今まで感情を見せず無愛想で無表情な奴だと思っていたエリクが、少なくともこの状況で自分と同じ感情と思いを抱いている事にワーグナーは安堵していた。
「……おやっさん。エリクも、ちゃんと成長してたよ……」
そうしたエリクの成長を、ワーグナーは冷たい身体のガルドに伝える。
あるいはワーグナー以上に思い入れを強く接していたガルドに今のエリクを見せてみたいと思いながらも、もうそれすら叶わないのだとワーグナーは思う。
そうして三人は夕暮れと共に山を下り終え、夜には麓の町に到着する。
そこでは先に下りていた生き残りの団員達が魔獣の情報を伝え、兵団が守りの準備を整え出していた。
戻った三人は保護され、兵団の事情聴取をマチスと他の団員に任せてしまうと、ワーグナーとエリクは疲れ果てた状態で町の医者から治療を受けながら眠る。
しかし翌日の夜が明けない深夜に二人は目を覚まし、二人は防具が外されて布が被せられているガルドの遺体が置かれた倉庫へ赴いた。
この時にはある程度の遺体の検査が終わり、傷から魔獣の仕業だと分かっている。
そして翌日には山へ地元の傭兵団の生き残りと兵団が赴き、状況の確認と回収できる遺体を持ち帰る手筈になるだろう。
そして回収された遺体と共にガルドの遺体も火葬されるだろう事を、ワーグナーもエリクも今までの経験から察していた。
「――……おやっさんの死体を、そのまんまにしておけない」
「……」
「おやっさんには不本意かもしれないけど、他の奴等と一緒くたに燃やされるくらいなら。……せめて、俺等で弔ってやろうぜ」
「……ああ」
ワーグナーの言葉に頷きながらエリクはガルドの遺体を抱え、二人は町の火葬場として設けられている広場へ赴く。
そこで大量の枯れ草や巻き藁を敷き詰めてガルドの遺体を置き、持って来ていたアルコール度数の高い酒をゆっくりガルドの遺体に浴びせながら、ワーグナーは静かに呟いた。
「……おやっさんの好きなウィスキーじゃなくて、すいません」
そう言いながら寂しく微笑むワーグナーは、ガルドの口に酒を飲ませる。
そうして火葬の準備を整え終わると、左手が使えないワーグナーはエリクに着火を任せた。
火打石と火種を使って火を起こすエリクは、煙が昇る火種をガルドの周囲に置く。
そして時間が経つと煙が火へ変わり、枯れ草や巻き藁に燃え移りながら炎へと変化した。
そうして燃えていくガルドを弔いながら、ワーグナーはエリクに伝える。
「――……エリク」
「?」
「おやっさんは死んだ。……この
「……」
「エリク。お前が、次の団長になれ」
「!」
「お前は傭兵団の中で、一番強い。次に団長をやるなら
ガルドの遺体が燃える光景を見ながら、ワーグナーはそう伝える。
それに驚きながらワーグナーを見るエリクは、呟くように聞いた。
「……俺は、ガルドのようにできない」
「そんなの、イヤってほど知ってるよ」
「なら……」
「俺が、お前を支えてやる」
「!」
「俺もお前も、傭兵としちゃ半人前だ。ずっとそう、おやっさんに言われてたからな。もしかしたら、死ぬまでそうなのかもしれない」
「……」
「お前はその強さで、傭兵団を支えてくれ。俺はおやっさんに教わった知識で、傭兵団とお前を支える。……二人で一人前の傭兵に、なってやろう」
「……分かった」
炎は大きく燃え、二人の身長を超える。
そうした中で火花が星のように夜空へ舞い、夜明けの光が僅かに見え始めた。
ガルドが率いていた
そして数ヵ月後。
エリクを団長に、そしてワーグナーを副団長に据えた、新たな黒獣傭兵団が誕生した。
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