子供達の将来


 ガルドの怒りを込めた拳骨げんこつが青年ワーグナーと青年クラウスの頭頂部に直撃し、その場に沈む。

 瞬く間に喧嘩の両成敗を行い観客を散らしたガルドは、次に外套とフードを被る老人とゴルディオスの方を見た。


「――……それで、お前等がウチの団員に絡んでた連中か?」


「ほっほっほっ。強いのぉ、お主」


「あ? ――……!!」


 そう睨みながら老人の方へ歩み寄るガルドだったが、その途中で何かに気付いて足を止める。

 逆に一歩踏み出した老人に対して、ガルドは逆に下がった。


「……」


「ほぉ。どうしたかね?」


「……テメェ、誰だ?」


「ただのか弱い老人じゃよ?」


嘘吐うそつけよ。ったく、こんな化物に絡まれやがって……」


 そう言いながら舌打ちを鳴らすガルドは、身構えながら腰を落とす。

 あのガルドが瞬時に姿勢を切り替え、戦闘態勢になった事を幼いエリクは見ながら、二人が対峙する場面を呆然と見ていた。


 その時、ガルドが来た方向から別の人物が声を発する。


「―ー……ま、待って! 待ってください!」


「!」


「おや、あの娘さんかい?」


 ガルドと老人はそちらに視線を向けると、走りながら近付く一人の娘がいた。

 それは食堂で働き、ワーグナーと挨拶を交わしたマチルダという名の娘だった。


 そのマチルダは焦った様子でガルドに駆け寄ると、息を吐きながら話し始める。


「ち、違うんです! その人は、違うんです!」


「あぁ?」


「ワ、ワーグナーを付け回していたのは、兵士達で。それで、この人はそれを追ってくれて……」


「……どういう事だ?」


 娘の息を乱した説明を聞き、ガルドは訝し気な視線と言葉を老人に向ける。

 そして老人は微笑みながら、口髭を触りつつ説明した。


「儂も、その少年達が寄った食堂に居たのじゃよ。どうやらこの少年達が金を持っとるのを何処かで話し、それを聞いた兵士が付け狙い、食堂にいる仲間に声を掛け、金を奪おうと企んだようじゃな」


「わ、私もワーグナー達が店を出た後に、兵士達がワーグナーの後を追って店を出たのに気付いて。それで……」


「そこの娘さんが困っとったようなので、儂が少年達を助けてあげようと、提案したんじゃよ。美味い鶏肉を食べさせてくれた、お礼にの」


 老人とマチルダは交互に話し、粗方の事情を伝える。


 どうやらワーグナーとエリクが道端で金を得た話をしていた時に、それを通り掛かり聞いていた兵士がいたらしい。

 その兵士が二人の後を追って食堂に立ち寄ると仲間の兵士達が居合わせ、ワーグナーとエリクを襲って金を得ようと企てた。


 それを傍の席で聞いていた老人と、ワーグナーを見送ったマチルダは気付く。

 しかしマチルダは兵士に対する恐怖が拭えず足が竦み、そこに老人が話し掛けてワーグナー達の後を追ったらしい。


 そしてワーグナーとエリクが兵士達に囲まれ脅された時、老人は偶然にも居合わせたように出て来た、というのが真相だった。

 実際にエリクが墓参りの為に入り組んだ裏道を通ったせいもあり、本当に老人は迷ってしまったようだが。


 丁度その時、食堂に顔を出したガルドがマチルダに話を聞く。


 二人が付け狙われていると聞くや否や、ガルドはすぐに探しに走ったらしい。

 しかし目ぼしい場所に二人の姿は見えず、傭兵団の詰め所に戻っても来ていない。


 ガルドは二人が厄介事になっているのだと思うと、耳に二人の少年が路上で喧嘩をしているという話が飛び込み、この場に赴いたそうだ。

 そしてマチルダも食堂の客が少年同士の喧嘩の話を持ち込み、その片方が茶髪だという話でワーグナーを連想し、心配で来たという。


「―ー……つまり、この爺さん達がこのウチのガキ共を狙ってた奴ではないんだな?」


「は、はい」


「……そうか。なら、アンタと戦う理由は無いってことだな」


「ほっほっほっ。残念じゃのぉ」


「し、師匠。まさか……?」


「誤解したままならば、戦えそうだったんじゃがのぉ」


「……そういうのは止めてください、師匠……」


 ガルドが構えを解き、それを残念そうに老人は述べる。

 その隣で頭を悩ませて項垂れる青年ゴルディオスは、大きく溜息を吐き出して身体を揺らした。 


 そしてガルドは老人を見て、睨みながら訪ねる。


「それで、コイツ等を狙ってた兵士ってのは?」


「儂が追い払ったぞい」


「そうか。悪いな、ガキ共の世話を焼いてもらって」


「ええよ。前途有望な若者を助けるのは、老人の努めじゃて」


「ただの馬鹿共だがな、ったく。金を見せびらかして狙われるなんざ、マヌケを晒しやがって」


「ほっほっほっ。浮かれておったんじゃよ。あまり責めず、よく注意しておくとええよ」


「ああ。……んで、なんでそこの金髪坊主と、ウチの馬鹿ワーグナーが喧嘩になってんだ?」


「血気ある若者が争うのは、よくある事じゃろ?」


「そうかよ。……一応、礼は言っとくぜ」


「儂も、良いものが見れたわい。感謝するよ」


 そう言いながらガルドは倒れたワーグナーに歩み寄り、屈みながら肩に抱える。

 そしてエリクに視線を向けて顎先を動かし、帰る事を伝えた。


 その動作を察したエリクは頷き、ワーグナーを抱えたガルドと共に歩み去る。

 そしてマチルダも老人へ一礼し、ガルドの後を追うように付いて行った。


 それを小さく手を振って見送る老人は、倒れているクラウスに歩み寄る。

 そして突くように足で身体を揺らし、クラウスを起こした。


「ほれ、クラウス。起きなさい」


「……ぅ……。おれ、は……?」


「まだまだ修練が足らぬようじゃな」


「……俺、負けたんですか……?」


「記憶が飛んでおるわい。ほれ、ゴルディオス。起こしてあげなさい」


「は、はい」


「ぅ……」


 老人に促されながら兄に起こされる弟は、頭の痛みで意識が朦朧としながらも立ち上がる。

 そして周囲を見渡し、徐々に意識がはっきりとして思い出すように表情を強張らせた。


「……ッ!? あ、アイツは!? それに、あのおっさんは!?」


「もう去ったよ。落ち着きなさい、クラウス」


「あ、兄上……イタタ……」


「しかしあの男、クラウスをこうも簡単に倒すのも驚きましたが、師匠が戦いたがるなんて。そんなに強いんですか?」


「強いのぉ。流石は、黒獣傭兵団のガルドじゃ」


「!?」


 老人がガルドの名を伝えた時、二人の青年は表情を強張らせる。

 そしてゴルディオスはあの四人が去った方向を見ながら、眉を顰めて呟いた。


「ガルドって……。少し前までこの王国の騎士団で、団長だった黒騎士ガルドニアですか?」


「そうじゃよ。今はどういうわけか、傭兵団をしとるらしい」


「父上や帝国うちの将軍達が、随分と頭を悩ませてた王国の騎士団長だな。……ガルドニア=フォン=ライザック。我が帝国との戦いで、幾つもの苦汁を飲ませた騎士だと聞いているが……」


「そんな騎士が、どうして一介の傭兵に……?」


「王国も、色々とあるんじゃろうて。……しかし、楽しみじゃのぉ」


「?」


「何がですか?」


「あの少年達じゃよ。黒騎士ガルドが手厚く育てているということは、将来が楽しみだと思わんかね?」


「……厄介な敵になりそうですね」


「ああ。……いつかアイツとは、戦場でかたを付けてやる」


「その意気じゃよ」


 そう言いながらエリク達が去った方を見る金髪の兄弟に、老人は微笑む。

 そんな三人の後ろから宿の扉を開けて一人の少女が現れた。


 それは先程、幼いエリクと窓越しに手を振り会った少女。

 そんな少女が、扉の音に気付いて振り返る三人に声を掛けた。


「―ー……見事な負けっぷりね、クラウス!」


「!」


「なっ、俺は負けてないぞ!?」


「あら、見事な負けじゃない? 正面から頭をド突かれて倒されたんだから」


「そ、そっちじゃない!」


「いいじゃない。人は何回も負けて成長するんだから。負けを恥じる事は無いわ」


「こ、この……イタタッ!!」


「これ、たんこぶが出来ちゃうわね。それに顔も酷い殴られよう。治しちゃうわね?」 


 少女はクラウスの前まで歩み寄り、殴られた顔や頭を診てると掌を傷部分に当てる。

 そして小さく呟き、緑に発光した魔力が少女とクラウスを包んだ。


「―ー……『中位なる光の癒しミドルヒール』」


「!」


「……はい。これで治ったわよ。もう痛くないでしょ?」


「あ、ああ。……相変わらず、お前の魔法は凄いな。メディア」


「当り前よ。私は天才なんだから!」


「またそれか。聞き飽きたぞ、それ?」


「あら。それより、何か言う事はないのかしら? クラウス」


「……ありがとう」


「はい、よろしい」


 そう言い放つメディアという少女に、クラウスは微妙な面持ちを抱く。 

 それを微笑むように見る老人とゴルディオスは、それから宿に戻った。


 その時に少女は、老人に向けて声を掛ける。


「ねぇ、ログウェル。帝国に戻るの?」


「そうじゃな。二人の教育は三年という約束じゃったし、そろそろ戻るのが良いじゃろう」


「残念ね。あと十年も鍛えれば、クラウスは確実に聖人になれるのに」


「そうじゃな。儂も少し残念じゃよ」


「少しだけなの?」


「そうじゃよ。成長が楽しみな少年が、一人いたからのぉ」


「あら。ログウェルがそういうって事は、よっぽど強くなるのね。どっちの事なの?」


「戦わなかった、少年の方じゃよ」


「へぇ、あの子なんだ?」


「そうじゃよ。生きておればまた会えよう。その時には、存分に楽しむとしよう」


 そう言いながらログウェルは微笑みを浮かべると、メディアは呆れるように笑いながらもクラウス達の後を追い掛けて宿の階段を上る。

 それから数日後、老人と少年少女の四人組は王都から出て、帝国方面へ移動した。


 この時のエリクは、何も知らなかった。


 この時に出会った老人が、後に出会う老騎士ログウェルである事を。

 そしてワーグナーと対峙した金髪の兄弟が、ガルミッシュ帝国の王子であり、将来の皇帝と公爵だったことを。

 更に窓越しに手を振ったメディアと呼ばれる少女が、後に出会う少女アリアの母親である事を。


 この時のエリクは、何も知らなかった。

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