成長した傭兵達


 ――……王国の内乱から、七年の年月が経過した。


 幼かったエリクは十五歳になり、兄貴分であるワーグナーも二十四歳になる。

 二人は互いに顔付きと体格も成長し、ガルドの訓練で若手ながらも黒獣傭兵団の中核を担う程の実力を身に付けるに至った。


 その頃には団長ガルドは見た目の齢は五十を超え、主力だった団員達もそれに近しい年齢となる。

 そうした古株の団員達は、後進である若手を育てる側に立ち回って自分の技術を教え込む者や、依頼で得た金銭を元手に引退する者、そして別の商売を始めて傭兵団を去る者もいた。


 勿論、死んだ団員もいる。


 反乱領の討伐から各地に逃げた反乱領民達を始め、反乱に加わった傭兵や兵士が盗賊となり、各地で王国民を襲うという事件もあった。

 その中には貴族が贔屓にしている商人や、貴族自体を狙った事件も発生した為、王国の上層部は各地の傭兵団にそれ等を討伐するよう命じる。


 そうした事に黒獣傭兵団も狩り出され、盗賊に堕ちた者達を殺し、逆に殺されてしまう事もあった。

 更に各地で魔物や魔獣被害もあり、兵士の代わりにそうした雑事を処理するように任された傭兵団の過酷な仕事に、逃げる者や引退する者も多い。


 こうして年月が経つ中で傭兵団の面子も様変わりし、エリクとワーグナーを筆頭に若い面々から新たな傭兵達が加わった。

 しかしガルドは老いながらも団長を続け、黒獣傭兵団を率いている。


 そうして成長したワーグナーとエリクに、声を掛ける一人の少年がいた。


「――……兄貴達!」


「?」


「おっ、マチスじゃねぇか。どうした?」


 傭兵団の詰め所から出て行こうとする二人は、後ろから声を掛けた若者に声を掛けられる。

 それはマチスという少年で、エリクより少し年下ながら傭兵団の中で斥候を務める団員だった。


 マチスはこの一年前に団長ガルドに引き入れられ、傭兵団に加わる。

 斥候としての高い目と耳での察知能力、更に身軽な動きはエリクを上回るモノがある為、すぐにマチスを主力団員の一人としてガルドに選ばれた。


 エリク以来の逸材だったが、それでもエリクという前例がある為か、また斥候という役割の為なのか、マチスの印象は傭兵団の中では霞んでいる。

 それでも歳が近いエリクはマチスを弟分にされ、必然的にエリクの兄貴分であり世話役になっているワーグナーも巻き込まれ、この三人は一緒に組んで行動している場面は多い。


 そんなマチスが二人を呼び止め、出掛けようとする二人に尋ねた。


「こんな朝早くから、どっか行くんですかい?」


「ああ。兵士の詰め所にな」


「また依頼っすか?」


「らしいんだがな。情報が下りて来ないんで、おやっさんが確認しに行けってさ」


「へぇ。二人とも、すっかり団長の右腕と左腕っすねぇ!」


「ただの使いっ走りだよ。おやっさん、俺達ばっかりき使うんだもんなぁ」


「それだけ信頼されてるって事じゃないっすかね?」


「ははっ、そうだと良いんだがな」


 そう笑うワーグナーは、エリクを伴いながら傭兵団の詰め所を出て行く。


 今のエリクはワーグナーの身長を抜き、かなり逞しい巨漢となっていた。

 そして黒髪と黒服、更に焼けた肌と顎や頬にある傷のある顔立ちで、良く言えば歴戦の傭兵にしか見えず、悪ければ中年の年頃に見えなくもない。

 ワーグナーも七年前に比べて幼さや弱腰な態度は抜け、青年らしい鋭気と傭兵らしい厳つさが見え始めていた。


 今の黒獣傭兵団は、団長のガルドとこの二人が主軸となって機能している。


 二人より年上だった先達の傭兵達がほぼいなくなり、残っている者達も後進の育成に回ってしまった為、必然的に二人は今の傭兵団の中で戦歴と経歴を多く重ねていた。

 その実績から他の団員達も二人を認めており、実力的にエリクを、そして傭兵団のまとめ役としてワーグナーは期待されていた。

 

 そんな二人が大通りに向かい、王国兵士が事務的な事を行う詰め所へ向かう。


 時刻は朝で表通りを往来する人間は少なかったが、商売を始める為に人々が動き始める時間でもある。

 そうした中であの食堂の前を通り掛かった二人は、拙い木製の箒で店の前を掃除している女性が見えると、ワーグナーは軽く手を上げて挨拶を交わした。


「―ー……よぉ、マチルダ。おはようさん」


「あら、ワーグナー。それにエリクも、おはよう」


「おはよう」


「二人とも、こんな朝早くにどうしたの?」


「ちょっとな」


「また仕事?」


「みたいだな。最近、またどっかで魔物騒ぎがあったみたいだ。今回はそれ絡みの依頼じゃないかって、おやっさんが言ってた」


「そうなの。二人とも、気を付けてね」


「ああ。……あっ、そうだ。今日は昼飯、食いに行くから」


「ええ。今日のオススメは、豚肉ですってよ」


「そっか。じゃあ、厚い豚肉のステーキでも頼むかな」


 そう話しながら歩くワーグナーは、後ろ姿で軽く手を振る。

 エリクは軽く顎を引いて会釈し、マチルダに挨拶をして去った。


 この七年間で、ワーグナーとマチルダは交流を続けている。

 七年前の一件から関係も悪くなく、傭兵と食堂の店員という全く異なる職業にも拘らず、近い年頃の二人はこうしたやり取りを出会えばいつもしていた。

 特にワーグナーは金があれば食堂にエリクと共に入り、食事をする場合が多い。 

   

 しかしワーグナーはそれ以上の事でマチルダに接しようとはせず、またマチルダも顔見知りの客としてワーグナーに接し、二人の関係に変化は何も無かった。


『―ー……いつ死ぬかも分からない人殺しの傭兵が、真っ当に生きてる奴に深く関わるモンじゃねぇのさ』


 以前にそう言う事を話していたワーグナーの言葉に、現在いまのエリクは思う。

 二人の関係が進まなかったのは、互いに生きる世界が別なのだと分かっていたからだろうと。

 

 片や傭兵、片や食堂の店員。

 どちらも職や立場が違い、そして過去の経験で互いの世界に踏み込めず、今の変化の無い関係に至ってしまっている。

 それをワーグナーもマチルダも理解しており、互いに今以上の関係になろうとしない。

 恐らく、互いに何かしらの情を抱いていたとしても。


 そうした事を察せられない過去のエリクは、いつものようにワーグナーと仕事の依頼を受けに向かった。

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