悪戯の運命
ベルグリンド王国内の内乱は、王都から出た討伐軍の勝利で終わる。
しかし降伏した反乱領の伯爵当主を捕らえた後、反乱領内に討伐軍は留まっていた。
そんな中、雇われていた傭兵団は反乱領の村々から外れた場所で野営し、数日後に各拠点へ戻るよう伝えられてしまう。
それに対して黒獣傭兵団の団長ガルドを始め、生き残っていた傭兵達は特に何も言わず、戦場で拾い集めた武具などの戦利品と共に、伝令を伝えた兵士から金銭を受け取った後、帰路の準備を整えていた。
その面々に対して、不満そうな表情を漏らす青年ワーグナーはガルドに尋ねる。
「――……おやっさん。なんで俺等だけこんな……」
「不貞腐れるなよ。こりゃ、いつもの事だ」
「いつものって……」
「雇った傭兵は、戦争以外には必要が
「そんな……!!」
「それにお前等は、あの領地で起こってる事を見ないほうがいい」
「え……?」
「俺等も胸糞が悪いし、さっさと金だけ貰って戻るさ。……ほれ、お前も帰る支度しろ! 戦場で拾った武具は洗って拭いて、再利用するなり鉄にして売るなりするんだからな」
そう言い放つガルドにワーグナーは抑えられ、そのまま傭兵団は身支度を整える。
それは他の傭兵団も一緒であり、それぞれが戦場で拾った物を戦利品として持ち帰り、雇われた金銭とは別に再利用や売り払う予定で荷物を持てるように支度を整えていた。
今回の戦争で、黒獣傭兵団の団員は六名が死亡した。
一名は最前線突入時の矢の襲来で胸に撃たれ、二名はその時に怪我で動けないまま味方の重装歩兵に踏まれ、三名は突入後の乱戦で死んだ。
その死者の中には長く傭兵団の中にいた団員もいたようで、それがガルドの機嫌と気性を重くさせている理由でもある。
ガルドに指示されたワーグナーやエリクも、血が付いた武具を近くの川で洗い拭き、背負う形で持ち運べるようにした。
数日後、黒獣傭兵団はガルドに率いられて王都への帰路へ赴く。
重い荷物を歩く団員達は、来た時よりも速度を緩めながら帰路を歩く。
普通の徒歩移動で十日以上掛かる道は、戦争での精神的・肉体的疲弊を拭い切れていない団員達の足を重くさせ、来た時以上の休憩を設ける事が多かった。
山中で夜営している傭兵団は、途中で狩った野兎や野鳥の肉を焼いて食べる。
その時、エリクの耳はある音を捉えた。
「――……!」
「ん? どうした、エリク」
「……なにか、きこえた」
「なにか?」
「むこうから」
エリクが肉を食べる手を止めて山の森を見ている時、隣で食べていたワーグナーが尋ね聞く。
その聴力は傭兵団の中でも突出した能力だと知っていたワーグナーは、それを団長であるガルドに伝えた。
「おやっさん!」
「んぐっ、なんだ?」
「エリクが、なんか向こうから聞こえるって」
「何か?」
ワーグナーの言葉を聞いたガルドは、音が聞こえる方を見るエリクに気付く。
すると焼いた野兎の肉を齧りながら、ガルドはエリクに歩み寄った。
「エリク。魔物か魔獣か?」
「……ちがう」
「じゃあ、なんだ?」
「ひとの、こえ」
「人だと?」
「よろいのおとも、きこえる」
「!!」
エリクが人と鎧の音を聞いたと告げた時、ガルドは他の団員達に向けて視線と身振りを見せる。
団員達はそれに気付くと、焚火に土を被せて素早く消し、全員が自分の武器を持って態勢を整えた。
それに動揺するワーグナーは、疑問の声を漏らしながらガルドを見る。
「えっ、え……?」
「ボサっとすんな、ワーグナー。お前も武器を持て」
「え……!?」
「人と、鎧の音。つまり向こうは武装してるって事だぞ」
「……っ!?」
ワーグナーは静かに伝えるガルドの言葉を理解し、自分も急いで置いている弓と矢を取りに行く。
この傭兵団以外に人が存在し、それが鎧を着て山中にいるということは、高い確率で向こうは武器を持っているということ。
戦争帰りの傭兵団を狙った野盗の類か、あるいはここから近い反乱領から逃げ出した傭兵か兵士の逃亡兵か、敵になり得る勢力は多く考えられる。
それを咄嗟に判断し指示したワーグナーは、音を聞いているエリクに再び尋ねた。
「敵の数は?」
「……かずって、なんだ?」
「しまった、数の数え方も教えてなかったか……。……向こうの方なのは、確かか?」
「ああ」
「近いか?」
「……そんなに」
「遠いってことか。……向こうはこっちを目指してるのか?」
「……した、あるいてる」
「下を降りてるってことか。……よし、エリク。俺と一緒に来い」
「わかった」
「向こうの様子を、エリクと探って来る。お前等は警戒しながら、ここから離れる準備をしとけ」
そう団員達に命じるガルドは剣を持ち、エリクが見ている方へ静かに駆け出す。
それにエリクは付いて行くと、瞬く間に二人は野営場所から離れた。
そして闇夜の効くエリクの視覚と聴覚を頼りに、ガルドは音が聞こえる場所へ赴く。
時間的には数分の時間を駆けると、ガルドの耳にもエリクが聞いていた音が聞いた。
それは確かに鎧によって鳴る足音であり、それが複数。
少なくとも三名以上の鎧を着た者が、森の中を駆けていた。
それと同時に別の音も、ガルドは耳にする。
「――……キャアアアッ!!」
「!」
「――……誰かぁ! 誰か助けてぇええ!!」
「……ッ」
エリクが気付き、ガルドにも聞こえた声。
それは女性の悲鳴であり、ガルドはそれに気付いて表情を強張らせる。
エリクはそれに気付いたが、二人は足を緩めずに走った。
二人が向かう先には、山中を超えようとしていた荷馬車がいた。
しかしその荷馬車を引いていた痩せ細った馬は喉元を斬られ、地面に横倒れている。
そして倒れ荒らされた荷馬車の近くには、年配の女性が血を流して倒れていた。
更にその先を数百メートル、十代半ばの若い娘が必死に駆けている。
その後ろからはエリク達が聞いている金属音が鳴り響き、更に揺らめく松明の光が追いかけて来る。
それから逃げるように、その娘は走っていた。
しかし暗闇の中を走る中で、木の根に躓いた娘は倒れる。
更に倒れた時に足も捻って挫いたようで、必死に起き上がりながらも痛みで走る事が出来ない。
そんな娘に松明の光が追い付き、軽装ながらも鎧を着た四人の男達が姿を現す。
「……手こずらせやがって……」
「ひっ」
「反乱を起こした領民のくせに、逃げようとするからこうなるんだぜ」
「恨むんなら、お前等の領主様を恨みな」
そう言いながら男の一人が剣をチラつかせて見せる。
その剣には血が付着しており、それが誰の血かを娘は察した。
それは反乱領から共に逃げて来た母親の血であり、娘は自分の母親が目の前の男達に殺された事を察する。
それを恨むように鋭く憎々しい表情を向けていた娘の顔が松明の光で晒された時、男の一人が呟いた。
「……なかなか可愛い面してるぜ、お嬢ちゃん」
「!」
「おっ、マジだ」
「いいねぇ。今すぐ殺すのは惜しいぜ」
「……へへっ」
男達は娘の顔と体を見ると、舌舐めずりをしながらニヤけた表情を見せる。
その男達の表情に嫌悪を抱いた娘は男達が考える事を察し、挫いた右足で更に逃げようと体を動かそうとした。
しかし娘はすぐに男達に追い付かれ、肩と腕を引かれて地面へ押し倒される。
その時に娘は表情を歪め、必死に叫び声を上げた。
「キャアアアッ!!」
「捕まえたぜぇ」
「だ、誰か! 誰か助けてぇええ!!!」
「うるせぇぞ!!」
「アッ、グ……」
「ここには、俺達しかいねぇよ」
「それとも、親みたいに殺されてぇか?」
「ひ……っ」
倒れた娘は男の手で顔を地面へ押し付けられる。
そして男の一人が血の付いた剣を娘の頬に近付け、両親の血が付いた剣を軽く当てた。
娘は剣の刃から伝わる冷たさと、まだ母親の暖かみが宿る血を当てられながら、嫌悪と恐怖の表情になる。
そして男の一人が短剣を持ち、娘が纏う服を大雑把に掴みながら斬り始めた。
力強い男達に抑え込まれた娘は、抗う事が叶わずそのまま身包みを剥がされる。
絶望と恐怖を宿し、男達の下衆な笑い声に涙を浮かべる娘は、自分の舌を出して歯で自分の舌を噛み切ろうとした。
その時、一つの影が暗闇から飛び出す。
その影が持つ何かが男達が置いた松明で僅かに輝いた瞬間、外側に居た一人の男の喉元を切り裂いた。
「……あぇ?」
「!?」
喉を割かれた男は何が起こったのか理解できないまま、喉から血を流して倒れる。
男達は仲間の一人が倒れた事に気付き、驚愕しながらも何が起こったのか把握できずに慌てふためいた。
「な、なんだ!?」
「なにが――……え……?」
そう慌てた男の一人が血の付いた剣を握り構えようとした時、その右手首を別の鉄剣が斬り飛ばす。
自分の右手首が無くなった事を呆然としていた男が絶叫するより早く、同じように喉元が切り裂かれた。
「な――……!?」
「――……クソ共が」
娘を組み敷いていた男が立ち上がった瞬間、その横から男が知らない声が響く。
そちらを見ようとした瞬間、男は剛腕で薙がれた剣の刃に襲われ、その首が飛んだ。
瞬く間に三人の軽装鎧の男達が首と喉を斬られて死ぬと、何が起こったのか分からない娘は唖然としながら身を起こす。
そして新たに暗闇から現れた二人組の男達に、怯えを含んだ表情と視線を向けた。
「……ヒッ!!」
「……」
「エリク、他にいるか?」
「いや」
「逃亡の追っ手にしちゃ、少な過ぎる。別動隊がどっかにいるはずだ」
「?」
地面に落ちた松明の光で、娘に声を掛けた男の顔が晒される。
四十代前後で白髪が含まれる短剣を持った壮年の男と、長剣を持った若く逞しい体格の男が娘の前にいた。
若い男をエリクと呼ぶ
「おい」
「ぁ……」
「コイツ等は追っ手の下っ端だ。別に本隊がいるはず。ここからすぐに離れなきゃ、危険だぞ」
「……あ、貴方達は……?」
「名乗る程の
そう言いながら壮年の男性は身に纏う黒いマントを外し、服を割かれた娘に渡す。
娘は呆然としたままそのマントを受け取り、次第に状況を把握して呆然とした表情ながらも再び涙を流し始めた。
「ひっ、ク……ッ。ぐ、す……」
「……むこうから、おとがする」
「同じか?」
「ああ」
「おい。他に一緒に逃げて来た奴は?」
「ぁ……。母さんが……。でも、そいつ等に……」
「そうか。……仕方ねぇな。どうする?」
「え……?」
「このままここで座ってるか。それとも俺等と一緒に逃げるか。選びな、お嬢ちゃん」
「……でも、お母さんが……」
「諦めろ」
「そんな……」
「時間が無い。このまま逃げるか、奴等に捕まるか。選べ」
そう迫る壮年の男性に、娘は表情を沈めながらも悩む。
しかし十数秒の沈黙を過ぎると、娘は立ち上がりながら話した。
「……一緒に、行きます」
「よし。……足は?」
「……痛くて、うまく歩けなくて……」
「そうか。仕方ねぇ、エリク」
「?」
「この嬢ちゃんを担げ」
「わかった」
そう命じられたエリクは素直に従い、足を挫いた娘を担ごうとする。
しかしその担ぎ方が猪や魔物を持ったような担ぎ方をしようとした為、結局はガルドが娘を背中に担いでその場を離れた。
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