失った者達
王都での帰路で、黒獣傭兵団の団長ガルドと幼いエリクはとある娘を助ける。
その娘を連れて戻ったガルドを見た団員の幾人かは、背負うその娘を見て事態をある程度は察する。
逆に察せられず疑問を浮かべる団員もいる中で、緊急で出立準備を整えている姿を目にしたガルドは短く告げた。
「――……この山から下りるぞ。急げ」
「えっ」
「おやっさん。どうしたんです? ……その、背負ってるのは……?」
「つべこべ言うな。巻き込まれん内に、ここから離れるぞ」
「え……?」
「エリク、俺の荷物を担げ。俺がこの娘を担いで行く」
「わかった」
夜の出立を指示され疑問を浮かべる団員達を他所に、エリクに短く命じたガルドは娘を背負ったまま団員を引き連れて山を下りた。
そして山を下りて十数分後、団員の一人が自分達が下りた山を見る。
すると山の中には幾多の明かりが灯り、夜に似つかわしくもなく騒がしい様相を見せていた。
「おやっさん、あれって……」
「反乱を起こした領から、逃げた領民を狩ってるんだ。討伐軍がな」
「!?」
「立地的に、この山を越えんとあの領地から遠ざかれないからな。逃げた領民がここを越えようとするのを邪魔する為に、討伐軍の奴等が狩ってやがるんだ」
「あれが……。じゃあ、その娘は……」
「逃げて来た領民の娘だろうぜ」
「そ、それってマズいんじゃ……?」
「だから逃げてるんだろうが。……それに下手すると、俺等も逃亡傭兵だの野盗だのなんだのケチ付けて、山狩りしてる連中が襲って来たからもしれん。面倒事になる前に、逃げるのが正解ってもんだ」
そう話すガルドの言葉に、幾人かの団員達は納得しながら頷く。
そしてまだ若く経験も浅い団員達は、そう説明されて初めて自分達が陥っていた事態を把握した。
領民が逃げ越えようとする山の中で野宿している、武装した集団。
一見すれば明らかに傭兵だったが、討伐軍はその山に逃げ込む連中を狩るように指示されて関係上、必ずその傭兵達も狩る対象となるだろう。
例え傭兵側が傭兵団の名前と所属領地を口にしても、命じている相手の地位次第ではそれすら問答無用で狩りの対象として兵士達が定めるかもしれない。
それを予測したガルドは、こうして傭兵団を率いて急いで山を下りる事を選択した。
この時、その山の中に入っていた他領地の傭兵団が山狩りに襲われていた。
その事実が傭兵の情報網として伝わった時、若い団員達は戦慄した面持ちを抱いてしまう。
黒獣傭兵団は身を顰めながら山を下り、重い荷物を担いで疲弊を拭えぬまま慌ただしい帰路を歩き続けた。
そして十日後の夕方頃、黒獣傭兵団は王都へ帰還する。
特に派手な出迎えも無く、血生臭さと刺激臭を漂わせながら王都の門を潜った傭兵団は自分達の詰め所まで戻った。
その中には助けた娘もおり、王都まで連れて来たガルドは疲れた様相を隠さずに伝える。
「――……ここが、俺等の根城だ」
「……」
「とりあえずは、しばらくここで休め。……俺も疲れた。そっからの話は、起きてからだ」
「……」
ガルドはそう言いながら戦利品を倉庫に置き、疲弊した様子で自分の寝部屋に向かう。
その時、近くにいたワーグナーとエリクにガルドは視線を向けながら話し掛けた。
「おい、ワーグナー。エリク」
「……は、はい?」
「?」
「その娘、今日はお前等の
「……えっ!? ちょっ、おやっさん!?」
「うるせぇな。んじゃ、任せたぞ」
慌てるワーグナーを無視するように、ガルドはそのまま詰め所にある自分の部屋に向かう。
そして他の傭兵達もそれぞれに自分の寝床に向かい、ワーグナーとエリクは取り残される形で娘を見た。
「あ、ああ。えっと……」
「……」
「……」
「……おやっさん、無茶振りが酷いっすよ」
兄貴分としてエリクの面倒を見ていたワーグナーは、新たに加わった娘の面倒に困惑しながらも疲労の溜息を漏らす。
ワーグナーは仕方無く倉庫に置いてある埃で少し汚れた布を取り出し、埃を払いながら自分達の部屋に向かい、粗末ながらもそれなりに簡素で整えられた部屋に娘を案内した。
「ええっと、ここが俺達の部屋ね」
「……」
「狭いだろ? 本当は一人部屋なのに、俺等が入ってるからさ。……と、とりあえず雑魚寝だから、この布を敷いて寝よう。君も疲れてるだろうし、俺等も疲れてるからさ」
「……」
ワーグナーは娘に毛布を手渡し、自分が使う敷き布を取り出して部屋の隅に引いて雑魚寝に入る。
エリクもそれを真似るように布を取り出すと、ワーグナーと同じように床に敷いた布の上で寝そべった。
虚ろな目を露わにしていた娘は、横になった二人を見て部屋の隅に移動する。
そして二人と同じように敷き布を床に置き、壁の方を正面に向きながら横に寝そべった。
それを見届けたワーグナーは軽く溜息を吐き出し、エリクの方を見る。
エリクもそれなりに疲弊していたのか、横になって秒単位で目を閉じ、既に寝息を漏らしながら寝ていた。
ワーグナーはそれに呆れながらも頭を掻き、そして自分も目を閉じて寝る。
しかし一時間程で、ワーグナーとエリクは目を覚ます事となった。
それは狭い部屋の中で響いた、悲鳴を聞いたからだ。
「――……キャァアッ!!」
「!!」
「な、なんだ!?」
悲鳴を聞いた二人は飛び起き、そして娘の方を見る。
娘も同じように上半身を起こし、呼吸を乱しながら涙を浮かべて恐怖する表情を浮かべていた。
自分達が聞いた悲鳴がその娘の声だと気付いたワーグナーは、寝起きの呆けた意識で娘に話し掛ける。
「お、おい。だいじょ――……」
「ひっ!?」
「え?」
「こ、来ないで!!」
声を掛けられた娘はワーグナーに気付き、怯えた声と共に拒絶するように離れていく。
そして這うように壁際に背中を当てて遠ざかった娘に、ワーグナーは寝呆けた意識を僅かに目覚めさせ、幾らかの状況を察した。
「……あぁ、悪い夢でも見たのかよ」
「……」
「はぁ……。勘弁してくれよぉ……」
涙を浮かべる娘を見ながら、ワーグナーも弱音に近い声を漏らす。
そんな二人を見ていたエリクは、敵が襲って来たわけではないと察し、そのまま横になって再び瞳を閉じた。
そんなエリクを恨めしそうに見るワーグナーは、仕方なく視線を娘に向ける。
そして自分を見て怯える娘に向けて、ワーグナーは話し掛けた。
「……あんた、名前は?」
「……」
「俺はワーグナー。この傭兵団で雑用……じゃない、傭兵をしてる」
「……」
「あんた、歳は俺とそんなに違わないよな?」
「……」
「黙ってないで、何か言ってくれよ。……何も言わないなら、俺も寝直すぜ」
返答しない娘に、軽く首を横に振りながらワーグナーは溜息を吐いて寝直そうと身体を横へ傾ける。
その時、娘は怯えながらも声を発した。
「……ここ……」
「ん?」
「……王都?」
「ああ、そうだぜ」
「……貴方達、王都の傭兵……?」
「ああ」
「……ッ」
そう答えるワーグナーの言葉に、娘は歯を食い縛りながら表情を強張らせる。
娘は震える身体で立ち上がると、狭い部屋でワーグナーに歩み寄った。
それを見上げていたワーグナーは、突如として娘に平手打ちを受けてしまう。
「な……!?」
「……人殺し!!」
「!!」
「アンタ達が攻めて来たせいで、みんな死んだ!!」
「!」
「お父さんも、お母さんも!! みんな、みんな……ッ!!」
「……」
「返してよ……。返してよ!!」
娘はそう言いながら再び手を上げ、ワーグナーの顔に平手打ちを放とうとする
それを今度は手で掴み防いだワーグナーは、その悪態に言い返した。
「……こっちだって、お前等が起こした内乱のせいで、仲間が何人も死んだんだ!!」
「!」
「今回の戦いで死んだ中には、おやっさんと長い付き合いの団員もいた!! 俺も何度も世話になってた人だった!!」
「……ッ」
「他の死んだ人等だって同じだ!! お前等が内乱なんて起こさなきゃ、死ななかったんだ!!」
「それは、領主様が勝手に!!」
「そんなの知ったことじゃねぇよ!!」
「ッ!!」
「俺等も依頼されて、命じられて、殺されるかもしれない最前列に並ばされて、そして戦わされて、なんとか生き残ったんだ!!」
「私の、私のお父さんだって、戦ったのに!! なのに……」
「……そうか。あの戦いで、あんたの親父さんも……」
口論を交え始める中で、泣き崩れる娘を見てワーグナーは察する。
自分達が戦ったあの戦場に、彼女の父親も死んでいる事を。
その戦いに加わっていたであろう王都の傭兵団に恨みを向け、更に母親を王都から来た討伐軍の兵士に目の前で殺された娘が自分達を恨むのは当たり前だと思いながらも、ワーグナーは浮かない表情を浮かべながら呟いた。
「……親が死んで泣けるなんて、羨ましいな」
「ッ!!」
「俺は、母親に捨てられて、酔っぱらった親父に殴られ続けてた」
「!」
「俺は、そんな親が死んでも、泣けないと思う。……あんたの親が、あんたにはちゃんとした親だったんだなって、羨ましいと思うぜ」
「……ッ」
「この傭兵団は、俺みたいな人達がいっぱいだ。おやっさんに拾われたり、どうして生きていくか分からない連中がこうして集まって、身を寄せ合って傭兵団をしてる」
「……」
「そこで寝てるエリクにしたって、まだガキなのに両親を知らねぇし、言葉もほとんど分からないくらいだ。……今の王都は、そんな連中が下で溢れ返ってるのさ」
「……」
「そんな俺達が生きていく為には、自分の命を賭けて、金を稼ぐしか無い。……あんたの親父さんがいた戦場も、その一つだっただけだ」
「……でも……ッ」
「でも、もし何かが違っていれば。あんたの親父じゃなく、俺やエリクが、そしておやっさんが、ここの
「……」
「だから多分、そうなって俺だけが生き残ったら。俺はきっと、あの領地にいるあんた達を恨むだろうな。……だから今のあんたが怒るのも、なんとなく分かるさ」
「……ぅ……うぅ……ッ」
ワーグナーは初めての戦争を振り返り、そして考えながら伝える。
もし自分だけが生き残り、自分に残った全てを奪われたら。
団長ガルドや仲間の団員達、そして初めて出来た弟分のエリクを失う恐怖は、今のワーグナーには耐えられなかった。
あの時のワーグナーは前に駆け出したエリクを命懸けで追い、援護する為に矢を放つ。
エリクという弟分を失わない為に、自分の日常の一つを、奪われない為に。
だからこそ、全てを失った境遇にワーグナーは自分を重ね、そうした行動になる娘に納得する。
それを語り伝えると、娘は涙を再び流しながら顔を伏せた。
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