内乱の終結


 反乱領軍と討伐軍が衝突する最前線で、エリクは団長ガルドに指示されて鎧を着て指揮する敵兵士に向かい、混戦の中を走り抜ける。

 九歳に思えぬ体格と脚力で混戦の中を走り抜け、幾多の死闘の中を掻い潜りながら敵陣地を突破し、鎧を着た敵兵士がいる場所にエリクは辿り着いた。


 一際厚い鎧を着た兵士が軽装鎧の部下達を周囲にはべらせながら何か何かを話し、混戦の中で自陣の兵士や傭兵達に指示を飛ばしている。。


 それを見て確認したエリクは、身を低くしながら鎧を着て指揮している兵士に向かって駆け出した。

 それに軽装鎧を着た兵士の一人が気付き、叫ぶように指揮する兵士に伝える。


「兵長!!」


「!?」


「アレは、敵の傭兵か!? 一人で突破しただと!?」


 武器を持ち走り近付くエリクが自陣の傭兵ではないと気付き、軽装鎧の兵士達がそれぞれに武器を構える。

 そして一人の兵士が剣を構えながら走り、エリクに襲い掛かった。


「うぉおッ!!」


「!」


 エリクは振り被り降ろされる剣を視界で捉え、紙一重で左側に身を捩りながら回避する。

 その体勢と間合いでは剣を振れないエリクは、身を捩りながらも左腕の肘を兜を着た敵傭兵の後頭部に殴り付けた。


「グ、ハッ!?」


 剣を振り下ろした体勢で後頭部に衝撃を受けた兵士は、そのまま地面に突っ伏すように上半身を倒す。

 兜で斬撃や打撃をある程度は防げても、それによる衝撃を防ぎ切れるわけではない。

 揺れる脳と意識を立ち上がれない兵士を無視するエリクは、体勢を戻して敵兵長に走り出した。


「や、奴を殺せ! 全員でだ!!」


「ハッ!!」


 エリクの凄まじい身体能力を見た敵兵長は、目の前に迫る相手が普通の傭兵ではないと即断する。

 そして周囲にいる他の部下達に命じ、接近するエリクと相対させた。


 一人の兵士がエリクの正面に立ちはだかり、左右を挟むように二人の兵士が囲む。

 三方から敵兵士に阻まれたエリクは立ち止まると、兵士達は三人同時に襲い掛かった。


「死ねッ!!」


「おぉおッ!!」


「はぁあッ!!」 


 全員がそれぞれに殺意を放ちながら剣を振り、エリクに迫る。

 それに対応するエリクは素早く左右へ視線を動かし、左側の兵士に向けて駆け出した。


「!?」


 エリクは正面と右側から迫る兵士が振る剣の間合いから外れ、逆に左側の兵士の間合いに自ら近付く。

 そして左側の兵士が振り下ろす剣を自身の右手で握る剣で薙ぎ払い、凄まじい速度と衝撃で兵士の剣を弾き飛ばした。


「な……なにぃ!?」


 剣を弾き飛ばされた兵士は驚愕し、剣を握る腕に痺れを生じさせる。

 その僅かな動揺の隙を狙い、エリクは一歩分の跳躍をしながら薙いだ剣の柄で兵士の左側頭部を叩き付けた。


「ガッ、グ……ッ」


 凄まじい膂力と衝撃で兜の上から殴られた兵士は、そのまま右側へ倒れ込む。

 先程の兵士と同じように気絶に追い込んだエリクは振り返り、残る二人の兵士と向かい合った。


「こ、こいつ……」


「強い……」


 瞬く間に仲間の兵士を倒した光景を二度も見た兵士達は、目の前のエリクが尋常ではない敵だと察する。

 そして警戒しながらエリクとの間合いを一定に離し、兵長を守れる位置へ回りながらエリクを再び阻んだ。


 深く踏み込まない兵士達によって、僅かな時間ながらも状況が膠着する。

 そしてエリクは隙を見せない兵士達に対して、踏み込んで相対そうとした時。


 エリクの後方やや左側から一本の矢が飛び、阻む左側の兵士の右腿にそれが的中した。


「グ、ァアッ!?」


「エリク!!」


「!」


 矢が膝に命中した兵士は崩れ、その場に倒れ込む。

 目の前の敵に矢が突き刺さり、更に混戦の怒声が飛び交う中でエリクは声を聴いた。


 その声が自分の知る青年傭兵ワーグナーの声であり、矢は彼が持っていた弓による攻撃だと察したエリクは、振り向かずにもう一人の兵士に襲い掛かる。

 矢で崩れた兵士に注目していたもう一人の兵士は、近付き襲おうエリクに気付くのが遅れながらも剣を振った。


 それを見極めて踏み込みを留めて紙一重で回避したエリクは、横へ振り隙だらけとなった兵士に向けて左拳を握り、そして顔面に拳を撃ち放つ。

 殴られた兵士は表情を歪めて鼻や口から流血し、そのまま後ろへ倒れ込んだ。


 阻んでいた兵士達は全て倒れ伏し、ついに兵長を守る者はいなくなる。

 その兵長に視線を移したエリクに対して、兵長は怯えを含んだ目を向けながらも、防具の下で冷や汗を流しながら震える手で剣を引き抜き、そして構えた。


「……たった、たった一人に……こんな……」


「……」


「う、うわぁああッ!!」


 エリクが歩み寄る為に足を踏み出した瞬間、兵長は怯えながらも剣を握りながら走り、雄叫びを上げながら剣でエリクの顔面を突いた。

 しかしエリクは首を傾けてその突きを回避し、更にその動きを利用して身体を捩り、横に振りながら兵士が纏う腰部分の鎧の隙間を狙う。

 

 そして右手に持つ剣を隙間に沿うように薙ぎ、エリクは敵兵長の腰回りを斬った。


「あ、ぃぎ……ッ」


 兵長はそのまま腰部分から夥しい流血をしながら剣を手放し、痛みに苦しみながら着られた部分を手で押さえながらも後ろへ倒れ込む。

 エリクはガルドに指示された事を達成し、次はどうするかを考えようかとした。


 その時、エリクは混戦の怒声が響く中で、倒れながら血を流す敵兵長の声を聴く。

 それに気付いて視線を向けたエリクは、腰から血を流し吐血しながら涙を流す兵長の顔を見た。


「……い、やだ……。死に……たく……ない……」


「……」


「マル……チナ……。マーサ……。とうさん……かならず、もど……ごふぉっ、がはっ……」


 敵兵長はそう言いながら更に吐血し、次第に瞳から生気が薄れる。

 エリクに斬られた傷は致命的であり、僅かに腰回りが内臓の一部と皮で繋がっているだけ。 

 助かる可能性は皆無であり、それは今まで何度も魔物を仕留めて来たエリクでも理解できた。


 しかしその兵長は生を諦めず、涙と血を流しながらも必死に意識を手放そうとしない。

 それでも三十秒ほど経つと、その兵長は声を発しなくなり、瞳から生気を失い、腰の傷を抑えていた手に力が入らなくなった。


「……」


「……」


 自分が殺したその兵士の姿を見て、何故かエリクは思い出す。

 自分と一緒に暮らしていた老人が、病で衰弱して死んだ時の姿を。


 その兵士の死を見届けてしまったエリクは僅かに硬直していた時、周囲の状況はまた動き出していた。

 指揮をしていた兵長が死んでいる事に気付いた敵反乱領軍の傭兵達が、状況の不利を察して逃亡し始める。


「こいつぅぅうう!!」


 そんな中で兵長を倒したエリクを襲おうと、一部の敵傭兵達が逃亡がてらに襲い掛かって来た。

 それに気付くのが遅れたエリクは、振り返り飛び避けるように敵傭兵達の攻撃を回避する。

 それでも迫る傭兵達を見ると、エリクは剣を振り弾き、先程と同じように敵傭兵の防具が無い部分を斬り割いた。


「ギャァァアアッ!!」


「このガキィ!!」


 斬った傭兵が絶叫を上げて倒れる中で、更に別の傭兵が迫る。

 エリクはその傭兵が振り下ろす剣を同じように弾き飛ばす事に成功したが、自分の剣も刃が折れてしまった。


 エリクは咄嗟に折れた刃で突き、前に居た敵傭兵の首を刺し貫く。 

 折れた剣は刺さったまま離れ、その傭兵は苦しみながら後ろへ倒れ込む。

 しかしまた、別の傭兵が襲い掛かって来た。


 武器を失ったエリクはそのまま飛び避けるしかなく、自分を狙う周囲の傭兵達が一斉に襲い掛かる。

 その時、エリクは視線を動かしてある光景を目にした。


 他の傭兵達が自分の武器を失った後、地面に落ちている敵や味方の武器を拾い、そして使っている。

 それを見て学習したエリクは、自分も同じように周辺に落ちている武器を探した。

 そこで自分が倒した兵士の剣が落ちている事に気付き、エリクはその近くまで飛び転がりながら近付く。

 そして剣を拾い握ると、襲い掛かる傭兵達の剣を弾き飛ばし、先程と同じように防具の隙間を突いて薙ぎ斬った。


 こうした戦いを十数分近く、エリクは続ける。 

 そして敵陣地の最前列で指揮していた兵長を失い統率できず、味方の傭兵達が散り散りに逃亡し始め、ついに反乱領軍の最前線が崩れた。


 更に隊列を組んだ討伐軍の歩兵達も最前線に到着し、盾と槍を大きく前へ突き出しながら前進する。

 敵反乱領軍の左翼の前線は崩れ、ついに壊走染みた撤退を始めた。


 反乱領軍は戦線の崩壊と共に撤退を始め、討伐軍の本陣はそれを追うように侵攻する。

 最前線を任せられていた傭兵達の多くはその侵攻にはついて行かず、その侵攻を避けるように疲労と負傷でその場に留まった。


 王国の討伐軍が戦闘で犠牲にした傭兵の数は、凡そ百五十名。

 反乱領軍は五百名以上の傭兵を失い、更に撤退時の追撃によって兵士を二百名以上も失ったとされる。


 撤退した反乱領軍は領地にある砦に籠城したが、討伐軍に囲まれた状態で補給が出来ず、残る二千名の兵士を養うだけの兵糧を賄えず、一ヵ月程で内部から瓦解し、多くの脱走者を出した。

 戦力を維持できず、また兵糧攻めの策を講じられてしまった反乱領軍は、ついに討伐軍に対して降伏する。


 こうして、エリクの初陣となったベルグリンド王国の内乱は終結した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る