集合


 老執事に案内されるエリクは、医療部として設けられた区画を移動する。

 そこは基地施設内に居た民間人と呼べる者達が収容され、尚且つ傷を負った者達が治療を受けている場所でもあった。


 そして大きめの天幕に案内されると、そこに居た者達を見てエリクはささやかな驚きを抱く。


「!」


「――……あっ、さっきの……えっ、エリオ!?」


「えっ!?」


「おい、エリオだぜ!」


「お前、いったい何処に行って……うわっ!? なんでお前、ボロボロなんだよ!?」


「そっちもザルツヘルムの野郎に嵌められてたのか!? だからいなかったのか……」


 天幕の中にいたのは、エリクと同期入隊した訓練兵達。

 それぞれが怪我の治療を受けた後が見え、入って来たエリクに気付いて声を掛けて来た。

 そんな状態にある訓練兵達に対して、エリクは表情を強張らせて訊ねる。


「お前達、どうしたんだ?」


「ザルツヘルムの野郎が俺達を嵌めて、キメラだかの実験相手にさせられたんだ」


「そうか。……グラドは?」


「グラドは……」


 周りを見てグラドの事を訊ねたエリクに、訓練兵達は言葉では無く視線を向けた先で答える。

 訓練兵達が囲むように集まって見ていたのは、簡易組立式の寝台で寝かされているグラドだった。


 手足や胴部分全体に添え木と共に包帯が巻かれ、体が動かないように固定されている。

 他の訓練兵達よりも明らかな重傷具合を見て、エリクはグラドに近付いて話し掛ける。


「グラド」


「――……よぉ、エリ……オ……か?」


 エリクが名前を呼ぶと、グラドは少し遅れて返事をする。

 右目だけを開けてエリクの顔を見たグラドは、苦しそうな声を漏らしながら息を乱した。

 そんなグラドに代わり、他の訓練兵達がグラドに起こった経緯を話す。


「グラドは最後まで戦ったんだ。でも、デカいキメラの手で握り潰されて……」


「腕も足も、身体中の骨が折れちまって……。背骨も……」


「ここにいる、回復魔法の使い手じゃ……」


 訓練兵達の悔しさと諦めが篭る鈍い表情と声を聞き、エリクはグラドの受けた傷が致命傷である事を悟る。

 骨の損傷具合が酷く、各兵団に所属する回復魔法の使い手では完治を望めぬ程の重傷のグラドは、もはや戦う事は愚か、立つ事さえ望めない状態へとなっていた。


 本来であれば死ぬはずの状態でなんとか息を留めているのも、訓練兵達と回復魔法師達の治療の結果だろう。

 しかし兵士として致命的な状態であり、グラドは二度と戦えない身体となってエリクと再会した。


「……ヘマ、やっちまったぜ……」


「……ッ」


「せっかくお前が、忠告してくれてたのになぁ……」


「……すまない」


「お前のせいじゃ、ないだろ? ……それより、相方は?」


「……?」


「お前の、相方だよ。……ちゃんと、連れ戻せたか?」


「……ああ」


「そうか。……今度は、手放さないようにしろよ……。大事なんだろ……?」


「ああ」


 グラドは痛みを堪えながらもそう話し、エリクは拳を握りながら答える。


 訓練兵達の陥った状況にエリクも加わっていれば、キメラ達と相対したとしてもこれほど酷い状態にはならなかったかもしれない。 

 その後悔にも似た一つの選択肢と予想結果がエリクの中に浮かび、首を僅かに横に振ってその考えを否定した。


 再会を果たした訓練兵三十一名を他所に、老執事は天幕の奥へと入り、そこから二人の人物を連れて来る。

 一人目は、折り畳んだ大鎌を背負うマギルス。

 二人目は、エリクが牢獄から助け出しケイルに連れて行かれた奴隷の少女だった。


「あー、やっぱりエリクおじさんだ!」


「……」


「マギルス。……そっちの子供も、無事なのか?」


 マギルスに声を掛けられたエリクは、そちらを振り向き二人の姿を確認する。

 いつもと同じように飄々とし呑気な表情のマギルスとは裏腹に、奴隷の少女はやや警戒心を高めてエリクを見ていた。


「エリクおじさん、僕も感じたしケイルお姉さんも見たって言ってたけど、また暴走したの?」


「!」


「あれ、でも今度は自力で戻ったんだ? もしかして魔人化できるようになったの?」


「……いや。それより、マギルス」


「なーに?」


「ケイルは何処だ?」


「ケイルお姉さんなら、どっか行っちゃったよ?」


「どっか?」


「まだ探す物があるって言ってたから、あの中にまだいるんじゃないかなぁ?」


「……ケイルとは、何処で一緒になった?」


「んー? 一緒になったのは、エリクおじさん達と別れたずっと後かな。皇国の都でね、ケイルお姉さんが使ってた隠れ家にこの子と隠れてたんだ」


「!?」


「ほら、前に自由行動した時があったでしょ? その時に魔力を感じる方に行ったんだけど、途中で消えちゃって。でもケイルお姉さんを途中で見かけたから、コッソリ付いて行ったんだ。そこで行った物置に地下室があってね――……」


「御話の最中に申し訳ありませんが、あまり長話はしていられません」


 エリクとマギルスが話す最中、老執事がそれを止める。

 二人は老執事を見て話を中断すると、その場で話を始めた。


「マギルス様、そしてエリク様。先程も御話した通り、今現在はシルエスカ様が首謀者の一人と対峙しています。その首謀者はどうやら、七大聖人セブンスワンに拮抗する程の力を得たと考えられる」


「要は、僕達でその人を殺しちゃえばいいんでしょ?」


「出来れば捕縛する事が望ましいですが、それが叶わない場合はそれで構いません。お二人には万が一の場合、つまりシルエスカ様が敗れた場合にそれと対峙して頂く事になる」


「……俺達も勝てない場合は?」


七大聖人セブンスワンの一人であるシルエスカ様が敗れるという時点で、その脅威は人智を超えたものでしょう。その報せを皇都まで届け、他の七大聖人セブンスワン達が召集されるまでの時間稼ぎを、お二人にお願いします。勝つ必要はありません」


「その召集には、どれ程の時間が掛かる?」


「……少なく見積もっても、各連絡拠点を通じて皇都まで報せるのに一時間。そして皇都で七大聖人セブンスワンを招集するかの案件が持ち込まれ議会が開かれるのに、下手をすれば十数時間から一日は掛かるかと」


「!?」


「それが上手く進むとしても、他の四大国家がそれを承認して各国家に所属する七大聖人セブンスワンを召集し、秘術である転移魔法を使って赴くだけでも、最低でも二日から五日は掛かるでしょう」


「……つまり、七大聖人セブンスワンが召集されるまで最低でも三日、長いと六日は掛かるのか?」


「はい。しかもそれは、少なく見積もった場合の日数です」


 それを聞いたエリクとマギルスは顔を見合わせ、軽く溜息を吐き出す。

 その反応を老執事も予想していたようで、軽く会釈を交えて話を続けた。


「お察しの通り、この緊急事態に七大聖人セブンスワンの招集は間に合わない可能性が高い。更に捕らえた研究員達の話では、ランヴァルディアは女皇と皇国に強い憎しみを抱いている節もあるそうです。下手をすればシルエスカ様が倒された後、そのまま皇都に向かうかもしれない」


「……それを俺達で足止めしろと。そういう話か?」


「はい。我々も出来得る限りの援護はさせて頂きますが――……」


「いらないよ、援護なんて」


「!」


 老執事の話を聞いていたマギルスが口を挟み、皇国騎士団達の援護を拒否する。

 それを聞いていたエリクも、それに同意して頷いて見せた。


「そうだな。邪魔になるだけだ」


「だよねぇ。近くで剣を振られても邪魔だし、遠くで弓を射られても僕達が近づけなくなるだけで邪魔だし。だからシルエスカって人も、一人で戦ってるんでしょ?」


「……確かに、そうですな」


「戦うのは、僕とエリクおじさんだけでいいよ」


「お前達は、ここの者達を連れて移動した方がいい」


「……なるほど、分かりました。それでは、やり方もお二人にお任せします」


 援護は不要と聞かせるマギルスとエリクに対して、老執事はそれを了承する。

 そして二人は戦い方に関して話した。


「ねぇねぇ、エリクおじさん。僕に先に戦わせて!」


「一人でか?」


「だって、凄く強い相手なんでしょ? だったら楽しみたいもん! それに聞いてたキメラっていうのが凄く弱くて、つまらないなって思ってたんだよね」


「……なら、その後で俺か?」


「おじさんの番は回ってこないかもね!」


 そう無邪気に笑うマギルスと仏頂面で話すエリクを近くにいた老執事は、僅かに驚きを含んだ目で二人を見る。


 七大聖人セブンスワンですら勝てないかもしれない相手に対して、一対一の戦いを所望するばかりか、勝てるという前提で話を進める光景が異質に思えた。

 それは二人が魔人であるという理由もある。

 しかしマギルスとエリクは個々の戦い方は出来ても、その戦い方を応用し連携した事が今まで少ないからこそ出た意見でもあった。


 連携の取れない戦い方は、先程二人が言った通り邪魔でしかない。

 それなら個々の技量を最大限に発揮できる戦い方を個人で行う事が、勝てる可能性を最も高めるのだと自然な発想として二人は行き着いていた。


 老執事はそんな話をする二人に、改めて依頼をした。


「それでは、傭兵エリク。傭兵マギルス。二人にランヴァルディアの捕縛、もしくは討伐をお願いします」


「はーい」


「ああ」


「私は各兵団に指示を行います。向こうの戦いに動きがあれば、こちらにも報告を向かわせますので」


 そう話して一礼する老執事は天幕から出ると、外に待機していた鎧姿の部下達に声を掛けて各兵団の指示に向かう。

 一方で残ったエリクとマギルス、そしてその話を意味が分からないまま聞いていた訓練兵達は、呆然としながら会話を終えた二人を見た。


「ど、どういう事なんだ……?」


「さぁ……」


「というか、あの二人って知り合いだったのか?」


「みたいだな……」


「エリオが、皇国騎士団長と知り合い……?」


「さっきからエリオのこと、エリクって言ってるみたいなんだが……」


「……なんか、スゲェ話を聞かされてる気がする」


 訓練兵達が顔を見合わせながら目の前で行われた会話を断片的に受け取り、外で起きている事態が尋常ではないものだと感覚的に理解する。

 同時に自分達を助けたマギルスと、同じ訓練兵だったエリオがエリクと呼ばれながら親しく話す姿に、初めて二人に繋がりがあるのだと察した。


 そんな周囲の視線を気にせず、エリクはマギルスに再び問い質す。


「マギルス。さっきの話の続きだが……」


「えー、また話すの? もう面倒臭いから、全部エリクおじさんには喋っていいのかなぁ?」


「全部?」


「うーん。まぁ、いいかな! えっとね、僕がおじさん達と別れた理由はね――……」


 マギルスはエリクに問われ、束の間に話し始める。

 三人と別れる直前、そして別れた後に何があったのかをエリクに聞かせた。


 それはエリクやケイルにとって、予期できない話だった。

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