夜闇の密会
今から語られるのは、初めてアリア達が
エリクやケイルと話した後、マギルスは不貞腐れながら個室の部屋で寝ている時、軽く扉を叩く音がした。
足音も無くいきなり扉が叩かれた事に気付いたマギルスは起き上がり、大鎌を手に持つ。
しかし扉の隙間から差し挟まれたのは一枚の紙であり、それを注意深く見たマギルスは手に取って中に書かれている文字を見た。
それはマギルスを指名して呼び出した内容であり、呼び出した相手の名も記されている。
時刻は深夜。
荷馬車が置いてある厩舎へ赴いたマギルスは、そこで待っていた人物に声を掛けられた。
「――……来たわね、マギルス」
呼び出したのは、
今まで冷たい態度を取り続けていたアリアだった。
「……なに? こんな所に呼び出してさ。しかも荷物を纏めて、他の二人に気付かれないようにって」
「アンタなら、あの二人にも気付かれずに来れるでしょ?」
「まぁね。お姉さんこそ、よく気付かれなかったね? 部屋は奥だったし、エリクおじさんの隣でしょ?」
「音を消して振動も最小限に留めたもの。流石にエリクでも気付かないでしょうね。念の為に私の部屋には魔石を置いて、定期的にベットの軋む音を発生させて部屋の中にいるように偽装したし」
「……そうまでして話したいことって、僕に今から出て行けってこと?」
マギルスは二人に気取られずにここまで来るようにアリアに指示され、その理由を尋ねる。
荷物を纏めるよう指示されているマギルスは、出て行くよう言われると察してアリアを睨んだ。
この時のマギルスは、自分でも出て行こうと考えている。
そして月が陰る肌寒い夜の中で、アリアはマギルスに話した。
「アンタに手伝って欲しい事があるの」
「手伝う?」
「
「!」
「問題は、そこが何処でどの程度の規模で行われているか。それが私には分からない。……だから、敢えて今回の件には積極的に関わるつもりよ」
「……関わらない為に、あのキマイラをすぐに倒したんじゃないの?」
「いいえ、あれはケイルを騙す為の理由よ」
「騙す? なんでケイルお姉さんを騙す必要があるの?」
「私が今回の件に自分から関わろうとしてると知ったら、ケイルどんな手段を使っても阻みに来るから。……ケイルは、結社に所属している工作員よ」
「えっ」
アリアの口から出たケイルの素性に、マギルスは思わず驚きを漏らす。
そしてケイルが結社だと思う理由を、アリアは明かして伝えた。
「マギルス。アンタ、エリクが自分の国を出た理由は聞いてる?」
「船で聞いたかな。自分の国で村人を殺したって嘘で死刑にされそうだったから、逃げたんだっけ?」
「ええ。……私はエリクと初めて会って、逃亡している理由を聞いた時に幾つかの推測を立てた。その中に浮かんだのは、エリクの仲間である傭兵団の中に、冤罪に陥れられる手伝いをした団員が居た可能性よ」
「!」
「野盗に襲撃されてた村を、エリクと仲間の傭兵団は偶然にも見つけた。その襲撃自体が仕込みなのだとしたら、エリクと傭兵団が襲われている村を発見する必要がある。……もし傭兵団内部にエリクを陥れる手伝いをした団員がいるとしたら、傭兵団の中でどの役を担ってると思う?」
「……斥候とか、監視役?」
「正解。エリクを冤罪に陥れた団員は、斥候役を担っている団員だと私は思っていた。そして私がマシラ共和国に行く前に、エリクと一緒に逃げた傭兵団の面々と出会った時。……そこで始めに疑ったのは、傭兵団で斥候役を務めていたマチスという男だった」
五ヶ月前。
帝国の手から逃れる為にマシラ共和国へ向かおうとしていたアリアとエリクは、東港町で覆面を被る者達に襲撃を受けた。
その時に自分達を監視しながらも助けるように割って入った人物が、エリクと同じ傭兵団に所属し斥候役を務めていたマチスだ。
アリアはその時、マチスが斥候を務めていたと知り訝しげな目を向けている。
それはマチスがエリクを陥れた工作員ではないかと、疑いの心を持っていたからだ。
「そして二人目に候補が上がったのが、斥候役も出来るというケイルだった。……私はケイルに出会って幾つかの違和感を覚えて、マシラまでの道中にケイルの行動を観察していた。そしてマシラの騒動で、囚われている私の前に現れたケイルを見て確信した。ケイルは結社に組している工作員なんだとね」
「……よく分からないけど、ケイルお姉さんが結社の一員だから、どうしたの?」
「今回の
「ふーん、誰? それ」
「ランヴァルディア。この国の皇子だけど継承権は持ってない。でも皇国内では生物学の権威と実績を持ってるわ。その手に関しては、天才と呼べる男よ」
「ふーん。……それで、僕は何を手伝うのさ? つまらない事だったら、絶対に手伝わないよ?」
アリアの話を聞いていたマギルスは、途中から飽き始めて投げやりに聞いてくる。
それを見て溜息を吐き出すアリアは懐から捺印の置かれた封筒を取り出し、本題とも言うべき話に移った。
「これを、ある人に届けて欲しいの」
「……手紙?」
「皇都の貴族街に住んでいる、ハルバニカ公爵。私の親戚よ」
「ふーん。でも僕達が入ってた場所以外は通れないんでしょ?」
「ええ。だからこれも一緒に持って行きなさい」
手紙と共にアリアが懐から取り出したのは、金色の魔石が嵌め込まれた首飾り。
それは皇都に住む者が市民街と貴族街を通る事が許される証明となるものだった。
「なに、これ?」
「皇国貴族用の通行許可証。これがあれば、流民街以外にも市民街と貴族街を通れるわ。細工してるから私が使わなくても手に摘めば他と同じように光るわ。それと、ここに書かれた場所にある屋敷に行って、この手紙を目立つ場所に置いて渡すようにして。変装して入るなら、前に渡した偽装魔法付きの魔石を使いなさい。あれは大人の格好に見せれるようにしているから」
「……こんなのがあるなら、お姉さんが直接やればいいんじゃない?」
「私が行ったら、絶対に拘束される。だからアンタに頼むのよ」
「拘束されちゃうの?」
「言ったでしょ? 私の親戚だって。恐らく私は皇国圏内に入った時点で何等かの監視を受けている。そんな私がそこに行ったら、絶対に有無を言わさずに拘束される。私はランヴァルディアの所へ行って、研究を止めなければいけないのよ」
「……えっ、つまり?」
「アンタは今から皇都へ向かって、この手紙を届けなさい。居なくなった理由は、私と喧嘩した事が原因だとケイルとエリクに思わせるの。私達は徒歩でゆっくり帰るから、その間に手紙を届けて違う宿を借りて待っていなさい。私か、それか親戚の使いが来ると思うから」
首飾りと手書きの地図を押し付けられたマギルスは、アリアを見ながら不機嫌な表情を見せる。
この直前までアリアに向けられた怒りや、ケイルやエリクから聞かされた話で苛立ちを持っていたマギルスは、それを突き返して頼みを断ろうと思った。
その行動より早く、アリアの口から驚くべき言葉から口に出て来た。
「ごめんなさい」
「えっ」
「アンタに対していつも辛く当たってたから。……でも今の私は、アンタにしか頼めないの。エリクはケイルを信頼しているし、今のケイルを心身共に追い詰めたくない。出来れば二人を今回の件には介入させずに、事を治めたいのよ」
「……一人で、全部を止める気なの?」
「ええ」
「なんで?」
「昔の私が、ランヴァルディアに知識を与えてしまった。それが今回の事態を招いてしまったのだとしたら、それは私自身で対処しなきゃいけない。そう思っているからよ」
「……ふーん」
アリアは今までの事を謝罪し、改めてマギルスに自分が関わる必要性を話す。
そんなアリアに対して、マギルスは頭の中に残る憤りを長い溜息と共に吐き出して答えた。
「……はぁ、分かったよ。手伝えばいいんでしょ? 手伝えば」
「ありがと、マギルス」
「ところで、それって面白くなるの?」
「……そうね。事態が悪化するようだったら、色んなモノが出てくるでしょうね」
「例えば?」
「さっきの
「きめら?」
「人間を魔人に改造して、人工的にアンタ達みたいな魔人を作り出すの。それが
「へー。それって強い?」
「成功ならね。でも、今の皇国で作ってるとしたら失敗作でしょうけど」
「僕もそれと戦えるかな?」
「事と次第によっては戦えるんじゃない?
「そっかー。強いなら戦ってみたいなぁ」
こうして和解したマギルスとアリアは再び手を組み、ランヴァルディアの研究を阻止する為に行動を開始する。
翌日の朝。
マギルスは青馬を連れてアリア達から離れて、既に皇都に向かっていた。
そして僅か一日で皇都に到着すると、偽装した姿で市民街と流民街を通過してハルバニカ公爵邸に辿り着く。
マギルスは公爵邸の大扉に手紙を差し挟み、ハルバニカ公爵かアリアから何かしらの連絡が来るまで皇都で自由気侭に行動していた。
その間に、マギルスは黒髪の少女と出会う。
そしてアリア達が皇都へ戻る二日前。
マギルスは少女が連れ去られる現場に遭遇し、少女を連れて逃亡生活に入った。
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