共闘作戦


 アリアとの再会が叶ったエリクは、歩み寄りながら声を掛ける。

 しかし目を閉じ眠ったままのアリアは何の反応も示さず、エリクは僅かに焦りを含んで呼び掛けた。


「アリア。……アリア? アリア!」


「……」


「落ち着きなさい。アルトリア様は眠っているだけです」


 動揺するエリクに白銀の鎧を着た老執事が背後から声を掛け、引き剥がすように腕を掴んでアリアから離す。

 それを聞いたエリクは眠るアリアから視線を外し、老執事に話し掛けた。


「……お前も来ていたのか?」


「ええ。私は皇国騎士団ロイヤルナイツの長ですので」


「執事が、騎士団長?」


「ハルバニカ公爵家は、このルクソード皇国では誉れの高い武門の家柄。武によって地位を築き、公爵家に仕える者は皇国内でそれなりの武功と地位を持つ者となる。私や、案内して来た彼のように」


「そうか。……アリアはどうなっている?」


「意識を失われてはいますが、外傷はありません。恐らく、傷は自分自身で治されていたのでしょう」


「……そうか」


「貴方は、今までどちらに?」


「基地の地下に入っていた」


「……御伺いしますが、その際に魔物が魔獣などを解放したということは?」


「いや、魔物や魔獣が入ったガラスは見たが、解放はしていない」


「そうですか。……時に、中で少年を見ませんでしたか?」


「少年? 幼い女の子供はいたが」


「ほぉ、少年ではなく少女を?」


「ああ」


「その少女はどうしましたか?」


「……」


 エリクはそれを聞かれて言葉に詰まる。

 その少女を連れ出して同行させながらも、最後に見たのは気絶している少女がケイルに抱えられていく光景だった。

 エリクは言葉を選んだ末に出したのは、やや事実を隠した言葉だった。


「……囚われていたので助けた。その途中で、ケイルに会ってその子供を託した」


「ケイルというのは、貴方やアルトリア様の仲間だった女性でしたな。アルトリア様の失踪と同時に行方が分からず終いだったと聞いていましたが、ご無事だったと?」


「ああ。ケイルも、アリアを探しにここまで来ていた」


「では、そのケイルという女性はどちらに?」


「あの子供を安全な場所まで連れて行くよう頼み、途中で別れた」


「なるほど。その話が本当であれば、我々の包囲からその女性と少女は上手く抜け出したか、まだ研究施設内で留まっているという事なのでしょうな。そうした者の捕縛したという報告は受けていませんので」


「……何が言いたい?」


「貴方の言う事が真実で無いのなら。それはケイルという女性に貴方も騙されているからなのか。それとも貴方自身が我々に何かを隠す為に騙しているのか。そういう可能性も考えましてね」


「……」


「詮の無い、年寄りの戯言だと思って頂きたい」 


「……ああ。それより、少年とはなんだ?」


 老執事の疑心に気付いたエリクは、ケイルの話題から遠ざける為に話を戻す。

 それを聞いた老執事は軽く溜息を吐き出して話し始めた。


「実は、魔物や魔獣が地下から外へ溢れ出し、外に押し寄せてきたのですよ。そして研究所内から出てきた生存者達の話では、大鎌を使う少年が魔物や魔獣を解放し、更には第四兵士師団の師団長ザルツヘルムを殺害したと報告も受けている」


「!」


「そういう報告がある一方。貴方が所属していた訓練兵達も研究施設内の騒動に巻き込まれ、脱出した折に我々が拘束しました。そして彼等の証言では、大鎌を持った少年が自分達を助けてくれたと言う。魔物や魔獣の解放も警備兵の放った銃の弾が原因であり、その少年が地下施設内に侵入した目的は、連れ去られたガールフレンドを取り戻す為だったとか」


「……マギルスも来ていたのか」


 老執事の話を聞いて、エリクはマギルスも施設内に来ていた事を知る。

 偶然にもエリクが侵入していた時期に、マギルスとケイルも研究所施設内に侵入していた。

 それが偶然なのかと考えた時、マギルスとケイルの結び付きに思い至った。


「……そうか。マギルスに奴隷契約書が傭兵ギルドにあると伝えたのは、ケイルか」


 マギルスが奴隷の少女を連れ出し、奴隷契約書が傭兵ギルドで保管されているかをどうやって知ったのか。


 マギルスはそれを知るケイルから何等かの形で合流し、契約書か保管されている場所の話をしたからだとエリクは考える。

 そしてバンデラスに連れ去られた奴隷の少女の居場所を同じ結社だったケイルが探し出し、マギルスを連れて研究施設内に侵入した。


 自分エリクがハルバニカ公爵一派と手を結んだように、マギルスとケイルも手を組んでこの場所まで辿り着き、研究所内で奴隷の少女を捜索していたのだとしたら、再会したケイルが奴隷の少女を抱えて連れて行く理由も頷ける。

 その考えに至ったエリクは心の中にある靄が少しだけ晴れ、落ち着きを取り戻した。


「――……落ち着きましたかな? 出来れば、貴方が知り得て纏めた情報もお聞かせ願いたいのですが」


「ああ」


 思考して落ち着いたエリクに、待っていた老執事が訊ねる。

 エリクはケイルが結社であるという部分だけを隠し、なんとかエリクなりに話を纏めて伝えた。


「――……なるほど。マギルス少年は奴隷の少女を盗み出したのではなく、誘拐されようとした所を助け出した。そしてアルトリア様を連れ去られたケイル殿とマギルス少年は出会い、傭兵ギルドに保管されている奴隷契約書を取り戻そうとした」


「ああ」


「しかし、傭兵ギルドを襲っている最中に少女は傭兵ギルドマスターのバンデラス氏に盗み出され、奴隷契約書も既に解除されてここまで連れて来られた。それを取り戻す為に二人はバンデラス氏を追い、研究施設内に侵入していた。そういう事ですな?」


「ああ、そうだ」


「……幾つか不可解な点はございますが、確かに貴方の話を聞けば合点が幾つか繋がる事もある。……この問題は、今の問題は終わった後に精査するとしましょう。今の問題は、恐らく単純ながら大きい」


「……どういうことだ?」


「第四兵士師団の師団長ザルツヘルムは死亡した為に捕らえる事は不可能でしたが、その側近士官と研究に携わった研究員を捕える事に成功はしました。彼等から研究施設内で行われていた実験の内容は知り得るでしょう。……しかし残された問題は、それ等の研究指揮を行っていた中心人物である所長のランヴァルディアが、異質な存在となり我々の脅威となっていることです」


「……遠くで戦い続けている、あの二つの気配か?」


「お分かりになりますか?」


「ああ。……どちらも恐ろしい気配がするが……」


「そう。今まさにランヴァルディアと戦っているのは、皇国の切り札とも言える『赤』の七大聖人セブンスワンシルエスカ様。にも関わらずこれだけ長時間の戦いを続けても決着がつかない。はっきり言えば、これは異常な事態です」


「……?」


七大聖人セブンスワンとは個の戦力において、この国が保有する皇国騎士団ロイヤルナイツや第一・第二・第三兵士師団の計十五万の全兵力でも対処出来ない戦力です。そのシルエスカ様ですら敵わなければ、ルクソード皇国内でランヴァルディアを倒せる者は誰もいないでしょう」


「……つまり、今は七大聖人セブンスワンだけが頼りということか?」


「情けなく恥かしい話かもしれませんが、それが七大聖人セブンスワンを抱える国の事実です。圧倒的な個の前には、例え優秀な武器を備えた軍であっても及ばない。それはフォウル国の魔人達や、過去の七大聖人セブンスワン達が歩んだ歴史が証明しているのですよ」


 老執事が話す内容にエリクは経験によって納得する。 

 過去に戦ってきた魔人ゴズヴァールやマギルスなどの個々の実力者達が軍を相手にすれば、恐らく大隊規模の戦力は瞬く間に消失するだろう。

 師団規模の軍だとしても、一部の兵士達が瞬く間に打ち倒される光景を見て身が竦まない者など存在しない。


 戦力とは即ち、同じ次元と同質の力の計算で数えるものであり、そうした戦いは兵数や戦術を活かして初めて戦える力となる。

 しかし次元の違う質を持つ戦力が一ついるだけで、兵数や戦術の意味は大きく失われてしまう。

 

 魔族や魔人、七大聖人セブンスワンとは呼ばれる者達は、そうした枠組みの中から外れた異質な存在だった。


「既にシルエスカ様が戦闘状態に入り、数十分が経過しています。そしてランヴァルディアはアルトリア様と一戦交えた後にも関わらず、逃げも隠れもせずシルエスカ様と対峙している。……仮にシルエスカ様が敗北するような事があれば、我々はランヴァルディアに対して勝利できる可能性を失います」


「……何を言いたいんだ?」


「エリク様、そしてマギルス少年。お二人は魔人ですな?」


「ああ」


「恐らく七大聖人セブンスワンであるシルエスカ様に最も近しい実力をお持ちなのは、今のこの国ではエリク様とマギルス少年以外はいないでしょう。……お二人に、ランヴァルディアの討伐をお願いしたい」


「!!」


「これは大旦那様直々の依頼と考えて頂いて結構。勿論、報酬もお支払い致します」


 老執事の口から出る頼みにエリクは驚き、考えながらも二つの気配が衝突する方へ顔を向ける。

 エリクの感覚では、一つの気配が先程より力を弱めているように感じ、逆にもう一つは更に強い気配を放っているのを確認していた。

 このまま十数分も戦い続ければ、力が弱まっている方が敗れるだろう。

 それがシルエスカだとすれば、ランヴァルディアに対抗できる戦力を失う。


 そうなった時、この国はどうなるのか。

 それを考えた時、エリクは眠るアリアの方へ顔を向けた。


「……君なら、どうする?」


 エリクは小さく呟き、眠るアリアに訊ねる。

 しかしアリアが答えを返す事は無かったが、エリクの思考にはアリアが言いそうな言葉が浮かんだ。


『――……エリク、雇用主の命令よ。私をこんな目に合わせるような奴は、完膚無きまでに叩き潰しなさい!』


「ああ、分かった」


 こうアリアなら言いそうだとエリクは思い、小さく口元を微笑ませたエリクが呟いて答える。

 改めて老執事へに顔を向けたエリクは、依頼の返答をした。


「その依頼、受ける」


「ありがとうございます」


「だが、マギルスが何処に居るか俺は知らない。俺一人でることになるが……」


「それでしたら、御心配には及ばないかと」


「?」


「あの少年ならば、この仮設拠点にいます」


「!?」


「実はエリク様が発見されたと報告を受ける直前に、マギルス少年が黒髪の少女を抱えて研究施設から出て来たところを、我々が保護させて頂きました。人相や特徴的な武器を持つ子供だという情報は、既に私共で把握していましたので」


「……来ているなら、どうして俺に聞いた?」


「マギルス少年とエリク様の把握している情報にどれだけの違いがあるのかを確認させて頂きました。……少なくともケイル殿の話以外は、ほぼ合致していましたよ」


「……」


「その詮索も後と致しましょう。今はランヴァルディアを止める事が先決ですので。……マギルス少年は黒髪の少女と共にこちらに待機して頂いております。エリク様、付いて来てください」


 マギルスが待つ場所へと案内する老執事の後を、エリクは神妙な面持ちで付いて行く。

 敢えてマギルスの情報を話さないことで自分エリクが嘘を吐いているかいないかを精査していた老執事の狡猾さを感じながらも、エリクはランヴァルディア討伐の為に動き出した。


 老執事とエリクが出て行った後。

 天幕の中で寝かされているアリアの左手の指が微かに動く光景を、誰も見ていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る