混迷の最中


 地下施設の中層にてエリクが赤鬼あっきとなって暴走した時。

 その上下の階層に居た者達の中で、赤鬼の出現に勘付いた者達がいた。


 下層で気付いた者は、神兵と化したランヴァルディアだった。


「――……この気配と魔力は……?」


 ランヴァルディアは出現した巨大な気配と魔力に気付き、上を仰ぎ見る。 

 それに興味を抱きながらも、視線を下に落としたランヴァルディアはその場にいるもう一人に話し掛けた。


「魔獣が暴れている程度だと思ったが、どうやら侵入した者は予想外の化物らしい。……それよりアルトリア、そろそろ起きてはどうかな?」


「――……」


 隠し研究室と下層の一部区画が完全に崩落する中で瓦礫に腰掛けるランヴァルディアは、埋もれるように倒れるアルトリアに呼び掛ける。

 六枚の翼が全て砕けボロボロの姿で倒れ伏すアリアを見ながら、ランヴァルディアは失望にも似た表情で立ち上がった。


「アルトリア。君なら私を殺してくれると思ったんだがね」


「……」


「……どうやら聖人であっても、今の私は止められないか。私の夢を叶える分には喜ばしい事実だが、夢を果たした後に化物と成れ果ててしまうのは、少し憂鬱になってしまうね。……魔大陸にいる魔族達ならば、私を殺してくれるだろうか?」


「……ッ」


 そう呟くランヴァルディアに反応し、アリアは手に力を込めて体を起こす。

 そして再び六枚の翼を再生させると、息も絶え絶えながらランヴァルディアに指を突きつけた。


「……まだ、終わってないわよ……ッ」


「そうだね、まだ終わりじゃない。……いや、私が終わらせたくないと言うべきかな?」


「……ッ」


「さぁ、続きをしよう。五百年前の人魔大戦と天変地異を、再び起こさない為に」


 翼を大きく広げたアリアが羽ばたき、ランヴァルディアは微笑みながら迎える。

 アリアの周囲に光の渦が出現し、その中から放たれる魔力の光線がランヴァルディアの居た場所を焼き払った。


 そして光が収まり照射した場所を見たアリアは、驚かずとも悔しげな顔を浮かべる。

 平然とした表情で消失した場所に浮かび立つランヴァルディアは、拍手を交えながら感想を述べた。


「素晴らしいね。それも古代魔法かい?」


「……ッ」


「あるいは君は、古代魔法の使い手として七大聖人セブンスワンの誰よりも卓越しているのだろうね。……あの人が君を気に入るのも頷ける」


「……どうやって、知り合ったのよ?」


「君と私が初めて出会うずっと前。私は幼い頃にあの国に出向いた事がある。まだ母も生きていて、僕が皇子などという肩書きで呼ばれる前の話だ」


「!」


「彼は母の研究に興味を持ち、色々と援助していた。そして母の死後は私に対して研究に関する援助をしてくれていた」


「……」


「私はね、あの人の事を言う程に信頼していない。彼が母や私の事は都合の良い研究者であり、実験を自ら行ってくれる実験素体モルモット程度にしか見ていなかったのも知っている。……だからこそ、何の気兼ねも無く御互いに利用し合った」


「……ッ」


「そんな彼から面白い話は聞いていた。ガルミッシュ帝国の公爵家に聖人候補になるだろう子供が生まれた事はね」


「……あの時、私に話し掛けて来たのは……」


「君がその公爵家の娘だと自己紹介されたからだよ。君の名を聞かなければ興味も抱かなかっただろう」


「……」


 アリアは過去の記憶を思い出しながら悔やむ。

 貴族令嬢としての礼儀として当たり前のように挨拶した事が、ランヴァルディアとの関わりと興味へと繋がる事を幼いアリアは予期できず、この事態を招いたのではないかと。

 その後悔の表情を見たランヴァルディアは首を小さく横に振り、身体中からオーラを滾らせた。


「さて、休憩を兼ねたお喋りは終わりにしよう。……続きをしようか、アルトリア」


「……ランヴァルディア。アンタだけは、絶対に私が止めるわ」


 オーラを纏い浮き上がるランヴァルディアと、白き翼を羽ばたかせるアリアは空中で激突するように攻め合う。

 白く光る二つの光球が激しい衝撃を起こして下層を更に破壊し、戦いの規模を広げた。

 

 一方その頃、上層に居たマギルスと魔獣達も赤鬼の出現に気付く。

 更に封入させられていた合成魔獣キマイラ達も赤鬼の魔力に反応し、培養液内で目覚めて暴れ出し、ガラス容器を突き破って解放された。

 解放された魔物や魔獣、合成魔獣すら赤鬼の気配と魔力を恐れて出口となる場所を探すように暴れる。

 事態は既に、警備兵達だけでは対処できないものとなっていた。


 混迷とした上層の中で、マギルスは襲い来る魔物や魔獣の首を切断し、訓練兵達を引き連れながら移動していた。

 その最中、マギルスが足を止めて下へと視線を向ける。


「お、おい! なんで止まってるんだ!?」


「……この魔力、あの時のおじさんだ。また暴走してる?」


 立ち止まるマギルスに訓練兵達は呼び掛ける。

 赤鬼エリクの魔力を感知するマギルスは、再びエリクが暴走したことを察した。

 しかし立ち止まる程の理由は暴走したエリクの心配ではなく、興味と好奇心から来るものだった。


「下に行ったら、あのおじさんと戦えるかな? ……でも、今の僕で殺せるかなぁ?」


 魔人化したゴズヴァールとエアハルトの二人掛かりでも倒せなかった赤鬼エリクの姿を思い出し、マギルスは戦いたい気持ちを抱きながら悩む。

 例え自分マギルスが魔人化してもどれだけ戦えるかを悩んだ挙句、マギルスは溜息を吐き出して再び走り出した。


「仕方ないなぁ。あの子も見つけなきゃいけないし、このおじさん達も見捨てたら後でアリアお姉さんに色々言われそうだし……」


「ど、どうしたんだ!?」


「なんでもないよ」


 そう言いながらマギルスは奴隷の少女を探しながら魔物や魔獣に対処していく。

 訓練兵達も戦える者達や途中で警備兵達が落とした武器や銃を使ってなんとか応戦し、一行は流れに沿って行動していた。


 なんとかマギルスに付いて行く訓練兵達は、解放された魔獣や合成魔獣に襲われる警備兵や施設員達を見た。

 ある警備兵は銃を撃ち魔獣を傷付けたせいで反撃を受けて死亡し、ある警備兵は重量のある魔獣の移動に巻き込まれ押し潰される。

 中には銃や武器を手放し、隅で泣きじゃぐりながら怯え震える者達もいる。


 そうした光景を目にする市民組の訓練兵達は悔やむ表情で走るが、その訓練兵に元傭兵組が言い聞かせた。


「今は俺達が生き残ることを考えろ!」


「……ッ」


「ここの連中は俺等をあんな目に合わせたんだ。気にすることはねぇよ、自業自得だ!」


「確かに、そうだが……」


 元傭兵組の言い分が間違いではない事を元市民組も思う。

 自分達を合成魔人キメラと戦わせ殺す為に雇い、実験素体モルモットとして処理するつもりだったこの施設の者達に訓練兵達は憤りを超えた感情を抱いている。

 それでも目の前で殺され阿鼻叫喚を上げる警備兵や施設員は同じ人間であり、同じルクソード皇国民でもある。


 それぞれが複雑な心境を抱きながら逃げる中で、一つの声が上がった。


「――……あいつ等、助けよう……ぜ……」


「!?」


 訓練兵達がその声が聞こえた方へ顔を向ける。

 声の持ち主は布が巻き付けられ訓練兵二人に担架で運ばれている、重傷のグラドだった。


「グラド、起きたのか!?」


「あ、あ……。少し、前からな……グ……ッ」


「動くなよ! お前、握り潰されてほとんど骨が……」


「……あいつ等を、助けてよ……。出口や、あの子が探してる……女の子ってのを、聞き出せば……」


「!」


「数も……武器も……増えれば……、逃げれる……」


 重傷のグラドはそう訴え、警備兵や施設員の救出と同行を提案する。

 それを聞いた訓練兵達の中には様々な表情を浮かべるが、グラドはこう話した。


「あいつ等も……同じ……だ……」


「……」


「自分達が……やってることが、国を……家族を……守れるって、そう思って……」


「!」


「……俺はよ。もう、傭兵じゃねぇ……。国で暮らす家族を、守る為に、兵士になったんだ……。あいつ等も、きっと……」


 そう話した後、グラドの意識が再び途切れる。

 それを聞いた訓練兵達は互いの顔を見合わせ、それぞれの表情を見ながら頷き合う。

 その後に先頭を走る魔獣と遭遇し首を刈り取ったマギルスに、追い付いた訓練兵の一人が話し掛けた。


「あ、あの!」


「ん? なーに?」


「あ、あの。他の兵士達や作業員達も、助けてくれないか!?」


「……なんで?」


 マギルスが途端に面倒臭そうな顔をし、訝しげに聞いてくる。

 大鎌を構え直して後ろを振り向いたマギルスに、訓練兵達は緊張感を高めながら話した。


「あ、あいつ等を助ければ出口を聞きだせる! それに、君が探してる女の子がいた場所も聞けば分かると思うんだ!」


「……」


「武器や頭数が増えれば、俺達だけでも出口まで行ける! 俺達が君の御荷物になってるのはちゃんと分かってるんだ。だから――……」


 警備兵達の救助を説得する訓練兵の言葉を聞き、マギルスは憮然とした表情で大鎌を軽く回しながら歩み出す。

 それに怯える訓練兵達は、その進言がマギルスの機嫌を損ねたと思い自分達の死を悟った。


 マギルスが大鎌を止め、そして訓練兵達に駆け出す。

 訓練兵達全員が首を刈り取られる事を察して目を閉じて恐怖で固まった。


「――……もう、そういうことは最初に言ってよ!」


「……?」


 マギルスがそう喋ると、目を閉じていた訓練兵達は目を開けて声が聞こえた方へ振り向く。

 そこには大鎌を構えたマギルスと、巨大な蛇の首が転がっていた。


「!?」


「気付かなかったの? ダメだなぁ。後ろから来てたよ?」


「え、あ……」


「それより、そういうのは先に言ってよ。あの子を助け出すまで連れて行かなきゃいけないのかなぁって、ずっと思ってたんだから!」


「す、すいません……」


 頬を膨らませて怒るマギルスに、訓練兵達は呆然としながら謝る。

 そしてマギルスは逃げ惑う数人を見て指を向けた。


「あの人達を助けるんだよね?」 


「あ、ああ」


「じゃあ、とりあえず助けちゃうからね。説得はそっちで勝手にやってね」


 そう告げると、マギルスは逃げ惑う人々を魔物や魔獣の首を刈り取り助け出す。

 目に見えて助けられる位置にいる者達は助け出され、訓練兵達に呼び掛けられ話し合い説得される。


 始めこそ困惑する者達がほとんどだったが、混迷を極める状況に絶望している者達は生きる希望を見せられ、その説得に応じて脱出の協力を得ていった。

 そして生存者達の証言を得て、一同が出口に向けて動き出す。

 助訓練兵達に加わった生存者達を合わせて人数が五十名近くに達し、銃などの武器を拾い集めて戦える集団が完成した。

 それを率いる訓練兵の小隊長達がマギルスに礼を言い、生存者達の情報を纏めた。


「このフロアに出口があるらしい。俺達はそこを目指して脱出するよ。……それと、君の探している黒髪の女の子の事を知っている生存者がいた」


「何処にいるの?」


「話を聞いた限りでは、他の侵入者に連れ去られたらしいんだ」


「他の侵入者?」


「さっきの警報サイレンが鳴る前後に、女の子が収監されてた場所に侵入されたと知らされて、施設の中層までここの兵士達が侵入者を追っていったらしい。その侵入者が君の探してる女の子を抱えていたみたいだ」


「……まさか」


 マギルスはその証言を聞き、様々な出来事と情報を繋げる事に成功する。


 他の侵入者とは、恐らくエリク。

 そしてエリクはアリアを探す為に囚われている場所を探し、その一つだった場所でマギルスが探している少女を見つけた。

 二ヶ月間の旅でエリクと遊んだマギルスは、その性格から行動を導き出す。

 エリクなら監禁されている幼い少女を見つけた場合には助け出すだろうと察し、納得したマギルスは思い出すように慌てた。


「あっ、まずい」


「え?」


「エリクおじさん、また暴走してるじゃん!」


「え……?」


「下に行かなきゃ! じゃあね、おじさん達! 脱出できるといいね!」


「え、あ……」


 エリクが暴走しているのであれば、連れて行かれた少女の安否がどうなるか。

 それに気付いたマギルスは慌てた様子を見せながら、駆け出して訓練兵達と別れた。

 マギルスの去る姿に慌てた訓練兵達は今まで言えなかった事を伝えた。


「が、頑張れよ! ガールフレンド、取り戻せよ!」


「ありがとう! 本当にありがとう!」


「外に出たら、ちゃんと礼をさせてくれぇ!」


 それぞれの訓練兵達はマギルスに感謝を伝える。

 それに軽く手を振りながら奥へと消えたマギルスが床を切り裂く音を聞いた訓練兵達は、生存者達に振り向いて指示を出した。


「それじゃあ、俺達も逃げるぞ。脱出できる場所までの案内を頼む」


「あ、ああ」


「銃を撃てる奴は魔物や魔獣を見つけても絶対に先に撃つなよ。あいつ等、銃の音に驚いて攻撃してくるみたいだ」


「大型の魔獣に遭遇しそうになったら、やり過ごすか隠れながら進もう」


「魔法、まだ使えるか?」


「少しなら……」


「他の連中も拾っていけば、もっと数が増える。出入り口に近付いたら数で押し切って脱出するぞ」


 訓練兵達と生存者達は協力し合い、魔物や魔獣がひしめく施設内からの脱出を目指す。

 そしてマギルスは、中層で暴れるエリクと連れて行かれた少女と合流する為に床を切り裂きながら中層を目指した。

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