皇国騎士


 アリア・エリク・マギルスが入り込んだ研究施設内の騒動は、内部の者達が思う以上に外に拡散していた。

 一つの山を丸々と改造した第四兵士師団の基地内部の各層で起こる衝撃が、上に建てられた基地や街に地鳴りとして影響を及ぼしていたのだ。


 事情を知らない兵士や基地内の街に住む一般人達は事態を把握できず、基地からの避難を開始しようとしている。

 しかし第四兵士師団の統率者たる師団長ザルツヘルムの不在による混乱が各所に及び、研究施設の機密を知る各士官達と知らない士官達の間で命令の違いが起こると、更なる混乱となって各人員の避難の妨げとなっていた。


「外に出るな!? 何を言っている、どういうことだ!?」


「この地鳴りの継続は尋常じゃないぞ……。山が崩れるんじゃないか!?」


「非戦闘員の避難が最優先だろ!? 上の連中は何をやってるんだよ……!?」


「この振動は時期に治まる! 全員、持ち場を離れるな!」


「貴様等、上官の命令が聞けないのか!?」


 こうした兵士達の混乱は非戦闘員達にも及び、避難の進行が遅れていた。

 そしてついに、内部の騒動が溢れ出る形となって外にいる者達が目撃してしまう。


「な、なんだ……。あの建物……?」


「あっち、空き地の……」


 異変に気付いた外の者達は、各所に存在する施設や空き地として設けられた場所を見る。

 施設の建物が他の場所より強い揺れで崩壊し、空き地の土地が不自然な盛り上がりを見せている光景を目にした者達は、次の瞬間に恐ろしい光景を目にした。


 『魔獣災害スタンピード』。

 魔物と魔獣の大量発生による現象をそう呼ぶ。

 未開拓の土地で魔物や魔獣が溢れ、様々な土地に侵食する光景を人々は災害と総称した。


 崩れた施設内部と空き地の地面から、夥しく様々な種類の魔物や魔獣が外へと出て来る。

 その光景を見て呆然とする人々は、目の前の光景が夢ではなく現実だと察した瞬間、混乱は大混乱へと陥った。


「ま、魔物……」


「……いや、あれは魔獣だ!!」


「みんな、逃げろぉ!!」


 溢れ出る魔物や魔獣を見た人々は逃げ惑い、その情報が各所に広がる。

 その情報は各所を更なる混乱へ陥れ、事態は収拾できないものへとなった。

 人々は逃げ惑いながら押し退けあうように向かうのは、基地の出入り口となる大門。

 殺到した人々は先に押し寄せていた避難民達に合流して魔物や魔獣の出現情報を広め、閉ざされた大門前で暴動が始まった。


「開けてぇ!!」


「おい、開けろよ!!」


「魔物や、魔獣が!!」


「なんで地面から魔物が出てくるんだよぉ!?」


 大門前に押し寄せる非戦闘員達が大声で門を開けるよう訴える。

 事情を知らぬ下士官や兵士達は上官の命令でそれを抑えようと動きながらも、その数と勢いで混乱は収拾のつけようを無くす。


 ついには兵士と非戦闘員達の対立を招き、非戦闘員達が暴漢として兵士達に殴り掛かり、武器を奪い大門を開ける為の仕掛けを自分達で動かそうと大門施設に乗り込もうとする事態にまで発展していた。

 それに加わるのは非戦闘員達だけではなく、避難を妨げる不自然で曖昧な命令ばかりする上官達に反抗する兵士達も同様だった。


「……ど、どうして……どうしてこうなったのだ……」


 研究施設の存在と今回の騒動の一部を知る上官達が、魔獣災害に連なる非戦闘員の暴動と兵士達の反乱に困惑し、肝を縮めて寒気を及ぼす。

 今回の事態が自分達の予想を超えた騒動となり、もはや自分達では収拾がつかない事を察して、自分だけでも助かろうと逃げ出す者達が続出した。


 しかし、内側に気を取られた逃亡者達は気付いていなかった。

 異変は外にも起こっていた事を。

 そして外からの異変が内部に見える形となって姿を現したのは、閉ざされた大門からだった。


 暴動が広がる大門の前で、金切り声が鳴り響く。

 それに気付いた者達が音の鳴る方向を見ると、そこは大門の下部に位置する場所だった。


「な、なんだ……?」


 気付いた者達は大門から離れ、その近辺を囲むように空間が広げる。  

 そして一分も経たない時間で、厚さ五メートル前後はあるだろう鉄製の大門が切り裂かれるように一部が切り取られると、空けられた場所に分厚い鉄板が内側に倒れ込んだ。


 集まっていた者達は傾き倒れる分厚い鉄板に気付き、それぞれが慌てながら大扉から離れる。

 倒れた鉄板が土埃を起こすと、目を伏せ覆い守る者達が次に目を開けた時に見たのは、鉄板を踏み締め足音を鳴らす人影だった。


「――……」


「だ、誰だ……?」


「あの大門を、斬った……!?」


 人々が状況に気付き、驚きの声を漏らしてそちらに注目する。

 その人影は視線を集めている事に気付きながらも、それに興味を示す事もなく前に歩み進んだ。

 光が差し込み突如として現れた人物の姿を鮮明にさせた時、その人物を知る者達は絶句し、驚きの声を漏らした。


「――……あ、ぁ……」


「あの、お方は……」


「……火のように、赤い髪……」 


「片手に、短槍……。片手に、長槍……」


「まさか、あのお方が……!?」


 人々の前に姿を現したのは、赤く長い髪を束ねずに、希少金属で作られた赤い軽装鎧と赤い外套を纏った、短槍と長槍を両手に持つ一人の少女。

 それは美しくも神々しい姿であり、威圧にも近い威光が人々の視線に入ると、怒りと混乱に支配されていた暴動が一瞬の内に治められてしまった。

 その少女を見た一人が、彼女の名を呟いた。


「……『赤』の七大聖人セブンスワン、シルエスカ様……」


 その呟きが駆け巡り、目の前に現れた人物が七大聖人の一人であるシルエスカだと広まる。 

 その場の全員が武器を落とし、平伏するように頭を伏せ地面に膝を落とした。


 普通の人間である彼等は直に感じていた。

 進化していない人間としての自分達と、目の前にいる進化した人間たるシルエスカとの歴然とした存在の差を。


 言うなれば、自分達のような普通の人間が小さな蟻だとすれば、目の前にいるシルエスカはそれを踏み潰す事も容易い圧倒的に巨大な存在。

 生物的に圧倒的の差を感じた者達は、それに踏み潰されない為に平伏するしかなかった。


「――……おもてを上げよ」


「!」


 少女らしさが残る美しい声ながらも趣のある口調で、シルエスカは人間達は呼び掛ける。

 恐る恐る顔を上げた者達は、それでもシルエスカの顔を見ないように視線を落としていた。

 そんな者達を前に、シルエスカは問い質した。


其方そなた達は、皇国の民か?」


「……は、はい!」


「其方達は、自身が皇国に恥じぬ民であると思うか?」


「……!!」


「其方達は、皇国の民からたがえし者か?」


「……い、いえ……!!」


「そうか。ならば、皇国の民として恥じぬ行動をせよ。さすれば、我が槍の守護下で安寧を約束しよう」


 そう告げるシルエスカは鉄板から降り、華奢で小さな体ながらに凄まじい威圧感を持って前へと進む。

 それに連動して道を塞いでいた者達が左右に別れ、シルエスカに道を譲る為に道を作った。


 それを見送るように伏せている者達とは別に、切り裂かれた鉄扉から別の者達が続々と入って来る。

 それはシルエスカと同じ赤く塗装された重装鎧と薔薇の刺繍が施された外套を纏った、剣・槍・斧を武器とする者達。


 『赤』のシルエスカが率いるルクソード皇国新鋭騎士隊、『赤薔薇の騎士ローゼンリッター』。

 皇国最強の部隊が、異変が起きた第四兵士師団の基地へと到着した。


 そしてその中から新たに姿を現したのは、アリアの曽祖父であるハルバニカ公爵に仕える老執事。

 しかし身に纏うのは白銀の鎧であり、腰に下げた長剣を携えながら歳相応の落ち着いた声で人々に告げた。


「――……これより、この場は『赤薔薇の騎士ローゼンリッター』と『皇国騎士師団ロイヤルナイツ』が指揮する。……皇国の民よ。貴殿等は『赤』と我等が貴殿を守護する。落ち着き、そして整然として避難を開始せよ」


 そう告げる老執事の言葉に、人々は顔を見合わせながら希望を見出した。

 ルクソード皇国で誉れ高き最強の騎士団が二つ揃い踏み、更に七大聖人たる『赤』のシルエスカの登場に、怒りと混乱に染まっていた人々の心は治められたのだった。

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