赤鬼暴走
豹獣族バンデラスとそれに抱えられる奴隷の少女は、
その姿に二人は違う驚きを見せながら呟く。
「……マジかよ。あの男が巫女姫と同じ血族なんて情報、俺は聞いてねぇぞ……!!」
「おじさん……」
そして赤鬼と化したエリクが次に取った行動は、荷物が詰められた十トン近くある
「そもそもなんで、あの血筋が外なんかに出てんだよ……!? やべぇ、やべぇぞコレは……」
「……豹のおじさん」
「!?」
「天井に換気用の通気口があるから、それに飛び移って入れる?」
困惑するバンデラスと相反し、冷静な面持ちの少女はそう訊ねる。
バンデラスは天井を見てそれらしい場所を確認すると、少女にその返答を呟き聞かせた。
「やれるっちゃやれるがよ……」
「おじさんがコンテナを投げた時の放物線を考えると、あの状態のおじさんでも数トン以上の物をあの高さまである天井に直撃させられないと思うの」
「は……?」
「速さだけだったらまだ豹のおじさんが上だから、今だったらまだ逃げれるよ」
突如ながらも理性的な助言をする少女の言葉に、バンデラスは異様さを感じる。
自分が皇都から一時的に連れ出しこの施設に預ける形で監禁していた少女が、これほど饒舌に目の前の
「おいおい。俺、一応お嬢ちゃんをここまで攫った張本人だぜ?」
「そうだけど、今のおじさんより豹のおじさんの方が説得できそうだから」
「……そこは同感だ。ありゃ、今更になって謝っても許してくれんよな」
苦笑を浮かべるバンデラスが見るのは、片手から両手へ
そして投げられる態勢になった瞬間、エリクはバンデラスに向けて
「!」
バンデラスはそれを見て素早く避けながら、別の場所に退避する。
先程まで居た場所が
「……お嬢ちゃんの言う通りにやるか。暴れたら落っことすからな」
「うん」
少女の助言を受け入れ、赤鬼と化したエリクからの逃走を選んだバンデラスは少女を左腕で抱えたまま右手と両足の爪を伸ばす。
そして壁に向かって走り出し、鉄壁に爪を突き刺しながら壁を昇り走った。
瞬く間に駆け上るバンデラスの姿をエリクは目で捉え、更に近くにある小さめの
迫る
回避した先の壁へ右爪を刺して留まったバンデラスは、凄まじい衝撃と共に壁に突き刺さる
「うへ……。ありゃ、俺でも直撃したら死ぬな……」
「豹のおじさん、急いで! 多分あのおじさん、どんどん強くなってる!」
「は……!?」
「さっきは両手で投げてたのに、今は片手で投げたから! さっきのより軽かったからかもしれないけど……」
「……一気に駆け上がるぞ、お嬢ちゃん!」
時間が経てば経つほど、今のエリクが鬼神の血に馴染んで更なる力を発揮し始めている事を察したバンデラスは再び壁を駆け上がる。
それに対してエリクは殺気と狂気を込めながら、バンデラスを潰す為に
壁に衝突し突き刺さる
そこに向けて放つエリクの
「ふぅ、助かった。後はあそこの通気口に……」
「豹のおじさん!」
「ん? ――……!?」
少女が下を見ながら呼び掛けると、バンデラスが通気口に向けていた視線を下へと向け直す。
バンデラスと少女が見たのは、エリクが手に持つ鉄箱を床へと落とし、自身の魔力を高めながら屈み構える姿だった。
「……おいおいおいおい、まさか……!?」
「豹のおじさん、急いで――……」
エリクの次の行動をバンデラスが察し、少女が動きを止めてしまったバンデラスに通気口に行くよう注意する瞬間。
床の鉄板を抉る程の衝撃と共に、凄まじい跳躍力で飛び上がったエリクがバンデラスに向かって突撃した。
「マジかよ!?」
自身を砲弾にしたエリクにバンデラスは驚愕し、手を離して直撃から回避する為に落下する。
そして二秒にも満たない差でエリク天井へと激突し、鉄の破片と共に衝撃が放たれバンデラスと少女の落下の勢いを強めた。
「ぐあッ!?」
「きゃああ!!」
二人は態勢を崩して床へ落下する中で、バンデラスは少女を庇うように抱きかかえる。
しかし
少女は散乱した小麦袋の上に落下しなんとか一命を取り留めたが、そのまま気絶してしまう。
そしてバンデラスは
「ガハ……!? ――……ク、ッソ……」
なんとか起き上がるバンデラスだったが、同じ
それに目を向けた瞬間、バンデラスの表情と視線が固まった。
「ガァアア……」
「……
そこに居たのは、赤鬼エリク。
鉄片が身体中に突き刺さりながらも天井から落ちてきたエリクが、バンデラスに狙いを定め殺気を向けている。
痛みに耐えるバンデラスは起き上がりながら身構えると、自身の体に突き刺さる鉄の破片を引き抜いたエリクがそれを投げつけた。
「ッ!!」
バンデラスはそれを回避し、不安定な
それに付いて行くようにエリクも床へ飛び降りたが、その時に両手に力を込めて振り上げた拳を床へ叩き付けた。
「ガァアアアアアッ!!」
「うぉ……!?」
凄まじい衝撃と共に床が割れ、その区画全体に震える程の振動が響き渡る。
足元が揺れる感覚に捕らわれ一時的に動けなくなったバンデラスは、安全な足場を確保する為に
しかし、それを狙っていたかのようにエリクも同じ場所へ拳を振り上げながら襲い掛かる。
「ガァッ!!」
「速ぇッ!?」
襲い掛かるエリクの速度が上がった事を認識したバンデラスは、その拳を回避し別の場所へ退避する。
そして拳が直撃した
「……やべぇ。ありゃあ、殴られてもアウトだな……」
エリクの攻撃が既に自身の死に届き得る威力となっている事を察したバンデラスは、再び逃走に入ろうとする。
その中でバンデラスのみを狙い続けるエリクは
「クッ!?」
投げられる破片が予想を上回った速度と威力で放たれ、バンデラスは最大の反射と速度で身体を逸らし回避する。
それを回避したバンデラスは安堵にも似た心境をコンマ数秒の間に抱いた時、既にエリクは次の行動を起こしていた。
「!?」
「ガァアアァァッ!!」
エリクは投擲と共に飛び掛かり、バンデラスの目の前にはエリクの拳が迫っていた。
それを回避しようと足を後ろに動かした瞬間、バンデラスの足元に落ちていた鉄片が足を引っ掛かける。
その僅かな隙が拳から逃れる時間を完全に失わせた。
避け切れないと判断したバンデラスは瞬時に魔力を高め、体を僅かに後ろへ飛んで拳を受ける。
殴られたバンデラスは
殴られたバンデラスは辛うじて息を残しながらも、両腕の骨は粉砕され歪な形へ折れ曲がり、
「ガァア……」
バンデラスを仕留めながらも、暴走しているエリクは止まらない。
散乱した場にエリクは乗り込み、バンデラスの頭を右手で掴み上げる。
気絶しながらも息を残しているのに気付いたエリクは、バンデラスの頭蓋を握り割ろうと手に力を込めた。
あと数キロ握力を強めればバンデラスの頭を握り潰せる瞬間、暴走状態のエリクの意識内で何かが浮かび上がる。
それはエリクにとって、懐かしくも求め続けた声だった。
『――……いい加減に起きなさい、エリク。でないと私、貴方のこと嫌いになっちゃうわよ?』
「ガ、ァア……ガァアア……!!」
マシラ共和国でこの時と同じく暴走した時、アリアがそう告げてエリクを静めた。
その記憶がエリクの潜在意識に介入し、手の力が弱める。
そして手から離されたバンデラスはそのまま床へ倒れ、エリクは苦しみながら数歩下がり、膝を落として頭を抱えた。
「ガ……ぐ……、ガァ……おぉ……」
赤鬼の凶暴性とエリクの理性がせめぎ合い、意識と脳に大きな負荷を掛ける。
その時にエリクの記憶に浮かんだのは、旅をする中で見てきたアリアの姿だった。
「が、ぁ……ガァアアアアアアア!!」
その区画全体に絶叫が響き渡ると、エリクは意識を失いその場に倒れる。
そして十数秒後には膨張し変色した身体が元に戻り、いつものエリクの姿へとなった。
こうしてエリクとバンデラスの戦いは、赤鬼の暴走と鎮静によって終息した。
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