研究者の溝


 エリクがグラド達と別れて動き出す一方。


 ランヴァルディアの研究所内で一ヶ月以上の監禁生活を強いられるアリアだったが、それ以上の扱いや以下の扱いを受ける事はなく、ただ漫然とした監禁生活を過ごしている。


 そんなアリアとは裏腹に、外側から監視する研究者達は焦りを抱えながらランヴァルディアの研究室に訪れていた。


「ランヴァルディア所長! どうしてあの娘を拘束するばかりで研究に用いようとしないのです!?」


「……」


 複数の研究員がランヴァルディアに問い質す。

 ランヴァルディアは全身を白い衣服を纏い顔全体も白布で覆い隠しながら、作業から目を離さずに言葉だけを研究員達に向けた。


「アルトリア。彼女が研究に協力すると言ったのかな?」


「……いえ」


「なら、彼女の意思が変わるまで待とう」


「あの娘は聖人なのでしょう!? ならばあの身体を調べれば、我等の研究に大きく進展します!」


「彼女を実験素体モルモットにするのは、金剛石ダイヤモンドを無価値な炭にする愚かな行いだ」


「我々は人類が聖人に至る為に、研究を続けてきたのではないのですか!?」


「だからこそ、彼女が自身の意思で知識の教授をしてもらうのが、一番の理想なんだ」


「その理想は極論でしょう! 現にあの娘、我々が何度も勧告しても従う気が見えない! 従う気が無いのなら、相応の実験素体として扱うのが妥当でしょう!」


 ランヴァルディアを除く研究員達は焦っていた。

 目の前に研究できる素体が用意されながらも、何もせずに傍観しているだけの状態に業を煮やす。

 能力実験や薬学実験、更に通常の人間との人体構造を比較し得る人体実験さえ許可しないランヴァルディアの意図に、他の研究員達は納得できなかった。


 対立すら見せ始める研究員達の溝を、ランヴァルディアは修復しようとはしない。

 それどころか、逆に溝を深める言葉さえ向けていた。


「……正直に言えばね。私は君達の研究に興味は無いんだ」


「!?」


「前から言っているだろう? 私は母の、そしてネリスの為に研究を続けてきた。君達は君達の研究を勝手にすればいい」


「なんということを……!? 皇国の命令を無視するのですか!?」


「上が命じた要望には応えた。研究も実験も済んでいる。後の調整と御披露目は皇国軍自身で行えばいい。そちらにもう興味は無いよ」


「!?」


「私は自分の研究の為に必要な物は用意し準備も出来ている。正直、今更アルトリアを連れて来られても、皇国軍の方にも私の研究にも役立たないだろう。まったく、連れてきた彼等にも困ったものだよ」


「な……!?」


「彼女の知識に興味はある。だが、私は彼女にそれ以上の興味は無い。協力してくれるのなら最高の待遇を約束も出来るが、協力しないのであれば帰しても良いとさえ思っているんだ」


「……!?」


「だが今すぐ帰せば、彼女は私の研究と実験を邪魔するだろう。……そうなるのはもう少し後。私の研究が完成した後でいい」


「……所長、貴方は自分の事ばかり……!!」


「……彼女も、私の研究が成功するか失敗するかを待っている。……だから、大人しく捕まっているのさ」


 最後の言葉だけは聞こえない程の小声で漏らすランヴァルディアと、研究員達の意識の溝は更に深まってしまう。

 そんな研究員達に興味も無さげに、ランヴァルディアはアリアに関する事を伝えた。


「……そうだな。君達がどうしても彼女を実験素体モルモットとして使うのなら、少し待つといい」


「待つとは?」


「二日後。それくらいが頃合だろう。それ以降なら、彼女がどうなろうと問題は無い」


「……」


「君達は君達の研究を頑張ってくれ。二日後以降は、私や皇国軍は君達の研究に関与はしない。同じ研究員として、成果が実ることを応援しよう」


 ランヴァルディアはそう言い、それ以後は研究員達が言葉を掛けても無視し続けながら研究作業を行う。

 研究員達は諦め、実験室から出て憤りが篭る声で文句を垂れ流した。


「……あんな奴を所長になどと、上は何を考えているんだ!」


「昔は、あんな人ではなかったんだがな……」


「ネフィリアスが死んでから、人が変わってしまったな」


「恋人があんな死に方もすれば、しょうがないとは思うが……」


「だからといって、あのやり様を許容できるものじゃない! 生物学研究機関われわれが目指していた最終目標は、人類全てが聖人へ至る可能性を模索し、魔族や魔獣の脅威へ対抗する人間の進化研究を行って来たはずだ!」


「それが皇国軍の要請で合成魔獣キマイラ合成魔人キメラの製造実験へ切り替わり、聖人へ至る為の研究から遠ざかった……」


「そのほとんどの研究功績は、全てランヴァルディア所長の成果で果たされてはいるが……」


「それでも、やっと掴んだ聖人への手掛かりを手をこまねいて見ているだけなど出来ない……!!」


 研究員達は愚痴を垂れ流しながら通路を歩く。

 望まぬ研究で成果を求められ、更に目の前に届いた聖人という貴重な存在を研究する事さえ妨げられていた研究者達の苛立ちは強い。


 それぞれの研究者があらゆる分野での専門家スペシャリスト。 

 その矜持と自信を挫かれるような今の現状の不満が、臨界点に近付いていた。


 それを知ってか知らずか、アリアは悠長にも監禁された室内で静かに本を読む。

 研究者達がアリアがいる室内を監視する映像が表示される部屋に入ると、監視をしている作業員に話し掛けた。


「様子は、変わらずか?」


「はい。……今日で四十一日目ですが、食事どころか水すら口に付けません。薬物などは混入させていないと、何度も言っているのですが……」


「……やはり聖人か」


「記録では、半年以上も食事を摂らない七大聖人がいたそうです。彼女は間違いなく、聖人かと」


「……」


 アリアは拘束されてから四十日以上、水や食事を摂っていない。

 その他では通常の人間女性と変わらない様子を見せていたが、一ヶ月の間に女性特有の生理現象が確認できず、人間に必要な食事という行為を必要としない様子を見せている。

 読書の他にも規則的に身体を動かし運動をするが、特別に変わった様子は見せない。


 そんな様子を監視し続けていた研究員達は目の前に映るアリアが聖人に至っていると確信に満ち、魔道具を通じて室内に声を響かせた。


『アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン!』


「……何よ?」


『いい加減に、我々の研究に対する協力要請を受ける気になったかね?』


「……はぁ、何度も言わせないでよ。それより、ランヴァルディアを呼びなさい」


『所長は大変忙しいそうだ。代わりに我々が話を聞こう』


「話にならないわね。私はランヴァルディアと話して馬鹿な事を止めさせたいだけよ」


『……既に四十日以上、満足に水や食事を付けていないようだが、辛くはないのかね?』


「こんな所で出される食事なんて、身体が受け付けないわ」


『君の口に合うように、一流の料理人シェフに作らせているんだがね』


「笑わせないでよ。あんな家畜の餌以下のものを作れる料理人がいるわけないでしょ?」


 研究員とアリアはいつもと同じ流れの会話を行う。

 基本的にアリアはランヴァルディアを連れて話をさせろと言い続け、研究員達の話を聞こうとしない。

 逆にランヴァルディアは初日以降、アリアの居る場所まで訪れる様子は無い。

 研究者達も監視者達も、変化しない状況とアリアの嫌味に嫌気が差していた。


 しかし、今回の研究員は強気な態度でアリアに呼び掛けた。


『所長から許可が下りた。二日後、君に我々の実験に協力してもらう。勿論、君の意思は関係無い』


「……」


『それまでに、態度と意見を改めた方がいいだろう。……我々も焦らされ続けたのだ。君の聖人としての身体、思う存分に調べさせてもらう』


 そう伝える研究員の通信は途切れ、アリアの居る室内は静寂に包まれる。

 アリアは無表情で本を閉じると、椅子から立ち上がり寝室のベットに顔を埋めて寝転がった。


「……二日後に、ランヴァルディアの研究が完成するのね」


 研究員達の見得からランヴァルディアの研究がその日に完成する事を、アリアは感じ取る。

 そしてその日こそ、自分が動くべき日だとアリアは覚悟した。


 動き出したエリクと、待ち続けたアリア。

 互いに目的を遂げる為に、最後の仕上げを開始した。

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