地下施設


 場面は、グラドや訓練兵達から別れたエリクに戻る。


 官舎を抜け出しアリアから受け取っていた偽装魔法が施されている魔石を使い、エリクは皇国軍基地に設けられている街を探っていた。

 街を探る理由は、アリアが捕らわれている研究施設の居場所を掴む為。

 それらしい場所を探りながら、偽装した姿でエリクは街に住む人々に悟られない程度に情報を得ていく。


 その結果、とある場所がエリクの目に浮上する。

 その場所に赴いたエリクは、周囲を見渡せる高所に隠れ潜んでいた。


「……」


 エリクが隠れているのは、空き地として放置されている場所の屋上。

 そこは一般人の立ち入りや兵士達の立ち入りが禁止されていながらも、時折に人が疎らに出入りしているらしい。

 しかも空き地前は高い壁に覆われ、その前には兵士の詰め所さえ存在し、兵士が周囲を巡廻している有様だ。


 その空き地に何かがあると言わんばかりの状況を察したエリクは、その出入り口を隠れながら監視することにした。

 

「……!」


 その日の深夜。

 エリクは空き地周辺に動きがあるのを確認する。


 詰め所前に明かりを灯した人影が訪れ、何かを話して空き地へと入る姿が見える。

 エリクは巡廻の目がそちらに向かった瞬間を狙い、壁の出っ張りに指と足先を引っ掛けて素早く駆け上がった。


 空き地内に潜り込んだエリクだったが、その中にあるのは木材などが置かれているだけの場所。

 物置として扱われているその空き地を見渡しながら、エリクは気配だけを探って入り込んだ人物を追う。

 相手が手練れであれば、注視して見られている事に気付くかもしれない。

 足音と気配だけを頼りにエリクは追い、その気配が空き地の隅で足を止めた。


「……!!」


 立ち止まった後、異質な音が空き地内で響く。

 僅かな地響きさえ起きたと思えば、鉄扉が開くような開閉音が空き地内の一角に響いた。

 その後、追っていた人物の気配が遠ざかり、鉄板を踏む足音が遠ざかる。

 それが完全に途絶えた後、数秒後に異質な音と共に鉄扉が閉まる音が聞こえる。


 エリクは隠れ潜む身を起こし、音が鳴っていた場所を探った。


「……何も無いな」

 

 音が鳴っていた場所には鉄らしき物は存在せず、一面は木材と麻袋が敷かれた土のみ。

 エリクは重点的にそこを探る中、土を踏み締める足が僅かな違和感を持った。


「……この土、硬いな」


 エリクが感じた違和感は、土の硬さ。

 他の部分は土として柔らかく、エリクが足で踏むと足跡が残ってしまう。

 しかし探っている場所は、土を踏んでも身体が沈み込む感触が無い。

 土の違和感に気付いたエリクはしゃがみながら調べる。

 すると、不自然に一本の細い紐が土から出ているのに気付いた。


「……」


 それを無言で引っ張ると、先ほどの音が鳴り響く。

 エリクが居た土が盛り上がり、エリクは素早く身を引いて様子を伺った。


 土を掘り起こすように現れたのは、鉄板。

 それが下から上へ開閉し、鉄扉の下に鉄板が敷かれた階段が姿を現す。


「……こんな物もあるのか」


 地下室へと続く機械仕掛けを初めて見たエリクは、現れた階段を降りて行く。

 エリクがある程度まで降りると、鉄扉が自動的に閉まった。

 更に扉に反応し、鉄扉の内側に取り付けられた茶色の魔石が輝く姿をエリクは見る。


「……なるほど。扉が閉まった後、土属性の魔石で土を作り出して隠していたのか」


 扉部分の土だけが周囲の土と違いがあった理由も判明し、エリクは光の灯った地下へ歩いていく。

 階段を降りながらエリクが感じたのは、周囲の異様さだった。


「これは、全て鉄か?」


 エリクが地下の風景に異質さを感じる理由。

 それは鉄製の壁や床に覆われ、所々に鉄製の配管が通った天井であり、エリクが知る地下室とは土や石で覆われているような古典的な物で、目の前にあるような鉄だけで覆われる地下室は異様にしか見えない。

 そのまま鉄板の床で鳴る足音を注意しながら、エリクは階段を降りきり通路を歩いてとある扉を慎重に開けた。


「……!」


 エリクがそこで見たのは、巨大な空洞。

 広大な空間に水蒸気らしきものが漂い、何かが唸るような音が響き渡り、エリクが見たことも無いような鉄製の建築物が所々に存在している。

 それを扉越しに見たエリクは異様さを感じ、悪寒にも似た嫌悪感を抱いた。


「……ここが、研究所なのか?」


 エリクは自身が抱いた疑問を呟く。

 研究所という施設を知らないエリクは、基準となる研究所そのものの作りを知らない。

 そこにエリクの知識外で設けられた地下施設は、エリクの思考に僅かな動揺を生ませた。


 そうした動揺の中、僅かに扉越しに開いた隙間から人の声が聞こえる。

 それに気付いたエリクは扉越しで身を隠し、聞こえる声に耳を傾けた。


「――……こっちはどうなってる?」


「予定通り、明日には御披露目するらしい。そっちの様子は?」


「今のところ、訓練兵達に変わりはない」


「しかし、勿体無くないか? 今まで通り実験素体モルモットとして使えば……」


「今回はお偉方も呼んでの性能確認だからな。アレの相手を訓練兵共にやらせるのさ」


「えげつねぇな。しかし、流石に疑われないか?」


「訓練兵なら不測の事態で行方不明になっても言い訳はし易いし、正規兵だと足が付き易いからな。それにアレが認められれば、もう新兵も要らないんだろう」


「可哀相に。生き残っても実験素体モルモットにされるんじゃな……」


「俺達も実験素体モルモットにされないように、働かなきゃな――……」


「……」


 二人の人物がそうした会話を行いながら鉄板の廊下を歩き、扉の前を通っていく。

 その話を聞いたエリクは、幾つか不明な言葉がありながらも幾つかの予想は立てられた。


 明日、グラドを含んだ訓練兵達を使って何かしらを御披露目する。

 それには皇国の重要人物達が集まるらしい。

 その御披露目後、訓練兵達は何等かの形で処分される。


 要点を自身の中で纏めたエリクは、表情を険しくさせながら扉を抜け、鉄柵の向こうへ飛び降りて着地した。

 そして建築物の陰に隠れながら人に注意し、更に奥へと進み続ける。


「……」


 エリクはこの場所が研究所だと先ほどの会話を聞いて確信する。

 そして自身の目的を思い出して果たす為に施設内部を探った。


 第一目的は、アリアの奪還。

 第二目的は、研究所内で合成魔獣や合成魔人に関する実験の証拠をハルバニカ公爵の下へ持ち帰ること。

 それ等を果たすまではグラドや訓練兵達の事を考えず、自身の目的達成の為に動くと決めた。


 研究施設に忍び込んで数時間後。

 上手く施設内に居る人間から隠れながら探るエリクは、とある場所へ辿り着いた。

 そこは地下施設の中でも更に巨大な空洞であり、それを目にしたエリクは形容し難い感情でそれを見る。


「……コイツ等は……」


 エリクが見たのは、上下を鉄材に覆われたガラス製の容器に封じ込められ培養液漬けにされている多種類の魔物や魔獣達。

 中にはエリクが見たことも無い魔物や魔獣の姿もあり、小さな魔物は数十センチ程の大きさから、巨大な魔獣は十数メートル以上の姿をしている。

 それに近付き観察するエリクは、僅かに瞼や指先が動く魔獣達を見て驚いた。


「……この魔獣達は、生きているのか?」


 ガラス容器に水漬けされているにも関わらず、中に封じられた魔獣達が生きている事をエリクは不思議に思う。

 そんな疑問を持ちながらも、整然と並べられた魔獣達の光景は不気味さを醸し出し、エリクはその場を後にする。

 更に地下へ降りる階段を見つけると、エリクは下へ降りた。


 その先にある更なる巨大な空間と中にある物に、エリクは驚愕させられる。


「……キマイラ……!!」


 エリクが見たのは、先ほどと同じように封じられていた様々な合成魔獣キマイラ達。

 以前に戦った種類と同じ合成魔獣を始め、他種類と組み合わせて生み出された合成魔獣達も大小に存在する。

 それ等も封じられながら息づき、生きるのが伺える。

 

 あれほど脅威だった合成魔獣キマイラが大量に存在し、しかも他種類でも作られている光景に驚きながらも、エリクは周囲を見渡した。


「……外はもう朝か」


 エリクは時間的経過を見て、外が朝になっていると察する。

 疎らに存在した研究員らしき者達の姿が少なくなっているのは、朝食の時間だからだと察した。

 エリクは更に奥へと進む。

 そして地下室の前で見張りが一人だけ立っている姿を目撃したエリクは少し悩みながらも、覚悟を決めて見張りの前へ飛び出した。


「な――……ッ!?」


「眠っていろ」


 エリクは見張りの腹を殴打して気絶させる。

 そして荷物の中に入っていた縄で手足と口を縛り、物陰へ置いた。

 そして見張りが守るように立っていた扉の奥へ侵入する。


 その先にはとある空間が作られていた。

 そこは今までのような研究所染みた場所ではなく、エリクは自分の知る牢獄を思い出す。

 幾つかの部屋らしき場所が敷き詰められ、鍵を掛けられた鉄扉と鉄格子付きの小さな窓が嵌め込まれている。


 アリアがいるかと思い、エリクは鉄扉の小さな窓を覗きながら中を確認する。

 しかし中に人は居らず、ほとんどが空の状態。

 そうして全ての部屋を確認している最中、奥にある部屋でとあるモノをエリクは発見した。


「――……!」


「……」 


 エリクが窓越しで見たのは、黒く長い髪を垂れながら粗末なベットで眠る十歳前後の少女だった。

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