黒獣潜入


 訓練兵達は宛がわれた官舎で休息する。

 その中で同室となったエリクとグラドだったが、その部屋に違和感を持ったエリクは室内を見渡した。


 そんなエリクの挙動不審な様子に気付くグラドは、エリクに訊ねる。


「どうした?」


「……グラド、外で話そう」


「え?」


 それ以降は口を閉ざしたエリクは、荷物を置きながらも背負う大剣は置かずに部屋から出て行く。

 やっと一息吐けると思っていたグラドは、その後を追うように部屋から出た。

 二人が来たのは官舎の裏側で、建物からかなり離れた位置だった。


「どうしたんだよ?」


「……部屋の中で、視線を感じた」


「!?」


「窓の外から誰かが見ている感じでもなければ、部屋の中に何者かが潜んでいる感じでもない。だが、見られているとは感じた」


「……魔道具かもな」


「魔道具?」


「魔石を原動力にした道具だ。俺が知り得る限りじゃ、遠隔から魔道具を通じてその場所を見渡せるモノがあったはずだ」


「それが部屋の中にある。そういうことか」


「見れるだけじゃなくて、音も聞こえる物もあったはずだぜ」


「……俺達を、監視する為だな」


 グラドの説明でエリクは納得する。

 室内に自分達以外の気配が無いにも関わらず見られている気持ち悪さを感じた理由が、その魔道具の影響だということ。

 そして監視者は意図的に官舎の部屋にそれ等を取り付け、部屋の入室者の監視を行っていること。


 それをエリクに気付かされたグラドは、怪訝な表情を険しい表情に変えていた。


「……俺等の部屋にそれが設置されてるってことは、お前が相方の為に潜入しているのが皇国軍側にバレてるってことか?」


「いや、部屋は俺達自身が選んだ」


「つまり、全室に仕掛けられてる可能性が高いワケか。……なんだってこんな事を……」


「……グラド。さっき、あの男が催し物をすると言っていたな」


「ああ。歓迎会だとか言ってたな」


「お前は、参加しない方がいい」


「!」


「俺も詳しくは分からないが、奴等は訓練兵達おまえたちを利用して何かをするはずだ。……お前は巻き込まれるな。調子が悪いフリをして、部屋の中で休んでいるように思わせろ」


 エリクは不器用ながらもグラドを説得する。

 具体的な実験を知らないエリクには、訓練兵達がどういう意図で誘い込まれたかを察せられない。

 しかし、何かしらの悪意を持ってグラドが巻き込まれる恐れがあるのなら、協力者として忠告を向けておくべきだとエリクは思う。

 それにグラドは驚きの顔を見せ、口元を微笑ませながら話し始めた。


「お前が俺の心配をしてくれるとは、それこそらしくねぇな」


「……お前には家族がいる」


「他の奴等にも家族はいるさ」


「……」


「俺は曲がりなりにも、訓練兵あいつらの中隊長を任せられちまった。危険な目にあいつ等も遭うんだと分かってるのに、自分だけ逃げるような事はもうしたくない。……それに、相手がこうした事を仕込んでるんだ。俺だけ逃れられるという保証も無いだろ?」


「……そうだな」


「お前は、師団長が言ってた催し物ってのに参加する気なのか?」


「……いや。俺は参加しない」


「んじゃあ、どうすんだ?」


「俺は、俺の目的を果たす。その為にここに来た」


「……お前の相方を、助けに行くんだな?」


「ああ」 


「……そうか」


 固い意志を秘めた瞳を見たグラドは、エリクの説得が不可能だと察する。

 皇国軍に潜入したエリクの目的を知るグラドは、ここからは別行動になるのだと気付いた。


「今日、行っちまうのか?」


「ああ、身動きが出来なくなる前に消える。……お前達は、俺の不在を誤魔化す必要は無い。居なくなったと気付かれたら、報告して何も知らないと言えばいい」


「……中隊長としての責任を考えれば、お前さんがいなくなると責任を被るのが俺になるんだがな」


「……そうか。すまん」


「構わんさ。そういう誤魔化しは得意なんでね。いざとなったら、お前に全責任を被せる流れに持ち込むさ。……それより、ちゃんと相棒を助け出せよ。そしてバンデラスの野郎とグルの皇国軍に、泡を吹かせてやってくれ」


「ああ」


 そう話し終えたグラドとエリクは、互いに手と手を握り合う。

 互いが互いの目的の為に酒を飲み交わしてから過ごしたのは、ほんの数日の間だけだった。

 それでも二人には互いに信用できる部分を見出し、少しの間は背中を預けた仲間と成り得た。


 二人はそのまま部屋に戻り、エリクは自分の荷物を軽く纏める。

 そして夕食前には、エリクは官舎を抜け出し姿を眩ませた。


 夕食時にエリクの姿が見えない事に訓練兵の幾人かが気付き、グラドに訊ねる。


「グラド、エリオは?」


「調子が悪いとかで、部屋で寝てるぜ」


「へぇ、意外だな。あのエリオでも体調が悪い時なんてあるのか」


「エリオだって人間なんだ。そういう時もあるだろ?」


「そりゃあそうだ!」


 そう笑う訓練兵達と誤魔化すグラドは、そうした会話をして夕食を行う。

 グラドの言葉を信じる者達は、エリクが不調であると疑わない。

 対してグラドは、訓練兵達を見渡しながら内心では険しい感情を浮かばせていた。


 ザルツヘルムが述べた歓迎会の催し物。

 そう告げた時のザルツヘルムの表情と声に、グラドは悪寒を感じている。

 元傭兵として修羅場を幾つも潜り抜けてきたグラドという人間の感性が、この先に起こる危険を無意識に察知していた。

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