結社編 二章:神の研究

籠の中の鳥


 ケイルに裏切られバンデラスに連れ去られたアリアは、マシラ共和国の時と同様に見知らぬ場所で目を覚ました。


「……やってくれたわね、ケイル」


 そんな悪態を漏らして起き上がると、柔らかなベットが敷かれた室内に居る事を自覚する。

 右肩と右腰の痛みが無くなっており、自分に回復魔法の治療が行われていると察する。

 そして服はそのままながらも、短杖は手元に無く荷物の類も全て消失していると確認した。


 アリアは周囲を探りながら部屋を出る。

 そこに広がる光景は、マシラ共和国で捕まった時の出来事を連想させた。


「また、似たような状況になったわね……」


 アリアは連れて来られた場所が、窓は無く空調機工が施された密閉の室内だということを理解する。

 檻となる格子は無く一定の空間に複数の部屋が設けられ、冷蔵庫と食べ物や飲み物は勿論、アリアに合う衣服や日常生活に必要な環境が整っていた。


 しかし、出口となる扉は見つけられない。


 異質な光景があるとすれば、居間の正面に分厚いガラスで覆われた巨大な壁が設置されていること。

 そのガラスはアリア側から見れば曇っており、外の様子は見えない。

 アリアはそれに注目し、ガラスを破壊する為に離れて構える。

 右手を向けて氷の弾丸を精製しようとすると、異変に気付いた。


「……魔法が、使えない……?」


 アリアは魔法を放てない事に違和感を持つ。

 その原因を考えて表情を険しくさせながら呟いた。


「魔力は大気の中に少なからず存在するはず。……まさか、ここには……」


『そう。その室内に魔力は存在しない。だから君の得意な魔法は使えないよ。アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン』


「!」


 室内に響く機械的な声に驚き、アリアは周囲を見渡す。

 部屋の隅に置かれた反響装置が声の出所だとすぐに理解しながらも、ガラスが嵌め込まれた場所を見たアリアは睨みながらその声の主に話し掛けた。


「……なるほど。空気中の魔力のみを抽出する部屋と、向こう側からだけ見える魔法の鏡マジックミラーだったかしら?」


『そう。皇国でも魔法犯罪者の取調べに用いられる設備だ。ああ、割ろうとしても無駄だよ。強化素材で造られているからね。殴打した程度では割れないし、君に傷付いて欲しくはない』


「……その声。ランヴァルディア皇子かしら?」


『覚えていてくれるとは嬉しいよ。アルトリア』


「こっちは早く忘れたかったわ。私の過去の汚点の一つだもの」


『そんな事を言わないでくれ。私は君と出会った日の事を忘れられない。そしてその部屋は、君が住み易くできるよう拵えた物だ。素直に喜んでくれると嬉しいね』


 ガラス越しで話し合うアリアとランヴァルディアは、互いに理解し合える話をする。

 それは互いが互いと面識があり、同時に只ならぬ関係でもある事を示していた。


「今でも研究を続けているの?」


『ああ、順調だよ。その成果を披露するのを早める為に、研究への協力を頼みたい。お願いできるかな?』


「お断りよ」


『……どうしてもダメかい?』


「昔、私は言ったわよね。貴方の研究内容に興味は無いと」 

 

『こちらも言ったよ。私は君に興味があると。あの七大聖人であるシルエスカと同じ存在へと至れた君にね』


「随分と過大評価してもらっているところ申し訳ないんだけど。私はシルエスカと同じではないわ」


『確かに、聖人が辿る成長の仕方と君の成長は異なっている。聖人は生まれながらに聖人であり、特殊な存在。彼女の成長経過が記録されているが、聖人は五年に一度しか齢を取らず、成長過程が通常の人間より遅いはずなんだ』


「ええ。私は歳相応に成長してるわ。私は聖人ではない」


『だが私が知り得た情報が正しければ、君は間違いなく『聖人』へ至れている。君自身が知る特別な方法で、それを偽っているだけだ』


「何を証拠に?」


『君の歴史が物語っているんだよ。アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン』


「……」


『君は僅か二歳で卓越した魔法の使い手として開花し、七大聖人の一人であるガンダルフに師事を受けているね』


「……」


『そんな君はローゼン公爵家の影に隠れながら、目覚しい功績を幾つも立てているね? それ等を他者の功績と偽っていたようだけど。……新種の魔道具と魔導兵器の開発と、新魔法の構築式理論の完成と発表。それ等を全て、ローゼン公爵家が後ろ盾となった者達の名を借りて発表されている』


「……その成果を発表した彼等は、自分の力でそれに辿り着いた。努力して辿り着いた成果に対する正当な権利と主張だと思うけど?」


『君の知識と知恵を借りてね。この私のように』


「……ッ」


 アリアが実家であるローゼン公爵家の影に隠れて行ってきた若気の至りを、ランヴァルディアは赤裸々に語っていく。

 それに対して驚きよりも怪訝な表情を露にするアリアに対して、話は続けられた。


『どうしてそんな事を知っているのか? そういう顔をしているね』


「……」


『アルトリア。君は自分自身の評価を過小に見積もりすぎている。君が思っている以上に、ルクソード皇国では君という存在は重要視しているよ』


「!?」


『マシラ共和国では派手に動いたようだね。皇国はそれを関知し、どのような事態が起こり君が国から離れているのかを把握していた。君が皇都に入った段階で、各勢力が君を抱え込む為に謀略を巡らせて牽制し合っていた事態になっていたのは、知っていたかい?』


「……たかだか傘下国の元貴族令嬢に随分と御執心なのね。皇国ここの上層部は暇を持て余してるのかしら?」


『君がただの女の子ならば、皇国の誰一人として関心は示さなかっただろう。……君が聖人に並ぶ戦力と成り得るからこそ、皆が君に興味を持つんだ。アルトリア』


「……」 


『聖人を保有する国は人間大陸の中で強い影響力を持つ。皇国で聖人に至れて『赤』を得られたのはシルエスカだけ。……もし皇国から七大聖人の『色』として二人目の聖人を加えられるとしたら、女皇や上級貴族達は喜んで君を迎え入れるだろう。私はそんな政略と謀略の泥沼に引き困れないように、先んじて君を保護したというワケだ』


「……心にも無い事ばかり。くだらない話をするなら、もう帰りたいんだけど?」


『フフ。そう言うと思ったよ、アルトリア。君は名声や権力というものに興味も無いんだね』


「……そっちもでしょ?」


 本気で飽き飽きした態度を見せるアリアに、ランヴァルディアは嬉しそうに微笑む声を伝える。

 そしてランヴァルディアは自らの本音を語り始めた。


『その通り。私は皇国がどうなろうと知った事では無い。私が興味があるのは自分の研究だけ。……だからアルトリア、私の研究に協力してくれ。君の知識と知恵を借りたいんだ』


「何度も言うわ。お断りよ」


『……そうかい。だが気が変わる事もあるだろう。君が協力してくれるという返事をくれるまで、ここでしばらくは生活してもらうよ』


「今すぐ出しなさいよ」


『出したら君は、私の研究を潰すつもりだろう?』


「当たり前よ。合成魔獣キマイラの製造にまで手を付け始めたと知った今は、絶対にアンタの研究を潰すわ」


『……どうやら、私が造った作品ものを見たようだね。出来栄えはどうだったかな?』


「最悪ね。見るに耐えなかったわ」


『確かに、アレ等は出来栄えとしては最悪だ。ただ繋ぎ合せただけの合成魔獣が私の造りたかった物ではない。私が望むのは、進化へ至り辿り着く場所。最後の到達点だからね』


「……最後の到達点?」


『かつて神と呼ばれた者達。【到達者エンドレス】という存在へ至る夢さ』


「!!」


『その様子だと君も知っているようだね。この世界で【神】と呼ばれた者達のことを』


「……止めなさい。それは気軽に触れていいモノではないわ!」


『残念ながら、既に賽は投げられている。今の私を、誰も止めることはできない』


「……まさか!?」


『君をここへ招待したのは、私の実験に協力する事を望んだからでもある。けれど、君にも見て欲しかったんだ。私に知識を教授してくれた師であり、唯一の敵に成り得る君にこそ、私の夢が現実になる瞬間を見てもらおうと思ってね』


「アンタ、まさか自分の身体で……!?」


『久し振りに君と話せて嬉しかったよ、アルトリア。……十年振りに見る君は、本当に美しく育った。私はこの十年で、醜くなってしまったけどね』


 アリアは当初と見せていた嫌悪の表情を焦りに変えて、ガラスを叩きながら向こう側に居るだろうランヴァルディアに向けて怒鳴りつけた。


「止めなさい、ランヴァルディア! アンタまさか、アレを手に入れたの!? ……合成魔獣で実験をしていたのは、自分の身体を改造する為に……!?」


『……』


「ここ開けなさい、ランヴァルディア! 今ならまだ間に合うわ! 今なら私がどうにかできる! でもそれを受け入れたら、もう人間に戻れなくなるのよ!?」


『……』


「……そうだ! 貴方には恋人が居たわよね? そんなモノになったら、あの人は――……」


『ネリスは死んだよ』


「……え?」


『この研究を完成しなくてはいけない。私が死なせてしまった彼女の為にもね。……アルトリア。次に会う時は、神となった僕と会おう』


 それを最後に、ランヴァルディアは魔道具からの通信を途絶えた。


 アリアは苦い表情をしながら鏡を叩きながら後悔し、ランヴァルディアと出会った過去を思い出す。

 それはランヴァルディアにとっても、夢を現実にする光明と出会った瞬間だった。 

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