信頼への裏切り


 誘い込み情報を提供しながらも、その報酬としてアリア自身を求めたバンデラスは、アリアと敵対関係に発展する。

 そのバンデラスは余裕の笑みを崩さず、諦めながら話を切り出した。


「交渉決裂か。ならしょうがない。……今度はそっちに交渉しようか。ケイティルさんよ」


 敵意を隠さず睨みつけるアリアから目を逸らすバンデラスは、その後ろに立つケイルに話し掛ける。

 それを無視して魔法を放とうとするアリアを止めたのは、肩を掴んだケイルだった。


「……ケイル?」


「アタシとアイツの話だ。手を出すな」


 ケイルは険しい表情で前に出て、バンデラスは余裕の笑みで向かい合う。

 先に口を開いたのはバンデラスであり、その話は端から聞けば理解できないものだった。


「本当は、ここで酒を飲みながら一晩ゆっくり話したかったんだがな」


「……交渉ってのは何だ?」


「分かるだろ? お宅なら」


「……」


「御互いに同業者だ。色々と大目に見る部分はあるはずだろう。その棲み分けをちゃんとしようって話だ」


「……」


「困るんだよ。こうも俺達の領域テリトリーで好き勝手されると。こっちはそっちの邪魔はしてないんだぜ? ……この落とし前の着け方は分かるよな? ケイティルさんよ」


「……ええ。分かっていますよ」


「……!?」


 バンデラスの物言いに、ケイルが丁寧な口調に切り替えて返事をした瞬間。

 アリアは右肩に強い衝撃を受け、右手に持った短杖を床へ落としてしまう。

 叩かれたアリアが驚きの目を向ける相手は、左手で素早く抜いた鞘付きの小剣を握るケイルだった。


「……ッ、ケイル、貴方……!」 


「……何度も言ったろ。この国では厄介事に首を突っ込むなってよ」


「!!」


 ケイルは足元に落ちた短杖を蹴り離し、左手に持つ小剣でアリアに殴り掛かる。

 それを回避する為にアリアは飛び避けるが、今度は鞘付きの長剣を右手で抜き放ち、アリアの右横腹へ直撃させた。


「……イ、ツゥ……ッ!!」


「運動不足だっつったろうがよ。御嬢様」


 長剣で殴り飛ばされたアリアは周囲の椅子と机に激突する。

 痛みに堪えながら治癒しようと左手を動した瞬間に、ケイルの足蹴りで治療を妨害された。


「ッ!!」


「回復なんてさせねぇよ」


 顔を蹴り上げられ唇を切り血を流すアリアは、床へ突っ伏した状態でなんとか起き上がろうと腕に力を込める。

 それを妨害するケイルはアリアの頭を右手で押し込み、更に両腕に膝を乗せて押さえ込むと、左手で何かを取り出しながら言葉を吐き捨てた。


「これも言ったよな。アタシはお前が嫌いだって」


「……ッ」


「お前がアタシの事を見ていたように、お前の動きも何から何まで見て癖は把握してる。……だから遠慮なんてしねぇし、魔法を撃つ隙も与えねぇよ」


 ケイルが懐から取り出したのは、緑に染められた薬染めの絹布。

 その絹布を左手で持つと、アリアの口と鼻に覆わせながら組み敷いた。


「――……ゥ、ンゥッ!!」

 

「お前は色々と頭が回って勘が良過ぎた。エリクがお前から離れなくて苦労したが、今はやり易い状況へ持ち込めた」


「ゥウッ! ンゥ、ゥ……ッ」


「さよならだ、アリア」


 徐々にアリアの意識は遠退き、ケイルが別れの言葉を告げた時に意識を途絶えさせる。

 意識を失ったアリアは床へ突っ伏し、ケイルは立ち上がってバンデラスの方を見て喋りかけた。


「……これでいいですか?」


「容赦無い見事な手際だねぇ。流石は【結社】に飼われているだけある」


「……」


「安心しろよ、俺も同業だ。ただし、お宅とは違う商売をしているがな」


「彼女をどうするんです?」


「とある研究の為に必要な人材らしくてな。俺の資金源スポンサーがそっちに回せと要求してきたのさ」


「そうですか」


「おや。興味は無いかい?」


「貴方も言ったでしょう、棲み分けをしろと。……貴方も、これ以上は私の仕事の邪魔はしないでもらいたい」


「……なるほど。お前さんの狙いは、あのエリクって男の方か」


「……」


「分かった分かった。お宅の目的に手を出さないさ。ついでにお宅等も奴隷誘拐の容疑からは外しておく。マギルスは流石に無理だけどな」


「それで構いません」


「お前さんも、こっちのやる事に手を出すなよ。……ただし、あのエリクって男がこっちに関わってくるようなら、俺達は全力で排除させてもらう。それでいいかい?」


「……そうですね。貴方達が下手な尻尾さえ掴ませなければ、彼は何も出来ないでしょう。上手にやって頂ければ、問題ありません」


 そう言いながらケイルは酒場から出て行く。

 それを見送るバンデラスは鼻息を漏らしながら呟いた。


「アレが組織の勧誘屋ねぇ。……あんな無愛想で、男の一人でも誘えるとは思えんなぁ」


 そんな呟きを漏らした後、バンデラスは軽く手を叩く。

 その音に反応して、店の奥から数人の傭兵風の男達が出てきた。


「お前等、このお嬢さんを丁重に運べ。朝までに例の所に運ぶぞ」


「へい。……ヘヘ」


「手は出しちゃいかんぞ。何せ、資金源スポンサーが名指しで欲しがるお気に入りだ。こっちで手を出したら俺の首諸共、お前等の首がすぐにゴロゴロ転がっちゃうぜ?」


「へ、へい……」


「女なんてそこらに捨てるほどいるんだ。焦るな焦るな」


 そう脅しながら命じるバンデラスは、椅子に座り直してウィスキーを注ぎ飲む。

 落とした短杖と共に傭兵達に運ばれるアリアは、意識を失ったまま店の奥へと連れて行かれた。


 次の日の朝。

 エリクの待つ宿にアリアは戻れず、ケイルは戻らなかった。

 二人の信頼を裏切ったのは、仲間になったはずのケイルだった。

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