厄介事の始まり


 未討伐依頼の中に不穏な要素を発見し推理したアリアは、その情報を傭兵ギルドに伝える為に再び受付へと赴いた。

 受付の男がそのアリアに訝しげな視線を向け、尋ねた。


「何か用か?」


「傭兵ギルドのマスターに御話したい事があります」


「……来たばかりの二等級傭兵が、マスターに会えるわけがねぇだろ。さっさと依頼でも何でも行って来い」


「では、掲示板に張り出された魔物や魔獣の未討伐依頼書の残り方は、傭兵ギルド側も把握しているんですよね?」


「何を言ってやがる。当たり前だろ」


「なら、あの討伐依頼の不自然な偏り方も把握しているんですよね?」

 

「……何が言いたい?」


「一定の地域に魔物や魔獣の未討伐報告書が偏っている。そして最近発見された斑蛇の情報を照らし合わせれば、斑蛇が未討伐の魔物や魔獣を捕食し、進化を遂げ続けているという状態だと結び付けられます」


「!」


「斑蛇は成長し進化する上位種は、第一種危険魔獣に指定されています。目撃情報と未討伐依頼書の数を照らし合わせても、既に中級魔獣に進化し成長を続けている可能性もある」


「……」


「このまま放置すれば、上級魔獣に進化し繁殖した大蛇が成長に必要となる餌を求めて他の魔物や魔獣の居る場所へ移動し、群れと化した大蛇達が飢えを凌ぐ為に人間の住む村や町を襲いかねません。一刻も早く報告のあった近隣市町村から人々を避難させ皇国軍に出動要請を行い、魔獣討伐の協力を――……」


「黙れッ!!」


「!」


 皇国軍の話をした瞬間、受付の目付きが途端に厳しく鋭く変化する。

 そしてカウンターの机を大きく叩き怒鳴った受付の男が、目の前のアリアに怒鳴り吐けた。


「新米のガキが、御託並べてんじゃねぇぞッ!!」


「……人の話を聞いてたの?」


「聞いてたさ。ガキがビビッて蛇も倒せねぇから、軍を出動させ倒せなんてふざけた御託を並べてるのをな!」


「……アンタ、馬鹿じゃないの?」


「ア?」


「上級魔獣の脅威を知ってれば、その地域に住む人間達がどんな脅威に晒されるか分かるでしょ。群れも作れば被害は拡大するわ。群れの頭である上級魔獣を潰せば全て解決するわけじゃない。頭を潰しても他の群れが生き残れば被害が拡大する。そんな事も理解できないわけ?」


「何が上級魔獣だ。たかが魔物の大斑蛇を大層な呼び方してるんじゃねぇよ!」


「……呆れた。ここの傭兵ギルドって、こんな無知な人間に受付を任せて適当に仕事を請け負ってるのね」


「……なんだと?」


 アリアは呆れながら本音を漏らすと、怒鳴る受付が怒気を殺気に変えてアリアに向けた。

 それに反応したエリクが前に出ようとする中、先にケイルがアリアの肩を掴み、受付から引き剥がした。


「ちょっと、ケイル?」


「厄介事を起こすなって言っただろうが」


「でもコイツ、事態の緊急度を全く把握してないのよ。……それだけじゃない。ここで入り浸ってる連中は全員、依頼書を見て違和感さえ抱けない無能ばっかりってことじゃないのよ」


「……さぁ、どうだろうな」


「え?」


 ケイルの意味深な言葉に、アリアは疑念を浮かべて思考する。

 そして周囲で飲食しこちらを見ている傭兵達の視線に気付くと、アリアは気付き察した。


「……まさか」


「みたいだな。気付いてる連中は、分かってるんだよ」


「……最悪ね。ここの連中」


「とにかく、これ以上は厄介事になる。ギルドから出るぞ」


「……ええ」


「エリク、マギルス。出るぞ」


「ああ」


「はーい」


 引き止められたアリアはケイルの説得に応じ、エリクとマギルスもそれに応えて入り口に歩き出す。

 しかし四人を素直に出させようと思う者は、この建物内にはいなかった。

 出入り口を固めた数名の傭兵達と、四人を囲むように十数人の傭兵達がアリア達を囲んだ。

 全員が厳つく不快感を宿した表情を宿し、アリア達に敵意を見せた。

 

「……嬢ちゃん達。何処に行く気だ?」


「出て行くだけだ。邪魔しないでもらいたいね」


「随分と俺達を馬鹿にしたことを言ってくれたじゃねぇか。タダで通させると思うのか?」


「止めとけよ。傭兵同士の私闘は御法度だぞ」


「面子の問題だ。新参の余所者が偉そうにデカい顔してうろつかれちゃ、迷惑なんだよ」


「……」


 ケイルの説得に応じようとしない傭兵達は、武器こそ取らないが包囲を崩す気配を見せない。

 事態が面倒な事になった事に溜息を吐き出したケイルは、アリアを睨んだ。


「お前なぁ……」


「私のせいじゃないでしょ、コレは。どっちかっていうと、このギルドそのものの問題じゃないのよ」


「否定はしないが、厄介事に首を突っ込むなよ」


「アレを放置してる事の方が、遥かに問題じゃないのよ」


「まぁ、そうだけどな」


 アリアとケイルが小声で話すと、周囲の傭兵達は僅かに寄り始める。

 他の傭兵達は机を持って端に下がり、観客に徹する準備を進めていた。


 争いが避けられないと諦めた時、エリクとマギルスが互いにアリアに聞いた。


「アリア」


「アリアお姉さん、やっちゃっていい?」


「……こうなったら仕方無いわね。でも武器は無し。殺してもダメよ」


「えー、面倒臭いなぁ」


「エリクは、殺さずに無力化できる?」


「ああ」


「エリクは出来るけど、手加減が出来ないマギルスには無理だったわね。そこで大人しく見てなさい」


「むっ。僕にだって出来るよ!」


「じゃあ、やってみなさい」


「……あーあ、どう足掻いても厄介事だよ……」


 エリクとマギルスに命じたアリアと、溜息を吐き出したケイルを他所に、周囲で囲んでいた傭兵達が苛立ちを強めて怒鳴りながら襲い掛かった。


「舐めやがって……。大男と男のガキは潰しちまえ! 女二人は身ぐるみ剥いで、俺達の相手をしてもらうぜ」


「……手加減、しなくていいわね」


「だな」


 襲い掛かる傭兵の一言で、アリアとケイルに慈悲の瞳が失われる。


 数秒後。

 エリクが数名の傭兵達を拳のみで制圧し、マギルスは蹴りで複数の傭兵達を壁に叩き飛ばし、ケイルが襲って来た男の腕を掴み取り捻り回しながら床へ投げて腕を折り、アリアは僅かな詠唱で自分を襲って来た傭兵達の顔以外を凍らせた。


「ァ……ッ」


「ギ、ァ……腕が……折れ……ッ」


「は……鼻、俺の鼻ァァアッッ!!」


「イ、イデェエエエエッ!!」


「う、動け……ねぇ……」


「……ゥ……グァ……ッ」


「コ、コイツ等……強ぇぞ……」


 阿鼻叫喚の声を上げる傭兵達に、周囲で観客に徹していた傭兵達が驚きの声を浮かべる。

 三倍以上の傭兵達を一瞬で制圧したアリア達の強さに、新参者だと甘く見ていた傭兵達が評価を変えた。


 そして制圧した側のアリアは鋭い視線を受付に向けた。

 受付の男はその視線に驚き、冷や汗を流し始める。


「……ッ」 


「……さて。私達は盗賊から自分の身を守っただけ。傭兵として正当性ある防衛行動。そうですよね、受付さん?」


「な、何を言って……」


「もしコイツ等が盗賊では無いとギルド側が主張するのであれば、私達は皇国側に今回の一件を報告させて頂きます」


「!?」


「特定地域に棲み着いた魔物や魔獣の討伐依頼を意図的に傭兵ギルドが無視し、第一級危険指定へ進化する恐れがある魔獣を魔物だと偽り、それが育つのを待ってから討伐報酬が跳ね上がる事を傭兵ギルドが率先して行っていた。そう皇国側に報告させて頂きます」


「何を、デタラメを……ッ!!」


「皇国への脅威を助長させることを組織的に行っていたとすれば、それは皇国の法に照らせば反乱罪に適用されます。組織である傭兵ギルドの責任者と関係者は最低でも一族全員が犯罪奴隷送り。悪ければ極刑も有り得るでしょうね」


「!!」


「御愁傷様です。せめて悪環境での奴隷生活ではないよう、無意味に祈ってください。……皆、行きましょう。皇国軍の詰め所へ」


 アリアは冷たく鋭い視線を逸らし、エリク達を連れて傭兵ギルドから出て行こうとする。

 告げられている言葉に焦りを見せた受付の男が慌ててカウンターから飛び出すと、アリア達に向けて言い放った。


「ま、待ってくれ!!」


「……何か?」


「わ、分かった。ギルマスに会わせて話をする! だから、待ってくれ!」


「どうして待つ必要があるんですか?」


「な……っ」


「私達は仕事の依頼を探す為にここに来ただけです。それ以外に用はありません。ついでに、さっきの蛮行を制圧した説明を皇国側にする必要があるのなら、話そうと思っているだけです」


「……ッ」


「私達は、そんな理由で足を止める必要を感じません」


「……わ、分かった。そこの連中は盗賊だ。ギルマスに報告して傭兵ギルドの認識票を剥奪し、犯罪者として皇国に突き出す。アンタ等には、何の責任も負わせない」


「……」


「そ、それと! 皇国側にも危険指定の魔獣が出た疑いがあると報告する! それで良いか!?」


「ちゃんと皇国に身を置くギルドの仕事をして頂けれるなら、問題無いと思いますよ。それでは……」


 後ろを振り返らず立ち去ったアリア達に、受付の男は疲れた溜息を吐き出す。

 そして観客の傭兵達が座る更に奥の机に座った一人の中年男性が、口元をニヤけさながら出入り口を見て呟いた。


「……なるほど。情報通り、厄介な連中みたいだ」


 男は手に持つ杯を置き、席を立って受付まで歩く。

 近付く男に気付いた受付が、疲れた顔で呟いた。


「ギ、ギルマス……」


「ご苦労さん。あのお嬢ちゃんの言う通り、皇国軍に連絡しな。……まぁ、その必要も無いかもしれんがな」


「へ……?」


「ほら、さっさと連絡してこい。早くしないと、マジで家族と一緒に犯罪奴隷に墜ちるか、首チョンパだぞ?」


「は、はい!」


 受付は急いで建物の奥へ走り、他の職員達に伝えていく。

 そして傭兵ギルドマスターである男は、出入り口を見ながら口元を吊り上げて呟いた。


「……皇国傘下国の公爵令嬢に、対立国で活躍してた大男の戦士。そして共和国の序列闘士。それに、あの赤毛の女。……随分と厄介な奴等ばっかり組んじまったねぇ……」


 頭を掻きながら座っていた場所へ戻るギルドマスターは、杯を手に取って中の酒を飲む。

 周囲はギルドマスターに対して視線を向けず、逆に目を逸らす素振りさえ見せた。


 ルクソード皇国に在席する傭兵ギルドの長。

 彼はギルドマスターの地位に置かれながらも、傭兵稼業を引退していない。

 そして彼が擁する傭兵団は、皇国で名を上げた実力者集団だった。


 【特級】傭兵、バンデラス。

 ルクソード皇国最強の傭兵が、この騒動を見学していた。

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